第十一章:連合の試練、巨龍の深謀、そして創造の槌音
辺境領主連合の設立は、この地域に新たな希望の風を吹かせた。しかし、異なる背景と利害を持つ領主たちの集まりは、すぐに運営上の様々な課題に直面することになる。
「キリヤマ議長、我が領地は山が多く、農耕に適した土地が少ない。連合の共通防衛基金への拠出は、正直厳しいものがある」
「交易路の整備は歓迎するが、なぜ我が領地を通るルートが後回しなのだ? これでは不公平ではないか!」
連合会議の席上では、各領主からの不満や要求が噴出した。ある者は自領の利益を声高に主張し、ある者は他の領地への嫉妬を隠さない。セイジが掲げた「互恵」の理想は、それぞれの領地が抱える現実的な問題の前に、時に霞んで見えた。
セイジは、持ち前の粘り強さと誠実さで、一つ一つの問題に対処していった。時には、前世で培った交渉術を駆使して利害を調整し、時には、自ら問題のある領地へ足を運び、領主や民の声に耳を傾けた。
「連合は、一方的に誰かが得をするためのものではない。それぞれの得意分野を活かし、不得意な部分を補い合うことで、全体として豊かになることを目指すのだ。そのためには、短期的な不利益を受け入れなければならない局面もある。しかし、長期的な視点で見れば、必ずや全ての領地に恩恵がもたらされると信じている」
彼の言葉と行動は、少しずつだが、頑なだった領主たちの心を解きほぐしていった。アルフォンス副議長も、セイジの理念に共鳴し、連合内の融和に尽力した。特に、セイジの村で始まった農業改革の成果が、他の領地にも波及し始めると、食糧事情の改善という目に見える形で連合のメリットが示され、不満の声は徐々に小さくなっていった。
そんな中、エルデン帝国からの圧力が、より巧妙な形で連合に忍び寄ってきた。
帝国の使者が去った後、連合と帝国との間には、表向き平穏な状態が続いていた。しかし、帝国は水面下で、連合の切り崩し工作を開始していたのだ。帝国の息のかかった商人が、特定の領主に接触し、連合からの離脱を唆したり、連合内部の不満を煽るような情報を流したりし始めた。
「キリヤマ議長は理想ばかりを語るが、結局は自分の村を豊かにしたいだけではないのか?」
「帝国に逆らって、本当にこの辺境の者たちに未来があるのか?」
こうした囁きは、連合内の結束がまだ盤石ではない領主たちの心を揺さぶった。特に、カルヴァ領と地理的に近く、常にその脅威に晒されてきた領地の中には、帝国の力を背景にした「保護」に魅力を感じる者も現れ始めた。
セイジは、情報収集網を通じてこれらの動きを察知し、危機感を募らせた。
「帝国は、我々を武力で屈服させるのではなく、内部から崩壊させようとしている。これは、我々にとってより深刻な脅威だ」
彼は直ちに対策を講じた。連合会議を緊急招集し、帝国の分断工作の実態を暴露。そして、改めて連合の結束の重要性を訴えた。
「帝国が我々に与えようとしているのは、偽りの安寧だ。一度彼らの軍門に下れば、我々は再び搾取されるだけの存在に戻る。我々の手で掴み取った自由と尊厳を、そう簡単に手放してはならない!」
さらに、帝国と内通していた商人たちを追放し、連合内での情報の共有と透明性を高めることで、流言飛語の拡散を防いだ。また、帝国に揺さぶりをかけられている領主に対しては、アルフォンスと共に個別に説得にあたり、連合として彼らを守ることを改めて約束した。
こうしたセイジの迅速かつ毅然とした対応により、帝国の最初の切り崩し工作は失敗に終わった。しかし、それは同時に、エルデン帝国という巨龍が、本気でこの小さな連合を注視し始めたことを意味していた。次なる一手は、より苛烈なものになるかもしれない。
外部からの圧力と内部の課題に直面しながらも、セイジは連合全体の国力向上にも力を注いだ。その柱の一つが、技術革新と産業の育成だった。
「農業の安定は達成されつつある。次は、それ以外の産業を育て、連合全体の経済基盤を強化する時だ」
セイジは、まず鍛冶技術の向上に着目した。彼の村には、前世の知識を基に改良された農具や武器の設計図があった。これを連合内の腕の良い鍛冶職人たちに公開し、共同で新たな道具の開発を奨励した。最初は半信半疑だった職人たちも、セイジの提供する知識の有用性を理解すると、熱心に技術の習得に励んだ。やがて、より軽く、より丈夫な鋤や鍬、切れ味の鋭い剣や槍が生産されるようになり、それは連合全体の生産性向上と軍事力強化に繋がった。
次に、織物産業の育成にも取り組んだ。この地域では、麻や羊毛を使った素朴な織物が主流だったが、セイジはアークウッド領で栽培が始まった新しい種類の植物繊維や、近隣地域との交易で手に入れた染料の技術を導入。より質の高い、美しい織物の生産を奨励した。それは、新たな特産品として、連合の交易を活性化させる可能性を秘めていた。
建築技術も、セイジの指導のもとで進歩した。彼は、より効率的な石材の切り出し方や、堅牢な橋の架け方、衛生的な住居の設計などを教えた。これにより、村々のインフラが整備され、人々の生活環境は着実に改善されていった。
これらの技術革新は、人々の生活を豊かにするだけでなく、新たな雇用を生み出し、社会に活気をもたらした。学び舎では、読み書き計算に加えて、これらの新しい技術の基礎を教える授業も始まり、若い世代が未来の担い手として育ちつつあった。
ある日、セイジは連合の新しい鍛冶工房を視察していた。そこでは、職人たちが汗を流し、真っ赤に焼けた鉄を力強く打ち叩いていた。槌音のリズム、飛び散る火花、そして、形を変えていく鉄の塊。それは、まさに創造の営みそのものだった。
「キリヤマ議長、ご覧ください! 新しい製法で作った剣です! 以前のものより、格段に強靭になりました!」
一人の若い鍛冶職人が、誇らしげに完成したばかりの剣をセイジに差し出した。
セイジはその剣を手に取り、確かな重みと、均整の取れた刃の輝きに目を見張った。
「素晴らしい出来だ。君たちの努力が、連合の未来を切り開く力になる」
その時、セイジの脳裏に、前世の日本の「ものづくり」の精神が蘇った。細部までこだわり、常に最高のものを追求する。その精神が、この異世界の地でも、新たな形で花開こうとしていた。
連合は、内部の課題を抱え、外部からの巨大な圧力に晒されながらも、確かな創造の槌音を響かせ始めていた。それは、キリヤマ・セイジが築き上げようとする新しい国家の、力強い鼓動でもあった。しかし、エルデン帝国の深謀遠慮は、まだその全貌を現してはいない。連合の試練は、これからも続く。




