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傀儡遣いは傀儡で嗤う  作者: 月夜野桜
第三章 傀儡遣いは傀儡で守る
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第四話

 僅かなブレーキ音がして、車体が揺れる。携帯端末に表示されている地図上の現在位置は、郊外の山間を示していた。特に何があるとも記載されていないが、航空写真に切り替えると、何か大きな建物が写っている。


(結局何事もなく到着してしまった……。でもこの場所――)


「……何してんの、キミは?」


 ふと気づいた少女と少年が半眼で見つめる先には、跪いて頭を下げているジン。少女の手を取りながら、そのジンが答える。


「麗しのお姫様がお降りになられるのをお手伝い致しましょうとお思いまして」


「日本語変なんだけど」


 掴もうとする手を少女に払わせながら、少年の方で突っ込みを入れる。その視界が明るい光に包まれた。


(なに? ……庇ったの? それとも気を逸らした?)


 トレーラーのドアが既に開いていた。その向こうには荒れ果てた舗装の広場。シオンが心配していたようなものは見当たらないし、懸念していたことも起こらなかった。


 開く瞬間を最も警戒し、緊張していた。しかし、ジンによって阻まれた。ドアが開けられた直後に攻撃があった場合に、シオンへの射線を遮る位置にジンがいる。


 まるでシオンが何に怯えているのか知っていて、それから守るように、そして気を紛らすようにやったとも取れる行動。


「なーに呆けてんだよ。ほれ、行くぞ。サービスだ」


 少女と少年両方の手を取って引き上げようとするジン。


「ありが――」


 言い終わる前にジンは両手とも放す。振り返りながら言った。


「スマン、やっぱ無理。お前ら重すぎ」


 少女と少年両方の顔が歪み、怒りの声が漏れる。


「やる前にわかるでしょ!」


 完全な生身のジンに、全身擬似生体のシオンと傀儡を同時に引き上げることなど、まず出来ない。それは仕方ないが、やろうとすること自体が間抜けと思える。


(というか、手を取ったボクの方も間抜け……)


 自分の傀儡を動かして立ち上がらせているジンを尻目に、少女と少年はトレーラーの外へと飛び出る。もうドクとサユリが視界に入っていて、安心して降りることが出来た。


 振り返ると、トレーラーの前方にある大きな建物が目に入った。本物の廃墟に見える。コンクリートの外壁は雨風にさらされ風化し、上層階の窓ガラスは割れてひびが入ったり、完全に抜け落ちたりしている。薄汚れてはいるものの、低層階にはまだガラスが残っていた。


 窓の配置からすると、低層階は大きな部屋が多く、途中から上は小さな個室が沢山あるように思える。ベランダなどはないので、マンションというわけではないようだ。


「この中でやんのか?」


 降りてきたジンも、想像とは違う会場の様子に首を捻っている。


 今いるのは駐車場と思しきスペース。乗ってきたトレーラーの他に、何台ものトラックが停まっていた。人やロボットが多数動き回り、カメラをはじめ様々な機材を下ろして、建物の中へと運んでいっている。


 外には何も設置しておらず、この駐車場で戦うというわけではなさそうだ。周囲は特に柵などもなく、すぐに青々とした樹々が生い茂る林となっている。


「過去の資料を当たって調べてみたんじゃがの、どうもリハビリ病院跡のようじゃぞ」


 車から降りたドクが、先行してシオンたちの元に来てそう言った。サユリの方は、まだ車内で何かしている。


「言われてみれば、そんな感じの作りだな」


 建物を見上げて、ジンが独り言のように呟く。シオンも同じ感想を抱いた。


「サイバネティクスを利用した、当時としては最新の治療を行っていた場所だそうじゃ。疑似生体の普及初期に稼働していた古い施設」


「地図には特に何も表示されてなかったけど?」


「とっくに営業しとらんからの。削除したんじゃないか? 経緯は知らんが、建物は取り壊されず、そのまま放置されたんじゃろ」


(地図にも載っていない廃墟。やっぱり何か――)


 シオンのその思いを否定するように、ドクが車内で調べたらしき情報を教えてくれる。


「大会の共催企業の傘下だった場所じゃ。使えるところを急遽探した結果ではないかのぅ」


 それならば、この場所の存在を知っていてもおかしくはない。そしてここを使う許可などもすぐとれる。戦闘で破損しても問題ない物件でもある。色々と辻褄は合う。実際、会場として使えるよう、急ピッチで準備中に見える。


