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傀儡遣いは傀儡で嗤う  作者: 月夜野桜
第一章 傀儡遣いは傀儡で嗤う
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第一話

 軽快な射撃音が三回。それが耳に届くよりも早く、少女に向かって三発の鉛の塊が襲い掛かる。無感情な蒼い瞳で見遣りながら、少女が身を躍らせた。白いラインの入った濃紺のスカートが翻り、同配色の軍服風ジャケットを弾丸が掠めていく。


 流れるような動きと共に、少女の背から伸びるラインが跳ねてキラリと光る。その先を追うと、やや離れた場所に立つ少年の手に辿り着く。グローブに繋げられたラインを軽く振り回しつつ、少年が腕を動かすと、連動するかのように少女が舞う。再び襲い掛かってきた銃弾を、見る者を魅了する華麗な動きで、次々と躱していった。


「クソっ、舐めやがって。さっきから避けてばかりじゃねえか!」


 汚い言葉を吐いたのは、少年と相対するようにして立つ男。少々ガラの悪い風貌で、今にも殴り掛かりそうな恨みの籠もった表情を露に、少年を睨み付ける。手のグローブからは、少年と同様、時折光を反射して煌めくラインが伸びていた。繋がる先には、やはり人型の影。


 黒光りする金属製の装甲を纏い、眼の代わりに赤く光るセンサーが埋め込まれているそれは、誰がどう見てもロボットだった。片手で構えたアサルトライフルの銃口は、こちらは人間にしか見えない少女の方を向いている。


「キミこそ、さっきから外してばかりじゃない。一つ一つ考えて命令を出していたら、いつまでたっても当たらないよ」


 歳の割にはやや高めの声が、少年の口から発せられた。見た目は十代半ばといったところ。もっとも、髪が長く、華奢な体つきで、顔立ちもどこか中性的である彼には、相応の声音ともいえる。


 挑発的な台詞の割には、少年の眼差しは少女と同じく無感情。いや、興味がないとでもいうべきか。路傍の石でも見るような目付きで、相手の男を見据えていた。


「傀儡と傀儡遣いは一心同体。こうやって、自分の身体みたいに動かせるようにならなきゃ」


 その言葉を発したのは、少年ではなく少女の唇。小鳥が囀るように、可憐な声が先を続ける。


「キミも身体の半分は擬似生体でしょ? 同じシステムなんだから要領は一緒。日常生活で、自分の身体じゃなくて、傀儡の方で色々と用を足すようにしてみるといいよ。ボクはいつも両方の身体を使いこなしてる。ご飯食べさせてもらうとか、繊細な操作が必要だからお勧めだよ」


 僅かに微笑みを浮かべながら少女が歩み寄り、少年の口に箸で食べ物を放り込むジェスチャーをする。その間少年の方は口を開いた以外には微動だにしていない。造形も相まって、まるで少女の方こそ人間に見えてしまう光景。


「それと、見栄張らないで、照準も射撃タイミングも、傀儡のAI任せにした方がいいよ。そうしたら、状況次第では、傀儡が上手く当ててくれるかもね」


 そう言いながら少年は歩き出す。少女の方も同時に動き始め、互いに距離を取って再び戦闘態勢に戻った。仕掛けて来いとばかりに、少女が指を動かしジェスチャーで催促をする。


 男は露骨に不機嫌な表情を崩さず眺めていた。何も言い返さないまま、自身のロボット――傀儡を操り、崩れかけた壁の裏へと身を隠させる。そこで空になった弾倉を捨てて、新しいものと交換させているようだ。


 弾倉を装着する音がした後、しばしの時間が流れた。少女は無感情な瞳のまま立ち尽くし、少年も退屈そうに待っている。男は、タイミングを計るかのように少年の様子を観察していたが、不意に舌打ちをしながら足元の石を蹴った。少年の瞳がその行方を追う。


 直後、銃口が壁の上から姿を現し、再び少女を向く。その引き金が引かれるより早く、少女は横にスライドするようにステップした。先程までと異なり、銃口が動きに追従して向きを変えつつ火を噴く。慣性で置き去りにされた少女の髪を巻き込んで、銃弾が掠めていった。


 青みがかった銀髪が幾筋か、光を反射しながら宙を舞う。少女の唇の端が吊り上がり、妖しく嗤った。その喉から囀るような高く細い声が漏れる。


「やれば出来るじゃない」


 少年の口からも、ハーモニーを奏でるようにして同じ言葉が発せられていた。


 二つの声を搔き消しながら、続けざまに発砲音が木霊する。少女は腰の後ろに取り付けていたアーミーナイフを抜いた。


 成り行きを見守っていたのだろう。静まり返っていた観客席から、大きな歓声が沸き起こる。スタジアム中を席巻する熱量に押されるかのように、中央の競技スペースでは、互いの動きが激しくなった。


