第11話:C級テイマーチロルとその事情②
「……なんとも難しい問題ですね。宿泊者が盗みを働いたのなら捕まえれば良いだけの単純な話なのですが、あくまでも宿主からの善意の提供となると……。誰も悪くないだけに始末が悪いですね」
確かにアウェイアさんが言う通り誰も悪くない。紹介者のガロンさんも宿泊者のおじさんもチロルさんのお父さんとお母さんもみんな善意だけで動いている。強いて言うなら悪いのはおじさんからお金を盗んだスリなんだけど、それは今さらいってもしょうがない。
「それでも、金銭的な保証だけでもギルドからできないか検討しましょうか。くだんの宿泊者はガロン様個人の紹介ではなくて、一応ギルドにも話を通していたでしょう? ギルドが正式に紹介した宿泊者の金銭的補填を宿主が善意で行って損をしたということで、ギルドからいくらか補助金を出せるかもしれません」
「……いえ、その必要ありません。そのおじさん、娘さんの結婚式が終わった後、たくさんお礼をもってうちを訪ねてきましたから。宝石は娘さんの嫁入り道具として使わせてもらったからってことで、お礼はほとんどお金でしたけど。おじさんからお金を盗んだスリもあの後捕まってお金も返ってきたからって元の宝石以上のお金が返ってきたみたいです。あと農村の人だったから新鮮な野菜とか果物もいっぱい届きました。おいしかったですよ」
「そ、そうでしたか……。それはそれは……」
うーん。困った。いよいよ誰も悪くなくなってしまった。チロルさんの大事な耳飾りがなくなったこと以外は丸くおさまって良かったね、という結末なのだ。
アウェイアさんも解決策が浮かばないようで困り顔だ。
「いいんです。どうせ母さんもわたしに耳飾りを譲るって言ったことを忘れてるんです。あのおじさんに渡したってことは母さん自身はあの耳飾りにそこまで思い入れがなかったんでしょうし。お金もいっぱい返ってきてて、おじさんもおじさんの娘さんも喜んでて、父さんも母さんも満足そうで……。わたしが耳飾りのことを我慢しておけばそれでおしまいなんです、この話は」
そこまで話すとチロルさんは再びティッシュで鼻をかんだ。
僕は何も言えなくてだいぶ冷めた紅茶をちびちびと黙って飲む。
「それで……、依頼はそちらの男の子を泊めたいって話でしたっけ? いいですよ。わたしから父さんと母さんに説明します。さっきは意固地になって断っちゃったけど、泣いたら気が済んだのでもう大丈夫です。グラス副支長が直接口添えするくらいなのだから、この男の子はちゃんとした人なんでしょう?」
チロルさんがアウェイアさんに目線を向ける。
「ええ。タイチ様はとある事情があって提示できる身分証がないのですが、素性に問題はございません。それは私が副支長として保証いたします。お人柄も少しお話しただけでわかるくらい素直で思慮深い方ですよ。そうそう、あの宮廷魔導師のレインリア様からも信頼を置かれています。
遠い異国からの移民ですので、この国のやり方がわからない点はあるかと思いますが、そこは説明すればタイチ様はきちんと把握なさいますので、ご心配には及ばないかと。
宿泊期間は今の時点では未定ですが、ひとまず10日程度を見込んでいただければ。その後については継続して泊まるのか、別の宿に移るのか、タイチ様も含めて話し合って決めていただくのがよろしいかと思います。別の宿に移る際は、また私もご協力いたします。
ないとは思いますが、もし万が一何か問題が起こった時には、後見人としてガロン様がしっかりと最後まで責任を取りますので遠慮なくこき使ってくださいね。もちろん私もいつでもご相談に乗りますよ」
「おう、任せろよ。……って、こき使うってなんだよ。それに責任取るのはいいんだが、いつの間に俺ぁ後見人になったんだ?」
「ここまで首をつっこんでおいて後見人じゃないとは言わせませんよ? ちゃんとした立場を得て正式にタイチ様を支援してくださいね。後でギルドの証文にも一筆書いていただきます。
だいたいあなたは何事も手の出し方が中途半端なのです。だから余計なもめ事に発展するのですよ」
アウェイアさんはぴしゃりとガロンさんを叱るとチロルさんをいたわるように見る。
「チロル様、タイチ様の状況は今ご説明した通りですが、本当によろしいですか? 心の整理がつかないようでしたらご無理は申しません。急なお話ですし、野々花荘以外の選択肢がないわけではないのですから」
僕はチロルさんの様子を伺う。
アウェイアさんに向けられていたオレンジの瞳が今度は僕に向けられる。目があって僕は思わずこくりと唾を飲む。
「大丈夫です。わたしは問題ありません。
……あなたも、うちに泊まるってことでいい?」
「は、はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
僕はぺこりと頭を下げる。
「……そんな丁寧な言葉じゃなくていいわ。年だってたぶん同じくらいでしょ?