 少女と少年の瞳が、周囲を動き回る作業員たちと、トレーラーから降りてきた選手たちの姿を追う。特に不審な動きはしていない。


(疑い出したらキリがないか……)


 シオン一人だけが連れてこられたわけではない。他の選手はもちろん、ドクたちもついてきている。これがシオンを狙うカルテルの陰謀と考える方が、むしろ不自然と言えた。


 これからここで事が起こるとすると、余りにも大掛かりすぎる。シオンを殺すための陰謀だったのなら、移動中に仕掛けてきたはず。トレーラーごと爆破したり、海に落としてしまったりする方が、ずっと簡単で確実だったのだから。


「出場者と関係者の皆様方にお知らせします。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。また遠方までご足労いただき、恐縮至極に存じます」


 主催側の人間だろう。一人のスーツ姿の男が台座に上がり、拡声器を使って話し始めた。


「今しばらく、お時間をいただきたく思います。三十分以内に、機材の設置が完了する予定です。終わり次第、本戦を開始いたします。時間が押していることと、会場変更の都合により、突然で申し訳ありませんが、本戦もバトルロイヤル形式に変更させていただきます」


 バトルロイヤルという単語が飛び出た瞬間、選手やその関係者たちの中からどよめきが上がった。ジンもシオンたちの方を見て、ぼそりと嘆く。


「またバトルロイヤルかよ……」


 シオンがそれに反応する前に、主催者の続きの説明が流れた。


「ルールの方を説明させていただきます。基本的には昨日の予選と同一と致しますが、二つ変更点がございます。一つ目は、最後の一人になるまで戦うというものです。上位八人が入賞となりますが、順位決定の必要がございますので。もう一つは、それに伴い、時間も無制限に変更させていただきます」


 至極もっともな内容といえる。シオンが最初に疑問に思ったことが解決されていない以外は。


「質問、いいですか?」


 少年に挙手をさせて、声を張り上げる。周囲の注目が集まった。壇上の男が身振りで促したのを確認して、シオンは先を続ける。


「観客の人たちはどうなったんですか?」


「映像配信となります。元の会場の方には、大型ディスプレイが完備されていますので」


 言われてみれば、こちらも至極もっともな内容と思えた。あれだけの観客を収容出来るスタジアムを二つ確保しておくことは難しい。それも容易に移動可能な距離に。


 元々試合の詳細は、肉眼で見ることは難しい。会場のディスプレイや携帯端末でのネット中継頼りなのだから、ある意味当たり前の答えだった気がする。


「ありがとうございます。質問は以上です」


(誰も余り気にしなかったのは、そのせい……? ボクがナーバスになりすぎてたんだろうか)


「こちらこそ、案内不足で申し訳ありません。最終的にどうなるかについては、我々の方でも把握出来ておらず、告知もこれからという状況です。重ねてお詫び申し上げます」


 壇上の男は、そう言って深く頭を下げた。それに対し、一人の選手から不満の声が飛び出す。


「流石に無責任すぎないか? 野良試合じゃないんだぞ?」


 その発言がきっかけとなって、次々と不平不満が飛び交った。


「そうだそうだ、大手メーカーが何社も金を出していて、なんて体たらくだ」


「情報提供はもっと迅速に行ってもらわないと困りますね。こちらも関係者からの問い合わせが殺到して、捌ききれない状況です。お宅だけの問題じゃないんですよ?」


 それらの文句に対し、ぺこぺこと頭を下げて、壇上の男はただ平謝りするばかり。恐らく何も聞かされていなかったのだろう。混乱して的確な判断が出来ず、その場その場で何度も意見が変わる上層部に振り回された結果であり、この男もまた被害者なのかもしれない。


 剣呑な雰囲気の中、唯一お気楽なのが、シオンの隣にいる青年。


「まーだそのこと気にしてたのかよ、お前。どこまで自分の戦いっぷり見せつけたいんだよ」


 呆れ顔のジンが、少年の頭をポンポンと叩きながら言う。少々恥ずかしくなって、少女も少年も無言で俯いた。


「ドクター、頼まれていたこと調べ終わりました。シオン君もこちらに」


 その声に顔を上げると、サユリが車のところで手を振って呼んでいる。ドクの背中に、少女と少年が続く。当然ジンも、好奇心まる出しの顔でついてきた。


「公式サイトは、アクセス集中で見られない状態が続いています。代わりに、ファンが運営する非公式サイトの方をいくつも見て周りました。どこも公式情報は得られていないと記載されています」


