第三話
何故こんなところにいるのかはわからない。しかし、確かなことが二つだけある。
傀儡遣い二人のタッグではなく、戦闘に耐えうる全身擬似生体と傀儡のコンビであったこと。そして今、シオンを再び殺すため、容赦なく攻撃を仕掛けようとしていること。
「スオウー!!」
少女の喉から鋭い叫びが漏れる。躊躇いもなく引き金を引いていた。傀儡遣いへの攻撃が許されない通常ルールであったとしても、撃っていただろう。蒼い瞳に復讐の炎を宿らせ、弾丸の行方を見極める。
流石に熟練の闇の傀儡遣い。本人も傀儡も、銃口を向けた瞬間に素早く反応していた。傀儡の装甲の一番厚い部分を使い、受け流すようにして最小限のダメージで銃弾を無効化する。
そのままスオウ本人への射線を遮りつつ、傀儡が突進してきた。背後では光ファイバーの消える先、化粧室へと、スオウがアサルトライフルを向ける。
これまでの戦いで光ファイバーを失ってしまったのか、スオウは無線操作をしている。少女の中のハッキング用コンピューターが唸りを上げた。
腕から内蔵式ブレードを展開し、スオウの傀儡が斬りかかってくる。少女はサーベルを抜き放って応戦しつつ、その動きから暗号キーの割り出しを進める。
数合の剣戟の音と、ライフルが連射される射撃音。そして化粧室の扉が撃ち抜かれる破壊音が響いた。スオウが扉を蹴破ろうとする様を見ながらシオンは焦る。
(候補……ゼロ? どういうこと!?)
今までに遭遇したことのない、非公開の命令セットを使用した新型チップでも搭載しているのだろうか。あるいは、未知の暗号アルゴリズムなのだろうか。
傀儡の動きと飛び交う無線信号から暗号化キーを絞り込んでいった結果、最終的にすべてのビット列が否定され、残った候補は一つもなかった。
あの向こうに少年がいると思わせている間に、ハッキングを終わらせる予定だった。このままでは間に合わない。他に隠れる場所は、クローゼット四カ所だけ。その扉に、銃弾を防げるような厚みはない。
少女の背から六対の翼のような放熱フィンが展開された。爆発的な加速で傀儡の脇をすり抜ける。挟み撃ちの不利を承知で、少女はスオウに向かって突撃した。その左手首から赤熱するブレードが伸びて、スオウへと襲い掛かる。
「スオウ、覚悟!!」
鋭く反応したスオウは、アサルトライフルでブレードを受け流しつつ、バックステップで距離を取った。視界の端には、無人の化粧室の内部。スオウに目撃する余裕があったかどうかはわからない。いずれにせよ、少女の始末を優先したのか、傀儡が背後から襲い掛かる。
右手のサーベルで牽制すると、傀儡は一旦ブレードを引いて空振りを誘い、叩き落とそうとしてくる。自ら手放して放り上げると、それを弾き飛ばすべく傀儡の腕が追う。少女は右手首からブレードを展開し、敵の武器の結合部を斬り裂いた。
僅かなやり取りの間にスオウも、似たような暗器のブレードを右腕から伸ばし、少女を挟み撃ちにしてくる。連携の取れたその動きは、かつてシオンが目撃した、悪夢の光景に似ていた。ドクと協力しカルテルに対抗していた、前任の傀儡遣い。彼を一方的に嬲り殺した、圧倒的な戦いに。
「お嬢ちゃん、俺を知っているようだが、どこかで会ったことあったかね?」
「忘れたとは言わせない! あの時の仇、今ここで討たせてもらう!」
「初対面のはずだがな?」
スオウは余裕の表情で斬り結びつつ、記憶を探るようにやや首を傾げる。本気でわからないように見えた。
RRCに姿を晒している以上、少女の顔も少年の顔も、当然スオウは知っているはず。任務において少年の姿を見られたことはないはずだが、少女との組み合わせで当然気付いているだろう。散々カルテルの邪魔をしているのが、シオンだということに。
しかし、過去の事件とは結び付けられないのかもしれない。殺されかけた時とは、名前も姿も変わっているのだから。
「キミの方は覚えてない状況で遭遇したってだけの話」
その答えを聞いて、スオウは嘲るように笑った。
「こうやって本体はどこかに隠れたまま戦ったからか? それとも戦う前に逃げ帰ったのか? まあ、どちらにせよ、それも才能の一つだ。誇っていい。俺とこの相棒から逃げ切れる奴など、そうそういない」
確かにその通りだった。スオウ自身も、単独で傀儡と渡り合えるほどの戦闘力を持っている。傀儡とのコンビネーションも申し分ない。無線操縦の不利故か、微妙に傀儡の動きがぎこちないことと、少年を探しにいかないからこそ、今この状況を維持出来ているだけに過ぎない。別個に行動し、傀儡遣い本人を仕留めることを優先されたら、それで終わりになると思えた。
(遅延式でもない……? どうなっているの、この傀儡の操作システムは?)
