第二話
(奥の手――使わざるを得ない!)
呆然としたのも束の間。箱が開ききり、土煙を上げる前にもうシオンは行動に移っていた。
胴に抱き付くようにして、少年の身体を少女が掴む。そのまま二つ折りにして、肩に担ぎ上げた。足場の悪い箱の上からは移動し、すぐ近くの地面に仁王立ちする。
一見状況は大幅に不利と思える。しかし、シオンにとってはある意味好都合だったとも言える。どちらにせよ集中的に狙われる。ならば、死角のないこの配置は、全方位索敵が可能なシオンにとっては、やり方次第では逆に有利。
どこからでも攻撃出来る場所は、どこにでも攻撃出来る場所でもある。そして、相手の攻撃を封じる奥の手が、今の行動。少年を抱え上げて盾にする。この状態では、少女を狙ったつもりの射撃攻撃も、少年に命中してしまって、反則行為になる可能性が高い。
これならば、ライバル企業に雇われた者が、事故に見せかけ少年を負傷させる行為も防げる。今撃てば明らかに意図的。とても事故には見えない。
シオンがそのままの姿勢を維持すると、意図に気付いたのか観客席が大きくざわめき出す。AIが自動検出しているのか、ヤジの一部がスピーカーを通して会場内に流された。
「卑怯だぞ! 自分を盾にするなんて!」
「これルール違反じゃねーのか? 全身擬似生体だから出来る芸当だろ?」
その後もヤジは多数飛び交い、大きなブーイングが巻き起こる。観客のほぼ全員が親指を立てて、下に向けた。それでもシオンは、動じずに立ち続けた。
何もアナウンスはない。シオンの目論見通り、現状では審判もAIもこれを反則行為とは判断していない。何しろ、書いていないのだ。これを禁止するような項目は。
むしろ許可ととれる文章がある。『有利な位置を確保するため、傀儡を使って傀儡遣い本人を移動することを許可する』と。そして、その制限時間は明記されていない。今のシオンは、傀儡で傀儡遣いを移動するために持ち上げた状態。そういう扱いになっているに違いない。
少女の蒼い瞳が左右を見回す。担がれた少年の方は、顔を上げて背中側の視界を確保している。更に、少女に内蔵されたアクティブソナーとサーモグラフィーが、敵の位置を探る。
少女の身体に埋め込まれたコンピューターが、先程の立体マップと視覚情報を組み合わせ、地形を精緻に記録していく。アクティブソナーの超音波によるエコーロケーションによって、壁の裏側にいる敵の位置まで把握していった。大気の温度変化で、熱源の位置も見極める。
既に完全に取り囲まれていた。他の選手たちは、やはり事前に全員が示し合わせていたに違いない。互いに争うことなく、シオンたちのいる場所を取り囲んで、遮蔽物の裏に潜んでいた。この状態で撃つことは躊躇い、隙を窺い続けているように思える。
そのまま約一分。誰から見ても他の選手間に密約があることが確定的という状況になると、シオンはやっと口を開いた。少女と少年両方の喉を使って、大きな声で主張する。
「ねえ、事前に示し合わせて一人を狙い、互いに争わないのは卑怯じゃないの? これもう間違いないよね?」
その発言をマイクが拾って、観客席に流してくれたのだろう。返答ととれるヤジが会場に中継された。
「それも作戦のうちだ! ルール上問題ないはずだ!」
そうだそうだと合唱が続く。少女も少年も涼しい顔のまま、当たり前のように返す。
「なら、ボクのやっているこれも作戦。ルール上は問題ないはず。実際、失格のアナウンスは流れてないよね?」
そう答えたものの、内心では気が気でなかった。流石にもう、移動のために担ぎ上げているだけ、とは主張出来ない時間が流れている。
(ルール違反の裁定が下るかもしれない……)
文字通りに解釈してくれることを祈るしかない。ルールには、『攻撃態勢に入っている傀儡の射線上に、意図的に傀儡遣いが入ることを禁止する』とある。義務付けはないが、傀儡には相手の傀儡遣い本人を攻撃しないような、射撃制御プログラムが内蔵されているのが通常。
それを逆手に取り、自らの身体を危険に晒してでも、相手傀儡の攻撃を妨害することを禁ずる項目。許可してしまうと、重装甲のプロテクターを着込んだり、全身擬似生体などを使って傀儡遣いが介入する、本来の趣旨とは異なる試合になってしまう。
もちろん、死者が出ては困るという倫理上の規定でもある。
他の選手はまだ障害物の裏に隠れたまま。つまり攻撃態勢に入っているわけではない。なので、現状ではそのルールに違反する状態にはなっていない。
このままであれば、ずっと膠着状態だろう。だがいずれ誰かが気付く。狙いを付けた後にシオンが動くと、違反と判断する可能性があると。なので、シオンは先手を取って判断を仰いだ。
「ねえ、審判の人たち。これはボクのルール違反になるのかな? 知る限りでは、他の大会でも一度もなかった状況のはず。裁定を求める」
