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最終章:黎明の空へ、建国者の誓い

七日の猶予期間が終わりを告げたその日、エルデン帝国の侵攻は現実のものとなった。帝国の誇る精鋭部隊は、三方向から連合領内へと雪崩を打って進軍を開始した。その数、およそ一万。対する連合防衛軍は、各領地からの寄せ集めとはいえ、セイジの指揮のもと結束し、約三千の兵力でこれを迎え撃つ。戦力差は歴然としていたが、連合軍兵士たちの瞳には、故郷と仲間を守るという強い意志の光が宿っていた。

主要な戦場となったのは、連合領の玄関口とも言える広大な「アルメリア平原」。ここで帝国軍主力を食い止めなければ、連合はなすすべもなく蹂躙されるだろう。セイジは、この平原を見下ろす丘陵地帯に本陣を構え、連合防衛軍の全権を掌握していた。

「全軍、伝令! 帝国軍の先鋒が第一防衛ラインに接触! 予定通り、遅滞戦術に移行せよ!」

セイジの冷静な指示が、前線へと飛ぶ。連合軍は、徹底した防御陣地と巧妙な罠を組み合わせ、帝国軍の進撃速度を少しでも遅らせようと奮戦した。アークウッド領の弓兵部隊が雨のように矢を降らせ、セイジの村の自警団を母体とした精鋭歩兵部隊が、地形を利用して頑強に抵抗する。

しかし、帝国軍の攻勢は凄まじかった。彼らは、魔法によって強化された攻城兵器を繰り出し、連合軍の防衛ラインを次々と突破していく。特に、帝国軍の誇る「魔導騎士団」は、個々の戦闘能力が極めて高く、連合軍の兵士たちを苦しめた。

「くそっ、奴ら、強すぎる……!」

最前線で指揮を執っていたアルフォンス領主が、思わず歯噛みする。

戦況は刻一刻と悪化していく。連合軍は多大な犠牲を払いながらも、必死に持ちこたえていたが、帝国軍の物量の前に、防衛ラインは徐々に後退を余儀なくされていた。

「セイジ様、このままでは……!」

本陣に詰めていたティムが、血の気の引いた顔でセイジに進言する。彼は、外交交渉の傍ら、セイジの副官として戦場の情報分析も任されていた。

セイジは、険しい表情で戦況図を見つめていた。彼の額には、脂汗が滲んでいる。

(やはり、正面からのぶつかり合いでは、ここまでが限界か……だが、まだ手はある!)

「ティム、例の『狼煙』を上げるよう、別動隊に伝えろ」

「はっ! しかし、あれは……」

「今しかない。賭けるぞ」

セイジの指示を受け、平原を見下ろす別の丘から、三筋の黒い狼煙が上がった。それは、セイジが秘密裏に準備していた、戦局を打開するための合図だった。

狼煙が上がった直後、帝国軍の側面と後方から、突如として喊声が上がった。それは、セイジが連合設立以前から、密かに連絡を取り合っていた山岳地帯の少数民族や、エルデン帝国の圧政に苦しむ隠れ里の戦士たちだった。彼らは、セイジの理念に共鳴し、この決戦の日に呼応して蜂起したのだ。

「な、何だと!? どこから湧いてきたのだ、こいつらは!」

帝国軍の指揮官が狼狽する。予期せぬ方向からの攻撃に、帝国軍の陣形は大きく乱れた。

「今だ! 全軍、反撃に転じる!」

セイジは、この好機を逃さなかった。彼の号令一下、それまで防御に徹していた連合軍が一斉に反撃を開始した。

さらに、この反撃を後押しするかのように、戦場に新たな変化が起きた。連合アカデミーの若い技術者たちが開発した、新型の投石機や、改良されたいしゆみが火を噴いたのだ。それらは、従来の兵器よりも射程が長く、威力も高かった。特に、少量の魔力を込めることで爆発的な威力を生む「魔導擲弾」は、密集した帝国軍の部隊に大きな損害を与えた。

「行けーっ! 故郷を守るんだ!」

若い士官たちが、必死に部下を鼓舞し、自らも剣を振るって敵陣へと切り込んでいく。彼らの多くは、これが初陣だったが、その戦いぶりは勇敢そのものだった。

戦局は、一進一退の攻防となった。帝国軍は依然として強大だったが、連合軍の予想外の抵抗と、側面からの奇襲、そして新兵器の投入により、その勢いは確実に削がれていた。

しかし、帝国も黙ってはいない。皇帝直属の最強部隊である「禁軍」が、ついに戦線に投入された。彼らは、一人ひとりが魔導騎士団に匹敵する実力を持ち、その統率された動きは、連合軍の反撃を押し返し始めた。

