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鉄人リリーは未だに恋を知らない ⑤

 自宅での修羅場から一日経った夕方。


「料理なんて俺がやるよ」


 台所で材料を切っているリリーにイシュリアが慌てた様子で駆け寄る。


 しかし、リリーはイシュリアに顔を向けることなく平たんに言い放つ。


「ちょっと、エルフ族の仲間に教えてもらった料理があってな。作ってみたいんだ。気にしないでくれ」

「そう……なのか?」

「心配するな。別にもう怒ってない。追い出すようなことはしないよ」


 顔を一切見ようとしないので、イシュリアは狼狽した様子で、しかし、無理やり包丁を奪うわけにもいかず、ずこずことどこかへと下がっていく。


 視界の端から男の陰が消えたのを感じて、リリーは小瓶を一つ取り出す。

 小瓶は紫色で禍々しい雰囲気を放っていたが、リリーは構わず火にかけていた小鍋に流し入れ、切っていた材料も続けていれた。


 ぐつぐつと煮えていく鍋。


 少しスパイシーな匂いが部屋に充満しはじめるが気に留めない。



 その日の夜、赤いテーブルクロスがひかれた卓の上に、シチューのような料理が置かれる。

 紫色の小瓶の中身は溶け合い混じり、加熱すると色が消えるのか、色の残滓は見当たらず、真っ白である。


「美味しそうだね」


 イシュリアが瞳に怪訝そうな色を浮かべながらも優しく囁く。


「ダンジョンに潜った時に出会ったエルフ族が教えてくれたシチューだ。上手にできていればいいのだけど」


 そう言ってリリーはスプーンでそれを口に運ぶ。

 イシュリアが見つめているのを意識してか、じっくりとわざとらしく咀嚼し、そして、飲み込む。


「うん。まぁまぁじゃないか。普段料理をしないからあれだったが、まぁ、及第点だろう」

「そ、そうか」


 歯切れの悪いイシュリアに、リリーが目を細める。


「おや? この鉄人リリー様の料理が食べられないのか?」

「うぇ?!」

「なんだよ?」

「いや、君が自分のことを鉄人って言ったこと聞いたことがなかったなって」

「そうか?」

「そうだよ」

「そうかもな」


 リリーが自分のスプーンでイシュリアの皿からすくう。


「はい。あーん」

「あ、あーん」


 目を細めながらもにこにこと微笑むリリーのスプーンを誰が拒めたであろうか。

 イシュリアは観念して、それを受け入れた。


「おっ。う、美味いな!」

「だろう?」


 香辛料がしっかりときき舌を刺激しながらも、肉のうまみが口の中で踊る。

 飲み込めば、肉の香りの向こう側から爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。

 柔らかでジューシーな肉の歯ごたえ、溶けるくらいにこまれた野菜たち。


 気づけば、イシュリアはがっついて、あっさりと皿をたいらげた。

 それを、にこにこと天使のような微笑みで見つめるリリー。



 その夜——


 リリーがシャワーで身を清めて寝室にはいる。

 ベッドには先に清めたイシュリアが寝そべっていたが、リリーの美しく整った裸体を見ると、大きく目を見開く。


 がばっとベッドから起き上がり、瞳にはとまどいと怒り、少しの哀しみの色。


「リリー。あの料理、やっぱり何か入っていたんだね……!?」

「うん」

「何を入れたの?!」

「元気になる薬。おぉ、これは見事だな」


 リリーがイシュリアの股間を見つめ、感慨深げにつぶやく。


「あの薬ね。放っておくと一晩はたちっぱなしになるんだってさ」

「媚薬ってことか!? なんで、君は平気なんだ? 自分のには入れてなかったのか」

「いや、入ってたよ。君がどっちを食べてもいいように。凄いな。久々にとても浮かれている」


 リリーはにこっと満面の笑み。


「男の人のモノって、ずっと立ちっぱなしだと腐るんだって?」

「なっ!?」

「イシュリア。今夜はどれだけがんばればいいんだろうね。私はとても楽しみだよ」


 にこにこと微笑みリリーとは対照的に青ざめていくイシュリア。


「ばかな……。リリー……。君は今まで満足したことがなかったのか?」

「オーガとやりあう冒険者が、君のささやくような一夜で満足できると思っていたのか?」

「演技だったというのか……?! あんなに何回も何回もしてもまだ足りなかったというのか?!」

「イシュリア。私は君を愛している。たぶん。君だけが私に女であることをぶつけてきた。子犬のような君に抱きしめられている時、何とも言えない安らぎは代えがたい幸せだ」


 リリーはイシュリアに歩み寄ると、頬を手でさすって、唇を重ねた。


「この……!!! ケダモノが!!! 人をなんだと思っている! そういうところが嫌いなんだ!!! 俺がこんなに尽くしているのだから、少しは俺の女って顔してくれればいいものを!!」


