第15話:はやる気持ちと魔獣の話
出発したばかりの貸し馬車がごとごとと揺れる。
目的地はまだまだ先なんだけど、僕は落ち着かずに窓の外をちらちらと見た。気がはやってつい体がそわそわと動いてしまう。
「タイチってばそんなにギルドに行くのが楽しみなの?」
チロルがおかしそうに笑いながら僕に言う。僕はちょっと恥ずかしくなって姿勢を正す。
「いや、だってさ、二日もお預けだったんだもん。早く依頼を受けてみたくてさぁ」
「しょうがないじゃない。買い出しとか手続きとかいろいろあって大変だったんでしょ?」
「一昨日はそうだけど……、昨日はハナナさんに休めって言われちゃったんだよ」
僕はちょっと口をとがらせる。
昨日ははりきってギルドに行こうと早起きしたけど、ハナナさんに断固として止められてしまった。
「ああ、母さんが顔色が悪いから絶対休ませるって言ってたもんね。それも仕方ないんじゃない?
魔法事故にあってこっちに来たばかりなのにいろいろ動きすぎだったもの。一昨日帰ってきたの遅かったんでしょ。休息も必要だよ」
「うーん……、でも僕は別に元気だったと思うんだけど……。それに早くお金を稼がないといけないし」
「タイチは少し焦りすぎよ。ここ最近は天気も安定してるし急ぐ理由もないわ。一日、二日休んだって別に依頼は逃げないし。
うちの宿の支払いだって10日後の後払いなんだし、タイチの場合、ギルド紹介の上、未成年割引適用だからかなり安いわよ。ていうか最悪、宿の仕事手伝ってくれたら父さんと母さんはお金いらないっていうと思うけど」
「いやいや、そういうわけにはいかないよ! 絶対ちゃんと払うって!」
「そりゃわたしとしてはちゃんと払ってほしいけどね」
力説する僕にチロルが笑う。
「なんにせよ、買い出しして道具をそろえたり、体調を整えるために休んだりするのも冒険者に必要な能力よ?」
「それはまあ、そうなんだけどさ……」
「ところで、タイチの装備一式ってガロンさんが買ってくれたんでしょ? よかったじゃない。その背負いカゴ使いやすそう」
チロルが話題を変えて僕の足元のカゴに目線を向ける。
僕はカゴを持ち上げてチロルに見せる。
「うん! 市場でいいのが見つかったんだ。軽くて大きさもちょうどいいし。ほかにも小刀とか、冒険者用の救急袋とか、いろいろお店をまわって楽しかったよ。この冒険者服も動きやすくてさ」
僕はフード付きの軽いロングコートの袖を振る。
「それいいよね。下位湿地蜥蜴の革でできてるから水とか汚れに強いしね。値段も手ごろだしいい買い物だと思うよ。わたしも昔使ってた。
……でも、ちょっと意外だったな。ガロンさんのことだから、初心者には過剰装備な高等級のドラゴン製とかフェンリル製のとかを買ってきそうと思ってた」
「ああ、それはアウェイアさんのおかげかな……。たしかに買い物はガロンさんに付き添ってもらったんだけど、おごってもらったわけじゃなくて、お金は後からギルドの報酬でちゃんと返す約束なんだ。ギルドの報酬天引き制度っていうのをアウェイアさんが教えてくれて、ガロンさんとちゃんと契約したんだよ。だから本当に必要な最低限だけのものを買ってきたんだ。ガロンさんはもっといいのがあるのに……って残念そうだったけどね」
報酬天引き制度は、本来はお店のツケがたまりすぎた冒険者や借金の返済のために冒険者として働くことになった人のための制度だそうだ。お店やお金を貸した人がきちんとお金を回収するために作られたものだ。
でも今回はその制度をガロンさんとのお金のやり取りのために利用している。この制度のおかげで借りたお金がいくらなのかギルドに記録がきちんと残るし、ガロンさんがお金の返済を受けとってくれないという心配もない。
チロルが感心したようにうなずく。
「さすがグラス副支長ね。ガロンさんって正直お財布のひもがゆるゆるすぎるもん。太っ腹といえばそうなんだけどさ……」
僕はちょっと苦笑いする。
「まあ、装備はばっちりだし、昨日ゆっくり休んで体調もいいんだし、初ギルド門出としてはちょうどいいじゃない?
