第二話
重量級の傀儡が慎重に歩を進める動作音が聞こえてくる。すぐ背後に二機の稼働音。シオンがこの部屋に入るところは見られていた。入り口や内部の狭さも把握しており、密集隊形で一気に押し潰すつもりなのだろう。
三体まとめて破壊出来るような武器は、レギュレーション範囲内では存在しない。重装甲の一体を盾にしてシオンの傀儡の攻撃を防ぎつつ、傀儡遣い本人を屠る。そういう算段。
足音が入り口のすぐ外で止まる。シオンは息を呑み、タイミングを待った。
(狙い通り!)
敵はやはり、三体が一列になって、一斉に部屋の中へと突入してきた。入り口横の死角となる位置の壁に張り付いていた少年が、デスクの向こう側へと飛び込んで隠れる。それを追って二体が突っ込み、もう一体は逆から回り込んでいく。
刹那、上空から白銀の閃光が舞い降りる。その煌めきは、地面を這う三本の光ファイバーをまとめて切断した。入り口すぐ上の天井隅に張り付いていた少女が飛び下りて攻撃した。
敵傀儡たちが制御信号を失い、無線モードに、更にAIによる自律稼働モードにと、連続で切り替わる僅かな隙を少女は逃さない。
逆から回り込もうとしていた一体の構えたアサルトライフルを、少女のサーベルが両断する。その間に、重装甲の傀儡が少年の頭上に振り上げていた巨大な剣が、くるりと向きを変えて背後の味方傀儡の脳天を直撃した。パワーも抜群のようで、頭部が完全にひしゃげて電気のスパークが飛び、オイルに引火して煙を噴き上げる。
傀儡遣いの判断が遅かったのだろう。AIによる自律稼働に切り替わり、無線回線が閉じられる前に、一体だけハッキングが間に合った。味方に付けて、AI任せで攻撃を続けさせる。
目の前の傀儡は、標的を少女に切り替え、剣を抜こうとしていた。その肘を少女が下から斬り上げる。蛇腹状の保護カバーの継ぎ目、最も弱い部分を正確に裂き、内部のケーブルを切断した。電力を失った手が武器を取り落とす。その隙に少女は、反対の肘にも同様の攻撃を行った。
最後にアイセンサーを破壊すると、目に見えて動きが悪くなり、もうまともな攻撃は行えないように思えた。
味方につけた重装甲の傀儡は、先程頭部を破壊した傀儡を押し倒し、何度も剣を突き立てている。燃料電池に命中したらしく、傀儡は突如として力を失い抵抗を止めた。重力に引かれた腕が地面に叩きつけられて、鈍い音が響く。
同時にブザーが鳴り、アナウンスが流れる。残り十八人。
無力化したもう一体の傀儡の始末もハッキングした傀儡に任せ、少女は少年を抱え上げて部屋の隅へと退避。光ファイバーを再接続する頃には、再びブザーとアナウンスが流れていた。
(この傀儡、結構使えるけども……)
このまま味方として使い続けるか、それとも破壊してしまうか、シオンは迷った。結局、自ら燃料電池を破壊させ、敗北させてしまうことにした。
(一応殺し合いをしてきた奴らだ。何が仕掛けてあるかわからない)
気にする余裕がなく行ってしまったが、ハッキングされた場合に備えた補助システムが組み込まれているかもしれない。それを使い、制御を奪い返される可能性がある。これが闇の傀儡であれば、自爆してこの部屋ごと吹き飛ばしていただろう。
少年が再び入り口脇の壁に背を付け、外の様子を窺う。何人かが駆け去っていく足音が聞こえてきた。敗北した傀儡遣いたちだろう。念のためアクティブソナーを照射し、通路の先の様子を探ったが、調べられる範囲にはもう誰も居ないようだった。
(良かった、逃げてくれて……)
少女と少年が同時に安堵の息を吐く。傀儡遣い本人たちによる再攻撃を心配していた。
やはり彼らはただのスポーツ選手に過ぎない。殺すことも許容された過激すぎる競技をやっているだけで、殺し屋ではない。自分の生命の方が惜しいのだ。そして、誰かに命令されてシオンを殺しにきたのでもない。
(ひとまずこれで安心。あとはどう出ようか……)
開始前にチームを組んでいる者たちは少なかった。最初からすべてを知っていて、事前に申し合わせていた者たちが、そう多いとは思えない。見知った顔が大半だったのだ。
その中にもこの大会の裏の趣旨を知っていた者がいるかもしれないが、流石に全員ではないだろう。何より、シオンやジンとの力の差はよく知っているはず。徒党を組んで連携攻撃でもしない限り、勝ち目はないと理解している。積極的に敵対してくるとは考えられない。
まともな選手が選ぶのは、恐らく自ら傀儡を破壊してのリタイア。開始間もなく結構な数が減っていたのは、それだったのかもしれない。
欲をかいたとしても、人数が八人以下になるまで、シオンやジンとは敵対せず、隠れ潜むか相手を選んでの戦闘に徹するはず。そして入賞確定と同時にリタイア。
その証拠に、アナウンスが流れなくなり、残り人数は十六人で停滞している。銃声なども聞こえてこない。いったん戦闘は落ち着いたように思える。
(このままここに隠れつつ、入ってきた相手だけを倒せばいいのかな?)