 サユリは手にした大型携帯端末をシオンたちの方に向けて続ける。


「これを見てください。会場入りしているファンからの投稿です。まだ会場のシステムはダウンしたままで、係員が口頭で案内をしている状況のようです」


 会場は手配済み。現在中継の準備中。システムが回復次第、映像配信を行うとの説明がされているとのこと。ここでの説明と矛盾はない。


「それからこれは、社の方からの情報ですが、サイバーテロ事件として公安部が動き出しているそうです。現地入りして捜査を開始するとともに、復旧にも協力しているとか」


(それなら、こっちの会場も把握してくれてるんだろうか……?)


 公安が動いているのであれば、少しは安心出来る。ただし、部署が違うかもしれない。傀儡犯罪ではなく、あくまでもサイバーテロ事件。


 その辺りのことはここでは口に出せず、サユリにもドクにも訊ねることは出来ない。


「関係者の皆様、機材が用意出来ず大変申し訳ありませんが、傀儡の最終チェックをお願い致します。期限は今から十分後までと致します。終わりましたら、安全確保のため、少し下ったところにある関連施設よりご観戦いただきます」


 壇上に先程の男が上がって、拡声器でアナウンスを告げた。


「また、ご出場の皆様方は、通信機器などは御同伴者の方々にお預け願います。試合会場への持ち込みは出来ません」


「――ということだって。メンテナンスは必要ない。燃料パックくらいは交換したいけど、ここじゃ……」


 少女と少年が周囲を見回した。人が多すぎる。背中から入れることになるので、脱がす必要がある。いくらも減っていないはずなので、シオンは交換を諦めた。


 早速傀儡のチェックに入っている者が多い。どこも主催側の監視員が張り付いている。ドクたちの車の中で交換しようとしても、見えない状態ではやらせてくれないだろう。


「同じ女性として、お気持ちお察しします。傀儡とはいえ、このような場所で肌を晒したくはありませんよね」


 サユリが少女を見遣りながらそう言った。その背後から手をわさわさと動かしながら、ジンが近寄ってくる。


「オレが脱がしてやろうか?」


 キっと少女が振り返ると、文句を言われる前に退散していった。肩を竦めつつその姿を見送ってから、サユリが振り向いて問う。


「私たちはどうしますか、ドクター?」


「ふむ……ギリギリまではいよう。追い出されはせんじゃろ」


 シオンを安心させるように、少女と少年の頭に手を置くドク。


 最近、誰かに心配されてばかりな気がした。それとも、今までは気付かなかっただけなのだろうか。人の心の機微に。


 そんなことを考えながら、シオンは携帯端末をドクに預け、制限時間まで周りの傀儡遣いや傀儡の様子を観察した。


 周囲を見ていて、シオンは一つ気になることがあった。近くでシオンたちを見張っている黒服の一人に、少年の口から訊ねる。


「ねえ、箱ないみたいだけど、これから持ってくるの? 予選で使ってたやつ」


「ああ、エントリーボックスですか。用意されていませんので、徒歩入場となります。そういえば、まだ案内されていませんね。催促します」


 黒服はそう答えると、携帯端末を取り出して会話を始めた。


(徒歩入場……あの箱に入らなくていいんだ……)


 少女と少年の口から、大きく安堵の息が漏れる。


 あれを使わないのであれば、この異常事態がカルテルの罠という線は完全になくなる。あの中にいるときが、一番無防備になるのだ。シオンを始末する気なら、使わない手はない。


 正直な話、使うようであれば、場合によっては棄権していた。この会場では、ドクたちから見えない状態で運ばれる可能性が高い。


「出場者の皆様にご案内いたします。今回、入場は各自徒歩で行っていただきます。移動開始後、十分以上二十分未満の間のどこかで試合開始のアナウンスを流します。それまでは攻撃不可です。した場合には即座に失格と致します」


 今度は会場内に設置したと思われるスピーカーからアナウンスが流れてきた。声の主は、先程壇上にあがった男のようだ。


「なお、予選と同じく、同盟を組んでチームで動くのは許可されています。急遽変更になりましたので、ご相談が済んでいないかと思います。移動開始は、約七分後です。それまでに、お打ち合わせを願います」


