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第9話:ゲストカードとお金の価値②

「あ、はい。アウェイアさん。資料はとってもわかりやすいです。物価のことものっていてお金の価値がよくわかりました。ただ……」


 僕は気になっていることを尋ねる。


「あの、ここの«一般的な食堂の一食あたり»についてなんですけど、小銀貨5枚~大銀貨2枚程度が普通なんですよね?」


「ええ、そうですね。もちろん食べる量は人によりますからここから少しずれることはありますが、どの種族どの年代であっても(おおむ)ねこれくらいになるかと」


「そうなんですね……。あの、僕さっきガロンさんにお昼ごはんをごちそうになったんですが、ガロンさんは確か金貨で払ってたと思うんです……。それってものすごく高かったってことですよね……?」


 僕は気まずくなっておそるおそるガロンさんを見る。


「げっ! タイチおまえそんなこと覚えてたのかよ。金の価値はわからねぇと思って堂々と払っちまったのがよくなかったな」


 まずったな、とガロンさんが頭をガシガシかく。

 アウェイアさんは怪訝(けげん)そうな顔でガロンさんを見る。


「昼食で金貨を使ったのですか? いったいどこのお店です?」


「金の皿っていう、とっても立派なお店でした」


 僕はガロンさんの代わりに答える。アウェイアさんが驚いたように目を見開いた。


「金の皿? あの大広場のはずれにある? あそこは店構えこそ店主の意向で大衆的な造りですが、王都から貴族や豪商がはるばる尋ねてくる美食家垂涎(すいぜん)の大人気店じゃありませんか。元宮廷料理人の店主と王女殿下が愛した菓子職人(パティシエール)の夫婦が営む一流のお店ですよ。まったく一般的な食堂ではありません。高くついて当然です」


「そ、そうだったんですね。確かにすごくおいしかったです。接客の人たちもすごくテキパキしてて……。

 ガロンさん、僕ギルドで報酬が手に入ったら自分が食べた分の料金をお返しします」


「あー、あー、いいっていいって! そんなもん受け取らねーよ! すげぇかっちょわりぃじゃねぇか。俺が選んだ店で俺がおごりだっつったんだ。それをくつがえす気はねぇよ」


「でも……」


「ふぅ、タイチ様。お気持ちはよくわかりますが、ここはガロン様に素直に甘えておきましょう。ここまで本人が(かたく)なに辞退しているのです。お金を払ってしまったらかえって迷惑でしょう。

 それに高くついたといっても、タイチ様の食べた分は少しで、ほとんどはガロン様自身が馬鹿みたいな量を頼んだのでしょう? 大型獣人はよく食べるとはいえ、ガロン様の大食漢(たいしょくかん)ぶりは並外れていますからね。それならば例え金欠になったとしても自業自得(じごうじとく)というものです」


 それはいいとして、とアウェイアさんは表情をきりりと引き締める。


「ガロン様、金の皿は予約必須の人気店ですよ。それを駆け込みで利用したということは、あなた上級冒険者特権を使ったのでしょう? 正式に認められた権利ですから使うなとはいいませんが、乱用するとお店の大きな負担になります。重々お気を付けくださいね」


「わぁってるよ。今回はタイチがものすげぇ訳ありっぽかったから個室がある店にしたくてあそこにしたんだ。ついでにうまいもん食わせてやりたかったからな。

 結果的にタイチは精霊の(かどわ)かしで、その辺の飯屋で話せるような内容じゃあなかったんだから良かったじゃねぇか」


「それはあくまでも結果的でしょう。気軽に使うのは慎んでくださいよ。まったく」


 アウァイアさんはメガネをかけ直しながらぶつぶつと文句を言う。


「おや、また話が脱線してしまいましたね。失礼しました。お話を続けましょう」

  