すぐに会場にアナウンスが流れた。
「審判団の方で審議中です。結果が出るまで、残り時間のカウントダウンを停止します。その間、各選手は動いてはなりません。動いた者は失格とします」
(さて、どう出るかな)
仮にこれで失格となったとしても、少なくとも性能で負けたことにはならない。それによる竜胆ロボティクスのイメージダウンはないだろう。シオン個人の判断ミスでしかない。状況が状況であるが故、竜胆もこの選択を非難出来ないと考えている。
最悪、この戦い方を理由に、スポンサー契約が解除されるかもしれない。それはそれで、引退の理由となる。シオンとしては、元々選択肢の一つである。引退に至るプロセスを色々と実行する必要がなくなるだけの話。
観客席のざわつきは収まらない。まだヤジは飛び交っているようだが、会場への中継はない。試合停止中だからだろう。全選手が動きを止め、息を呑む中、二分近くの時が流れた。
「審議の結果をお知らせします。『攻撃態勢に入っている傀儡の射線上に、意図的に傀儡遣いが入ることを禁止する』という項目への抵触に当たるかどうか協議が行われましたが、原文をそのまま適用すると決定しました。シオン選手の行動は、許容範囲内と判断します」
ニヤリ、と少女と少年両方が笑う。アナウンスは審議の詳細を続けた。
「現状、どの選手も攻撃態勢に入っておりません。また、コンピューターでの解析の結果、傀儡遣い本人の身体で庇われていない面積の方が広く、AIの射撃精度を考慮すると、本人を避けて命中させることは充分に可能である、との結果も出ております」
「質問。誰かが攻撃態勢に入った後、ボクが動いた場合、どう判定されるの?」
ここからが重要なところ。誰かが的確に少女だけを狙ってきたときに、それを避ける行動がどう判断されるか。
「他の選手の傀儡がシオン選手の傀儡のみを照準に収め、射撃態勢に入った後に、意図的にその射線をシオン選手本人の身体で塞ぐように動いた場合、ルールに従い失格となります」
即答。ここまでは審議の内容にあったのだろう。シオンは念押しで追加質問をする。
「そこもあくまでも原文通り。なら、意図的ではなく、他の攻撃を避けるために偶然そうなった場合には、問題ないと判断していい?」
今度は審議が必要だったのか、ややあってからアナウンスがあった。
「意図的ではないと判断された場合には、失格とはなりません。通常通り、意図的かどうかの判断は、審判団の方で映像を確認して行います。遅れて失格のアナウンスが入る場合がありますので、ご注意願います」
「ありがとう。質問は以上」
シオンの狙い通り。これでは、他の選手は迂闊に攻撃出来ない。シオンのルール違反と判断される可能性はある。しかし、自分の反則負けとなる可能性もあるのだ。
「それでは、試合再開いたします」
アナウンスの後、試合の残り時間のカウントダウンが再開された。それでも、シオンたちはもちろん、誰も動かない。
ルールとの戦いはここまで。この先は、他の選手との駆け引き。このままでは勝負はつかない。
シオンは再び、少女と少年両方の口から大きな声で語る。
「さて、審判の判断はああだって。この先どうする? こういうケースを想定して、反則負けしてでもボクを排除する生け贄役は決まってないの? この場合、多分傷害罪も殺人罪も適用されないと思うけど?」
誰も反応しない。予想外の事態に、観客席まで静まり返っている。シオンの行動は、他の選手たちにも流石に予測出来ていなかったようだ。ならば、シオンには充分勝ち目がある。
「ほら、足元とかガラ空き。とりあえず転ばせてみれば、接近戦で始末出来るかもよ? それとも、遠くからの狙撃で運試ししてみる?」
言い終わる前に、少女の右手が素早く拳銃を引き抜く。左側の物陰から顔を出した傀儡の一体を正確に狙っていた。少女の瞳は、そちらの方を見てもいない。傀儡は機先を制され、構えた銃を撃つことなく、すぐに隠れ直した。
少女の唇の端が吊り上がり、妖しく嗤う。大きな声で、嘲るようにして語り出す。
「複数人で同時射撃じゃないと無理そうだね? 誰かボクに当てちゃって、失格になりそうだけども。試してみる?」
刻々と時間だけが過ぎていく。誰も一言も発しないまま、誰も動かないまま。
このシオンの行動を審判団が許容した理由は、単にルール上明確に禁止されていないからだけではない。この状態が最後まで続くことはあり得ないからだ。
制限時間。サユリが言っていた通り、このバトルロイヤルには、制限時間が設定されている。通過出来るのは最大四人。五人以上残っていた場合には、全員敗退となる。故に、必ず動かなくてはならない。シオンも含めて。
残り五分。まだ誰も動かない。シオンは流石に不安になった。一つの可能性に思い当たったのだ。
(もしかして、コイツら初めから勝つ気がない……?)
