第19話:調教師リンジュと地竜試乗①
調教場はとても広い体育館のような場所だった。高いドーム場の天井に照明や大きな扇風機などいろんな機材がついているのが見える。ただ、屋根はあっても完全に室内というわけではなくて、床は地面になっていて、草がはえている場所もある。壁にいくつもある大きな扉は開放されていて風が通って涼しい。
「あ! リンジュさーん!」
僕が周りを見回しているとふいにチロルが声を上げて手を振った。チロルの目線を追うと、遠くの人影が手を振り返してくれる。たぶん、さっき話していた調教師さんかな? こちらに来てくれるようだ。
……あれ、調教師さんってもしかしてトカゲの獣人? ウロコやヒレのようなものが腕や足にはえているし、顔立ちも爬虫類的だ。獣人にもいろいろあるんだなぁ。
僕は改めて異世界を実感する。
「チロルちゃん、ごぶさたねぇ。元気だった?」
「はい! 元気ですよ! リンジュさんもお元気そうでなによりです。
ところで、とうとう地竜を呼べたんですね! さすがです!」
「うふふ。まあねぇ、かねてからの目標だったしね。でも、チロルちゃんにそんなに喜んでもらえると頑張った甲斐があるわぁ」
チロルがリンジュと呼んでいるトカゲの獣人さんはやわらかい言葉づかいで目を細める。チロルとはかなり仲良しのようだ。
見た目や服装じゃ性別がわからなかったけれど、話し方的に女性かな?
そんなことを考えているとリンジュさんが僕に目線を向ける。
「そして、こちらは、はじめまして……で、あってるかしら? もしかしてチロルちゃんの新しいテイマー仲間さん?」
「あ、いえいえ、違います。こちらはタイチ。
移民の子でカナンマ王国には来たばかりなんです。今は野々花荘に宿泊してて……。今日は初めて薬草採取の依頼を受注したから、わたしが案内役兼護衛なんです」
「あら~、そうなの! 初々しいわぁ。
アタシはリンジュ。リンジュ・カクレイよ。冒険者ギルドコシッハ支部の専属調教師をやってるわ。これからどうぞよろしくね。
コシッハはいい街よぉ。冒険者生活をおおいに楽しんでね」
リンジュさんがにこやかに歓迎してくれる。
物腰やわらかで温かい人だなぁ。僕はぺこりと頭を下げる。
「あらでも、アタシ、受注区画から地竜の2人試乗で連絡を受けてるんだけど……。チロルちゃん、薬草採取に地竜で行くつもりなの?」
リンジュさんが意外そうにチロルに言う。
チロルはちょっと恥ずかしそうにうつむく。
「えっと、はい、できれば……。本当は半魔馬で十分なのはわかってるんですけど、地竜がついに導入されたって聞いたらどうしても乗ってみたくなっちゃって……」
「アハハ! まあテイマーの性ね。初めての魔獣とくれば気になるのは仕方ないわぁ。
でも、2人乗りとするとタイチくんの方が心配ね。チロルちゃんはC級テイマーで、翼竜系を操作した経験もあるからおそらく問題ないと思うけど、アナタはどう? 魔獣に乗った経験はどのくらいあるかしら?」
リンジュさんに問われて僕は言葉に詰まる。当たり前だけど魔獣に乗ったことなんて一度もない。
「えっと、あの……。実は今まで魔獣に乗ったことってなくて……。普通の馬にちょっとだけ乗ったことあるかなぁっていう感じで…………」
僕は申し訳なさと自信のなさから尻すぼみにぼそぼそと答える。
チロルもすまなそうに僕を見る。
「あの、わたしが地竜に乗りたいってワガママ言ったから、タイチは合わせてくれてて……。
タイチの国って魔獣があまりいないところだったもんね。乗ったことなくても仕方ないよ」
「あら、そうなのね。タイチくんは乗馬もほぼ未経験。地竜が初めての魔獣なのね……」
