鉄人リリーは未だに恋を知らない ②
エヴァルトリア帝国の30ある各領地のうちの一つであるカレディア領。
そのカレディア領の西の果てにイリスヴェルグはあった。
内陸の街ながら、交易都市で人口は約15000人。
エルフ族、ドワーフ族、ホビット族、各種獣人族などなど、様々な人種が活気ある様子で往来を歩いて行く。
街の入り口の物々しいゲートをくぐって、大きな中央通りへ。
通りには道の両端にぎっしりと露店が立ち並び、きらびやかな宝石を売っていたり、武器を売っていたり、肉の串焼きや総菜を売っていたりと多種多様だ。
香ばしい腹の虫を騒がせる匂いを嗅ぎながら、さらに奥へ、街の中心部に進んでいくと、更に賑やかな様々な市場が顔を見せる。
ここでは、ほぼ何でもそろう。お金で買えるものなら何でも……それこそ、奴隷ですら。
市場の喧騒を受け流しながら、リリーは分かれ道を右に進んでいく。
段々と市場の喧騒が後ろに過ぎ去っていったころ、今度は閑静な住宅街が顔を出す。
皆、中世ヨーロッパ風な白を基調とした家々が並び、豪奢な一戸建てや、集合住宅であるアパートメントも整然と並んでいる。
リリーはそのうちの一つ、小綺麗なアパートメントの階段をがしゃりがしゃりと物々しい足音を立てながら登っていく。
1階。
2階。
3階。
最上階への階段を登り切ったすぐの角部屋のドアのカギをまわして、部屋に踏み入る。
リリーが自分の城に踏み入って、まず耳にしたのは女の嬌声。
荒い息を切らしながら、快楽にふけった喘ぎ声が断続的に聴こえてくる。
「あっ……あっん。あぁ、気持ち……イイ……」
リリーはふぅとため息一つ。
わざと物々しく重々しいグリーブに包まれた足音を立ててリビングのドアを開け、やがて寝室へ近づく。
「あぁ…ん……。えっ!?」
がしゃりがしゃりと鎧の各パーツがこすれ合う音にようやく気付いたのだろう。
女の艶やかな声に驚きの色が灯って、声が止む。
リリーが寝室のドアをギィギィと音を立てながら開け放つと……。
「部屋の主様のご帰還であるぞ」
リリーがわざと低い声で威厳たっぷりに声を放つと、男の上に跨っていたブロンドの長い髪の女が目にもとまらぬ速さで飛びのいて、シーツをその瑞々しい肢体に巻き付ける。
リリーを見つめるその瞳は、一瞬驚き、そして恐怖の色が灯った。
「リリー……! 鉄人リリー!?」
可哀そうになるくらい女の整った顔は青ざめていき、やがて床にペタンと座り込む。
「り、リリーの男なんて聞いてないよ!! 冗談じゃない! り、リリー! ごめんよ! あんたの男なんて知らなかったんだよ!」
女は大きな胸をブランブラン揺らしながら、犬のように床を這いつくばりながらリリーの足元に縋りつく。
しかし、リリーは何の感情も顔には浮かべず、淡々とした様子で口を開いた。
「あぁ、いい。わかってる。悪いのはこいつだ。だが、すまない。ここは私の家なんだ。すぐに出て行ってくれるか?」
「も、もちろんよ!」
女は慌ててローブを上から被ると、肌着やバッグをかき集め、胸に抱いて家を飛び出した。
まさに、脱兎のごとく。
残された男とリリー。
「女のところに行っているかとは思ったが、まさか私の家の私のベッドで致しているとは、大した度胸だ」
リリーの呆れたような声色に、男は自身の金髪の髪を手で撫でながらあっけらかんとした様子を見せる。
「リリー。お帰り。思ったより早かったね。なーに。これは浮気じゃないよ。だって、あいつを抱いている時、ずっと君のことを考えて抱いたんだ。だってね、男は我慢できない時がどうしてもあるんだよ。さっきの女はその代わり。ずっと、君の代わりとして抱いたんだ。ずっとずっと、君だと思って抱いたんだ。だから、浮気じゃないよ。そうだろ?」
男の口上を腕を組んで聞いていたがリリーであったが、そのあまりの動揺の無さにむしろ感心してしまう。
「なるほど。私だと思って抱いたのか」
「あぁ、そうだ」
「随分と胸の大きな女だったな」
男の視線が一瞬、リリーの胸に移る。
「ははは。そうだろうか」
ヒュっ!
突然風切り音が鳴ったかと思うと、男の金髪が先端から数㎝切り払われ、ぱらぱらと髪が散る。
「んっ!?」
「私は、浮気されても一向に構わん。お前は最後は私のところに帰ってくるしな。しかしな……」
いつ鞘から抜いたのか。目にもとまらぬ速さで振り下ろされたリリーの右手のロングソード。
剣先は獲物を求めてギラリと輝く。
「私のような叩かれすぎて女心を失った鈍感な人間でも、誰かの身代わりに身体をいいようにされたとあっては、酷く傷つくことであろうくらいわかる。わかるか? 私がなぜ怒っているのか?」
「言い訳が苦しかったからか?」
「そうだ。私の男が、自分の欲のために平気で女を傷つけるやつだと言われたことに怒っている」
「そ、そうか。すまない。もうしない。浮気もしないし、変な言い訳もしない!」
「……まぁ、いいだろう」
ヒュッ!
また風切り音が鳴ると、リリーのロングソードは軽やかに鞘に戻った。
「もし、抱くのなら、私の代わりなどと言わず、全力で抱いてやれ」
「は、はぁ……」
「ふぅ……」
リリーが肩をすくめる。
すると、男が腰にタオルを巻きながら、さっと歩み寄ると、リリーの鎧をひとつひとつ丁寧に外していく。
もわりもわりと、その度に女とは思えない汗を煮詰めたような悪臭がして、男は顔の真ん中に皺を寄せる。
「ふふ。臭いか? 今回は一週間ずっとダンジョンに潜りっぱなしだったからな」
「臭くなんかないさ。命を懸けてきた匂いだからな」
リリーは少し感心するように目を丸くする。
「あはははは。お前の舌はすごいな。詩人にでもなるのか?」
「ははは」
鎧が全て外されて、黒いインナースーツ姿になったとき、リリーはさっと男から離れる。
「シャワーを浴びてくる。イシュリアは、正座して待っていろ」
男は張り付いた笑顔で、リリーのスレンダーな肢体を見送った。