確かにスオウのいる方向から、無線の電波が飛んできている。傀儡の動きの悪さから、遅延式コマンドと仮定して暗号キーの割り出しをやり直したが、再び候補はゼロ。
これ以上の遅延に設定すると、シオンの動きへの対応は間に合わない計算。互いの動作もリンクしすぎている。そもそも、信号が飛ぶタイミングが狂っている。傀儡の動きとまったく噛み合わない。
スオウと傀儡、双方と同時に斬り結び合いながら、ちらりと足元に視線を遣った。先程手放したサーベルが、スオウの傀儡の背後に転がっている。それを拾ってこちらも挟み撃ちにするか? 一瞬そう考えたものの、戦闘用ではない全身擬似生体で敵う相手とは思えない。
どちらにせよ、再び部屋の中へ撤退した方が有利と思えた。少年を守るにも、挟み撃ちを防ぐためにも。スオウのアサルトライフルは、先程少女のブレードを受けた時に銃身が破損していて、もう使い物にならないように見える。近接戦闘だけなら、入り口の狭い部分に陣取れば、同時に二人を相手にせずに済む。
少女の両手のブレードが同時に折りたたまれる。右手は腰の後ろに、左手は胸元に突っ込むと、アーミーナイフと拳銃を同時に取り出した。躊躇なくスオウの顔面に向かって射撃すると共に、ナイフを投げる。
高い金属音が響いて、銃弾がブレードで受け止められた。遅れて届いたナイフが、それで遮られた死角を突いてスオウの首筋に襲い掛かる。しかしスオウはひょいと避けた。まるで見えているかのように。
(今の反応――まさか!?)
再び展開した両腕のブレードで攻撃を仕掛けるふりをしつつ、傀儡の足下を、身を低くして通り抜ける。サーベルを拾って部屋の中へと転がり込んだ。
振り向きざまにそのサーベルを投げる。視界の先にはスオウの傀儡のみ。本人からは直接見えていない。もし傀儡がこれを余裕で捌くようなら――
そう考えての行動だったが、予想が外れた。傀儡は避けきること能わず、大した傷は付くことなかったものの、サーベルが命中する。
(逆――というわけでもないのか? 感覚共有でもない)
先程のスオウの動き。傀儡の方の視覚をスオウも共有しているのなら、納得のいく動きだった。傀儡からは死角になっていなかったのだから。
そして避ける瞬間、無線信号が飛んでいた。それに対応したような傀儡の動きはなかったにもかかわらず。だからシオンは、傀儡に見える方こそがスオウ本体なのではないかと考えた。
全身擬似生体なのなら、どんなボディにでも脳を入れ込むことが出来る。普段の自分に似せた全身擬似生体を囮にし、ロボットに見せかけた本体で仕留める。それならば、死角からの攻撃をあっさり避けたことも、その瞬間に電波が飛んだことも説明がつく。
(どちらにせよ、ハッキング対象は向こう!)