 戦争で破壊された廃墟を模して造られた舞台の上を、再び少女が舞う。時に両手を広げてスピンをし、時に宙返りをし、そして時にナイフで銃弾を叩き落とし。まるで予め決められた動きに従った演舞のようにして、相手の射撃を華麗に捌き続ける。


 またも弾切れなのか、銃撃が止むと少女も動きを止めた。慌てて弾倉を取り外している相手を嗤いながら眺めつつ、少女はその背から生えた光のラインをつまんで示した。


「ファイバーはここ。うまく切れれば、少しは可能性出てくるかもね」


 少年の方は相変わらず興味なさそうな表情のまま、そう言ってのける。


 ふいに単発の銃声が響き、少女がひょいとケーブルを除ける。相手の傀儡の手には、拳銃が握られていた。兵装格納庫から代えの弾倉を取り出すふりをして持ち出したもの。今度は身を隠さず弾倉を取り換え始めたのは、騙し討ちのためだったのだろう。


 しかしそれはまったくもって功を奏さなかった。少女と少年の眼は、瞬時の動作を完全に捉えていた。


 肩を落として少年が溜め息を吐く。続けてぼそりと呟いた。


「そろそろ終わりにしようか。流石に観客が飽きてしまう」


「クソっ、クソっ!」


 男は幼子のように地団太を踏んで、怒りと焦燥を露にした。その表情は凶悪に歪み、どこか可愛らしい行動とは、とても釣り合わない。


 殺意の籠もった眼差しが、少女へと向く。次いで少年に。


「舐めやがって、そんなラヴドールみたいなおもちゃで!」


 ラヴドールという単語を聞いた瞬間、少女の瞳に怒りの炎が宿る。殺気を纏った視線が相手に向けられた時にはもう、その右手がナイフを投げていた。


 相手の傀儡のアイセンサーの色が点滅する。男との間を繋ぐ、肉眼で探すのは困難な細さの光ファイバー。ナイフはそれを正確に捉えて、切断していた。


「ムセンモードニ、イコウシマス」


 傀儡からいかにもといった響きの機械音声が発せられ、そう告げた。


 少年の口からは、再び小さな溜め息が漏れる。そして吐き捨てるようにして言った。


「遊びは終わり。そのおもちゃに、キミは負けるんだ。手も足も出せずに」


 スラリ。金属が擦れる高い音が響く。少女の右手には、抜き身のサーベルが握られていた。人間の視力では認識不能だが、その刀身は小刻みに、そして高速に震えている。高周波振動によって斬れ味を増す、軍用のサーベル。競技用の傀儡の装甲など、容易く斬り裂く。


「まだまだぁっ!!」


 男が叫ぶと、傀儡が少女に拳銃を向けた。一発、二発、三発。連射される弾丸をサーベルで斬り飛ばしながら、少女が迫る。そして最後の一発。銃口は突如として大きく向きを変えた。


「ぐっ……」


 鈍い悲鳴と共に、少年が崩れ落ちていく。その肩口からは火花が飛んでいた。


 同時にブザーが鳴り響き、アナウンスの音声が流れた。


「コウ選手、ルール違反により失格。本試合は、シオン選手の勝利と判定します」


 会場は一瞬静まり返った後、溜め息や落胆の声に包まれた。


 それを遮るようにして、相手の男――コウが声を張り上げる。


「その判定、待った! 今やったのは俺じゃねえ。見ろ、こいつの身体」


 指し示したのは、少年が撃たれた跡。左肩から流れ出ているのは、赤い血ではなく、粘性のあるオイルのようなもの。じわじわと服を黒く染めていっていた。


「こいつ全身擬似生体だろ? イカサマだ。当たったって修理すればいいだけだから、意図的に自分を狙わせた。俺の傀儡をハッキングして、反則負けを偽装したんだ」


 会場内がざわつき始める。シオンが全身擬似生体、脳以外のすべてのパーツを機械製の擬似生体部品に置き換えた人間であるということは、周知の事実だった。


 感覚デバイスをオフにすることで、痛覚も切ることが出来る。脳の生命維持装置にさえ損傷がなければ、そう簡単には死なない身体であることも事実。


「今、最後の弾だけ防がなかったろ? 普通に届く位置だったのに。それが証拠だ」


 コウは畳みかけるようにシオン側の不正を主張する。その様子を眺めながら、シオンは思う。


(そんな論理が通ると思ってるの? 腕も悪けりゃ頭も悪い。よく本戦に上がってきたものだ)


