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傀儡遣いは傀儡で嗤う  作者: 月夜野桜
第二章 傀儡遣いは傀儡で怒る
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第一話

「RRC第八ラウンド、優勝おーめでとうー!」


 画面の向こうのジンは、クラッカーを鳴らしながらそう叫ぶと、目の前に置いた巨大なケーキに並べた八本の蝋燭を吹き消す。大きなフォークを突き立て、むしゃむしゃと豪快に食べだした。


 大型ディスプレイ前のソファに少女と少年が並んで座り、画面に映るその様子を半眼で眺めている。ぼそり、と少年が呟いた。


「……なんでキミがケーキ食べてるの?」


 もぐもぐと咀嚼をしながら、ジンは無邪気な笑顔で答える。


「お祝いって言ったらケーキだろ? 美味いぜこれ。お前も食べるか?」


 フォークに山盛りにしたケーキを、カメラに向かって突き出すジン。シオンは思わず溜め息を吐いた。少女と少年両方の身体で。


 どうしてこんなことになっているのか、さっぱりわからない。自宅に帰ってくると、タイミングを計ったかのように着信があった。通信許可するなり大きく映ったのが、何故か喜んでいるジンとケーキ。


「あのね、ジン。優勝したのはボクなんだけど? 準々決勝でキミを倒したあの戦い、もしかして夢だった?」


「ひひひひひ、誰が優勝したって、めでたいことには変わりない。ましてやオレが唯一のライバルと認めたお前ならな」


 画面の向こうのジンは、再び笑顔でケーキにありつき始めた。


(ライバル……か。まあ、ジンだけは、ボクにとってもそうかも)


 シオンがRRCに参加するようになってから、約十か月。都度会場を変えつつ、毎月開催されるので、都合十回の参戦となる。その間、負けたのは二回だけ。どちらもこのジンとの戦い。それ以外の勝率は百パーセント。現状シオンが飛び抜けて強いが、二番手であるジンもまた、三番手を大きく突き放す才能を持っていた。


「まったく、お前のせいで商売あがったりだよ。さっさと年間チャンプも決めちまいやがって」


 愚痴りながらケーキをどんどんと口に放り込むジンを見て、シオンは思う。


(もしかして、ヤケ食い……?)


 さっぱりとした性格、というよりも何事にもいい加減な男に見えるが、意外と根に持っているのかもしれない。


 RRCでは毎月のグランプリの順位に応じて、各選手にポイントが与えられる。一年間計十二戦の合計で、年間チャンピオンが決まる。シオンが残り四大会すべて欠場し、二位のジンがすべて優勝したとしても、届かないだけのポイント差が既についてしまった。ジンにとっては、屈辱かもしれない。


 しかしシオンにとっては、それでは足りない。スポンサーからは、全勝優勝を求められていた。


「こっちもキミのせいで商売あがったりだよ。キミがいなければ全勝だったんだ。それに、他の大会の賞金も合わせれば、ボクよりも多いんでしょ?」


 ジンはRRC以外にも多くの大会に出場している。欠かさず参加するのはRRCだけで、その他は不定期といった感じだが、この男もまた、シオン以外には近年負けていない。


 実質何でもありのRRCでこそシオンはジンを圧倒しているが、特殊レギュレーションの大会では、どうなるかわからないというのが本音でもある。


「ならお前も出ればいいじゃん。つーか出ろよ。RRCにしか出ないせいで、また不正疑惑が持ち上がってるってのは、お前だってわかってんだろ?」


「どうしてみんなそういう方向にばかり考えるんだろうね? ネットではいつも誰かの悪口ばかり」


 シオンはそう零したが、不正主張派の気持ちはわからなくもない。現状では、実績を残しすぎていると自分でも思う。


 昨年、第十一ラウンドで突然現れ、初出場初優勝。しかも年間チャンプが確定しているジンを決勝で破った。当然、新星現るとファンたちは狂喜した。そのまま年度をまたいで無敗で五連勝すると、どこからか不正疑惑が持ち上がった。事前にジンの傀儡に何か仕掛けているのではないか、などと。


 主催者側で厳重チェックを行い、過去の対戦も含めて不正はないと公式発表された。その後も今まで以上にチェックが強化された。にもかかわらず、繰り返し不正疑惑は持ち上がっている。


「ちょっと考えれば、不正なんて出来ないってわかんのにな。お前が実力以外でオレを負かそうとしたら、事前にオレの傀儡に細工するしかない。試合中に気付かれずに行える不正はない」


 まったくジンの言うとおりである。RRCのレギュレーションでは、傀儡の性能上限は設定されていない。傀儡遣い本人も巻き込んでしまう可能性の高い一部の兵器、例えば爆弾や榴弾などが使用禁止となっているだけ。他にも、ジャミングやEMPなどが使用禁止となっているが、その辺りはすべて試合中の映像やセンサーの記録で確認出来る。


 不正をするとしたら、事前に相手の傀儡をハッキングし、バックドアを仕掛けて試合中にすぐ制御を乗っ取れるようにするか、AIや機械部分に細工をして動作不良を起こすか。とにかく事前に相手の傀儡に対して行うものくらいしかない。