しばらくはわたしが護衛代わりに一緒に着いてってあげるし。とはいっても、普通の薬草採取なら、魔獣はほぼでないし、野生動物だって心配いらないと思うけどね」
「うん、ありがとう、チロル。
……あのさ、ちょっと聞いてもいい? 魔獣ってどんなのがいるの? あと、動物とはどう違うのかな……?」
僕は気になっていたことを思いきってチロルに尋ねる。
「え? そりゃ魔獣はいろいろいるし、動物との違いはたくさんあるけど……。タイチ知らないの?」
チロルが目を丸くする。
「う、うーん……。あの、実は僕のいた国って魔獣はあんまりいなくて……。その、正直全然よく知らないんだ」
「そうなの!? でも、魔獣が少ないと魔石が全然手に入らなくて困るんじゃない? 生活用の魔道具を動かすのにも魔石はたくさん必要でしょ?」
チロルが不思議そうに尋ねる。僕はどう答えるべきか頭をひねる。
「ええっと、僕の国では……、魔石の代わりに使えるエネルギーがいろいろあったから……」
「へえ、そんな国があるんだ……。あ、でもなんか聞いたことあるかも。なんだっけ、そういうの。クガク? カガク? だったっけ。魔法じゃない別の技術的な」
「そうそう! そうなんだ! 僕の国ではその科学がメインだったの!」
チロルが答えを言ってくれて僕は全力でそれに乗っかる。
こっちの世界でも科学って知られてたんだ。そういえば人間の国があるっていってたし、その国の文化かもしれない。
「なるほどねー。タイチって本当にめちゃくちゃ遠い国から来たんだね。じゃあ魔石とか魔道具の使い方を覚えないとね。簡単だからすぐ慣れるとは思うけど、わかんなかったらわたしや母さんたちにも聞いて」
「うん、わかった。ありがとう」
僕は素直にお礼を言う。
チロルは話題を魔獣の話に戻す。
「えっと、それで魔獣と動物の違いだっけ? まず魔獣は何かしら魔法が使えるわ。よくあるのは火を吹いてきたり、電撃を発したりとかね。身体能力も高くて予想外の動きが多いの。動物は魔法を使えないから距離を取ってれば攻撃される心配はないし動きも単調ね。そこが一番大きく違うと思う。だから基本的には魔獣の方が危険よ。まあ、大型の熊とか獅子とかは動物でも危ないけどね.……。
それから魔獣は体のどこかに必ず魔石を持ってるの。魔石は素材としての価値が高いから、もしタイチが魔獣を狩ることがあったら必ず忘れずに回収してね」
そこまで話すとチロルは腕を組んで考える。
「うーん、あとは……。魔獣と動物は生息地が違うかな。魔獣は基本的に魔力が多い土地に住む生き物だから精霊の加護が強い土地とか魔源地帯に多く生息するわ。動物は逆に魔力が薄くて魔獣がいないところに多いね。人里に降りてきて畑とか荒らすのも大抵は動物よ。
それから魔獣は飼育したり人工繁殖させたりするのがすごく難しいの。いろいろ条件が複雑みたいで。だから冒険者ギルドに素材回収や捕獲の依頼がたくさんでるんだ。魔獣は契約魔法ならできるんだけどね。まあ契約魔法も契約できる魔獣の数には限りがあるから万能ではないんだけど。
逆に動物には契約魔法は通じないわ。その代わり、飼育したり人工繁殖させたりするのは種類にもよるけどできるから、家畜や愛玩用は動物がほとんどね」
僕はチロルの話を注意深く聞く。知らないことばかりでとても興味深い。
チロルはポンッと手を打つ。
「そうだ、冒険者ならこれ大事!
