第10話:C級テイマーチロルとその事情①
査定区画は大にぎわいだ。誰も彼も仕留めた魔獣の素材や草や木の実がたくさん入った背負いカゴや大きくふくれた革袋を抱えて大荷物だ。大きな窓が開放されていて半分屋外のようになっていて、前に社会科見学で行ったことがある市場の競りにちょっと雰囲気が似てる。
「おう、ちょうどチロルがあっこで査定中じゃねぇか! 渡りに船とはこのことだ。
おーい、チロル! ちょっと今いいか!」
ガロンさんがチロルさんを見つけたようで声をかける。黒いつややかな毛並みのウサギの女の子がくるりとこちらを振り向いた。
「……ガロンさんですか。わたし今査定中なんですが。何か用です?」
チロルさんはブスッとした表情で答える。長い耳が神経質にぴくぴく動いている。もしかしなくても機嫌が悪いみたい? お願いしづらいな……。僕は内心そう思うけど、ガロンさんは気にならないようで普通に話を続ける。
「おう、査定はギルドの連中に任せときゃいいだろ? チロルの腕はみんなが知ってんだ。査定をごまかしたり不当に値切ったりするような馬鹿はこのギルドにゃ存在しねーぜ?
いやなに、用ってのはな、ちっとおまえさんに頼みたいことがあんだよ。ほら、前にも俺の紹介で野々花荘に客を泊めてもらったことがあったろ? 今回はコイツをお願いしたくてよ」
ガロンさんが僕の肩をポンッとたたく。僕はチロルさんにぺこりと頭を下げる。
チロルさんは僕をちろりと一瞥した後つっけんどんに答えた。
「お断りします」
「んあ!? なんでだよ! 前は二つ返事で引き受けてくれたじゃねぇか!? コイツ困ってるんだよ。助けてやってほしいんだ」
「……それを後悔しているからお断りなんです。そうやって善意丸出しなところが本当に質が悪いですよね」
プイッとチロルさんは顔をそむけてしまう。どうやら過去に何か問題があったみたいだ。僕はおろおろと2人の顔を見比べる。
そこへすっとアウェイアさんが割って入ってくれる。
「チロル様。よろしければ過去に何があったのかお聞かせ願えませんか? 今回の宿泊依頼は私からもお願いしたい案件なのです。もし提携先の民宿がギルドからの紹介客を泊めることについて不安や問題を抱えているのであれば、ギルドとしてもそれを把握し適切に解決しなければなりません」
「グラス副支長……。すみません、これはギルドからの正式な依頼だったんですね。それならわたし個人が断れることじゃなかったようです」
ガロンさんの時とはうってかわって、チロルさんは静かに目と耳をふせる。口調は穏やかになったけれど、なんだか苦しそうだ。明らかに歓迎されていない。こんなに嫌がられているのに無理やり泊まらせてもらうのはとても気が引ける。
アウェイアさんもそれを察したようで困ったように眉を寄せた。
「ともかく、場所を移しましょうか。チロル様も応対室へお越し願えますか? そこでゆっくり話しましょう。
そこの君、チロル様の査定は手を抜かずしっかり行っておくように。後で私が直接確認するからそのつもりで」
アウェイアさんは査定している職員さんへ指示を出すとくるりときびすを返した。不満げなガロンさんも、気まずい僕も、うつむいて無言のチロルさんもみんな静かにアウェイアさんに着いていく。
僕はてっきりさっきの部屋に戻るんだと思っていたけれど、アウェイアさんはさらに奥に向かって進んだ。通された部屋は最初の部屋より広くて少し豪華だ。
「先ほどのお部屋ではさすがに狭すぎますからね。少し広めのこちらにお通ししました。皆様お掛けください。
せっかくですから、お茶でもいれましょうか。ガロン様とタイチ様は先ほどから立て続けに話し続けていますしね。いただきものですが貝焼菓子がありますので、召し上がってください」
そういうとアウェイアさんは慣れた手つきでケトルからお湯をポットにそそいだ。茶葉の良い香りがふわっと部屋に立ち込める。それだけでも重たい空気が少しゆるんだ気がして僕はほっと息をついた。
「さあ、皆様どうぞ」
アウェイアさんがいれたてのお茶とマドレーヌをそれぞれに勧めてくれる。僕はそっとカップを持ち上げてお茶に口をつける。果物みたいな香りがする紅茶だ。爽やかでほんのり甘さがあって落ち着く。
「おいしいです。ありがとうございます」
「いえ、お口にあったようで幸いです」
僕らが話す横でガロンさんは仏頂面でマドレーヌをむさぼっている。
チロルさんはというと相変わらず無言で紅茶の湯気をじっと見つめている。
マドレーヌを全部平らげて紅茶を一気飲みしたガロンさんがおもむろに口を開いた。
「……よぉ、チロル。俺ぁさっきからずっと考えてたんだがよ。おめえが気に入らねぇのは要するに過去に俺が紹介した客が貧乏だったってことか?