選手たちの結託は、シオンを先に排除することで、通過枠を一つ多く確保することにあると思っていた。普通にバトルロイヤルをしたら、シオンは勝ち残る。実質的に通過枠が三つしかない予選グループ。それをどうにかするためのものだと考えていた。つまり勝ち残るための結託。
しかし、この時間になっても動かないとなると、自分たちが勝ち残るためのものではなく、シオンを負かすためだけのものであるとも考えられる。全員が主催者に雇われていて、すべてが八百長なのかもしれない。シオンを敗退させることだけが目的の、仕組まれた予選。
(いや、違う。それはない。そうだったら、あからさまに意図的な、この初期配置は使わない)
もっと自然な配置のまま、四人以上がシオンから逃げ切れば、時間切れで全員敗退になる。会場はそれなりに広く複雑。充分に可能と思える。主催者の不正に見えるようなやり方をするよりも、そちらを選ぶはず。
(ならば――)
「ねえ、ルールブックちゃんと読んだ? このままだと時間切れで全員失格になるよ? 後五分……いや、もう四分四十二秒以内に四人以下まで減らさないと、みんなで仲良く予選敗退。それでいいの?」
少女が再び妖しく嗤う。反応した人物がいる。動き出しやすい姿勢に変えたのか、僅かに足下の砂が鳴る音が聞こえた。
シオンは確信した。必ず誰かが動く。他の選手たちの結託は、シオンを負けさせるためだけのものではない。少なくとも今反応した人物は、勝ちたがっている。今は自分の負けを恐れて動けないだけ。ならば、その恐怖を増幅してあげればいい。
「誰か一人でも敗退したら、即座にボクは動く。もちろん盾なしで。約束するよ。破ったら反則負けでいい。さあ、誰が最初に裏切られて敗退する?」
疑心暗鬼。他の選手たちは、今その状態になっているに違いない。
残り時間が少なくなればなるほど、誰かが動く可能性は高くなる。先にシオンを倒すという約束を守るよりも、残る三枠に自分が入ることを優先した方がいいと考えだす。
公言したとおり、誰か一人でも敗退した瞬間。厳密には、そのための攻撃を誰かがした瞬間が勝負所。
シオンは精神を研ぎ澄ました。その時と場所を逃さないように。それでいて、そこに注意を引かれないように。
(動いた!)
先程砂の鳴る音がした場所に隠れていた傀儡が動いた。まだ攻撃はしていない。恐らく標的に悟られずに射撃出来るポジションを確保しにいっただけ。
ディスプレイでそれを見たのだろう。静まり返っていた観客席から、どよめきが沸き起こる。他の選手たちもその意味に気付いたのか、慌ただしく行動開始した。狙いはシオンではない。
バトルロイヤルがやっと始まった。シオンを除いた三十六人の間で。
最初の一人が攻撃され、発砲音と破砕音が響く。会場皆の注意がそちらに向いたその刹那。
少女の背に六対の翼のようなものが展開された。少年を放り出すと、戦闘用傀儡ではありえないほどの跳躍力で、空高く舞い上がる。
(丸見えだよ!)