それが一番、殺さずに済む可能性が高い。傀儡遣い本人までこの中に突入してくるということは、まずないだろう。傀儡だけ破壊すれば、先程の者たちのように逃げていくはず。
これはあくまでも見世物でしかない。殺しが許可されているだけで、誰にとっても殺すことそのものが目的の戦いではない。
(いや、それでは駄目だ)
シオンはすぐに考えを改めた。見世物だからこそ、ここに隠れていてはならない。消極的すぎては、見世物として成立しない。どうにかして、次も使う価値のある人間だと思わせなくてはならない。
誰も殺さないと、つまらない奴だと思われるだろうか? それとも、簡単な手段に頼らず敢えて困難に立ち向かう、面白い奴と受け止めてくれるだろうか?
シオンはしばし悩む。少女の蒼い瞳が少年の焦げ茶色の瞳を見つめた。人間同士のパートナーのように、人と傀儡が眼で語り合う。
先程の傀儡遣いたちは、明らかな殺意を向けてきた。だが、殺したくて殺そうとしたわけではない。ただ試合に勝ちたいだけ。賞金が欲しいだけ。他の選手を倒さなくてはならないから、安易に勝つ方法として選択するだけ。そして、自分が生き残りたいだけ。
ならば、シオンがやるべきことは――
「一緒にやろう。キミとボクなら、きっと出来る」
少女と少年の口から同時に言葉が発せられた。美しいハーモニーを奏でて、シオンの決意は言霊となって響き渡る。
(殺しはしない。それでいて、次も使う価値のある面白い奴だと思わせてやる)
圧倒的な戦果。シオンが目指すべきはそれしかない。殺さずに、それでいて勝ちまくる。
そうすれば、昨日の予選のような状況で、本物の殺し合いをさせれば面白いと思ってもらえる。実際にはやらなくていい。次回そうさせるために、今回は無事外に出してやろうと決めさせれば、それだけでいい。
残っているのがどんな相手かはわからない。ただ隠れたり逃げ回ったりしていただけの選手なら簡単だろう。しかし、そうではないかもしれない。シオンのように、差し迫った危機を見事に乗り切った精鋭かもしれない。
已むを得ぬ場合、死なない程度に傀儡遣い本体を攻撃することまでは、覚悟しないとならない。それだけを決意し、シオンは部屋を出た。
少女と少年が横に並んで駆けていく。少年は囮。殺す気になっている敵がいた場合の的。もちろん、当てさせる気はない。少女がすぐに手を引いて、避けさせることが出来る間合いを保っている。
敢えて大きな足音を立てて走っていった。手榴弾などはない以上、相手から仕掛けさせた方が良い。敵が攻撃をするために顔を出した瞬間、それを撃ち抜く。少女に内蔵されたあらゆるセンサーをフル稼働し、僅かな痕跡も逃さぬよう集中した。
(稼働中の傀儡……仕掛けてくるか?)