「はい。あの、アウェイアさん。登録料のことなんですけど、依頼を受けて、その報酬から後払いすることってできますか?」


「ええ、可能ですよ。登録料の報酬後払い制度のご利用ですね。ただ、その場合、ゲストカードをお渡しできるのは登録料分の依頼を達成してからになりますので、即日発行ではなくなります。真面目に取り組めば、早くて2日、遅くても一週間程度で発行できると思いますが、それでもよろしいですか?」 

 

「おいおい、タイチ。金の価値は知っておいた方がいいと思ったから黙って聞いてたけどよ、登録料なら俺が払うぜ? 後払いだのなんだのしゃらくせぇことは悩まなくていいぞ。稼ぎは登録料なんかに使わず自分のためにとっとけよ。ゲストカードもすぐにもらえた方が助かるだろ?」


「いえ、それはちょっと……。ガロンさんには(おぼ)れたところを助けてもらって、服も用意してもらって、高いご飯をいっぱいおごってもらって、ここまで連れてきてもらって、レインリアさんともいろいろ相談してもらって……。たぶん、これからも相談に乗ってもらったり頼ったりすると思うんです。

 だからせめて、登録料だけでも自分で払えるなら払いたいと思ったんです。後払いが無理だったらあきらめてガロンさんに借りてたと思いますが、自分で払える制度があるなら自分で払うべきだと思います」


 レインリアさんのお説教の内容も思い出して僕は首を横にふる。自立したいなら甘えすぎはダメだ。


「タイチ様のお考えは実に筋が通っていますね。ご立派です。ガロン様、優しさと甘やかしは違いますよ。特に金銭が絡むことを安請け合いするものではありません。タイチ様の自立心を尊重してください。

 ……しかし、ゲストカードが発行されるまでの間、タイチ様がどこに住むのかという問題は残ってしまいますね。身分証がないと宿屋が嫌がりますので……」


「ん? それなら俺んちでいいだろ?」


「ガロン様の家? あなたの家は寝室と物置用の小部屋しかない手狭もいいところではないですか。しかも物置部屋には迷い犬2匹と足が不自由な猫が1匹いて、売れ残りの観賞魚が複数いる水槽がある上に、それのお世話係という名目で盲目のご婦人を住まわせているでしょう? いったいどこにタイチ様を泊まらせるのです? 同じ寝台(ベッド)で添い寝するおつもりで?」


「うっ……それはまあ詰めたりすればなんとか……。っていうか、アウェイア! おまえなんでそんなに俺んちの事情に詳しいんだ? すげぇ気持ち悪いぞ!?」


「ガロン様の私生活は要監視事項ですからね。職員全員で共有していますよ。知らなかったのですか?

 貴重なA級剣士で実力的にはすでにS級でもおかしくないというのに、あなたのやらかしときたら……。前科が多すぎて見張られても仕方ありません。ギルドとしても貴重な戦力にくだらない私事でつぶれてほしくありませんのでね。

 あ、そうそう。最近その猫が発情期で夜通し鳴いていて困っているそうですね。獣医を紹介しますからきちんと去勢(きょせい)しておいてくださいね。くれぐれも子猫まで抱え込むことがないように」


 アウェイアさんはしれっとした顔でガロンさんに言う。ガロンさんは顔をひきつらせている。

 僕はガロンさんの家の事情に面食らう。うちに泊まってけと当たり前に言われてたから、てっきりガロンさんのおうちは空き部屋がある大きな家なんだと勝手に思っていてたけど、違うんだ。

 ガロンさんと一緒に寝る……? 朝起きたらぺちゃんこになってそうで正直こわいな。

 アウェイアさんは話を戻して続ける。

 

「ギルドの当直室を用意する手もありますが、支長への説明が厄介ですね。精霊の(かどわ)かしのことはなるべく広めない方がよいでしょう?」


「はい、できれば秘密にしてほしいです。実はレインリアさんにも気をつけろって言われたばっかりで……。アウェイアさんにも本当は話してよかったのか……」


「ハァー……、まったく。ガロン様には困ったものですね。ちなみに現時点で精霊の(かどわ)かしのことを知っているのは?」


「おう、俺とレインリアだな!」


「……お二人だけですか?」


「今のところはな。あとはレインリアが第3王女と自分の師匠には話すっつってたな」


「王族と宮廷魔導師長ですか……。それに加えてA級剣士とS級魔導師のお二人のみと。……ガロン様、あなたとんでもないことを話してくれましたね。たかだか辺境ギルドの副支長の身分で国家機密レベルの秘密を抱えることになるとは思ってもみませんでした。今から頭が痛いですよ」


「なんだよ、そんなに悩むことか?