魔獣の素材はね、自分の魔力を通すと軽量化されるの。だから動物と違ってたくさん討伐しても持ち帰りやすいんだ。自分の魔力で満たしておくと、他人に横取りされにくくなるしね。
それと魔獣の血は取り扱い注意ね。魔力が多く含まれているから土地を汚しちゃうし、別の魔獣を引き寄せるわ。だから夜営で狩りが必要な時はできれば動物を狙った方がいいよ。討伐依頼の時はしょうがないけど、夜営の食事のために血を処理するのはめんどうだからね」
「う、うん。なるほど。気をつけるよ」
チロルは冒険者の心得を生き生きと話してくれる。
でも、たぶん、僕は魔力がないから素材を魔力で満たすなんてできないと思うし、そもそも魔獣を討伐できる気がしないけど……。
そんな僕の戸惑いには気付かずチロルは説明を続ける。
「あと、具体的にどんな魔獣がいるかだけど……。これはギルドで基本魔獣図鑑を見せてもらった方が早いかも。まあ薬草採取中に出るのはせいぜいE級の一角兎とかF級の平和鼠くらいかな。もし今日魔獣がでたら、わたしがちゃんと守りながら解説するから安心して。必要なら簡易契約して実物をよく見せてあげるわ。
野生動物の方はこの辺だと鹿と猪と野うさぎくらいかな。山に入ると熊もいるけど薬草採取区域ら草原だからまず見ないよ」
「そうなんだ。すごく勉強になるよ。えっと、薬草採取するところは基本安全みたいだけど、一応魔獣も動物も両方いるってことでいい?」
僕はチロルの説明を聞きながら気になったことを質問する。
「んー、まあそうだね。ギルドに依頼が来る薬草って魔力を含んだ草のことだから、よく取れる場所は魔力の多い土地なんだよね。そうなると魔獣は出やすいわ。
けど、初心者向けの薬草は比較的魔力濃度の低い土地にも生えるから、そうするとどちらかというと動物の方に出くわすよね。魔獣と動物の両方の生息域にまたがって薬草が生えてるって認識が正しいかも」
「なるほど! そういうことなんだね。
あの、僕本当にわからないことがたくさんあるんだけど、説明してもらえてとても助かってるよ。
チロル、本当にありがとう」
僕は改めて丁寧な解説をしてくれたチロルに頭を下げる。たぶん、これからもいろいろ頼ることになると思うから、いくら感謝してもしたりない。
「別にこれくらい全然いいよ。
……それより、わたしの方こそありがとう。耳飾りのこと……。母さんが謝ってくれたわ。わたしに確認せず勝手に貸したりしてごめんねって。父さんも、母さんがちゃんと説明せずに貸してたことを叱ってたわ。そんなに大事なものだったなら貸したりするべきじゃなかったって反省してた」
「あっ! そうだよね。耳飾り、戻ってきたんだよね? 本当に良かったね! でも、ごめん。僕、ハナナさんに勝手に話しちゃって……」
僕は夜中にハナナさんの前で号泣したことを思い出して気まずくなる。チロルは話してほしくなさそうだったのに、あの時は夢見が悪かったのと頭が働いてないのとでチロルが泣いたことまでぺらぺらとしゃべってしまった。
「ううん、いいよ。おかげで胸のつかえがすっきりとれたから。耳飾りね、前見たときより綺麗になってて、外れてなくなってた小さな宝石も新しく埋め込まれて返ってきたの。貸したおじさんが一流の職人さんに頼んで修理してくれたんだって。だから結果的には貸して良かったんだと思うわ。
それに、これからはもし欲しがる人や貸してほしい人が出てきても絶対譲らないって父さんも母さんも約束してくれたしね。
……今度ガロンさんとグラス副支長に会ったら、よくない態度とっちゃったこと謝らないとね。大泣きしちゃったしさ」
チロルはばつが悪そうにうつむく。
「あの、ガロンさん、チロルのことずっと気にしてたから、耳飾りが返ってきたこと教えてあげたら喜ぶと思うよ」
「うん、そうする。今日会えるといいんだけど。
……あ、そろそろギルドが近いね。荷物まとめようか」
チロルが窓の外を見て言う。
僕は忘れ物がないようにしっかり身の回り品を点検し始めた。
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