少女の中のハッキング用コンピューターが唸りを上げる。ここまでのスオウ自身の戦いぶり。その動きと、記録されていた無線信号を突き合わせていく。スオウに見える方こそ無線操作されていたとの仮定の下、暗号キーの割り出しを進めた。
唇の端が吊り上がり、少女が妖しく嗤う。深い蒼の瞳は、静かな決意をもって傀儡を睨み据えた。
「終わりだ、スオウ」
少女の声と共に、傀儡の頭上からブレードの斬撃が炸裂した。避けることもなく、その頭部をひしゃげさせ、火花を上げる傀儡。金属の身体がゆっくりと倒れていった。それを行ったのは、スオウの姿をした全身擬似生体。やはり、こちらの方こそ傀儡だった。
ハッキングを終えたシオンは、そのままスオウの顔をした全身擬似生体を無線操縦し続けた。傀儡に見せかけたスオウ本体へとブレードを振るわせ、粉々に破壊していく。そしてブザーが鳴り響いた。
「エントリーナンバー二百九番、傀儡稼働不能により敗北。残り八人」
スオウらしきエントリーナンバーの敗退が告げられると、シオンは安堵の息を吐いた。
(これでやっと終わった……。ボクの長い戦いが……)
クローゼットの中から少年が這い出てきて、少女の背に予備の光ファイバーを繋ぎながら、共にスオウの亡骸に眼を遣る。しかし、二人の顔が同時に不審そうに眉をひそめた。
これも本体ではない。視線の先の廊下に転がっているのは、確かに傀儡の残骸でしかない。どこにも生体ユニットなど存在しない、ただの戦闘用ロボット。
(どうなってるんだ、これは……?)
スオウ本人をハッキング出来てしまうわけはない。無線操縦も確かにされていた。今はもう電波は飛んでいない。入れ替わっていたというわけでもないようだった。
別の場所に傀儡遣いたちがいて、スオウの姿をした傀儡と、単なる人型ロボットである傀儡を操作していたのだろうか。スオウ型の方を破壊してみれば、これが他の選手の傀儡なのか判明するが、シオンはその前にコンピューター内部の記録を探ってみた。
(形式番号SUー0、試作型自律稼働傀儡遣いスオウ……?)
出てきたのは、このスオウの姿形をした全身擬似生体の型番。初めから人間ではなかったのだ。スオウという個人が存在するのではなく、単なるアンドロイドの個体名。
傀儡の方は、電波無線ではなくレーザー通信による操作だったようだ。二種類の電波が飛んでいたら、両方とも操作されているとすぐに見抜かれてしまう。片方は人間である傀儡遣いと誤認識させ、どちらがどちらを操作しているのかも悟らせないための仕組み。
位置取りの問題でレーザーが届かず、多少操作が滞っても構わない。どちらもロボットに過ぎない。これは傀儡遣いのふりをしたロボット同士のタッグが、どこまで戦えるかの実験だったのだろう。
(こんなのがボクの仇だったなんて……)
だが、どこかから電波は飛んできていた。明らかにそれに従って動いていた場面も多かった。だからこそハッキング出来た。所詮はAI。状況判断力を補うために、誰かがサポートしていたのだろう。
スオウという個人はきちんと別に存在するのか、それともかつてシオンを殺そうとしたのも、この試作型自律稼働傀儡遣いスオウだったのかはわからない。
はっきりしていることは一つだけ。本当の仇は、これを作り使っていた人物、あるいは組織。つまりはカルテルそのもの。
(まだ終わってない。ボクがやるべきことは、ここから!)
この闇のバトルロイヤルで、生き残らなくてはならない。そして無事に外に出る。カルテルを潰すためには、仇をとるためには、それが差し迫った前提条件となる。
スオウ型試作機に自ら首を刎ねさせながら、シオンはそう決意した。そちらが稼働不能となってもアナウンスは流れない。人間の傀儡遣いとして大会に登録していたのだろう。予選の映像ではいなかったが、シオンに悟られないよう顔を変えていたのかもしれない。
闇の大会と知っていて参加させたのなら、主催者側も承知の上の常連だったのなら、殺し合い向きの全身擬似生体に取り替えて本戦に臨んだという言い訳は利く。
他にもいるのかもしれない。傀儡遣い本人も高い戦闘能力を持つ者が。スオウ型が自爆しないか注意しつつその場を離れ、シオンは慎重に歩を進めた。
スオウを倒した時点で残り八人になった。それで終わるかもしれないと淡い期待を抱いていたが、空振りに終わったようだった。
残った者たちは誰もリタイアを選ばなかったのだろう。すぐに数が減ることはなかった。しかし、そのまま隠れ潜んでいるわけでもないようで、シオンが関わっていないのにアナウンスが二回流れた。あと六人。
順当に考えれば、ジンだろうか。殺し合いに怯えてリタイアするような性格とも思えない。きっとシオンと同じ発想で、同じ選択をする。主催者を楽しませつつ、それでいて殺さず。最後に堂々と外に出て、生き延びる道を選ぶ。
少女と少年がふと足を止め、壁際に身を寄せる。
(誰かいるのか……?)