 シオンは少女の身体を動かし、少年を抱き起こしてコウの方を向かせた。再び路傍の石に対するような目付きで見遣りながら、少年の方の口から呟くようにして言う。


「あのね、そんなことするくらいなら、普通に傀儡を停止させて勝利するよ。庇えなかったのは、身が竦んで対応が遅れただけ。今の、反則どころか傷害罪だよ? 下手したら殺人未遂だよ? やられたのは流石に初めてだ。冷静に対処出来るわけないでしょ」


 コウはその反論を聞いて、逆に勢いづく。少年を指差しながら、観客席を見上げてまくしたてた。


「なあ、みんな聞いたか? 傷害罪だ。俺に傷害の罪を被せるためにやったんだ。ただ勝つだけじゃなく、俺が当分試合に出られなくなることを狙ったんだ」


 シオンは何度目かわからない溜め息を、深く深く吐いた。少女と少年両方の身体を使って。それから投げやりな調子で、少年の無事な右手を振りながら答える。


「ああ、もういいよ。傷害罪はなしで。ボクがハッキングしたことにしてもいい。それでも勝敗は変わらない。相手の傀儡を操ることは、ルールで許可されてる。例えそれで自分自身を攻撃したとしてもね」


 少年の言葉に続いて、再び会場内にアナウンスが流れる。


「シオン選手の主張通りです。念のため審議しましたが、勝敗は変わりません。竜胆ロボティクス・チャンピオンシップ、第八ラウンド。二回戦第一試合は、シオン選手の勝利です」


 少年がふらつきながらも立ち上がると、心配げな瞳で見つめていた少女が観客席を見上げる。それからくるりと回って一礼。戦闘内容と同じく、まるでダンスでも踊り終えた後のような、華麗で優美な仕草だった。


 苦虫を噛み潰したような表情で、歯ぎしりまでしながら去っていくコウ。その背中に向かって、シオンは少年の口から告げる。


「次に同じこと狙うなら、自分自身を撃つんだね。キミもそれ、一部は擬似生体でしょ? その部分を狙えばいい。例え相手の傀儡を使ったとしても、傀儡遣い本人を攻撃したら反則負けだ。ハッキングの証拠さえうまく用意出来れば、審判も騙せるかもしれないよ?」


 コウは返事をする代わりに、自分の傀儡の脚部を思い切り蹴った。よろめく傀儡に追い打ちを掛けながら罵る。


「このポンコツめ。俺の命令にもっと素早く従え!」


(最低。負けを傀儡のせいにするなんて)


 シオンは心の中で吐き捨てるようにそう言った。少女と少年両方の瞳で、コウの醜い後ろ姿を冷たく見送りながら。


「さて、帰ろうか。明後日までに修理しないと」


 肩の損傷を眺めながら、少年の口でそう呟く。心配そうな瞳で見つめながら、少女が寄り添った。


 その光景は、ラヴドールで戦っていると揶揄されても、致し方がないと言えるものだった。少女はとても精巧に作られていて、その背から光ファイバーが伸びて少年のグローブに繋がっていなければ、誰も競技戦闘用の傀儡だなどとは思わない外見だった。


 少々人工的でもあるが、完璧と言える美貌。首に印刷された型番とシリアルナンバーを見なくても、全身擬似生体の技術を転用したアンドロイドだと誰しもが思う。


 脳波を読み取って電子データ化する、ブレイン・マシン・インターフェースの一種、NBデバイス。人型ロボットをそのNBデバイス経由で操作し、倫理上人間同士では行えないような過激な戦闘で観客を楽しませる。それがこの竜胆ロボティクス・チャンピオンシップ、略称RRCを筆頭とする、NBR競技大会。


 競技戦闘用のロボットやアンドロイドは傀儡と呼ばれ、それを操る人間は傀儡遣いと呼称される。この現代において、最も人気のあるスポーツの一つ。各社が技術を誇るための興業でもあり、開発競争や実戦テストの場でもある。


 戦闘には向かぬ、人間にしか見えない傀儡を操り、芸術的なまでの動きで観客を魅了して、なおかつ勝利を続けるシオン。賞賛と、妬みと、憧憬と、多数の感情が綯い交ぜになった熱気の中で、彼女と彼は戦い続ける。


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