確かに行き倒れて困ってるような奴ばっか紹介しちまったから金払いがいい客だったとはお世辞にも言えねぇだろう。だがよ、宿代を踏み倒させるような真似は一度もさせてねぇし、どうしても不足しちまって足りねぇ部分は紹介者の責務として俺が補填したはずだ。第一チロルのおやっさんやおかみさんからも無賃宿泊で迷惑したって話は一度も聞いてねぇんだが、それが理由なんか?」
ガロンさんの言葉にチロルさんがぐっと口を引き結ぶ。しばらく押し黙った後、チロルさんは苦しそうに吐き出すように話し出す。
「……違います。お金があんまりないお客さんなんかうちじゃ珍しくありません。別にギルドの紹介じゃなくたって父さんと母さんは困ってる旅人や出稼ぎ人を見かけたら割引料金で泊めたり、皿洗いや草むしりを手伝わせて食事代に当てたりしてるんだから。お金が問題じゃありません」
そこまで話すとチロルさんはガッとカップを両手で抱えてぐびぐびと紅茶を飲み干した。
ぷはっと飲み干したチロルさんは、涙目だ。
「でも、この前のあの人……。ガロンさんが最後に紹介してきた人は……!」
チロルさんは言葉に詰まってしまう。アウェイアさんがそっとティッシュをテーブルに置く。
チロルさんはすかさずティッシュを一枚取るとチーンと勢い良く鼻をかんだ。
「最後に紹介した奴? 確か農村から買い付けに来たけど市場で有り金全部すられちまって途方に暮れてたおやじだったろ? ちっと抜けてるのは否めないが、根っからの善人だったじゃねぇか。俺が出してやった宿代もいいって言ったのに後から色つけて返しに来たような奴だぞ? そいつが何したってんだ?」
「どうもこうもないです! その人が買い付けに来てた理由、ガロンさん知らないでしょう!? その人は娘さんの結婚式の記念品を買うためにこっちに来てたんです。でも、お金を盗まれたから何も買えなくって娘にあわせる顔がないって父さんと母さんたちに話してて! そしたらそれを聞いた父さんたちは、自分たちの持ってた宝石とか貴重品とかを全部その人に渡しちゃったんです! 娘さんへの結婚祝いだっていって…。それだけならまだよかったけど、渡した宝石の中には母さんがお祖母ちゃんから受け継いだ真珠の耳飾りも入ってたんですよ! 小さい頃、わたしがきれいだねって母さんに言ったら、いつかあなたが家を出る時に譲ってあげる、あなたの結婚式にはぜひつけようね、きっと似合うねって言ってくれてたのに……!」
そこまで話すとチロルさんはわんわん声をあげて泣き出してしまった。
なんとも言えない気まずい沈黙が部屋におりる。
ガロンさんもなんと言っていいのかわからないようで、口を開けたり閉じたりしている。
「あー……、そう、だったんか……。そりゃ、確かに……金の問題じゃあねぇな……」
ガロンさんは居心地悪そうにぼりぼりと頭をかきむしる。
アウェイアさんは腕を組んで思案顔だ。
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