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引き伸ばされた空間内にて、無数に存在する侵入生物達の群れの一つは『外』に向けて進んでいた。
この集団に意思はない。ただ引き伸ばされた空間内にあった真空のエネルギーを喰い尽くし、新たな餌を求めて動き回っているだけだ。それは他の群れも同じであるが、他の群れが時折外から投入される高エネルギー体……ダークマター爆弾に誘導されるのに対し、この群れは完全に無視して外を目指している。
ダークマター爆弾を無視するのに大した理由はない。ある種の突然変異により、仮想的なエネルギーになんとなく惹かれない形質を獲得しただけだ。それが結果的に伸長された空間からの効率的な脱出に一役買ったに過ぎない。
果たして外の世界には、何が待ち受けているのか。侵入生物達はワクワクするような精神を持ち合わせていないが、空間の伸び方の変化から『外』が近い事は感じ取り、新たな場所でいち早く繁殖するため身体機能を引き上げ――――
外に出た瞬間、『力』が侵入生物達の身体に襲い掛かった。
侵入生物達はまだ認知していない。自分達の進む方向の凡そ十光年彼方に、ルアル文明でも未解明の能力……死を操る種族・タナトスが搭乗した宇宙船がある事を。
円盤型をしたその船には百五十名のタナトス族の戦士(能力が特に強い者達。今回はその中でも選りすぐりのエリートだ)と、そして最強の力を持つ『巫女』が乗っていた。タナトス達も未だ侵入生物達が目の前に現れたと気付いていない。しかしタナトス達が持つ能力は、互いの認識など関係なく発動する。侵入生物相手だろうとこれは変わらない。
そんなタナトスの能力であるが……死を操るというのは正しくない。
その本質は『勝利する』能力だ。つまりなんらかの敵対的、或いは不利益をもたらす存在に勝利する。勝利するという結果をもたらすと言い換えても良いだろう。
敵や災害が死んだように見えるのは、それが一番手っ取り早く『勝利』を掴む方法だからだ。それと死をもたらさない勝利は、傍目には交渉が上手くいった、作物が豊作になったという結果になるため、認識し辛いというのもある。何より一番の理由は、詳細がなんであれタナトス自身にも結果がコントロール出来ない事は変わりないからだろう。
タナトス達がこの能力について隠しているのは、防衛政策という観点だけでなく、自分達に媚びて甘い汁を吸おうとする愚物を避けたいという思惑もあった。尤もその事実を知っているのは、支配階級である王族や貴族、それと今回招集されたエリート戦士など一部だけであるが。市民はそこまで詳しくは知らず、他種族と同じく自分達の能力が死を操るものと思っている。
そして『勝利する能力』と一言で纏めたが、その種類は三つある。
一つは全てのタナトスが持つ性質――――現象の書き換えだ。タナトスに敵対的な存在Aがいたとする。このAがタナトスを攻撃しようとした時、タナトスの能力はAの状態を『生存』から『死』に書き換えてしまう。状態が『死』となったからAは死ぬ。外傷も病状もなく、死んだのだから死ぬ……物理的特性も化学的作用も通じない、概念的な効果なのだ。しかも能力の効果はあくまでも勝利であるため、死んだ後も慣性で体当たりをする、などという努力も書き換えられてしまう。
この性質だけでも強力だが、更に手が付けられないのは発動方法だ。
タナトスが意識する事でも発動するが、能力自体が『敗北』を感知しても発動するのだ。つまり自動発動。そしてこの能力発動のための感知システムは、視覚などの感覚ではない。
『宇宙記憶』にアクセスして知るのである。
宇宙記憶とは、宇宙に存在する全ての出来事の記録……アカシック・レコードなどとも称される概念的知識だ。宇宙記憶という領域が何処かにある訳ではなく、また宇宙と言いながら範囲は一つの宇宙に収まらない。少々乱暴に、けれどもそこまで的外れでもない言い方をするなら、『情報』が存在すれば成り立つ概念と言えるだろう。
そして此処にアクセス出来れば、それは未来や過去に起きた全てを知る。
未来の何時、何処で、誰がタナトスに敵意を向けるのか。或いは過去どんな形でタナトスに害を与えようとしたか。その全てを『タナトスの能力』は把握しているのだ。故に悪意があるかないか、狙ったかどうかも関係なく力は発動する。『結果』を確認し、その道を辿り、原因を潰しているだけなのだから。
