第13話:野々花荘とチロルの両親
「ただいま、いまギルドから戻ったよ。父さん、母さん、今いい? ちょっと話したいことがあるんだけど……」
チロルが宿の中へ入っていく。経営者のご両親を呼んできてくれるみたいだ。
しばらくすると、焦げ茶とグレーのウサギの獣人お二人が出迎えてくれる。どちらも優しそうな人たちだ。
「まあまあ、ガロンさんにグラス副支長まで。わざわざお越しいただいてすみませんね」
「本当に。いつも娘がお世話になっております。
こんなところで立ち話もなんですから、皆さん広間へどうぞ」
チロルの両親に通されて僕らは野々花荘の中へ入る。玄関を通るとすぐに暖かくて明るい広間だ。お庭にも咲いていた素朴な野花がところどころに飾られていて気持ちがなごむ。
「どうぞ、おかけください。お茶もよろしければどうぞ」
木製の椅子に座ると、チロルのお母さんが素朴な湯呑みでそれぞれにお茶を出してくれる。
なんだか香ばしい香りがする。麦茶かな?
「それで、先ほどチロルから少し話を聞きましたが、本日はギルドからの宿泊者の紹介というお話でよろしいですか?」
「ええ、ノエルさん。こちらのタイチ様をぜひ宿泊させていただきたくお願いに参りました。期間はひとまず十日ほどを見込んでいただけたらと思っております」
「そうでしたか。ちょうど長期宿泊だったお客様方が今朝皆さんそろってご出立されたところですから、お部屋には余裕がありますよ。
でもそれだけなら、なぜわざわざグラス副支長がこちらにお越しに……? 書状だけでも十分ですが」
ノエルと呼ばれたチロルのお父さんが不思議そうに目を瞬く。
「ええ、実はタイチ様はとある事情がありまして提示できる身分証が何もないのです。それで素性の保証と説明に私が参った次第でして」
「タイチは転移魔法の事故に巻き込まれてカナンマ王国に来ちゃったんだって。元々すごく遠くの国の人なの。困ってたところをガロンさんとグラス副支長が手助けしてるみたいよ」
チロルが横から補足してくれる。
「あらまあ、魔法事故にあったの? それは大変だったわね、見たところチロルと年もそう変わらないでしょうに……。どこも怪我はしてないの?」
チロルのお母さんが心配そうに僕を見る。
僕はなんだか申し訳なくなってぺこりと頭を下げる。
「は、はい。大丈夫です」
「そりゃ、気の毒に。いいですよ、グラス副支長。魔法事故にあったんなら身分証がなくても当然です。こんな若い子をひとりで放り出すわけにはいきません。うちでよければ、好きなだけ泊まっていってください。
それでいいよな、ハナナ」
「もちろんよ。あなたが断ったって私が勝手に泊めますからね。タイチくん、ぜひうちに泊まっていってちょうだいね」
チロルのお母さん、ハナナさんがにこりと優しく笑ってくれる。僕はあっさり宿泊許可が出たことにすごくほっとした。
「お二人ともご協力ありがとうございます。それでは、さっそくギルドからの宿泊依頼の書類を作成いたしますね。野々花荘の宿帳や契約書類などがあればそちらもまとめて進めましょう。
それから、こちらのガロン様はタイチ様の正式な後見人です。タイチ様に関わることでなにか困り事があれば遠慮なく彼を呼び出してくださいね。もちろん、私もご相談にのりますので」
アウィエアさんがガロンさんの肩をトンと叩く。
今まで黙り込んでいたガロンさんがピクッと動く。
「お、おう。なんかあったらすぐ呼んでくれや。
……そんで、よ。なんかすまなかったな。前回俺が紹介した客がおめえさん方に迷惑かけちまったみたいでよ……。今まで俺ぁ気軽に野々花荘を頼りすぎてたと思って反省してんだ。これからは紹介する客のことはもっときちんと確認するようにすっからよ、かんべんしてくれねぇか。
タイチはいい奴だし、なにかあったら本当に俺がきっちり責任もつからよ。ちょっとでも困ったらすぐに知らせてくれ」
平謝りするガロンさんに、ノエルさんとハナナさんが目を丸くして顔を見合わせる。
「あら、もしかしてチロルが話しちゃったの? もう終わったことなのに……」
「大丈夫ですよ、ガロンの旦那。あの農村のおやじさんは本当にいい人で、かえってこっちが得して悪かったなぁとハナナと話してたくらいなんですから、なぁ?」
「そうね。お礼のお金だけじゃなくて、新鮮なお野菜やこの辺じゃ珍しい果物をカゴいっぱい持ってきてくださって……。宿の食事に大助かりだったわ」
ほがらかに談笑する二人の影でチロルの表情がぐっと暗くなるのが見えた。
……耳飾りのこと、やっぱりご両親は忘れてるんだ。
僕はなんとも言えない苦い気持ちになって冷めた麦茶を一口すすった。
***************
「それでは、我々はこれでお暇しますね。長々と失礼しました」
手続きが済んだアウェイアさんが書類をまとめるとすっと立ち上がった。
「いえいえ、特におかまいもせず……。お二人とも本当に夕食は召し上がっていかれないんですか? せっかく腕を振るおうと思いましたのに」