 早速周りの何人かが動き出し、声を掛け合っている。一人になるまで戦うことになるので、最終的には同盟決裂となるが、八人以内のチームであれば、入賞が確定する。


 しかし、余り成立していないように見える。開始直後の裏切りを警戒しているのだろう。徒歩での移動、しかも厳密な開始時刻が知らされないとなると、奇襲は容易。


「最終チェックの終了時間になりました。関係者の方々は、あと一分以内に退去を願います」


「それじゃシオン、ワシらは行く。頑張るんじゃぞい」


 アナウンスが流れてすぐ、ドクとサユリが手を振りながら車の方へと向かう。その姿を見送るシオンの背に、予想していた声がかかった。


「よ、シオン。オレと組まねーか? お前とは出来れば最後にやりあいたいんだ」


 振り返るまでもなく、ジンの声。少女と少年が同時に思案顔になる。最終的に、少年だけが振り返りつつ答えた。


「悪いけど、断る。ボクを処理するなら、開始直後の奇襲が一番確実。今までの対戦結果からすると、それが最もボクの敗北率が高くなる。キミ、奇襲得意だからね」


「そう言うと思ったよ」


 予想はしていたのだろう。気を悪くした素振りもなく、笑って歩き去るジン。ふと振り返ると、思い出したように付け加えてきた。


「ああ、見かけても攻撃はしないから、お前もしないでくれよ。別にハメようとしてるわけじゃねーぞ?」


「わざわざ声を掛けるなんて、逆に疑ってくれと言っているようなもんだよ?」


 少年の口からそう冗談めかして返す。


(今のはどういう意図だろう。もう心理戦を仕掛けてきてる……?)


 どうも疑り深くなっている気がしてならないが、ジンが優勝にこだわっているのなら、ありえない話ではない。ああ見えて実は頭脳派。この半月ほどで、シオンのジンに対するイメージは大きく変わっていた。


 入場開始時刻となり、ジンが歩いていく先を見てから、シオンは別方向へと進んだ。建物の入り口はいくつもある。なるべく遠いところを選んだ。最後の二人になるまで遭遇しなければ、心理戦も何もない。


 試合開始の合図はまだ大分先のはずだが、中では各選手がもう動き回っていた。駆け引きは既に始まっている。試合開始のタイミングは、十分間の幅がある。開始の時、少しでも有利な状況になるよう、他の選手に射線を通したり、あるいはどこかに隠れ潜んだり、各自思いのままに動いているようだった。


 事前にマップなどは提供されていない。シオンは最初の十分間を使い、いくつかの部屋を覗いて周った。有利そうな地形を探し、四階まで上がる。


 かつてのリハビリ室の跡だろうか。出入り口が三つある広い部屋があった。中にはいくつかのガラクタが残されているが、現状は誰もいない。真ん中の入り口前の廊下に陣取り、そのままそこを動かずに待った。


 移動開始から十分を過ぎるころになると、誰かがやってきた。傀儡遣い本人の姿は見えないが、十字路を左右に移動しつつ、こちらを狙っている傀儡がいる。


(あれじゃ的にしてくれと言っているようなもんだ)


 素人くさい動きに、シオンは思わず呆れる。少女がアサルトライフルを構えると、すぐに壁の裏に隠れた。そしてまた出てくる。


 そうやって遊んでいると、会場内にアナウンスが響き渡った。


「予選を勝ち抜いた精鋭たちに告ぐ。まもなく本戦が開始される。特別ルールにより、完全なるバーリトゥード形式で行われる」


(バーリトゥード? どういう意味? 元々バーリトゥードのはず)


 このNBRジャパンカップでは、RRCと同じく傀儡同士の戦い方に禁止事項はない。射撃でも近接武器でも格闘でも、好きに攻撃して良い。ハッキングも許されている。


 禁止武器などは設定されているが、それさえ使わなければ何でもあり。そしてこの会場には、そんなものは持ち込めていない。敢えて強調して説明し直す意味がわからない。


 そのシオンの疑問に答えるようにして、アナウンスが続く。


「今回は、文字通り何でもありだ、何でも。禁止事項は一切存在しない。つまりは、傀儡遣いへの攻撃も許可されるという意味だ。健闘を祈る。――試合開始」


(これは……まさか……)


 シオンの視線の先で、オレンジの光が閃いた。先程から通路を往復していた傀儡が、試合開始のアナウンスと同時に撃ってきた。その銃口の狙いは――少年の方。


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