表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傀儡遣いは傀儡で嗤う  作者: 月夜野桜
第五章 傀儡遣いは傀儡で微笑う
18/21

第二話

 空間を抉るようにして、回転しつつ飛来する二本の尖ったボルト。少女は勢いよく仰け反るようにして、それを躱した。眼前ギリギリのところを掠めて飛んでいく。


(くっ、油断した)


 予備がある可能性を、完全に失念していた。ハッキングされた場合に稼働する、別回路があったのだろう。恐らくは、電源ももう一系統。シオンから見えない位置で、稼働中を示すランプでも点灯していたに違いない。主催側は見ていたからアナウンスが流れなかった。


 少女の体勢が大きく崩れた。このままだと後ろに倒れてしまう。視界の端で、ジンの傀儡が起き上がろうとしているのが見えている。倒れたらそのまま抑え込まれるのは確実。


 少女は身体を更に後ろに逸らし、爪先で地面を蹴って、無理やり後方宙返りを行った。空中で身体を反転させ、着地しようとした瞬間、眼前にジンの傀儡のブレードが迫る。


(駄目だ、避けきれない……)


 まだ足は地面についていなかった。完全に空中にいる状態。横薙ぎの斬撃は、身体を捻って姿勢を変えても避けられない。その少女を押しのけるようにして、少年が体当たりした。


 バチバチと電気のスパークが弾ける。黒いオイルが飛び散り、壁に点々と染みを作った。


 少女を守るようにして、少年が覆い被さっていた。右腕が肩の部分から完全に斬り落とされている。その傷は首筋から続いて身体を引き裂いていた。切断された電源ラインがショートし、火花をあげる。


「くっ……攻略法。確かに使ってきたね……」


 少年の口から発生された声は、おかしなイントネーションと発音になっていた。顔や身体の各部が痙攣し、右足が独りでに床を蹴るようにして、何度も飛び跳ねていた。


 下敷きになっている少女は、微動だにしない。蒼い瞳で天井をまっすぐ見つめたまま、人形のように固まっている。


(騙されてくれるだろうか……?)


 演技だった。実際にはどちらの身体もまだ正常に動かせる。だがこれならば、ジンにも主催者にも、戦闘不能判定を下させることが出来るかもしれない。この後想定される事態を考えると、少女の方の身体を破壊させるわけにはいかない。


 これがジンに見抜かれた場合、不本意だが今度こそ本人を奇襲するしかない。まだ武器はある。手首に仕込んだ高周波ブレードを飛ばせば、ジンに重傷を負わせて、操作不能に持ち込むことは可能。


 心の中で祈りながら、シオンはじっと展開を見守る。ジンの傀儡が少年の額ギリギリのところにブレードを突き付けた。それから、ジン本人がゆっくりと近づいてくる。その間も、シオンは演技を続けた。


「もうまともに身体も動かせないのかよ。無様だな」


「し、仕方、ないだろ……」


 シオンは念押しで、少年の身体に内蔵されている生命維持装置に、特別な指示を出した。脳に供給するための栄養パックから、意図的に液漏れを起こさせた。いざという時に、死を偽装するためのシステム。


「ふん。楽しませてくれたから、生命だけは助けてやる。――ん?」


 ジンの視線が少年の首筋に向いた。そこからは、オイルの他に透明に近い液体が流れ出ている。少年の頭部に埋め込まれた栄養パックからのもの。


「おいおい、それ大丈夫かよ? なんか色々と漏れているようだが……。もしかして、生命維持装置もヤバいのか?」


(気付いてくれた。あとは主催者側。完全に死ななくても、勝利と判定してくれるか……)


 周囲を見回し始めるジン。その唇からは、シオンの期待していた言葉が発せられた。


「おーい、アナウンス流してくれよ。これもうオレの勝ちでいいだろ? 殺すか破壊しなきゃ駄目か? 勿体ないと思うぜ? 予選でのこいつのイカレっぷり観ただろ? 殺し合いじゃないただの試合で生命張りやがった。きっと次も面白い勝負してくれるぜ。生かして使ったほうが得だと思うぞ? あ、降参? 降参させればいい?」


 ジンの言葉に反応してブザーが鳴り響くと、シオンは心の中でだけ安堵の溜め息を吐いた。少年の方は、擬似生体各部の制御装置が故障した振りをしつつ、少女の方は命令待機状態で停止している様を装い続けながら。


「エントリーナンバー二百八番、傀儡操作不能により敗北。二百三十番の優勝とする」


「はぁ……流石に疲れたぜ……」


 深く息を吐きながら、ジンはへたり込むようにしてその場に腰を下ろした。傀儡も戦闘態勢を解き、武器を格納して直立する。少年の方を眺めやりながら、ジンが当然の疑問を口にした。


「なあ、全身擬似生体とはいえ、どうして傀儡を庇った?」


「く……傀儡の方が、修理代、高いんだよ。特に……顔は、時間もかかる。傷付けられるのを見るのも嫌……だ。それ知ってて、いつも狙ってるんでしょ? また引っかかったよ」