(まあ、ボク実際に不正してるみたいなもんなんだけどね……)


 全身擬似生体からも傀儡からも発声されてしまわないよう注意しながら、シオンは心の中で呟いた。しているのだ、レギュレーション違反と言えなくもないことを。


 とはいえ、それはシオン自身の意思というわけではない。独占スポンサー契約を結んでいる竜胆ロボティクスの意向に過ぎない。RRCの主催者自体が、レギュレーションの抜け道を使った出場を指示している。裏で公認された不正出場ということになる。


 ドクは以前から、竜胆ロボティクスの支援を受けて活動していた。賞金はシオン個人への支払いではなく、ドクの活動に対する資金や技術、資材などの形で提供されている。


 竜胆の思惑は色々あり、一つはこのジンへの対抗馬である。シオンが出場し始める前は、この男が何年も優勝し続けていた。余りにも強すぎて盛り上がりに欠けるし、賞金も回収したい、という割とケチな動機でシオンが使われている。


「まったく、たった八戦で年間チャンプ決めてしまうから、また不正疑惑持ち上がるんだぞ?」


「いや、キミ去年までそれやってたでしょ!?」


 少女と少年両方の口から、思わず突っ込みの言葉が発せられる。


「きひひひひひ、オレとお前では、信用が違うってことだよ」


「どこが!? どう見てもキミの方がいい加減でしょ、色々と!」


 ジンは人差し指を立てて、左右に振りながら舌を鳴らす。


「ちっちっちっ、甘いよ、お前は」


 格好つけているつもりのようだが、口の周りに付いたクリームで台無しだった。


「今回の疑惑はな、これまでのとは大分違う。お前自身というより、竜胆にかけられた疑惑だ」


「それはわかってる。ボクの不正を竜胆が見逃している、あるいは手伝ってるって主張」


(実際そうなんだよね……。内容は違うけど)


 もちろん、その言葉も声には出さない。


 シオンと独占スポンサー契約をしており、RRCの主催者でもある竜胆ロボティクスが、対戦相手の傀儡に何か仕掛けをしているのではないか、というのが現在の疑惑の内容。


 試合当日には、主催者によるレギュレーション準拠検査が行われる。巨大ロボットや多脚戦車を持ち込まれては困る。性能に制限はなくとも、大きさや形状、重量の制限はある。あくまでも人間サイズの人型ロボット同士の戦い。その辺りがチェックされる。


 この時に傀儡に細工をしているのではないか、という噂がネットに流されている。可能なのは、検査を実施する主催者のみ。それで、竜胆ロボティクスが疑われている。


 ふと、ジンがフォークを咥えて考える素振りを見せる。ややあって、首を傾げつつ、遠慮がちに口を開いた。


「もしかして、お前ら本当にオレの傀儡に細工を……?」


「してない」


 シオンはそれだけは断言した。少女と少年両方で、半眼になって睨み返しながら。


「そもそもキミ、自分で声明出してたでしょ? 細工なんてされてなかったって」


「俺の眼を盗んでやったかもしれないから、一応訊いてみた」


 そう言って、ジンはさも可笑しそうにケラケラと笑い出す。


(白々しい……からかって遊んでるな?)


 どうも手玉に取られている気がしてならないシオンだった。


 実際、ジンの眼を盗んで細工をするのは、相当に困難。レギュレーション準拠検査は、傀儡遣い本人立ち合いの下で行われる。その後、主催者による監視下とはなるが、傀儡を自分で再チェックすることも可能。細工されていれば、当然そこで気付く。


「ま、そこでオレとしては、他所の大会に出てみてはどうか、と提案してるわけよ。近々丁度いい大会も開催される。何しろ史上最高賞金額だ。金もがっぽり稼げるぜ」


 ジンの主張はわかる。しかし、他所の大会に出た場合、それこそ明確なレギュレーション違反となる。発覚はしないだろうが、違反している状態で参加するのも、賞金を受け取るのも、どうも気が進まない。史上最高賞金額となればなおさら。


 RRCでは妥協しているのは、厳密には違反ではないから。レギュレーションには明記されていないが、普通に考えれば違反と受け止めるしかない、抜け道のようなものを使っている。他所の大会では、明確に書いてあるところも多い。


(明文化されてない大会を探すという手もあるけど……)


 それでもやはり気が進まない。RRCに出るのは、あくまでも仕事として依頼されているからに過ぎない。自由意思での参加で、賞金も受け取る形に変わるようなら、恐らく引退する。


 いっそのことジンにすべてを打ち明け、どうすれば良いか相談したい。しかし、それは出来ない。最も被害を受けているのがジンなのだから。


 こう見えてジンは義理堅い。公にはしないでいてくれるかもしれない。それでも、どう考えても確実に嫌われる。利害関係のない第三者であれば、どれだけ良かったかと思わざるを得ない。


