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第十四章:巨龍の宣戦、法の天秤、そして若き獅子の咆哮

連合憲章の採択と、それに伴う組織改革は、辺境領主連合に新たな秩序と活力を生み出しつつあった。しかし、それは同時に、エルデン帝国にとって看過できない「脅威」の増大を意味していた。帝国は、連合の自立的発展を阻止すべく、ついに最後通牒とも言える強硬な要求を突きつけてきた。

帝国の特使が、再びセイジの元を訪れた。前回とは打って変わって、その顔には一切の余裕がなく、ただ冷徹な威圧感だけが漂っていた。

「皇帝陛下は、貴殿ら辺境の者どもの度重なる無礼と、帝国の秩序を乱す行為にもはや忍耐の限界をお感じだ。連合の即時解体、首謀者であるキリヤマ・セイジの帝国への出頭、そして、連合が不当に『占拠』している領土の即時返還。これらを七日以内に実行せぬ場合、帝国は貴殿らを『反乱勢力』とみなし、武力をもってこれを殲滅するであろう」

特使が読み上げた内容は、事実上の降伏勧告であり、宣戦布告に等しかった。連合議場は、水を打ったように静まり返り、代表者たちの顔からは血の気が引いていた。

「ふざけるな! 我々は帝国に何もしていない!」

「戦うしかないのか……だが、帝国の大軍にどうやって……」

絶望と怒りが渦巻く中、セイジは静かに立ち上がった。

「諸君、恐れることはない。帝国がこのような強硬手段に出てきたのは、我々の存在が、彼らにとって無視できないものになった証だ。そして、我々には、彼らの不当な要求を呑む理由はどこにもない」

セイジは、連合憲章に基づき、帝国への対応を連合議会に諮った。数日間にわたる激論の末、議会は「帝国の要求を断固拒否し、連合の自主独立を死守する」という決議を圧倒的多数で可決した。同時に、連合防衛軍の総動員令が発令され、各領地は臨戦態勢に入った。

しかし、この国家存亡の危機は、連合憲章に基づく統治の試練をもたらした。

帝国の脅威を前に、一部の領主や有力者の中には、憲章の規定を無視してでも、自領の安全を優先しようとする動きが出始めた。ある領主は、連合防衛軍への兵力提供を渋り、またある者は、帝国との裏取引を画策しているという噂さえ流れた。

「連合憲章は、平時のお題目に過ぎなかったのか!」

「危機的状況においては、議長の強力なリーダーシップによる独裁もやむを得ないのではないか?」

連合議会では、憲章の理念と現実的な危機対応との間で、激しい議論が巻き起こった。セイジは、断固として憲章の原則を守る姿勢を貫いた。

「今こそ、我々が法治国家としての矜持を示す時だ。憲章を軽んじれば、我々は帝国と同じ道を歩むことになる。困難な状況であればあるほど、我々は法と正義の原則に立ち返らなければならない」

連合裁判所は、憲章違反の疑いがある領主に対し、厳正な調査と審理を開始した。それは、連合の法と秩序を守るための苦渋の決断だったが、これにより、連合内部の規律は辛うじて保たれた。しかし、セイジの心には、理想と現実の狭間での苦悩が深く刻まれた。

この国家的な危機において、目覚ましい活躍を見せ始めたのが、ティムをはじめとする若い世代だった。

ティムは、セイジの特使として、連合に参加していない中立国との交渉に奔走した。帝国の圧力にも屈せず、連合の正当性と、この戦いが辺境全体の未来にとって持つ意味を熱心に説き、中立国からの物資援助や、帝国への外交的圧力の取り付けに成功した。彼の若さと誠実さ、そして卓越した交渉能力は、各国の代表者たちを驚かせた。

連合アカデミーで軍事を学んだ若い士官たちは、連合防衛軍の中核として、各地の防衛準備に奔走した。彼らは、セイジから学んだ新しい戦術や兵器の知識を活かし、経験豊富な古参兵たちと協力しながら、帝国の侵攻に備えた。時には、旧世代の頑固な指揮官と意見を衝突させることもあったが、彼らは信念を曲げず、より効果的な防衛策を提案し続けた。

鍛冶工房や技術開発所では、若い技術者たちが不眠不休で新しい武器や防具の開発、既存兵器の改良に取り組んだ。彼らの熱意と創意工夫は、連合軍の戦力向上に大きく貢献した。

しかし、若き世代もまた、それぞれの立場で大きな葛藤を抱えていた。ティムは、外交の場で帝国の高官たちの冷酷な現実主義に直面し、理想だけでは国を守れないことを痛感させられた。若い士官たちは、仲間たちが戦場で命を落とす可能性に怯えながらも、部下たちの命を預かる責任の重さに押しつぶされそうになっていた。

ある夜、セイジは執務室で、連日の激務に疲れ果てて眠ってしまったティムの姿を見つけた。彼の寝顔には、まだ幼さが残っている一方で、その眉間には深い苦悩の皺が刻まれていた。

(彼らに、このような重荷を背負わせてしまっている……)

セイジは、ティムの肩にそっと毛布をかけた。そして、窓の外に広がる、戦雲が垂れ込める空を見上げた。

(だが、彼らこそが、この連合の未来を切り開く力なのだ。私は、彼らがその力を存分に発揮できる道を、何としてでも作り上げなければならない)

七日間の猶予期間が終わりに近づいていた。帝国との外交交渉は決裂し、国境付近では、帝国軍の大規模な集結が確認された。もはや、武力衝突は避けられない状況だった。

連合議会は、最後の決議として、セイジを連合防衛軍の最高指揮官に任命し、連合の全権を一時的に委任することを決定した。それは、憲章に基づく手続きに則った、極めて重い決断だった。

セイジは、議場で静かに立ち上がり、代表者たちを見渡した。

「諸君、我々は今、国家の存亡をかけた戦いに臨もうとしている。この戦いは、単なる領土や資源を巡る争いではない。我々が築き上げてきた自由と尊厳、そして、我々の子供たちの未来を守るための戦いだ」

彼の言葉は、議場に集まった全ての者の胸に深く響いた。

「連合憲章に誓って、私はこの連合を守り抜くことを約束する。そして、この戦いに勝利した暁には、必ずやこの権限を議会に返還し、より強固な法治国家として、新たな一歩を踏み出すことを誓う」

その言葉は、まさに獅子の咆哮だった。それは、絶望的な状況の中で、なお未来への希望を捨てない指導者の、魂からの叫びだった。

連合防衛軍は、セイジの指揮のもと、帝国の侵攻が予想される主要な防衛ラインへと展開を開始した。辺境の小国連合と、巨大なエルデン帝国。圧倒的な戦力差。しかし、セイジたちの目には、絶望の色はなかった。彼らには、守るべきものがあり、信じるべき理念があり、そして、共に戦う仲間たちがいた。

キリヤマ・セイジの異世界建国物語は、ついにそのクライマックスを迎えようとしていた。巨龍の宣戦布告に対し、法の天秤にかけられた連合の運命は。そして、若き獅子たちは、この絶望的な戦場で、どのような咆哮を上げるのか。

戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。

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