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第五章:決断の刻、迫る鉄蹄

「我々は、決して屈しない」

セイジの決然とした言葉は、絶望に沈みかけていた村人たちの心に、小さな灯をともした。しかし、現実は厳しい。相手は訓練された兵士を擁する隣国の軍勢。対するこちらは、農具を持っただけの素人集団。恐怖が完全に消え去ったわけではなかった。

「で、ですがセイジ様……我々に勝ち目など……」

一人の老人が、震える声で問いかける。それは、多くの村人が胸に抱いている不安だった。

セイジは、集まった村人たちを見渡した。恐怖に顔を歪める者、怒りに拳を握りしめる者、そして、わずかな希望をその目に宿す者。

「確かに、正面からぶつかれば我々に勝ち目はないだろう。だが、戦いとは、力と力のぶつかり合いだけではない」

セイジは、かつて陸上自衛隊で叩き込まれた戦術論を思い起こしていた。寡兵が大軍を打ち破った歴史上の戦例。地形を利用した罠。敵の油断を誘う陽動。そして何よりも、兵士たちの士気と団結力。

「我々には、この土地の利がある。そして、守るべき家族と故郷がある。その想いの強さが、我々の最大の武器だ」

セイジは、村の地図を地面に広げ、具体的な防衛策を説明し始めた。

まず、村の周囲に築いたバリケードをさらに強化し、いくつかの出入り口を意図的に塞いだ。残された侵入経路には、落とし穴や足止め用の罠を巧妙に仕掛けた。森の中にも、敵の進軍を妨害するための障害物を設置し、ゲリラ的な攻撃を行えるよう、少数の若者を選抜して訓練を施した。

「敵は大軍で油断しているはずだ。我々は、彼らが予想しない形で抵抗し、その油断を突く」

セイジの戦略は、徹底した遅滞戦術と、敵の戦意を削ぐことを目的としていた。村の女子供や老人たちは、あらかじめ森の奥の隠れ家に避難させる。戦える男たちは、セイジの指揮のもと、村の各所に配置された。

準備を進める数日間、村は異様な緊張感に包まれた。恐怖と不安に押しつぶされそうになる者もいた。

「やはり、貢物を差し出して許しを乞うべきではないか……」

そんな弱音が聞こえてくることもあった。

そのたびに、セイジは彼らに語りかけた。

「屈服すれば、一時的に命は助かるかもしれない。だが、我々は家畜同然の扱いを受け、未来永劫、彼らに搾取され続けることになる。それは、生きていると言えるのか? 我々が今、戦わなければ、子供たちの世代に、さらに重い荷物を背負わせることになるんだ」

セイジの言葉は、時に厳しく、時に優しく、村人たちの心を揺さぶった。新しい井戸を掘り、畑仕事に汗を流した日々。あの時、確かに感じた希望の萌芽。それを、こんな形で踏みにじられてたまるか。徐々に、村人たちの間に、絶望を乗り越えるための結束が生まれ始めていた。

ティムのような子供たちでさえ、大人たちの邪魔にならないようにと、隠れ家で静かに息を潜め、年寄りたちの世話を手伝った。マーサは、他の女たちと共に、男たちのために食料を準備し、傷の手当てができるよう薬草を集めた。

そして、運命の日が訪れた。

早朝、見張り台に立っていた村人が、遠くの丘陵に土煙が上がるのを発見した。

「敵襲! カルヴァ領の軍勢だ!」

鐘の音が、村中に鳴り響く。それは、戦いの始まりを告げる合図だった。

セイジは、屋敷の屋根に登り、迫り来る敵軍を見据えた。黒々とした歩兵の隊列、そしてその先頭には、馬に乗った指揮官らしき男の姿が見える。その数、およそ百。対するこちらは、戦える男が三十人程度。戦力差は歴然としていた。

「来たか……」

セイジは深呼吸をし、心を落ち着かせた。恐怖はない。あるのは、守るべき者たちのために全力を尽くすという、冷徹な決意だけだった。

カルヴァ領の軍勢は、何の警戒もせずに村へと近づいてきた。彼らにとって、この貧しい村の抵抗など、取るに足りないものだと高を括っているのだろう。

「よし、第一陣、準備にかかれ!」

セイジの号令が飛ぶ。村の入り口に仕掛けられた最初の罠が、その時を待っていた。

敵の先遣隊が、不用意にバリケードに近づいた瞬間、彼らの足元の地面が崩落した。数人の兵士が、悲鳴と共に落とし穴へと姿を消す。

「な、何事だ!?」

後続の兵士たちが驚き、混乱する。その隙を逃さず、バリケードの陰から、石礫や弓矢が放たれた。数は少ないながらも、必死の抵抗だった。

「落ち着け! 怯むな! たかが農民の悪あがきだ! 全軍、突撃!」

敵の指揮官が怒声で兵士たちを叱咤し、強引に前進を命じた。しかし、村へと続く道は狭く、思うように隊列を組むことができない。さらに、森の中から放たれる矢や投石が、彼らの側面を脅かした。