少女が両手にアサルトライフルを構える。その先には、高さを稼いだおかげで射線が通った敵傀儡。光ファイバー接続部を見極め、三点バーストで斉射した。
同時に、少女に内蔵されたハッキング用コンピューターがフル稼働を始める。竜胆技研製の非公開仕様。国防軍正式採用品の、更に次世代に相当するエンジン。サイバー戦争時代において、この小さな島国が軍事的独立を保つことが出来ている、最大の功労者ともいえる秘蔵っ子だった。
(挙動から命令セット推測。暗号アルゴリズム仮定。キー解析開始)
無線操作に切り替わった瞬間、相手の傀儡の動きと、送られている電波信号の内容から、暗号化方式を仮定。キー生成関数の特性も考慮し、推論エンジンが高速に枝切りをしつつ暗号キーを割り出していく。
射撃音に気付き、空を見上げた傀儡遣いがいた。しかし、射線上には観客席。撃ち返すことは出来ない。少女は一方的に攻撃しながら落下していった。
左右の手に構えた二丁のアサルトライフルが、それぞれ独立した動きで二カ所の敵を同時攻撃していく。無線に切り替わったものについては、ハッキングも試みていった。
攻撃出来ない位置にいた傀儡が飛び出してくる。少女の着地を狙ったもの。その背後から別の選手の傀儡が現れ、少女が射撃可能な高さまで落ちてくるのを待って立ち尽くす傀儡を破壊してくれた。
空中で身を翻し、着地点とタイミングをずらしつつ、今助けてくれた形になった傀儡に向かって容赦なく最後の弾を叩き込む。
(今なら行ける!)
自身のファイバーを取り外すと、少女は近くの建物に向かって突進した。走りながら空になった弾倉を交換する。その少女を狙って誰かの傀儡が顔を出すが、別の傀儡が撃ち抜く。やったのは、少女が最初に攻撃をした傀儡。そのまま少女を守るかのようにして、牽制射撃を加えてくれる。
無事少女が建物の中に飛び込むと、その先は完全な混戦となった。見通しの悪い場所で、射撃音や各種センサーの反応を頼りに、相手の死角を探して回り込んでいく。
誰かを狙っている間に、別の誰かに狙われる。まさにバトルロイヤルの名に相応しい戦い。
観客席は大いに沸き、待ち望んでいた戦いに興奮を示す。ある者は腕を突き上げ、ある者は飛び跳ね、怒号と歓声が会場を支配した。
ディスプレイで観戦している観客たちも、誰が誰を狙ってどう動いているのか理解出来ていないだろう。把握しているのは、各所に仕込まれたカメラで監視している判定用AIのみ。
各選手の同盟は完全に崩れて、通常のバトルロイヤルの体に戻ったように、誰の目にも映っているだろう。
しかし、実際にはそうではなかった。すべてを把握している者がもう一人。そして、戦場の制御までをもしていた。
(あれで終わり)
残り十四人になったところで、シオンはほっと一息吐いた。
少年は広場の中央で座り込んでいる。視線の先で、敵の傀儡同士が斬り合いを演じ、その片方の背を別の傀儡が遠くから撃ち抜いた。
(ゲームセット。ごめんね、ちょっと意地悪だけど、仕返し)
少女と少年が同時に嗤う。表情をコピーしたかのように、全く同じ形に唇を吊り上げて。
――瞬間、各所で同時に爆発音が響いた。残った敵傀儡十二体が一斉に煙を上げる。動力源である燃料電池の破壊。それも自らの武器を撃ち込んで、あるいは突き刺して。
突然の異常事態。周囲が静寂に包まれる。残ったのは、シオンのみ。最初の銃声が響いてから、僅か一分足らずの出来事だった。
会場のディスプレイに、試合終了の表示がされている。AIが自動的に判定し、勝ち抜けしたシオンの名前だけを記載していた。残りの勝ち抜け枠は、斜線が引かれている。シオン以外の十二選手は、同時敗北と判定したのだろう。
誰も何も言わない。観客たちも最後の姿勢のまま固まり、動作を停止している。試合終了のアナウンスさえ流れない。
刻が止まったような世界の中、青みがかった銀髪を揺らし、少女だけが優雅に歩いている。座り込んだままの少年の側まで来ると、くるりと回ってから観客席に向かって一礼した。