しかも宇宙記憶は宇宙の全てが記されているため、此処に干渉すれば全てが書き換わる。例えタナトスには知覚出来ないほど離れていても、或いは物理的・概念的に隔離されていても、能力の対象外となる事は出来ない。
更にこの能力は時系列の影響を受けない。宇宙記憶には既に『全て』が記されている。未来に敵が現れるなら、今この瞬間に未来の敵に死への書き換えをすればそれでお終い。未来の敵は何をされたかも分からぬまま、その時間が訪れた時に死ぬ。過去に戻って何かしたとしても、その過去を書き換えてしまうので無意味。仮に、あらゆる方法で力に感知されるのを防いだとしても、タナトスへの害が確認された時点で後出しで過去の書き換えを行う。別宇宙だろうが異次元だろうが関係ない。宇宙記憶には『全て』があるのだから。
これがタナトス達が持つ無敵の力の原理だ。先程述べたように第一の力は全てのタナトスが持つ、いわば基本の能力。市民も赤子も備えている。だがその力は宇宙のみならず、ルアル文明さえ消し去る事が可能である。必ず勝利するのだから、敵の規模がどれほどだろうと、科学力がどれだけあろうと関係ない。それほどまでに理不尽な力だ。
この能力は既に発動し、侵入生物達の命を死に書き換えようとする。タナトスの前に現れたのは一匹だけだが、そんな事は例外とならない。侵入生物が危険であるがために、その全てがタナトスに敗北を招く。故に全てが抹殺対象だ。
哀れ、侵入生物達は抵抗さえ儘ならず一匹残らず死滅した――――本来ならばそうなる筈だった。
だが、ならない。
侵入生物達は死なない。まるで何もされていないかのように、平然と生きている。
何が起きたのか?
答えは実に単純。タナトスの能力による書き換えに、抵抗性を持っているのだ。
侵入生物達の祖先であるネビオスの一部は、長い進化の中で概念的書き換え能力を会得していた。その力は専ら狩りや縄張り争いで使われている。ネビオスの生態系全体で見れば、さして珍しくもない。
何より『死を与える』『勝利する』という分かりやすい利益を、ネビオスが進化により会得していない訳がない。確かにネビオスの進化は変異と自然淘汰によるランダムなものだが、量子ゆらぎ操作とそれによる物理法則改変によってあらゆる事象を引き起こせる。様々な制約はあるが、多様性自体は何も縛るものはない。事実、自身を観測した全ての存在に死を与えるというネビオスさえいるのだ。
そして珍しくない能力ならば、対抗策を進化させておくのも自然な事。侵入生物達は自身の身体に『書き込み禁止』の概念を展開し、死の状態へ陥る事を阻止していた。
無論、タナトスの能力はちょっと概念干渉が行える程度で防げるものではない。あらゆる宇宙の現在・過去・未来に干渉を行えるだけの出力を持ち、その気になれば幾つもの宇宙を消し去る事さえ可能とする。惑星を破壊出来るだとか、銀河を消滅させるだとか、そんな木端な力では抗う事さえ出来ない。
だが侵入生物は違う。祖先種よりも大きく衰えたその身体は、しかしそれでも宇宙の一つ二つを容易く喰い滅ぼすだけの力を有す。単純な力の大きさであれば、タナトスとそこまで大きな違いはない。
更にライバルさえいなかったタナトスの力と違い、ネビオスは『同格』のライバルや獲物がいくらでもいた。同じ能力との戦いだけでなく、能力が通じない種との競争も常に起きている。その競争に負ければ死に、勝ったものだけが生き延びて子孫を残す……鍛錬などという生易しいものではない、自然淘汰の勝者が『今』のネビオスだ。
例え個体としては戦闘経験などなくとも、ネビオスの力は自然淘汰により百戦錬磨の猛者が如く洗練されている。苦労も何もしていないタナトスの力など、ネビオスの末裔である侵入生物から見れば無駄だらけで雑な力でしかない。例え能力の出力が互角、いや、遥か格上だとしても、それを抑え込むなど造作もない。
しかも侵入生物の抵抗性は、宇宙記憶なんて大層なものには干渉しない。自分の概念にだけ影響を及ぼす。即ち影響範囲が狭くて目が届くため、書き換え速度と正確性が段違いに高い。宇宙記憶全体を常に把握しているタナトスの能力は強力だが、一点集中で挑む侵入生物はそのほんの一部だけを相手すれば良い。これで勝負になる訳がなかった。
ルアル文明の誰にも太刀打ち出来なかった力が、あまりにも呆気なく突破された。一直線に宇宙船へと迫る侵入生物達の姿を、ようやく認識したタナトス達に驚きが広がる。