リンジュさんは思案顔だ。
僕は不安になってリンジュさんに謝る。
「あの、すみません。無理そうだったらチロルだけ試乗してもらって僕は見学でも全然大丈夫なので……。地竜、かっこよかったので間近で見れるだけでも僕、満足です」
「あら、地竜を気に入ってくれたのね。うれしいわぁ。大丈夫よ。物は試し。まずは乗ってみましょう」
リンジュさんはにこりと笑う。僕はまさかの返事に驚く。
「えっ! 本当に大丈夫ですか……?」
「ええ。地竜に乗る時に一番重要なのは経験じゃなくて地竜との相性なの。賢い魔獣だからね。人を良く見るし選ぶのよ。そこが地竜の難しさね。
経験豊富だからと言って地竜に乗れるかというと必ずしもそうじゃなのよね。だから、まずは会ってみないと始まらないわ」
リンジュさんが僕にウインクする。
「わたしがタイチくんに魔獣に乗った経験を聞いたのは、アナタの癖を知っておきたかったからなの。
例えば乗馬に慣れている人だと、地竜に乗る時も同じ感覚で手綱を引いたり腹を蹴ったりしてしまうことがあるの。でも、地竜にそれは不適切。
地竜は手綱を強く引かれるのは嫌うし、鱗が固いから腹を少々蹴ったところでほとんど何も感じないわ。乗馬の経験がかえって足を引っ張ってしまう例ね。
そういう意味では未経験の方が先入観がなくていいとも言えるわ」
「な、なるほど……」
「大事なのは地竜と素直に、対等に向き合う心よ。
なめてかかるのは当然ご法度だけど、怖がりすぎたり、へりくだったりするのもいけないわ。地竜はこちらの感情を敏感に読み取るからね。
魔獣によっては、こちらが格上であることを示したり、逆に敬意を払って頭を下げたりする必要があるけれど、地竜の場合は違うわね。そうね……、頼りになる友人、くらいの気持ちで接するのがいいと思うわ。ちょっと力を貸してくれない? 頼むよ……って感じでね。
あくまでも自然体で接することが重要よ」
「は、はい! 頑張ります」
「なんだか、わたしも緊張してきました」
「やだぁ。チロルちゃんともあろう子がなに言ってるのよぉ。いつもこっちがびっくりするくらいの集中力で魔獣操作を身につけちゃうじゃない。地竜だって大丈夫よぉ」
リンジュさんはケラケラと明るく笑う。
「さて、それじゃあ、さっそく地竜を連れてくるわね。今回、試験導入できた地竜は2種。小型の翡翠地竜と中型の赤熱地竜よ。2人には小回りが効く翡翠地竜がいいでしょうね。番で導入してるからその2頭との相性を見てみましょうね」
「はい! よろしくお願いします」
「じゃあ2人ともこっちの柵の後ろに下がって少し待っててちょうだいね。最初の顔合わせは念のため少し距離を取って行うわ」
リンジュさんはそういうと開放された扉の奥に行く。向こうに獣舎があるのかな?
僕はチロルと一緒に柵の後ろにまわってドキドキしながら待つ。地竜、どんなのだろう? 乗せてくれるかな……?
しばらく待っていると扉からリンジュさんと地竜のシルエットが現れた。
「あ……! 来たわ! すごい。なんて美しい翡翠色なのかしら……。鱗が輝いてるわ」
チロルが感嘆の声を上げる。
確かにチロルが言う通り、リンジュさんが引く地竜はきれいな緑だった。しっぽに向かうにつれて少しずつ体色が青く変化していてグラデーションになっている。さっきタブレットで見せてもらった写真よりいっそう鮮やかだ。
2頭とも静かにリンジュさんに従っている。気性が荒いって聞いてたからどれだけ激しいんだろうと思ってたけど、想像したよりは大人しそうだ。
地竜の瞳は琥珀色だ。まだ結構距離があるのにこちらをじっと見ている気がする。あ、目があったかも……?
