第四話
(加速前なら!!)
ロケット弾の推進剤がまだ燃焼中であることを見切ると、シオンは瞬時に決断した。
少女の背から、六対の翼のようなものが展開される。内側から服を斬り裂き飛び出したのは、最大出力稼働時に必要となる、放熱フィン。まるでそれを使い空を翔ぶかのようにして、少女は鋭く舞い上がる。
同時に、右手首に埋め込まれたブレードが姿を現した。赤熱すると共に高周波振動を開始し、すれ違いざまにロケット弾を下から薙ぎ払う。
狙ったのは、炸薬の詰まった弾頭部分と、推進装置であるロケットモーターの接続箇所。爆発物の入っていないその位置は、斬り裂いても誘爆はしない。真っ二つに折れる形で、弾頭部分が僅かに下を向いた。
少女はそのままの勢いで、横を通り過ぎ高く舞い上がってしまう。蒼い瞳が弾頭の行方を追った。推進力を失い、加速も不十分だった弾頭は、遠ざかっていく車両よりも大分手前に落ちるように見える。
しかし、まだロケットランチャーの射程内。その先のカーブまでは、距離がある。
(二発目は!?)
この弾頭は命中しないと確信すると、少女の瞳は敵傀儡遣いの方へと向く。憂慮した通り、背負っていた予備弾頭を掴んで、再装填しているところだった。
「させるかぁー!!」
少女の口から裂帛の気合が発せられた。ブレードごと高く掲げた右腕を振り下ろす。コネクタを解放すると、ブレード部分だけが傀儡遣いに向かって高速に飛んでいった。
暗闇に紅の華が咲く。遅れて爆音と共に破片が多数襲い掛かり、後を追うように黒煙が広がる。少女は両腕で顔を守りつつ、その中へと落ちていった。時を同じくして、後方でも爆発が起きる。
身を捻って腕の隙間から見えたのは、カーブの先に消えていく車両のテールランプだった。爆発位置からは大分離れている。
(もう追いつけない。向こうに別部隊がいるかもしれないけど、それは自力でどうにかしてもらうしかない……)
振り向いて傀儡遣いの様子を確認した。至近距離で榴弾が爆発したにもかかわらず、まだ息がある。全身ではないようだが、かなりの部分を擬似生体化しているようで、それなりの強度に見えるプロテクターも着込んでいた。
次いで傀儡の方に目を遣る。少女を再捕捉して、こちらを見ていた。しかし、既に自律AIに切り替わっているのか、攻撃の気配はない。本体からの指示が途切れた場合に、自動的に少女を攻撃する設定をしている余裕はなかったのだろう。
「キミ自身に罪はないのかもしれないけど、容赦はしない」
少女の口が動き、シオンの想いが言葉となって漏れる。蒼い瞳に憐憫の色を浮かべながら、左手首のブレードを展開した。一気に距離を詰めると、五体をバラバラに斬り刻む。
電気のスパークが飛び、冷却オイルが飛び散った。血溜まりのように、地面に黒い染みが広がっていく。少女は物憂げに瞼を閉じると、再び想いを語る。
「あとでドクのところに連れていってあげる。そこで生まれ変わるんだ。人を幸せにするための機械に」
しばらく後、少女は瞼を上げた。ゆっくりと闇の傀儡遣いの元へと歩み寄る。そちらの方には、本物の赤い血溜まりが出来ていた。かなりの出血があるようだ。
「まだ生きてる?」
傀儡に向けたのとは異なる、無感情な瞳で少女は見下ろす。頬に榴弾の破片が突き刺さり、大部分が熱傷で爛れ、見るに堪えない顔になっていた。しかし、同情はしない。護衛対象のあの老婆を、もっと酷い目に遭わせようとしていたのだから。
「ゴホっ、ゴホっ……」
口から血反吐を吐いて、傀儡遣いが激しく咳き込む。生きてはいるし、恐らく聞こえてもいる。少女は冷たい視線のまま問う。
「カルテルの手の者か?」
「た、頼む……せめて、止血を……」
「質問に答えて」
相手の眼前にブレードを突き付けつつ、少女は鋭く言った。傀儡遣いは僅かに頷きながら、再び咳き込んだ。肯定と受け止めたシオンは、再度少女の口から問う。
「スオウを知っているか? アイツはどこだ?」
「い、居場所は知らない……。だが、調べることなら……」
(調べる……。一体どうやって? 組織にはもう戻れないはずだ)
どう反応してよいものか、シオンは悩む。傀儡遣いはその間に、肘から先が無くなっている腕をぎこちなく動かした。なんとか自分の胸の上に置くと、そこで力を抜いて再び口を開く。
「ここに、連絡用の携帯端末が入って……いる。秘密回線で、そ、組織に繋がる。今回の指示を出したのは、スオウだ。――ゴホっ、ぐっ……。通信先を割り出せば、きっとそこに奴がいる。と、取引を……しよう」
「取引? 何の?」
「ロ、ロック解除用の暗号キーを提供する。代わりに――ゲホっ……」
再び傀儡遣いの口から大量の血反吐が溢れた。演技ではなく、実際に生身の肺を負傷しているようだった。しばらく呼吸を整えた後、懇願するような瞳で見上げながら続ける。
「まずは、止血をしてくれ。た、頼む……それから、救急隊の手配を」
凍り付いた瞳のまま、感情の籠もらぬ冷徹な台詞を少女は発した。
「信用出来るわけない」
「な、なら、先に暗号キーを教える。使えるかどうか、か……確認出来てからでいい。頼む、自分では、端末を取り出すことも……出来ない」
取り出せないという言葉には嘘がないように思えた。何しろ、両手とも失っているのだから。
しかし、シオンの心を強い違和感が埋め尽くす。命乞いにしては条件が良すぎる。肝心のものを先に提供してしまっては、用済みとばかりに始末されると考えるのが通常。
(これはきっと、本体を誘き寄せる罠。そうすると……)
シオンは少女の身体に埋め込まれたアクティブソナーを、最高周波数で稼働させた。近距離であれば、超音波によるエコー検査のようなものをすることが可能となっている。金属製の傀儡の中などは無理だが、人体程度であれば、ある程度の内部構造はスキャン出来る。
相手が示した場所には、携帯端末らしきものの影はなかった。代わりに、もっと下の腹部に、明らかに爆発物と判断出来る形状のものが埋め込まれている。
(やっぱり罠……)
携帯端末を取り出したり、操作したりするために、傀儡遣い本人が近づいてくることを狙っていた。直接見えない状態で傀儡にやらせるのは難しい。止血ともなれば、不可能に近い。
相手が悪かったとしか言えない。全身擬似生体の傀儡遣いでなければ、確かにそうするしかない。そしてシオンは、それ以上の傀儡遣いだった。
「は、早く……眼が、霞んできた。失血が……酷い……」
闇の傀儡遣いはそう言って催促する。少女の唇の端が吊り上がった。妖しく嗤いながら言い放つ。その可愛らしい声には似合わない台詞を。
「楽になりたければ、さっさと自爆すればいいよ」
少女は再び高く跳び上がった。後方宙返りをするようにして、典雅に宙を舞う。その足下で、大輪の紅の華が咲いていた。一人の醜い生命を糧として。
この煉獄の炎は、魂を浄化するのだろうか。善き者に生まれ変われるのだろうか。
シオンには、わからない。