だが、まだ彼等は動じない。
第一の力の時点で今まで敵なしなのはその通り。されどタナトスの能力は、まだ二つの力がある。しかも第一の力はあくまで種族の基礎であり、最低限の能力でしかない。もう一つの力こと第二の力はごく一部の、過酷な修行により鍛え上げられた戦士でなければ持たないもの。
それは、消去である。
書き換えるのではなく、存在そのものを消してしまうというもの。これは極めて単純な概念事象であり、兎にも角にも消えるという結果を生む。消えた質量が何処にいくか、宇宙記憶の記載がどうなるかなど関係ない。消える、という結果だけが生じるのだ。
これは書き換えと違い、根本的なところから取り除く力。例えるなら書き換えが文字通りノートの文字を修正するのに対し、消去はノート自体を燃やすようなもの。ノートの文字が書き換えられないようボールペンで書いたところで、ノートごと燃やされればどうにもならない。厳密に言えばこれは勝利する力というより、敗北をなくす力という方が正しいだろう。
あまりに単純なこの力は、あらゆる対処法を潰した第一の力と違って弱点だらけだ。例えば直接的な攻撃のため、時系列の影響を受ける。過去や未来に干渉は出来ず、発動した今しか効果がない。発動には僅かながら時間が掛かり、また望遠レンズなどを使っても良いが、『視認可能』な範囲という有効射程も存在する。狙いだって、ある程度は付けなければならない。
だが複雑な理屈を用いぬからこそ、出力では第一の力を圧倒的に上回る。
性質が違うため比較は困難であるが、威力で言えば数億倍は強力だ。第一の力を小手先の方法で防いでも、今度は圧倒する力で打ち砕く……第一の力が通じない、小賢しい敵に特化した性質だ。
――――それでも、侵入生物を消し去るには至らないが。
このやり方もまた、ネビオスにとっては有り触れたものだった。狩りで使われる事は少ないが、天敵やライバルへの攻撃にはよく用いられる。単純な攻撃力の高さは、激しい生存競争に晒されるネビオスにとっても魅力的なのだ。当然これも自然淘汰により磨かれている。
長い時間を掛けて進化してきたネビオスの能力が刀だとすれば、タナトスの振るう力など玩具のナイフがいいところ。ネビオスから大きく退化した侵入生物達であるが、この程度の『鋭さ』で傷付くほど軟ではない。抵抗性はある程度機能し、一瞬では消滅しない。
それでも一点集中の力は強力だ。流石に完全な無効化には至らず、僅かにだが消されていた。
ここで役立つのが連続性情報バックアップという、祖先種由来の能力である。体内に展開した仮想記憶領域に、自身の身体的情報を常に記録。肉体になんらかの異常な『概念変化』が起きた際には、此処から情報を引き出して修復を行う。
一瞬で全身が消滅しなければ、このバックアップによる補正で肉体は修復されるのだ。この機能の利点は、概念的情報変化に対する修正に特化している事。つまりタナトスが使う第一・第二の力のような、書き換えや強制などの攻撃に対して特に有利に使える。というのもこの能力は、あくまで情報の書き換えを上書きしているだけ。ノートの消された記述を書き足す、書き足された部分を消す、ノートを焼かれたら別のノートに書く……
あくまでも概念的な情報変更を無効化するだけ。だから食べられた、などの直接的な攻撃による欠損はどうにもならない。それは情報変更ではなく、ただの情報の更新なのだから。だが概念的な書き換えによる消滅に対してなら、例え全身の九十九パーセントが消えても、消耗なしに完全に元通りに戻せる。
消滅させるという概念的な能力であるがために、第二の力はこの対抗策によって無力化された。
一つ言うならば、ネビオスならばこの程度の事では無力化されない。一気に消滅させるほど強大な力を使ったり、『修正禁止』の概念を付与したりして押し通す。だがそのために必要なエネルギーは、ルアル文明が総力を結集しても捻り出せない。
それこそこの地での限界は、ルアル文明の環境に適応した侵入生物ほどの強さだ。ルアル文明の一員であるタナトスと、侵入生物の力が『互角』となるのは必然だろう。
ならばより進化した方が、より苛烈な淘汰を経験した方が勝つのは必然だ。人間の言葉で言うならば、年季が違う、というものである。
尤も、侵入生物は自分達が『何』を相手にしているかなんて知らない。知る気もない。危険な力を無効化した今、目の前にある巨大な円盤など、ただの餌に過ぎないのだ。行動は今までと変わらない。
