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傀儡遣いは傀儡で嗤う  作者: 月夜野桜
第一章 傀儡遣いは傀儡で嗤う
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第三話

 バタバタと膜状のものが風にはためく音が、耳元で鳴り続けている。音の出元は、シオンと傀儡が身に纏っている蜃気楼ミラージュ。光学迷彩の一種である。今、それによって隠れながら、護衛対象である車両の屋根の上に伏せていた。


〔ドク、これ本当に大丈夫なの?〕


 シオンは脳内でそう思考を音声化した。NBデバイスが読み取り、車の屋根を貫いた通信ケーブルを経由して、テキストデータとしてドクに送信してくれているはず。


〔防犯カメラの映像は、常時確認しとる。見えてはおらん〕


 すぐに返事があり、シオンの脳裏にドクの声が響いた。聴覚デバイスへの割り込みで、直接音声化している。全身擬似生体故に可能な処理である。


〔いや、そっちはあんまり心配してないんだけどさ……〕


 身に纏う蜃気楼ミラージュは、電磁メタマテリアルで作られた、負の屈折率を持つ特殊金属膜。それをコート状に成型し、人が着られるようにしたもの。


 すべての光や電磁波は蜃気楼ミラージュの周囲を迂回していき、不可視の存在とする。軽量で、そして電力を必要としないこの光学迷彩は、特殊部隊の隠密作戦などでよく利用される。しかし、いくつかの欠点がある。


〔重量で見破られないかな? 二人分の全身擬似生体。流石に重すぎるよね?〕


〔ふむ……まあ、確かに〕


 ドクが見ているのは、防犯カメラの延長線上のシステムとして、路面の各所に設置されている重量センサーの数字だろう。実際、過去に相手の待ち伏せを見つけたのは、このシステムを使ってのこと。同乗している故、単独行動よりは発覚しにくいが、それでも可能性はある。


 全身擬似生体は、生身の人間より大分重い。二人分ともなれば、計測誤差と判断してくれることは期待出来ない。もし相手が光学カメラと重量センサー両方の情報を得ていれば、護衛が隠れ潜んでいることは、容易に推測されてしまう。


 センサーの数字から車両のカタログ重量を引けば、実搭載重量が計算出来る。その値は、光学カメラに写っている人数から計算した予想重量から、大分外れてしまうはずなのだ。


〔まあ、防犯システムの情報が盗まれていた場合を心配しても仕方あるまい。お主は敵の自前のセンサーに引っかからないようにだけ注意しろ〕


〔アクティブソナーか……走ってる間は大丈夫。注意すべきは、停止時〕


 前方で信号が赤から青に変わった。おかげで車は、ほとんど減速もせずに走り続けることが出来た。公安の方で介入し、危険な場所では停止しないよう調整されている。


 蜃気楼ミラージュが守ってくれるのは、あくまでも光や電磁波による索敵からだけ。音の反響によって物体の位置を調べるアクティブソナーからは、逃れられない。光学的には隠れていても、音は消せない。メタマテリアルは、無響加工も出来ない。


 充分な速度で移動中の現在は、周囲を渦巻く気流と走行音によって、アクティブ・パッシブ双方のソナーから守られている。しかし、停止中はそうもいかなくなる。


〔あの道の先が、三カ所目?〕


〔そうじゃ。監視カメラにも重量センサーにも何も反応はないが、場所が場所故しっかり自分の眼でも確認してくれ〕


 シオンは通信ケーブルを通して車載カメラを制御し、周囲を見回した。全身擬似生体の利点を生かし、視覚デバイスへの割り込みで直接脳へと取り込んでいる。


 今は車両のものを利用出来るが、降りてしまったら使えない。ファイバースコープなどを蜃気楼ミラージュの隙間から出して、外の様子を確認するしかない。それが、蜃気楼ミラージュの最大の欠点。


 光や電磁波が周囲を迂回していくということは、中から外を見ることも出来ないということ。見つかってしまうのを覚悟で、カメラやアンテナを外に出すしかない。


(意図はわかるけど、この地形、流石に相手に有利過ぎないだろうか?)


 周りの映像を確認しながら、シオンは更に不安になる。三度目の山間の道へと入っていた。樹々が生い茂り、隠れられる場所は多い。傀儡を使わずとも、ロケットランチャーや対物ライフルなどの過激な武器を使えば、生身の人間でも攻撃してこられるように見える。


 襲いやすく守りにくい。そういう不利な地形を通るルートを敢えて設定した。もちろん、センサー類が充実していて、敵の待ち伏せを検出しやすい場所を選んである。


 敵がこの辺りを襲撃ポイントとして設定するのを、ドクたちは狙っている。そしてこの状況でも返り討ちに出来ると考えている。すべてはシオンへの信頼の証。


〔下に乗ってるのって、本当に本人なんだよね?〕


〔老い先短いババアじゃ。余り気負い過ぎずともよい〕


 随分な言い様だとは思うが、シオンを気遣ってのことだろう。下の車両に乗っているのは、間違いなく護衛対象本人。ダミーのアンドロイドなどではなく。


 どうもスパイが近くにいるようで、公安による囮作戦は二度も失敗したとのこと。ダミーに釣られての襲撃はなかった。なので今回、本人が生命を張って、自分の将来の安全を確保しようとしている。身近にいるスパイをあぶり出すために。


 車両は山間の道を抜け切り、一度市街地に出た。シオンは僅かに安堵の息を吐く。


(三つ目も外れ。もしかして、スパイなんていないんじゃないかな……)


