表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第一章 国境を越えて —大ウルラス山脈編—
9/85

第8話 幕間 ―レンフィールドという女―

「ここか」


 ガランが突いたピッケルの痕跡を消しながら追い、容易に崖まで辿り着いたクラックスは、その崖の上を見つめていた。目視で約五メートル程の位置にピッケルが残されてるのも、当然視認している。


(追われた、というより滑り落ちた。偽装としても、あそこまで傷を追う必要は……ない、な)


 崖上から下に目をやると、落ちた砂利、砕けた石の他、ガランが残した手ぬぐいが岩に挟まり、風にはためいている。


(上のアレとこれが目印……とも思えんが、回収だな。(ウィンド)


 ――(ウィンド)――

 風そのものを増幅させる基礎の精霊魔法。

動いている物体を加速させる、物体を押し上げる、物体に纏わせる等、基礎だけに応用範囲は広い。

 ただし、対象の質量や表面積に対して相応の乱気流が発生するため、他の風精霊魔法の妨げになる場合が多い。


 クラックスは跳躍と同時に(ウィンド)を発動し、崖下の滑落痕を吹き飛ばすと共に、自身の跳躍力を上げる。約三メートルほど跳躍し、崖に足が接地するとそのままピッケルの真下まで崖を走り、今度は己の力のみで跳躍してピッケルを飛び越えた。そのまま滞空、落下しながらピッケルとその周辺に(トラップ)がないか視認し、不自然さの痕跡を探した。その形跡は見当たらない。


 クラックスはそれでも慎重さを崩さない。念の為、直接ピッケルには触らず岩の裂け目に指を引っ掛け、それを支点に崖に着地。改めて裂け目内とピッケルを目視確認し、仕掛けも不自然な点もないと判断。ようやくピッケルを手にし、抜いた。崖下を眺めても不自然な点は見当たらず、先程吹き飛ばした手ぬぐいがヒラヒラと舞っているのみである。


(里の皆の将来がかかってるからな。あとはあれを回収して西、いや下りやすい東が先だな。索敵しながら一旦戻るか)


 クラックスは手ぬぐいに狙いを定め、崖を斜めに走った。手ぬぐいをピッケルに引っ掛け、大岩に着地。濡れた手ぬぐいを遠心力でピッケルの剣先に巻き付けると、東の索敵へと急いだ。


 その頃。ガランはソウジュの里、北門にほど近い森の入り口まで運ばれていた。気は失ったままだ。傍らにジローデン、少し離れてマクレンが控えている。ガランの荷は、ジローデンの背後に置かれていた。


「……骨は折れてはいないようですね。ですがまさか……」


「まさか?」


 聞き返したのはマクレンではない。

 声の主はマクレンの背後に静かに立つ、紺色のローブを着た女性。レンフィールドである。


「え? いつの間に!?」


 レンフィールドはニヤリと笑う。


「マクレンもまだまだね」


「族長が……普通に喋ってる……」


 マクレンは驚愕を深め、レンフィールドは上機嫌で笑い出す。


「アハハハ。そりゃあ喋れますよ。私は族長になったとはいえ、あなた達と同じ、エルフ族の女ですよ?」


「そ、そりゃそうでしょうけど……」


 本来であれば、マクレンは言葉遣いではなく、簡単に背後を取られたことを気にすべきである。しかしレンフィールドの気配遮断は『ベテラン狩人』を凌ぐ。当然ジローデンは気付いていた。



「……族長。あまりマクレンをからかわないようにお願いします。マクレン、族長が普段使っているのは『長老言葉』というんです。あなたやケビンのような若いエルフが使う、『若者言葉』と似たようなものだと思ってもらって結構ですよ」


 見かねてジローデンが助け舟を出す。


「長老言葉……」


「そう。そしてジローデンやあなたの親、その世代が話してるのが『アーシア共通語』ね。簡単に言えば『大人言葉』かしら」


「アーシア語……大人言葉……」


 マクレンは語彙力を失ってぶつぶつとつぶやく。


「それよりもジローデン。もうわかっているんでしょう? 恐らくその、まさかだと思うわ」


 レンフィールドは既に何かを見抜いたようである。


「……まだ本人から直接聞いておりませんので。隠すようならそれこそ何かある、と考えていますが、いかがでしょう?」


 ジローデンは堅実な提案をレンフィールドに伝える。


「……そうね。――ジローデン。今『狩人』の数は?」


「現役だけなら『ベテラン』が八人、『ひよっこ』が七人ですね」


「ひよっこって俺らですか?」


 マクレンが狩人見習いとしてつい聞いてしまう。


「見習いは数に入れられないわ。『たまご』ですもの。――わかってはいたけど八人は厳しい数字ね……。もしこれが()()()()()()だとしたら……」


「凶兆であれば、危ういかもしれません。――杞憂に終わると、良いのですが」


 レンフィールドとジローデンが思案にふける中、マクレンは『たまご』扱いに気を落としかける。


「マクレン、よく聞いて」


 レンフィールドはそれに気付かぬふりをして、マクレンの肩を抱き、語りかける。


「ひよこは殻を破って生まれるものよ。あなたは殻を破るだけの力を、もう持ってるわ。精霊に選ばれたことに誇りを持ちなさい」


 マクレンは考え込むように足元を見ていた。レンフィールドは続ける。


「飛べないものもいる中、あなたにはもう翼があるの。足元を見てても飛べないわ。前を向くから飛べる。さあ、顔を上げなさい」


「はい」


 マクレンは顔を上げ、レンフィールドに視線を合わせる。先程ベテランの域に至ると決めたではないか。そう思い出した。


 レンフィールドは微笑む。そして伝える。


「マクレン。あなたもケビンも、いいえ、里の若者ら全員。私達の大事な大事な『たまご』なの。そして翼を持たぬ者、戦えぬ者も大事な者達。さあマクレン。共に翼なき者を護る者となりましょう」


「――はい!」

 

 自ら殻を打ち破ってみせる。マクレンの返事にはそんな意志が宿っていた。

お読みいただいてありがとうございます。

いよいよ次回から本格的な出会いのシーンが続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あの独特なしゃべり方は、長老言葉だったんですね。 長老だけが使う言葉?というよりは、昔の喋り方とかそういったニュアンスでしょうか。 古文的なイメージかなぁと想像しています。 次回から本格的な出会いな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