「ここまでか……いや、まだだ!」

セイジは、自らも最後の予備兵力を率いて、禁軍の猛攻が集中する最激戦区へと向かった。彼の銀色の鎧は、たちまち血と泥にまみれた。しかし、その指揮は寸分も乱れず、彼の剣は的確に敵を捉えた。

その時、ティムが血相を変えてセイジの元へ駆け込んできた。

「セイジ様! エルデン帝国の帝都で、反乱が起きたとの情報が! 一部の貴族と将軍が、皇帝の強硬策に反旗を翻した模様です!」

「何……!?」

セイジは我が耳を疑った。それは、ティムが外交努力を通じて密かに蒔いていた種が、絶妙なタイミングで芽吹いた結果だったのかもしれない。あるいは、帝国の圧政に対する、積年の不満が爆発したのか。

この情報は、瞬く間に両軍に伝わった。帝国軍の兵士たちの間に、激しい動揺が走る。故郷が内戦状態に陥ったと知れば、戦意を維持できる者などいるはずもなかった。

「好機!! 全軍、最後の力を振り絞れ! 勝利は目前だ!」

セイジの檄が飛ぶ。連合軍は、最後の力を振り絞って猛攻を仕掛けた。そしてついに、帝国軍の戦線が崩壊を始めた。禁軍でさえ、後方の混乱と連合軍の猛攻の前に、徐々に後退を始める。

夕日がアルメリア平原を赤く染める頃、エルデン帝国軍は、ついに全面的な撤退を開始した。連合軍の兵士たちは、力尽きてその場に倒れ込みながらも、天に向かって勝利の雄叫びを上げた。それは、絶望的な戦力差を覆し、自由と独立を勝ち取った者たちの、魂からの叫びだった。

戦いは終わった。しかし、それは新たな始まりでもあった。

エルデン帝国は、内乱と対外戦争の失敗により、急速にその力を失墜させた。セイジは、帝国内の穏健派と交渉し、連合の独立を正式に承認させると共に、不戦条約を締結することに成功する。

辺境領主連合は、この勝利によって、名実ともに独立国家としての地位を確立した。セイジは、連合議会に戦時中の全権を返還し、連合憲章に基づく新たな国づくりを本格的に開始した。

連合の首都には、戦没者たちを追悼する慰霊碑が建てられた。その碑文には、セイジの言葉が刻まれている。

「自由は、与えられるものではなく、自らの手で掴み取るものなり。その尊き犠牲の上に、我々の未来は築かれる」

数年後、辺境領主連合は、セイジの指導のもと、目覚ましい発展を遂げていた。法治と民主主義が根付き、農業や産業が振興し、文化が花開いた。連合アカデミーからは、ティムをはじめとする多くの有能な人材が輩出され、連合の各分野で活躍していた。

セイジは、連合議会の議長として、多忙な日々を送っていた。しかし、時折、彼はアルメリア平原を見下ろす丘に立ち、かつての激戦を思い起こすことがあった。彼の胸には、日本の伝統文化や精神を重んじ、国民のための政策実現に奔走した、かつての自分の姿が蘇る。

(俺は、この異世界で、あの時果たせなかった理想を、少しは形にできたのだろうか……)

彼の傍らには、成長したティムが立っていた。彼は今や、連合の外交を担う重要なポストに就いている。

「セイジ様、何を考えておられるのですか?」

「いや……この国の未来を、少しな」

セイジは、夕焼けに染まる連合の首都を見渡した。そこには、人々の笑顔と活気があり、かつての貧困と絶望の面影はどこにもなかった。

「ティム、この国は、まだ始まったばかりだ。我々には、やるべきことが山ほどある。だが、この民と共に、この仲間たちと共に歩む限り、必ずやより良い未来を築けると、俺は信じている」

その言葉には、一人の自衛官から異世界の建国者へと転生した男の、揺るぎない誓いが込められていた。日本の魂を胸に、異世界で新たな歴史を刻み始めたキリヤマ・セイジの物語は、ここで一旦の幕を閉じる。しかし、彼が築き上げた国家と、そこに生きる人々の物語は、これからも未来永劫続いていくのだろう。

黎明の空に向かって、新たな一歩を踏み出すように。

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