第七章:盟約の誓い、そして芽吹く国家の息吹
アークウッド領の領主、アルフォンス・フォン・アークウッドは、壮年の実直そうな男だった。彼はセイジを自らの居城に丁重に招き入れ、会談の席を設けた。セイジの村からは、護衛として数名の若い村人と、相談役としてマーサが同行した。
「キリヤマ殿、先日は我が使者に温かい応対を賜り、感謝申し上げる。そして何よりも、カルヴァの軍勢を退けたその武勇と知略、アークウッド領一同、心より敬服しております」
アルフォンス領主は、飾らない言葉でセイジを称えた。彼の領地もまた、カルヴァ領の度重なる挑発と不当な要求に苦しめられてきた歴史がある。セイジの村の勝利は、彼らにとっても大きな希望となっていた。
「アルフォンス殿、お招きいただき光栄です。我々もまた、カルヴァの脅威に立ち向かうためには、信頼できる隣人との協力が不可欠と考えております」
セイジは、率直に同盟の必要性を語った。交渉は、互いの腹の内を探り合うような緊張感と、共通の敵を持つ者同士の連帯感が入り混じった雰囲気で進んだ。
同盟の条件として、セイジは単なる軍事協力だけでなく、経済的な交流や技術の共有も提案した。特に、セイジの村で始まっている農業改革の成果や、衛生管理の知識は、アークウッド領にとっても魅力的なものだった。
「我々は、互いの領民が豊かになるための同盟を目指したい。軍事力だけでなく、経済力、そして民の生活水準の向上があってこそ、真の強さが生まれると信じております」
セイジの言葉に、アルフォンス領主は深く頷いた。彼は、セイジが単なる武人ではなく、民の暮らしを第一に考える為政者であることを見抜いていた。
「キリヤマ殿の考え、よく理解できた。我々アークウッド領も、貴殿の村との同盟を、単なる軍事的なものに留めるつもりはない。互いに学び、高め合える関係を築きたい」
数日間にわたる交渉の末、両者は正式な同盟条約を締結した。それは、カルヴァ領に対する共同防衛、経済交流の促進、そして農業技術や知識の共有を柱とする、互恵的な内容だった。固い握手を交わすセイジとアルフォンス。それは、この辺境の地に生まれた新たな力の萌芽を象徴する光景だった。
村に戻ったセイジは、アークウッド領との同盟締結を村人たちに報告した。村人たちは、強力な後ろ盾を得たことに安堵し、喜びの声を上げた。しかしセイジは、彼らに浮かれることなく、内政の充実こそが真の強さに繋がると説いた。
「同盟はあくまで手段の一つだ。我々自身が強くならなければ、いずれ見捨てられる。今こそ、この村を、誰にも侮られない豊かな場所に変える時だ」
セイジは、本格的な内政改革に着手した。
まず、農業改革をさらに推し進めた。アークウッド領から提供された新たな品種の種子や農具を導入し、輪作や堆肥作りを村全体に広めた。また、村の共有地を整備し、計画的な作付けを行うための組織「農耕組合」を設立。経験豊富な老人たちを指導役に据え、若い世代に知識と技術を継承させる仕組みを作った。
次にセイジが取り組んだのは、教育の導入だった。彼は、文字の読み書きや簡単な計算を教えるための小さな学び舎を、屋敷の一角に設けた。教師役は、セイジ自身と、文字の読み書きができる数少ない村人が務めた。
「知識は力だ。文字を読めれば、多くのことを学べる。計算ができれば、不当な取引で見くびられることもなくなる」
最初は子供たちだけを対象としていたが、やがて大人たちの中からも学びたいという者が出てきた。鋤や鍬を握るしかなかった彼らが、ペンを手に目を輝かせる姿は、セイジにとって何よりの喜びだった。
さらに、村の組織体制も整備した。先の戦いで活躍した若者たちを中心に、見張りや警備を担当する「自警団」を正式に組織。彼らには、セイジが自衛隊で学んだ基本的な訓練を施し、集団行動の重要性を叩き込んだ。また、村の様々な問題を議論し、解決策を提案するための「村会」のような仕組みも導入し始めた。それは、セイジが目指す「民本主義」の第一歩だった。
村は、少しずつ、しかし確実に変わり始めていた。畑には緑が溢れ、子供たちの学ぶ声が響き、夜には自警団が巡回する。以前の貧しく無気力だった村の面影は、徐々に薄らいでいった。
しかし、平和な日々は長くは続かないことを、セイジは知っていた。
旅の商人や、アークウッド領からもたらされる情報によれば、カルヴァ領は先の敗北に激怒し、大規模な報復戦の準備を進めているらしかった。その規模は、前回の比ではないという。
「やはり来たか……。だが、今の我々は、以前の我々ではない」
セイジは、村の防衛計画を再度見直し、アークウッド領との共同作戦の準備を進めた。新たな井戸や食糧備蓄も、着実に成果を上げていた。
そんな折、さらに不穏な情報がセイジの耳に入った。
「セイジ様、カルヴァ領の北方に位置する大国、エルデン帝国が、最近不穏な動きを見せているとの噂です」
アークウッド領の使者がもたらしたその情報は、セイジの背筋を凍らせた。エルデン帝国は、この地域で圧倒的な軍事力と広大な領土を誇る覇権国家だ。もし、エルデン帝国がカルヴァ領と手を組むようなことがあれば、あるいはカルヴァ領の混乱に乗じてこの地域に介入してくるようなことがあれば、セイジたちの小さな村とアークウッド領の同盟など、赤子の手をひねるように潰されてしまうだろう。
「エルデン帝国……か。厄介な相手が出てきたな」
セイジの脳裏に、前世での国際政治の複雑な駆け引きが蘇る。小国が生き残るためには、軍事力だけでなく、巧みな外交と情報収集が不可欠だ。
カルヴァ領の脅威、そしてエルデン帝国という新たな大国の影。内政改革によって少しずつ力を蓄え始めたセイジの村だったが、その前途には、依然として暗雲が垂れ込めていた。
セイジは、夜空に浮かぶ異世界の月を見上げた。
(乗り越えるべき壁は、まだまだ高い。だが、諦めるわけにはいかない。この地で、俺が築き上げると決めた国のために)
彼の瞳には、困難に立ち向かう決意の光が、より一層強く輝いていた。日本の伝統と精神を胸に、異世界の建国者としての道は、まだ始まったばかりだった。