ハナナさんが残念そうに呼び掛ける。
アウィエアさんは笑いながら首を軽く振る。
「せっかくのお申し出ですが、まだ業務が残っておりまして。これからまたギルドに戻らなければならないのです。ガロン様ともまだお話ししなければならないことがありますのでね。
さっ、行きますよ。ガロン様」
「お、おう。そんなに急かさなくてもちゃんと帰るぜ。飯はまた食いにくりゃいいしな。
じゃあな、タイチ。明日は午前中に迎えにくっから、朝食を済ませて準備しといてくれや。いろいろ買い出しとか手続きとかしなきゃいけねぇし忙しくなるぞ。今日はゆっくり休んどけよ」
「はい、わかりました」
玄関先まで二人を見送りにいく。いつの間にか日はとっぷりくれてもう夜だ。
二人を乗せた貸し馬車が見えなくなるのをなんとなく心細い気持ちで僕は眺める。
「さあ、タイチくん。お見送りも済んだことだし、さっそくお部屋に行きましょうね。いまはたくさん空きがあるけど、やっぱり食堂に近い部屋がいいかしら? そうそう、魔法事故で急にこっちに来ちゃったから荷物がないそうだけど、寝間着や着替えはすぐに必要でしょう? それも探しにいきましょうね。洗いざらしの中古品ばかりで申し訳ないけど、棚を探せばちょうどいい大きさのが見つかると思うわ。歯ブラシと手拭は新品のを後で渡すわね」
ハナナさんの明るい話し声に寂しい気分が一気にかき消える。
「タイチくんお腹は空いてる? 今日の夕飯は丸パンと鶏と野菜のシチューと白身魚の香草焼きよ。足りないかしら? 果物もむく? 食堂に来てくれればすぐに準備するわ。あ、それともお風呂が先がいいかしらね。今夜は空いてるからたっぷりお湯を張って長めに入ってもらってかまわないわよ」
「え、ええっと、それじゃあ、お風呂に先に入りたいです。実は今日、お昼ごはんもいっぱい食べてて、他にもお菓子とかお茶とかいろいろもらったからまだそこまでお腹が空いてなくて」
「あら、そうだったの! お昼は何を食べたの?」
「えっと、ガロンさんが金の皿っていうお店に連れていってくれて……」
「まあ、金の皿! あの有名な! うらやましいわぁ。さすがガロンさん、太っ腹ね。金の皿と比べたら見劣りするかもしれないけど、うちの料理もなかなか捨てたもんじゃないわよ。
さて、それじゃあ、お部屋を決めて、着替えを探して、お風呂の使い方を説明しましょうね!」
ハナナさんはちゃきちゃきと段取りを決めながら歩いていく。
僕は少し圧倒されながらハナナさんの指示に従った。
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「それじゃあ、タイチくん。なにかあったら、さっき説明した母屋に繋がる呼び鈴を鳴らしてくれる? 私たちは基本そっちで休んでるんだけど、必要なら宿の方にもすぐ来るから。
もう明かりを消していいかしら?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。
おやすみなさい、ハナナさん」
「ええ、おやすみなさい」
ハナナさんが壁のつまみを回すと部屋に灯っていたランタンがふっと消えて暗くなる。静かにドアが閉まると、ハナナさんの軽い足音はだんだんと遠退いていき、しんと静かになる。窓越しになにか動物の声が小さく聞こえるけど、あとは自分の呼吸くらいしか聞こえない。
少し固めのベッドに横になって、僕はため息をつく。
「ふぅー……、疲れた」
思わずひとり言がもれた。とても長い1日だった。気がついたら大衆浴場で溺れてて、ガロンさんに助けられて、金の皿でごちそうを食べて……。それからギルドに移動してでレインリアさんと密談して、その後アウェイアさんに説明を聞いて……。そもそもこの世界は異世界で魔法があって人間はほとんどいなくて。
それからチロルの耳飾りのことを聞いて、馬車で移動して、宿に泊まれることになって……。いろいろありすぎてとても1日の出来事と思えない。
明日はどんな1日になるんだろう。正直想像がつかない。
僕はベッドで寝返りを打つ。
考えることが多くて頭はごちゃごちゃだけど、お風呂に入って体はすごくさっぱりしている。貸してもらったパジャマもやわらかくてさらさらで着心地がいい。
夕飯もとってもおいしくて体はぽかぽかだ。あんまりお腹空いてないとか言っちゃったけど結局シチューはおかわりした。今日はいろいろ食べすぎだ。
……ハナナさんの料理、本当においしかったな。金の皿ももちろんおいしかったけど、ハナナさんの料理の方があっさりしててほっとする優しい味だった。ハナナさん自身も明るくてとってもいい人だし。部屋も静かで落ち着くし、こんな場所でずっと暮らせたらいいのにな。チロルがうらやましいなぁ……。
そんなことをぼんやり考えていたら、僕のまぶたはいいつの間に重くなり、うとうとと眠りについていた。
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