そこから爆発的に歓声が上がった。やっと流れたアナウンスを搔き消す音量で、熱狂的に騒ぎ出す。席を飛び出し防護ガラスに取りついて、叩き出す者まで出る始末。様々なものが放り投げられて観客席を飛び交い、驚喜と、狂乱と、興奮が渦を巻いた。
無感情な蒼い瞳でまっすぐ前を見つめながら、会場の外へと歩き出す少女。少年がその後を追いながら、グローブから光ファイバーを伸ばしてその背中に繋ぐ。
(ちょっとやりすぎたかな……余計に八百長が疑われそう)
そう心配しながら、静かに歩いて控室へと向かう。スタジアム外壁部分の扉が開き、中にドクとサユリの姿が見えた。
少女と少年は共に顔を綻ばせ、手を振った。
「ご苦労様。第一関門はなんとか突破したようですね」
サユリも笑顔を向けて、シオンたちにそう声をかける。
「ありがとう。あなたの仕事はこれから? あの初期配置について、色々とやることありそうだよね?」
少年の方で軽口を叩くと、サユリは肩を竦めながら振り返った。
「もう、手配は終わっていますよ」
そのまま控室へと先導するように歩いていく。
「怪我はないか、シオン?」
少女と少年両方の頭に手を載せながら、ドクが優しげな声で訊ねる。両腕を広げ、くるりと回りながら少女が答えた。
「この通り無傷。確かに支障はないね」
「本番は明日じゃ。ジンもしっかり勝ち抜いとるぞ。ほれ、さっきからしつこく呼び出しておる」
ドクが少年に携帯端末を手渡す。試合前に預けておいたもの。確かにジンからの着信履歴がずらりと並んでいる。かけ直す前にすぐに鳴り出した。
「お、シオン。やっと戻ってきたか。お前ずいぶん時間かかったな」
着信許可するなりジンの顔が大写しになり、少年は思わず顔を引いた。
「仕方ないでしょ、あれじゃ。どうせ映像見たんでしょ?」
「いやー、途中からしか見てないから、なんであんなことになったのかはわかんねーのよ。まあいいや、勝ち抜いたんだから結果オーライ。こっちも数減らしといたぜ。同じこと考えたようだな」
ドクが自分の端末で、ジンの方の会場の結果を見せてくれた。勝ち抜けはジンのみ。何体残したのかは知らないが、ハッキングして同時敗北させたのだろう。
(ボクの場合は、そういう狙いじゃなかったんだけど……)
単なる仕返しのつもりだった。三十六人も結託して、自分一人を狙ったことへの。
とはいえ、それを言うと性格が悪いなどと揶揄されそうだったので、別のことを口にする。
「他の会場も同じことになってればいいのにね。そうしたら八人しか残らないから、あと三回だけ戦えば終わる」
「同感。ま、他にそこまで出来る奴はいないだろうけどな。トーナメント、どう組まれるんだろうな? オレらが苦労したのに、他の奴の試合数が減るだけだったら、骨折り損だぜ」
確かにそれは気になる。減った分シードにして欲しいところだ。
この大会は、かなり特殊なスケジュールとなっている。多数ある大会の隙間を縫い、なるべく競合しないようにして参加者を集めるために、わずか二日ですべての試合が終わる。
今日が予選のバトルロイヤル。明日が本戦トーナメント。
試合待ちの間に修理することは認められているが、主催者側が用意した設備だけでは大したことは出来ない。実質的に、今日のバトルロイヤル同様、耐久戦に近いものとなる。相手が一人であることと、合間に弾薬や燃料パックの補充が出来ることだけが違いともいえる。
そのことを考えると、なるべく損傷が少ない状態でジンと当たらないと、勝ちが危うくなる。
「どうせなら一回戦で当たればいいのにね。それが一番、運の要素が少ない」
思ったことをそのまま口にすると、ジンが口を尖らせて文句を言う。
「バカ言ってんじゃねーよ。そしたらオレ、賞金ゼロになる可能性あるじゃねーか」
「勝てばいいでしょ、ボクに。攻略法とやらを使って」
「明日泣いて後悔すんじゃねーぞ?」
「キミこそ」
くだらない口喧嘩をしつつ歩く少年と、側に寄り添う少女。その背中を、ドクが満足そうな微笑みを浮かべて眺めていた。