前方の部屋から流れ出てくる大気が温まっている。主催者が設置したカメラや照明といった機材からのものにしては、温度が高過ぎる。戦闘を行った直後の、冷却中の傀儡からの排熱としか考えられない。
床に這わせるようにして、僅かに何か糸のようなものが飛び出ているのに気付いた。きっとファイバースコープのカメラ。ならば仕掛けてくる。
シオンは気付いていない振りをして、少女にアサルトライフルを構えさせることなく走り続けた。部屋の入り口から傀儡の腕だけが飛び出る。その下部には、大口径の内蔵火器の銃口が覗いていた。
再び少女と少年が舞い踊る。入れ替わりながら敵の弾丸を躱し、銃口目掛けて応射。射撃不能となった敵傀儡が飛び出してくる。反対の腕の銃身が飛び出したときにはもう、少女の放った弾丸がそれを破損させていた。ひしゃげた銃身を上手く通過できず、敵の弾丸は内部で弾ける。
サーベルを抜き放ちながら、少女が一気に加速した。少年を置き去りにしつつも、射線を塞ぐことは忘れない。そのまま敵傀儡胸部の、最も発熱している部分目掛けて刃先を突き立てた。
燃料電池はここに内蔵されているに違いない。そう判断して、体当たりを喰らわせるようにして全力で押し切る。人間の耳には聞こえない周波数で、サーベルが唸りを上げる。高周波による振動は、敵装甲の僅かな原子結合のほつれを破壊し、そこから分け入るようにして突き抜けた。
激しい電気のスパークが弾け飛び、少女の視覚デバイスにノイズが走る。敵傀儡と共に床に倒れ込んだ時には、ブザーが鳴り響いていた。
「エントリーナンバー三十二番、傀儡稼働不能により敗北。残り十五人」
直後にもう一度ブザーとアナウンス。
「エントリーナンバー七十六番、傀儡稼働不能により敗北。残り十四人」
(他も動き出したか?)
サーベルを抜いて立ち上がりながら、少女が部屋の中を見る。傀儡遣いが慌てて奥へと逃げ込むところだった。念のため、脅しとして足元に一発だけ弾丸を撃ち込む。悲鳴を上げて蹲る相手を横目に、再び少年と共に並んで駆け去った。
その先は同様の遭遇戦が続いた。広い建物の中にかなり散らばっていたようで、時には階段で、時には広い部屋の中で。少女と少年は踊るようにして、敵を翻弄しつつ葬っていく。実力と経験の差は明らかだった。
殺すための訓練を受け、殺すための武器を持ち、殺すために襲い掛かってくる相手を打ち倒してきた。そんなシオンにとっては、大会のレギュレーション範囲内の武装の、ただの競技選手に過ぎない人間相手の殺し合いなど、造作もないことだった。
こちらは殺さない。相手は殺しも視野に入れる。そういうハンデがあったとしても、心構えが違う。自身の生命を危険に晒してでも相手を倒す。その度胸の差が、実力差を更に強調していた。
(――!! アクティブソナー!)
自分とは違う周波数の超音波が照射されたのを背に感じ、少女が咄嗟に動いた。少年の手を引いて斜め前方の部屋へと押し込む。
こちらからも索敵を行ったが、通路を曲がった先からのもののようだった。どんな相手なのかは把握出来ないが、アクティブソナーまで搭載しているとなると、戦い慣れた傀儡遣いが操る高性能機が予想される。
ここに隠れたのは、恐らく検出されている。少女と少年の視線が部屋の中を見回し、どう迎え撃つか考え始めた。病室の跡だろうか、ベッドが四つそのままになっており、入り口横には化粧室の扉。各ベッドの側にはクローゼットが設置されている。
(二体……? タッグを組んでるの?)
ソナーを照射しつつ近寄ってくる足音は二つ。どちらも重量を感じさせる響き。通路の向こうに傀儡遣いが隠れて操作しているのだろう。有線ケーブルを失ったのか、操作用の無線電波が飛び交っている。
動きを目視すれば、少なくとも一体はハッキング可能だろう。そうすれば、味方に付けて数的優位が確保出来る。最悪でも一対一の戦いに持ち込める。
その隙を作るための手段として、少女がアーミーナイフを手にした。少年のグローブに近い位置で、自身の光ファイバーを切断する。
それから少年は、クローゼットの一つを開けて中へ。少女は切った光ファイバーを手にし、入り口脇の化粧室の扉の隙間に放り込んだ。自身はベッドの向こう側へと飛び込む。
直後、バララララッと射撃音が連続して響き、少女の背を掠めて弾丸が通り過ぎる。窓ガラスに蜘蛛の巣状に無数のひびが入った。くるりと受け身を取って少女が入り口側に視線を向ける。そして愕然とした表情で目を見開いた。
(スオウ……?)
銃口から煙を吐くアサルトライフルを構えている人物。それは忘れもしない、宿敵スオウの顔だった。