 シオンは断る理由を探して、思考を巡らせた。


 現状、シオンがRRCにしか出ない理由は他にもある。試合数が増え、頻度が上がると、裏の仕事の方に差し障りが出る可能性があるから。スペアは存在しない一点もの故、修理やメンテナンスが間に合わない恐れがある。


 仕事を受けるかどうかの選択権は自分にある。必ずしも、入ってくる仕事すべてをやらなくてはならないわけではない。しかし、シオンはどれもきちんとこなしたい。回ってくる案件は、スオウやカルテルに結び付きそうなものや、自分以外には困難と思われるものだけなのだから。


(ああ、そうか。同じ理由か、ジンも)


 そう考えていて、ジンが複数の傀儡を使い分けている理由に思い当たった。修理やメンテナンスの問題。大会のレギュレーションごとに最適なものを選んでいるという意味もあるのだろうが、それだけではないということ。


(仕事についての理由は、そのまま大会にも通用する)


 少年の身体で少女を指しながら、嘘にはならない、それでいて一番の理由でもないことを、シオンは語り出した。


「一点ものだからさ、これって。おまけに修理に時間もコストもかかる。このクラスの人工皮膚とか、とても高いんだ。その辺考えると、やっぱり月一の大会が精一杯」


 我ながらうまい躱し方だと思った。しかしジンは、フォークを咥えたまま、眼をぱちくりとさせている。


「別に、他の傀儡で出ればいいんじゃね?」


 思わぬ反撃、しかも正論過ぎる内容に、少女と少年両方が眼を丸くし、ぽかんと口を開ける。


「へ……?」


「専属だから、竜胆製以外使えないのはわかるけどさ、他にいくらでもあるだろ? 最大手なんだし。まさか、ケチって用意してくれないなんてことないよなあ……」


(墓穴を……掘ったかもしれない……)


 シオンは何も言い返せなくなった。どう答えようか狼狽して、少女と少年両方の視線が宙を彷徨う。


「……お前さ、やっぱり噂は本当なわけ?」


「な、なに、噂って?」


「ラヴドールで戦ってるって噂」


 少女と少年両方の表情が凍り付く。気付いたのか気付いていないのか、ジンは陽気な調子で先を続ける。


「いやあ、それなら納得納得。それ、ベースは演武用のだろ? 戦闘能力劣るのに敢えてそんなの使ってるし、カスタマイズも金掛けまくってるし。どう見ても人間にしか見えないほど、造形に凝ってるからな。外はもちろん、そうやって家でもしまい込まずに常に侍らせてるし。噂立つのもわかるわ」


 ニカっと笑ったジンは、口にしてはならない爆弾発言をする。


「それさ、ヤる機能ついてんだよな?」


 カシャリ。鋭い金属音が響き、赤熱したブレードが唸りを上げた。画面に向かって突き付けながら、少女の口から恐ろしい声が漏れる。その蒼い瞳は、氷のように凍てついていた。


「殺すという漢字をあてる方ならついてるけど? 今からそっちに行って、使ってみる?」


 それを見てジンは大爆笑を始める。目に涙を浮かべ、本気で腹を抱えて笑い続けた。


「おお怖い怖い」


 やっとのことで笑いを抑えると、なおもおどけた調子でそう応じた。それから、真面目な顔に戻って、どこか感慨深げに言う。


「お前さ、最近よく笑うし、怒るようになったよな。人間味が出てきたというか……」


 唐突な台詞に、シオンは少女と少年両方で瞬きを繰り返しつつ答える。


「そ、そうかな……?」


「オレの妹もさ、小さい頃は無感情っていうか、ロボットみたいな奴でさ。お前みたいにいつもジト目で睨みつつ、無言でオレの後追いかけてばかりでよ……」


(また始まった。ジンの妹自慢。このシスコンめ……)


 シオンはそう心の中で毒づく。実際、少女の方も少年の方も、そのジト目とやらになっていた。


「お前見てると思い出して仕方ないわ。なあ、お兄ちゃんって呼んでみない?」


「断る」


 少女と少年が間髪を入れずにハーモニーを奏でる。それを見て、ジンは再び腹を抱えて笑った。


「もう、そういう話ばかりするなら、切るよ?」


 少々不機嫌になって、シオンはそう告げながら、少年の手を端末に伸ばす。


「待った待った。最後に一つ言わせてくれ」


 再び真面目な顔に戻ったジンが、手のひらを突き付けて引き留める。シオンは一応聞いてやろうと、仏頂面のまま手を止めた。


「オレとしてはさ、自分が認めた奴が不正していると騒がれるのも嫌だし、主催者が不正していると言われて大会の権威が傷付くのも困る。そのボディじゃないとどうしても嫌だと言うなら、それでもいいからさ、他所の大会にも一度くらいは出てみて、疑惑を晴らしてはどうだ?」


 ジンの言うことはもっともだと思う。仕事に支障が出ないよう、ドクに色々と尽力してもらうか、あるいはスペアとはいかなくても、何らかの代替手段を用意するか。


「わかった、考えておくよ。またね」


 とりあえずドクに相談してみよう。そう思いながら、シオンは通信を切った。


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