「はん。お前にとっちゃ、本物の女と一緒なんだな。精々大事にしろよ」


 鼻を鳴らして馬鹿にしたような眼で、少年を見下ろすジン。それからまたどこともなく見上げながら、声を張り上げた。


「おーい、これ、医療班とか来てくれないのか? こいつ、このままじゃ死んじまうぜ?」


 すぐに返答のアナウンスがあった。シオンの想像通りの反応。そして恐らく、期待の方は裏切るものと思える。


「会場内に残る身動き不能な選手については、今から回収班が向かう。二百三十番には、賞金の支払い方法と今後の契約についての説明がある。ロビー裏口を開放した。そこから出て、裏の別館跡に来い」


「自分で歩けってか? わーったよ、裏の別館な」


 ジンは立ち上がると、再び少年を見下ろした。それから優し気な笑顔になって言う。


「次は一緒に戦おうぜ。お前とならどんな相手でも倒せる気がする。……生き延びろよ」


「キミこそ、次の試合であっさり殺されないようにね」


 少年の返答に不敵な笑みを返してから、ジンは通路を歩いていった。傀儡が足音も立てずにその後をついていく。


(今の感じなら、少なくともジンは平気かな……)


 先に退避させたということは、ジンに関しては再利用する気があると考えていい。これから来る回収班とやらと遭遇しないように、先に行かせた。あとは、タイミング次第。


 長い時間が流れた。少年の頸部や肩で時折弾ける電気のスパークの光と音だけが、この世界の変化のすべてとなっていた。ジンはとっくに外へと出ただろう。なのにまだ回収班とやらは到着しない。来る気配すらない。


(これはやっぱり、回収班じゃなくて処理班かな?)


 恐らくシオンは見切られた。この演技が見抜かれたわけではなさそうだが、消極的な戦いぶりや、あくまでも殺しはしない姿勢が、嫌われたのだろう。観客は単にハイレベルな戦いが見たいわけではない。それだけなら、RRCをはじめとする通常の大会で充分。


 見たいのは殺し合い。それも醜いエゴ剥き出しで、汚い策略でも騙し討ちでも何でも使う、残虐で陰惨な戦い。例え実力では劣っても、主催側はあのコウのような選手こそ欲しがる。勝っても負けても、観客は喜ぶ戦い方。


 ジンは最終的にシオンを殺さなかったが、少しでも対応が遅れていたら死んでいた可能性のある攻撃は仕掛けていた。これまでの他の傀儡遣いとの対戦で、もしかしたら誰か殺したのかもしれない。


 そしてあのハングリー精神。何をやってでも金を得たいという気持ちは、主催者側にとって利用しやすいだろう。観客たちが求めるような、凄惨で、スリリングな試合に。


 やがて多数の足音が聞こえてきた。金属質な響き。人のものではない。そして、重量を感じさせる音だった。


(先手を取られる前に動くか。この位置は不利だ。制御機能が一部回復したふりをしよう)


 少女が瞬きをする。蒼い瞳に精気が戻って、ぎこちなく動き始めた。少年の身体を支えながら上半身を起こす。そのままゆっくりと立ち上がって、少年に肩を貸す形で歩き始めた。


 実質的に引きずられるようにして、少年は運ばれていく。足音はもう、すぐそこの通路まで来ていた。少女の瞳が曲がり角を注視する。そこから現れたものの形状を認めた瞬間、少女は爆発的に動いた。


 少年を手放し、その背に六対の翼のような放熱フィンを展開しながら、相手がこちらに向く前に駆け抜けた。右手首からは、赤熱するブレードが伸びている。人には聞こえない周波数で唸りを上げ、回収班とは名ばかりのロボットの胴体を両断した。


(こんなにたくさん!?)


 十字路を抜ける瞬間に見えたのは、十体はくだらない数の、明らかに戦闘用の形状をしたロボット。どこかで密造され、紛争地などでよく使われている、とある国の軍の正式採用品のレプリカに思えた。


 少女の身体のアクティブソナーを稼働すると、反対側の通路にもひしめいているのが認識出来た。正確な数はわからないが、同数くらいはいると思った方が良いだろう。


 無線信号などは飛んでいない。AIによる完全自律稼働。恐らく、人でもロボットでも、動くものはすべて破壊するように、事前設定されている。色や形状で味方を識別し、同士討ちを避けるシステムだろう。故に、ハッキングは不可能。


 絶体絶命。そう思える状況なのに、少女は嗤う。唇の端を吊り上げて。妖しく、それでいて可憐に。


(上等。人間と自律AIの性能差、魅せてあげる!)


 少女と少年を狙って、ロボットたちが殺到する。少女は両手首から伸ばした紅いブレードで、次々と斬り裂いていった。まるで剣舞でも魅せているかのような優美で、流麗な動きで舞い続ける。


 その背には光ファイバーが接続されたままだったが、少年には繋がっていない。ジンの傀儡に切り落とされた少年の腕。それだけを引きずりながら、戦っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