「セイジ様の言う通りだ! 奴ら、混乱してるぞ!」

「今だ! 行けーっ!」

村人たちは、セイジの指示通り、巧みに地形を利用し、神出鬼没に攻撃を仕掛けた。それは、洗練された戦術とは言えなかったが、死に物狂いの抵抗だった。

セイジは屋敷の屋根から戦況全体を見渡し、的確な指示を飛ばし続ける。

「第二陣、敵の側面を突け! 無理はするな、一撃離脱を心がけろ!」

「森の部隊、敵の指揮官を狙え! 足止めだけでもいい!」

元自衛官としての経験が、彼に冷静な判断力と、戦場の流れを読む力を与えていた。彼の指揮は、素人集団である村人たちの力を最大限に引き出していた。

しかし、敵もさるもの。最初の混乱から立ち直ると、数の力でじりじりと防衛線を押し込んできた。バリケードが破られ、ついに村の中へと敵兵がなだれ込んでくる。

白兵戦が始まった。農具を握りしめた村人たちが、剣や槍を持つ兵士たちに果敢に立ち向かう。血が流れ、悲鳴が上がる。絶望的な戦力差が、少しずつ現実のものとなっていく。

「くそっ、やはり数が多い……!」

セイジは歯噛みした。このままでは、村が蹂躙されるのは時間の問題だ。

その時、カルヴァ領の指揮官が、手薄になった屋敷へ向かって兵を進めているのが見えた。おそらく、領主の養子であるセイジを捕らえ、戦いを終わらせようという魂胆だろう。

(好都合だ……!)

セイジは、唇の端に微かな笑みを浮かべた。それは、彼の最後の切り札が発動する合図だった。

「皆、もう少しだけ耐えてくれ! あと少しだ!」

セイジは屋根から飛び降りると、屋敷の中へと駆け込んだ。彼を追って、数人の敵兵が屋敷になだれ込む。

屋敷の奥、薄暗い広間で、セイジは敵兵たちと対峙した。

「愚かな。おとなしく降伏していれば、命だけは助けてやったものを」

敵兵の一人が、嘲るように言った。

「降伏するのは、お前たちの方だ」

セイジが静かに告げた瞬間、広間の床板が、大きな音を立てて跳ね上がった。それは、セイジが密かに仕掛けておいた、大規模な落とし穴だった。敵兵たちは、為す術もなく、暗い穴の底へと吸い込まれていく。

そして、その混乱に乗じて、屋敷の周囲に潜んでいた村人たちが、一斉に鬨の声をあげて襲いかかった。それは、まさに起死回生の一撃だった。

指揮官を失い(セイジは指揮官もろとも罠にかけたわけではないが、指揮系統を一時的に麻痺させることには成功した)、予期せぬ反撃に混乱したカルヴァ領の兵士たちは、徐々に戦意を喪失し始めた。

「退け! 退却だ!」

誰かが叫ぶと、それをきっかけに、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。

「追うな! 深追いは禁物だ!」

セイジは、勝利の余韻に浸る村人たちを制した。

夕日が、戦いの終わった村を赤く染めていた。あちこちで火の手が上がり、負傷者の呻き声が聞こえる。しかし、村人たちの顔には、疲労と共に、信じられないような勝利への歓喜が浮かんでいた。

彼らは、勝ったのだ。圧倒的な戦力差を覆し、故郷を守り抜いた。

セイジは、静かに空を見上げた。多くの犠牲が出た。しかし、この勝利は、この村に、そして彼自身に、新たな未来への確かな一歩を刻みつけた。

戦いが終わった後、マーサが駆け寄ってきた。その目には涙が浮かんでいる。

「セイジ様……セイジ様……! 本当に……本当に、ありがとうございました……!」

村人たちが、次々とセイジの周りに集まり、感謝と称賛の声を上げた。それは、彼が初めて、この異世界で真のリーダーとして認められた瞬間だった。

しかし、セイジの表情は厳しかった。

「喜ぶのはまだ早い。カルヴァ領が、このまま引き下がるとは思えない。本当の戦いは、これからだ」

彼の視線は、すでに次の戦いを見据えていた。この小さな勝利は、大きな戦いの序章に過ぎないことを、彼は理解していた。

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