接近し、接触し、喰らうだけ。
秒速六億光年の速さでの突撃。もしもルアル文明の技術で船内時間がゆっくり進むよう操作していなければ、タナトスの戦士達は超光速で迫る侵入生物達が無事であるとは気付く事さえなかっただろう。
或いはその方が幸せだったかも知れない。第一の力も第二の力も通じない……そんな敵は、タナトス族は出会った事もなかった。想像もしていなかった。無敵と疑わなかった力の絶対性が揺らいで、動じない訳がない。
しかしそれでも絶望しないのは、彼等には巫女がいたから。
円盤型宇宙船の中にいる巫女も、状況を理解した。不甲斐ない、とは思っていない。自分達の能力が通じない敵がいるとは巫女も考えていなかったのだから。だからこそ自分の力を振るう必要があるのだ。
とはいえ巫女は攻撃を意識しない。第一の力と同じように、その力は必要があれば勝手に発動する。
タナトス王族、そして一部の巫女だけが扱えるタナトス第三の力が発動する。
第三の力は『勝利する力』だ。発動すればタナトスは勝利する。
……これは説明を省いたのではない。
第三の力は一度発動すればタナトスが勝利する。理屈も何もない。発動すれば勝利するという結論が出るだけの力なのだ。第一の力や第二の力のような理屈はなく、過去も未来も関係なくタナトスは勝利する。宇宙記憶? 出力? それがなんだと言うのか。勝利するのだから勝利する。力の大きさも理屈もどうでも良い。無限の力を持つ超巨大ロボさえ、この能力の前には抵抗すら出来ず負けるしかない。
小説家が「主人公が繰り出したパンチで神は死んだ」と書けば、どんなに無茶苦茶な展開でも、主人公の戦闘力が1で神の戦闘力が一那由多だろうと、それが物語の真実となるように。
殺人も強盗も強姦もした主人公が「これが正義の心が生んだ力だ!」と叫んで敵を倒せば、その物語世界の人々からその通りだと称賛されるように。
どんな滅茶苦茶な能力の敵が出ても「主人公はなんやかんやで倒した」の一文を差し込めばそれでエンディングが始まるように。
巫女の力が発動すれば、タナトスは勝つ。
理解不能。解析不能。検証不能。説明不能。全ての理不尽を詰め込んだ、不条理な力。
それがタナトスの巫女の力なのである。無数の宇宙と協力するルアル文明さえも、この巫女の力の前ではなんの力もないに等しい。この第三の力こそが、ルアル文明が誇る本当の奥の手。
タナトスに勝てない存在などいない。そこに一つとして説明は必要ないのだ。
……だが。
だからこそ。
ネビオスには通じない。
タナトスの巫女は力を発動した。本人が意識せずとも、巫女に危険が迫れば自動的に機能する。ところがどうした事か――――侵入生物達は減らない。ダメージを受けるどころか、一匹たりとも個体数が減らない。
最初タナトス達は気付いていなかった。巫女の能力は気配も何も感じさせず、ただ勝利という結末を導くだけだからだ。しかし侵入生物達がどんどん近付き、ついに一光年以内にまで距離を詰めてくるとざわめく。巫女も最初キョトンとし、やがて顔を青くする。
タナトス達の悲鳴が響いたのは、侵入生物が難なく宇宙船に激突した時だった。
巫女の能力が全く通じていない。タナトス達はその事実にようやく気付いたのだ。そして同時に錯乱状態に陥る。彼等は肉体のバックアップを取っていない。決して『死』の訪れぬ存在が、どうして死に備えておこうとするのか。今まで意識しなかった現実を前にして、右往左往する事しか出来ない。
せめて巫女の能力が効かない理由が分かれば、何か行動が起こせたかも知れない。だが彼等には分からない。説明不能な力がどうして勝てないのか、説明出来ないがために。
まさか第三の力が説明不能だから通じないなんて、誰も思わなかった。
侵入生物達の先祖――――祖先種を含めたネビオスの身体機能は、全て科学的に説明可能だ。ルアル文明の科学力でも解明出来ない部分はあるが、それは単に知識がないだけ。石器時代の言葉だけでは特殊相対性理論やP≠NP予想の証明、或いは原子力発電や太陽光発電の仕組みを正確に説明出来ないのと同じ事である。知識さえあれば、ネビオスに『不思議』は何一つ存在しない。