 残るポイントは二つ。どちらでも襲撃がなければ、少なくとも今回は情報が漏れていない。


 公安が考えたスパイのあぶり出し方法は、複数の異なる情報を流した上で、敵がどれに対応してくるかで見極めるというもの。


 今回、危険を冒してでも実際に出かけなければならない用事というのを設定した。囮車両で敵を引き付けている間に、本物が移動するということになっている。だからスパイがいれば、本物を見極めて襲ってくるはず。


 スパイ疑惑のある人物には、個別に異なる移動スケジュールを教えてある。どのタイミングで襲われるかで、情報を漏らした人間が特定出来るという寸法。


 当然、シオンが護衛についているという情報は伏せられている。囮の方には大げさな護衛を付け、こちらは無関係な車両を装い単独行動という設定で、敵の襲撃を誘っている。


 再び山間の道に車が上がっていく。シオンは神経を研ぎ澄ませ、存在を悟らせないことと、地形の把握に努めた。


〔シオン、うまく誘い込むことが出来たようじゃぞ。やはり行動計画は漏れていた〕


 シオンの脳裏にドクの声が響いた。スパイは本当に身近にいたのだ。敵はその情報に乗って、正しく本物を襲撃してきた。


〔スパイの拘束は公安の仕事。ボクの敵はどこ?〕


 すぐに返事があり、同時に視界の一部が上書きされる。


〔この位置で重量センサーが反応した。前回と同じ重量。光学カメラには何も映っていない。負荷変動から、歩行パターンも同一と認識された。標的の可能性が高い〕


 眼に飛び込んできたのは、周辺の地図。現在位置に青い光。そこから一キロほど先の急カーブを曲がったところで、赤い光点が明滅している。


〔こっちの位置は把握されているはず。ギリギリのところで引き返させて。ボクは飛び降りて、敵を排除する。タイミングは任せた〕


 そう告げると、車両との通信ケーブルを外し、完全隠密態勢に入った。速度から予想される会敵時刻は、およそ四十二秒後。目を瞑り、視覚以外の感覚デバイスの感度を最大に上げてその刻を待つ。


 永遠とも思える長い時間が過ぎたのち、突如として車が急反転しようとする慣性力を感じた。


 間髪を入れず、傀儡と共にシオンは屋根を蹴る。車が走ってきた勢いで、そのまま前方へと大きく跳んだ。


(アクティブソナー照射……そこかっ!)


 車の反転に気付いて飛び出してきたと思われる物体に向かって、アサルトライフルを構える。銃口に取り付けたカメラには何も映っていない。しかし、アクティブソナーの生み出す映像には、人型の影が確かに映っていた。


 バララララッ。射撃音が連続して響く。フルオートで放った弾丸は、確実に標的を捉えて暗闇に火花を散らした。蜃気楼ミラージュが破けて、敵傀儡の姿が露になる。軍用無人機に近い形状。外装兵器は手にしていないが、純粋な戦闘用ロボットに違いなかった。


 射撃音と僅かなマズルフラッシュを頼りに、こちらのライフルの銃身を視認したのだろう。敵傀儡は左腕をこちらに向け、そこから内蔵火器で正確に撃ち返してきた。


 空中で身を捻ってその攻撃を躱すも、こちらも蜃気楼ミラージュが破損して少女の身体の一部が露出する。攻撃音に紛れつつ、少年の方は気付かれることなく道路端に着地した。


 藪に触れないよう注意し、ガードレールを乗り越えさせ、裏側に少年を隠す。その間に少女の方を高速に走り抜けさせながら、残った弾丸のすべてを、敵傀儡腕部の内蔵火器部分に集中させた。


 火花と共に小さな爆発がいくつも起き、敵からの射撃が止まる。少女は空になった弾倉を捨て、素早く新しいものと取り換えると、再び銃口を敵に向けた。


(動力源は……)


 燃料電池の埋め込まれている部分を探して、一瞬少女の動きが止まる。敵傀儡は破損した腕と装甲をパージすると、生き残った腕からブレードを伸ばした。


(やらせるか!)


 ブレードと腕を狙って、再び銃弾を集中させる。敵傀儡は撃たれながらも少女へ向かって突進してきた。軍用並みの重装甲のようで、ブレードは破損させたものの、突撃を止めるには至らない。


(ならば――)


 少女は敵の突進を避けつつ、カーブの向こうが見える位置に回り込もうとした。こちら側には、敵傀儡遣い本体の反応はない。向こう側に隠れているはずと思い、確認しに動いた。


 推測は当たっていたようで、路面を這う黒塗りの光ファイバーを発見した。だがそれが伸びる先には――


 閃光と破裂音。僅かに煙を纏いつつ加速してくる、巨大な弾頭。


 少女の眼が見開かれた。蒼い瞳が弾頭の行き先を見極める。狙いは、少女ではなかった。もちろん、隠れたままの少年でもない。


(初めから、傀儡は囮!?)


 ロケットランチャーを構えているのは、恐らく傀儡遣い本人だろう。発射された弾頭が飛んでいく先は、引き返していく車の方。直撃はしないかもしれない。しかし、弾頭は対軽車両用の榴弾。爆発に巻き込まれてクラッシュするのは間違いない。


 護衛がいることは読まれていた。引きつけた上で、こちらの弾切れのタイミングで、玉砕に近い形で暗殺を決行する予定だったのだ。


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