 レインリアの奴だって信頼できる奴には話していいって口ぶりで、絶対内緒にしろとは言ってねぇぞ?

 俺なりにアウェイアは信頼できると思ったら話したんだ。まあ面倒くさかったのも確かにあるが……。

 これが支長のタヌキおやじや受付の若い嬢ちゃんらが相手だったら俺だって話してねぇよ」

 

「フゥ、そうですか。ガロン様の信頼に預かりまして非常に光栄です。ええ」


 なかば投げやりにアウェイアさんが答える。

 そんなアウェイアさんを気にもせず、ガロンさんはポンッ!と両手を打った。


「おう、そうだ! 思いついたぜ! タイチの宿だが、チロルんとこに泊まらせてもらうのはどうだ? あっこの民宿なら身分証がどうのとかてぇこた言わねぇだろ?」


「ああ、野々花荘ですか。ギルド提携の民宿ですね。確かに経営者のホームメイド家のご夫婦は寛容なお人柄ですし、私が出向いて説明すれば身分証がなくても問題ないかもしれません。タイチ様と同じくらいのお子さんを育てていますし、理解もあるでしょう」


「だろう! ギルドの当直室なんかよりよっぽど気が利いてるし、値段も手頃で飯もうまいしな! 決まりだ決まり!

 そうだ、チロルの奴は今日ギルドに顔だしてねぇか? もしいるならチロルに口利きを頼もうや。アウェイアだけより話を通しやすいだろ?」


「そうですね。チロル様にある程度の事情を話して口添えいただければ確かに助かります。

 ……当たり前ですが精霊の(かどわ)かしやタイチ様の種族のことは伏せてくださいよ。あくまで身分証が手元にない移民の少年という設定に徹してくださいね。種族は混血森人(ハーフエルフ)ということにしておきましょう。

 それでよろしいですか? ガロン様、タイチ様」


 秘密を共有させられて困っているアウェイアさんがしっかり僕らに釘をさす。僕は神妙(しんみょう)にうなずいた。


「はい、わかりました。いろいろありがとうございます、アウェイアさん。

 あの、ところで、そのチロルという人はどんな人なんですか?」


「ああ、チロルは兎の獣人で元気な奴だよ。なかなかの美人だな。まだ未成年だが腕が良くてすでにC級のテイマーだ。特に竜系統魔獣のテイムをさせたら右に出るもんはいねぇな。実質この町一番じゃねぇか?

 将来、A級・S級に上がってくる確かな実力があると思うぜ」


 ガロンさんがほめちぎる。とてもすごい女の子のようだ。テイマーってたしか魔獣使いのことだよね? かっこいいな。


「ええ、ギルドとしても期待の若手ですよ。ガロン様もうかうかしているとチロル様に級を抜かされますよ。さっさと万年A級の汚名は返上してくださいね」


「うっせぇな。一言多いんだよ、アウェイアは」


 ガロンさんが憤慨(ふんがい)する。

 

「おやそれは失礼しました。

 たしか、チロル様は今朝魔獣狩りの依頼を数件受けて森に行かれていたと思います。予定どおりに狩りを終えたのでしたら、そろそろ戻られる頃合いでしょう。

 査定区画(セクション)で待ってみましょうか」


「そうだな。善は急げだ。行くぞタイチ」


「はい!」


 僕は二人について部屋を出た。

 

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