僕は思わずのどがこくりと鳴る。
「さあ、こちらがおまちかねの地竜よ。手前の少し体格が小さくてしっぽに縞模様があるのがオスのジェダ、奥の体格が大きくて額に青の斑点があるのがメスのネフラよ。
ジェダの方は比較的おっとりで自分流だけどその分指示への反応はにぶいわね。ネフラは指示に素早く反応するけれど神経質でせっかちだわ。
……ふむ。反応を見る限り、2頭ともアナタ達に関心があるみたいね? 相性は悪くなさそうだわ」
リンジュさんは説明しながら2頭の手綱を別々の柱につないでいく。
チロルは満面の笑みだ。
「本当ですか! うれしいです……!」
「うふふ。チロルちゃんはもう待ちきれないみたいね。じゃあさっそくチロルちゃんから、もっと詳しく相性を見てみましょうか。そこの棚から絆環を取ってこちらへ来てちょうだいね。動きはゆっくり静かにね」
「はい!」
見るからにわくわくしているチロルは棚から石のついたリングをとって腕にはめると慎重に地竜に近づいていく。
地竜から2メートルくらいのところで、リンジュさんが制止の合図をする。チロルはそこでピタリと止まる。
「じゃあまずはジェダとの相性を見ましょう。静かに目を合わせて……。そらしたりにらんだりはしないで自然にね。そう、いいわ」
チロルがじっと静かに地竜のジェダを見つめる。
ジェダもチロルをじっと見つめ返す。しばらくするとジェダがクゥエッと小さく鳴いた。
「うん、いいわね。目通はバッチリね。
じゃあ次はもっと近づいて触れてみましょう。触れる前に両手のてのひらをジェダによく見せて。なにも持ってないことを強調してね。さわる場所は顎か首がいいわ。鼻先は感覚器官が集まっていて嫌がるので避けてね。撫でるよりも軽くたたいてやる方がいいわ」
「はい……」
チロルはリンジュさんに言われた通りに動いていく。見ているだけなのに僕はハラハラして思わず柵をぎゅっとつかんでしまう。
チロルがジェダの首をそっとたたく。ジェダはチロルの動きをじっと見ていたが、チロルが首をたたいた後はふいっと顔をそらした。なんとなくだけど鼻息が満足そうだ。
「うん、いいわ。問題ないわね。
じゃあエサをやってみましょう。この乾燥肉を与えてみて。指で端をつまんで差し出してね。手を噛まれないように気をつけて」
チロルがリンジュさんから受け取った肉を鼻先に差し出すと、ジェダは少し匂いをかいで首をかしげた後、パクリと食べた。
「食べた……!」
チロルがうれしそうに声を上げる。
リンジュさんはにこにこと見守っている。
「うんうん、順調ね! さすがチロルちゃん。
じゃあもう背中に乗ってみましょうか。絆環をまず起動させてね。そして少し離れた位置から手合図で伏せるよう指示を出して」
「はい」
チロルは腕輪の石をカチリと押した。石の色が変わったみたいだ。ジェダの首輪も同時に光ったような気がする。
チロルは少し後ろに下がって、一度指をパチンと鳴らすと、腕を横に出しててのひらを下に向けて振る。これが伏せの合図のようだ。
ジェダはしばらくチロルを見つめた後、ゆっくりとその場で伏せた。爪で削られた地面がざりざりと音を立て、縞のある長いしっぽがとぐろを巻く。
「いいわ。そのまま背中に乗ってちょうだい。騎乗時の注意点はワイバーンの基本種と一緒よ。指示出しは口笛と舌打ね。手綱はあくまで補助程度に」
「はい!」
チロルはジェダの背中の鞍にまたがる。リンジュさんは柱に結んでいた手綱をほどくとチロルに渡した。
リンジュさんが少し離れるとチロルはピュイッと口笛を吹く。ジェダがピクリと反応してゆっくりと立ち上がった。うわ、高い……! チロルが乗るとさっきまでわからなかった地竜の背中の高さをすごく感じる。僕はハラハラするけど、チロルは楽しげだ。にっと口角が上がっている。
「問題なければ1周走らせてみましょうか。大丈夫そう?」
「はい! 問題ありません! 一走りしてきます!」
チロルはとびきりの笑顔でリンジュさんに答えると嬉々として走り去っていく。もうさっきまでの緊張なんて吹き飛んでるみたいだ。ジェダに口笛と舌打ちで器用に指示を出しながら軽快に調教場の中を走っている。
「うーん、さすがチロルちゃんね。コツをつかむのが本当に早いわ。本来は全部の段階を一発で達成するのは難しいし、もっと調整に時間がかかるんだけどねぇ。気難しい地竜にここまですんなり受け入れられるのは天性の才能かしらね」
リンジュさんが感心したようにつぶやく。
僕はチロルを尊敬すると同時にとても不安になる。とてもじゃないけど、チロルみたいにできる気がしない……。これ、僕には無理じゃない?
お読みいただきありがとうございました。
感想/レビュー/ブックマークなど励みになります。
お待ちしております。