言い換えればネビオスは、説明不能な力を全く使えない存在である。追い詰められた青年が勇気で覚醒する事も、愛する人への想いでパワーアップする事もない。身体に備わった機能が限界であり、全ての事象を正確にシミュレーション出来るなら全て数値化可能。それ以上の力は絶対に出せないし、それ以上の結果は決して出ない。
と、これだけなら説明不能な力になんの対抗策も持たない、科学的には夢も希望もない種族というだけ。そんな存在はルアル文明にはいくらでもいて(というよりそれが普通だ)、珍しくもない。
ネビオスが他と違うのは、徹底して説明不能な状態を排除している事。
意識してやっているのではない。量子ゆらぎ操作能力で物理法則を改変するにしても、全て説明可能でなければコントロールが出来ない。ましてや身体の中に説明不可能な領域があると、それがノイズとなって効率が落ちてしまう。
しかもネビオスは個体単位で物理法則を操作する。それは生物ごとに法則の異なる宇宙があるようなもの。ある生物の近くでは、特定の機能が説明不要になってしまうかも知れない。そんな相手の近くでは量子ゆらぎ操作が不完全となり、捕食や逃走、縄張り争いなどの競争が不利になる。
ただの説明可能では、ネビオスの生態系は不十分。より広い範囲の世界で、より説明可能なモノが生き残る。生き残った個体は次世代を生み、次世代は親と同じく説明可能な能力で誕生。その中で生存競争を繰り広げ、生き残るのはより説明可能な個体ばかり。
あらゆる状況で説明可能な個体こそが適応的。通常の生物では起こり得ない方向性の進化は、ついに一つの極地に到達した。
ネビオス達の身体から、説明不能な力に対する感受性が失われたのだ。説明出来ない力をネビオスは解析出来ないどころか感じ取れない。これは単に影響をすり抜ける、不干渉という次元の話ではない。もっと明白にして絶対的な拒絶だ。
極度に抽象化した例えであるが、ネビオスの身体というのは『音声入力システムのない機械』と言える。対して他の存在は『スピーカーはないけど音声入力は可能な機械』であり、タナトスの巫女が振るう説明不能の力というのは『声で機械を操作する能力』のようなもの。
音声入力の仕組みがある機械なら、巫女の声を聞いて、その命令が「壊れろ」であるなら指示通り壊れてしまう。だが音声入力の仕組みがなければ? 機械は巫女の声を拾えない。拾えないから対応出来ない。だから壊れない。
先程述べたように、これは極度に抽象化した例えである。機体が震えるぐらいの大声を出すとか、音声入力機能を追加するとか、そんなトンチは通じない。厳密にはやれるが、それは『説明可能』な力でやらねばならない事。説明不能である限り、絶対に、ネビオスには届かない。
この形質は侵入生物も引き継いでいる。というよりいくら侵入生物でも、説明不能に対する感受性は流石に獲得出来ない。一切感受性がない身体と遺伝子にその進化を引き起こす基礎がない上、そもそも説明不能なほど生き残りやすい環境にいないのだ。あらゆる進化を引き起こすネビオスの末裔でも、適応的でない進化だけは出来ない。
タナトスの巫女が振るう第三の力は、今も侵入生物をどうにかしようとしている。どうにかというのは、つまり理屈も整合性も無視してタナトスが勝利する結末を生み出す事。だが侵入生物の身体はその『どうにか』に反応する性質はない。老人が旧世代コンピューターに話し掛け、説得や脅迫を試みるぐらい全くの無意味だ。
三つ全ての力が無力化されては、最早タナトスに打つ手なし。何故自分達が負けるのか、その理由すら分からないタナトス達は恐怖するだけ。考える猶予を生むための船内時間操作も、今や恐怖の時間を長引かせる拷問と化す。
ただ一人、巫女は問う。
「その力、どうやって……」
無敵の能力を破る力。その源はなんであるのかを。
無論侵入生物達がその言葉を理解する事はない。仮に理解したところで、答えは一つしかない。
生き残れたものが偶々その力を持っていた。
答える代わりに侵入生物達は宇宙船の外壁を食い破り、タナトス達を苦しむ間もなく捕食。時間が延長されていない、外の空間からすれば全てが一瞬の出来事で終わる。
タナトスの死。
それはルアル文明最強の『生命』が敗れた瞬間であったが、されど侵入生物達は勝ち誇る事もしない。相手が世界で最強かどうか、どれほど強いかなど端から興味すらない。
自分の遺伝子さえ増えれば、それで良い。
大したエネルギーを持っていなかった宇宙船と人命を食べ終えた彼女達は、さっさと周りにある星々に向けて飛び立つのだった。