通路の先、十字路を曲がってすぐの入り口の中に、傀儡と思われるものがある気がする。この位置からのアクティブソナーのエコーロケーションでは、部屋の中の物体の正確な形状はわからない。だが、人間サイズの何かが立っている気がする。反響音の周波数特性からしても、硬度の高い金属製。
聴覚デバイスの感度を最大限に上げてみるが、稼働音はしない。しかし、破壊されるか停止した傀儡ならば、立ったままということはあり得ない。
(待ち伏せか……? 隠密性能が高い機体?)
そうすると、ジンかもしれない。向こうがこちらに気付いているのかはわからない。このまま進めば、壁抜きで攻撃される可能性のある場所を通ることになる。ジンならばやってくるかもしれない。
シオンはそう考え、別の選手だったら自分の存在を知らせるだけになることを覚悟の上、声を出した。
「ねえ、そこにいるのは誰?」
「だ、誰かいるのか? 頼む、殺さないでくれ!」
すぐに反応があった。ジンの声ではない。返事は今調べていた部屋の中から聞こえた。
(聞いたことのある声……)
少女の身体に埋め込まれたコンピューターが、過去の記録を頼りに声紋照合を行う。導き出された相手の名前はコウ。前回のRRC第二回戦で当たった相手。まるで勝負にならないことに腹を立て、少年を撃って反則負けになった、あのガラの悪い男だった。
(そう言えば、トーナメント表にいた気がする)
まるで眼中になかった。あの男なら、シオンには敵わないということは認識しているだろう。まともに戦う必要性は感じなかった。
「コウっていったっけ? この戦いは、殺すのが勝利条件じゃないよ。傀儡を稼働不能にするだけでも勝ちになる」
「俺を知ってるのか……? お前、もしかして、シオンか?」
「そう。戦ったらどうなるかはわかるでしょ? やる必要ないと思うけど、どうする? やる? もうキミの入賞は確定してる。怖いなら、傀儡を自分で破壊すれば、それでリタイア出来るよ」
震える声からすると、コウはかなり怯えているように思えた。あの実力だと、戦って勝ち残れたとは、とても考えられない。ずっと隠れ潜み続けた結果、偶然残っただけだろう。
ああいう手合いは、得てして臆病なものだ。リタイアの道を選んでくれるかもしれない。そうしたら、互いに無用な戦いをしなくて済む。本来なら降参を勧めたいところだが、この大会では反則負けと同じで、賞金を受け取れなくなる。それでは、飲んでくれないだろう。
(お願いだから、リタイアを選んで。降参もしないんだろうし)
シオンの祈りが通じたのだろうか。コウは期待通りの返事をしてくれた。
「わかった、自分で破壊してもいいんだな? 今やる」
射撃音が連続して響く。金属に命中する甲高い音と、機械が破損して倒れる大きな音。電気のスパークが生み出した光が、シオンから見える位置の壁を照らしていた。
少女と少年の眼が訝し気に細められる。蒼い瞳と焦げ茶色の瞳が見つめ合った。
「破壊した。これで俺はもう安全なんだな?」
再び部屋の中からの声。アクティブソナーのエコーロケーションでは、確かに先程の傀儡らしきものは倒れた。銃弾の命中音がした位置とも一致する。近くにそれをやった人間がへたり込んでいるのも把握出来た。
少年が前に出て、通路を曲がり部屋を覗き込む。中には頭を抱えて震える男が一人。コウで間違いない。そして部屋の中央に、まだ電気のスパークを飛ばし続ける破壊された傀儡。近くには、そのために使ったと思われるアサルトライフル。
直後、部屋の奥にあるもう一つのドアが勢いよく開け放たれた。そこから差し出された銃口は、少年の頭部を正確に狙っている。
そしてフルオートの射撃音が木霊した。