わたしはチロル。チロル・ホームメイド。チロルって呼んで。それで、あなたの名前は?」
「僕はタイチ・マキノです。よろしくお願……あ、えっと、よろしく」
「……ん、よろしく」
チロルさんはまだ元気がないけど、表情はだいぶやわらいで落ち着いている。
申し訳なさは感じるけど、泊まるところが決まって僕はほっとした。
「それでは、決まりですね。タイチ様はしばらく野々花荘へ宿泊すると言うことで、後で全員で伺って契約等済ませましょう。
その前に、チロル様は査定の途中でお呼びしてしまいましたからね。報酬区画で報酬をお受け取りください。私も査定がきちんとなされているか、一緒に確認いたしますね。
それからガロン様にはお伝えしておきたいことがありますのでご同行願います」
アウェイアさんが話をまとめてすっと立ち上がる。
チロルさんや、ガロンさんも移動のためにあとに続く。僕はどうしたらいいんだろう?
「えっと、僕も一緒に行きますか?」
「いえ、タイチ様には現時点では特段お願いしたい手続きはございませんので、そうですね。ゲストカードの詳細や移民向けの資料一式をお渡しいたしますから、そちらを読みながらここでお待ちいただけますか?
何かありましたらこちらの呼び鈴を鳴らしていただければ手すきの職員が参りますので、私の名前を出してください。すぐに戻って参ります」
僕はアウェイアさんの出してくれた資料を受けとる。
結構量があるかも。
「わかりました。ありがとうございます」
「無理にすべてを読む必要はございませんよ。実際に冒険者をしながら読み進めた方が理解しやすい部分も多いですので。あくまで参考程度に、気軽に読まれてください」
そういってアウェイアさんはまた温かい紅茶のおかわりをそそいでくれる。僕はぺこりと頭を下げた。
「チロル様、貝焼菓子に手をつけてらっしゃいませんが、お包みしましょうか? この辺では珍しいものですし、味もよいのでいくつかご家族へのお土産にいかがです?」
「えっ、ハイ。いいんですか? ありがとうございます、グラス副支長」
「こちらのお願いを快く聞いていただいたのです。これくらいなんでもありませんよ」
そういってアウェイアさんはきれいなハンカチにマドレーヌをいくつか手早く包むとチロルさんに渡す。
「さあ、それでは行きましょうか。また戻って参りますね。それほど時間はかからないでしょう」
三人が退室していく。
ドアが閉まると静かな部屋にひとりポツンと残されて僕は急に心細くなった。そういえば、こっちに来てからはガロンさんがずっと一緒にいてくれたし、完全に一人きりになるのは初めてだ。
……いやいや! これから自立して冒険者になろうって思ってるのにこんなに気弱じゃダメダメ!
僕は頭をぶんぶん振って弱気をおいはらう。
僕はマドレーヌをかじって紅茶をぐっと一口飲むと、気合いをいれて渡された資料に向き合った。
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