「ん? どういう意味だ?」


「お前が寂しそうな顔をしているから!! 俺が抱いてやったんだ!! 鉄人リリーの男ってだけでみんな羨望の目でみてくれる!! なのに、お前はちっとも俺のものって感じがしない! いつも飄々として、悠々としていて、俺のやることなすこと、子供の悪戯みたいな感じで微笑んで!! 俺は犬じゃねぇ!!」


「それで?」


「これじゃあ、ご主人様に尻尾を振る犬じゃねぇか……。借金しても浮気しても、全部許す……! もっと、泣き叫んで平手打ちの一つでもしてくれればいいものを!!!」


「つまりどういうことだ?」


「それがわからねぇから、俺は浮気するんだ!」


 リリーはわめき続けるイシュリアの肩を掴んで、強引にベッドに押し倒す。

 決してひ弱ではないイシュリアだが、鉄人リリーの膂力の前には赤子も同然である。


「イシュリア。君が私の何が気に入らないのかがよくわからない。ただ、疑問がある。じゃあ、なんでいつも私の元に帰ってくるんだ?」


 押し倒され、視界一杯にリリーの顔をとらえながら、イシュリアは息をのむ。


 しばしの沈黙。


 互いの息遣いだけが部屋を満たしていく。

 

 リリーは、イシュリアの次の言葉を待つ間、イシュリアを見つめながらギムレットの顔を思い出していた。

 自分でもギムレットと結ばれた方が、優しくて甘くて、それでいて互いに尊敬し合えるカップルになれたと思える。


 ギムレットは、いつだってリリーをリリーとして真っすぐに見てくれて、その視線に尊敬と好意の色が含まれているのもわかっている。

 ギムレットは頼れる仲間で、自分のガサツで大雑把な立ち振る舞いの隙間をうまく埋めてくれる。

 ギムレットが死にそうになったら、リリーは自分の命を捨ててギムレットを守るだろう。


 でも、違う。


 リリーをリリーとして見てくれる。そのうえで、好きでいてくれる。

 贅沢なことだ。


 でも、やっぱり違う。


 自分は今までの人生で、乱暴に捨ててしまった。

 いや、置き去りにさせられてしまった女の部分を拾い上げて欲しかったのだ。


 リリーの人格の前に、女のリリーを求めて欲しかった。

 だからこそ、イシュリアが必要なのだ。


 これは愛だろうか? いや、依存と支配……そんな気もする。

 恋も知らないのに、愛に依存して支配されたがっているのに、うまくいかない……。


 自分でも鼻息が荒くなっていることがわかる。

 色気のある長いまつ毛の奥にあるイシュリアの瞳。

 潤んでとてもセクシーな瞳。


 そして、男の薄い唇が小さく開く。


「お前が良い女だからだ……」


 それを聞いて、リリーはイシュリアの唇を強引に奪い、貪る。


「イシュリア。では、何も考えず楽しもうじゃないか。とことん私が果て尽くすまで」


「くそ。リリー。やっぱりお前は怒っているんだな」


 やがて、男女の嬌声が部屋を満たした——。




 獣のように求め合った夜。

 イシュリアが泣き叫んでも絡み合った夜明け。


 リリーが目を覚ますと、ベッドには既にイシュリアの姿はなかった。


 ベッドの横のサイドテーブルに書置きがあるのが目に留まる。


 掛け布団からもぞもぞと気怠そうに起き上がって、書置きに目を通す。


 口をへの字に曲げたあと、シャワーを浴び、綺麗になった自分の身体にバスタオルを巻いてリビングのソファに座る。


 あらためて、書置きの紙を手に取って、じっと見つめる。



 ——君は俺には重すぎる。もう別れる。さようなら——



 リリーは紙をその辺に投げ捨てて、濡れた髪をタオルで丁寧に拭いていく。

 長い髪は拭くだけでも大変だ。


 あらかた拭き終わり、タオルをターバンのように髪をまとめあげて巻く。


 ぼーっと中空を見つめるリリーの口は、やがて緩やかに端を上げて、微笑んだ。


「ふふ。あいつ、今度は何日で帰って来るかな?」


 リリーは優しく自分の髪を撫で続けた。



 ——鉄人リリーは未だに恋を知らない——

ご拝読誠にありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけていれば幸いに思います。

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