第75話 旅は道連れ
横断馬車隊が引き返してきたことで、ヤサカ村は不穏な空気に包まれていた。
横断馬車を狙う賊の出現は、過去になかったわけではない。そのすべてを退けてきた護衛騎士と、随行する各領兵団が引き返してきたという事実は、村人たちに不安をもたらした。村も襲われるのではないか、と。
そんな静かな村の中とは対照的に、広場の一角を間借りしたガランたちの天幕はとても賑やかだった。その中心にいたのはフォビオである。
「――賊に襲われたって言っても、夕暮れどきを狙って矢を降らせただけだったからね。馬を狙って足止めして、夜中になんとかしようと考えたんだろうけど、浅知恵だね! 襲ってきた賊はみんな魔物にやられちゃった」
串焼き肉を頬張りながら語るフォビオの声は、決して大声ではなかったが、村人たちの耳に届いていた。村長以下、数名の男たちが遠巻きにその話を聞いている。
「でも魔物が出たんだよねぇ?」
アッシュの問いかけに、フォビオは鼻を鳴らした。
「ふふん。魔物はね、結構たくさん出たよ。百……いや、二百……千はいたかも……。でもね、俺が全部やっつけちゃったから!」
「フォビオくんが? 千の魔物を?」
「俺の魔法でチョチョイのチョイ! ってね!」
「ほんとにぃ? 話、盛ってない?」
アッシュが片眉を上げて、フォビオの顔を覗き込みながら問う。フォビオはその視線を逸らした。
「う、うん……まぁ確かに少し盛ったよ――けど! 百はいたと思う! 騎士さんたちに聞いてみてよ。俺、結構……いや! 凄い大活躍したんだから! 戻って来るときだって賊どころか、魔物にも全然会わなかったから、当分は大丈夫じゃないかなぁ? ――しっかしこの肉、美味いね」
フォビオの褒め言葉に、ガランがほんの少し自慢げに胸を張る。
「オレたちが獲った肉だからね。血抜きも下処理も自信あるんだ! アッシュが作ったカラシナソースを付けても美味いよ!」
それにタイガとアインも同調する。
「あぁ、ガランの肉の焼き加減も絶妙だろ?」
「アッシュのソースとの相性は、私が保証する」
フォビオは小皿に入れられたソースの香りを嗅いでみた。ほんの少しの刺激的な香り。ひとつ頷いて串焼き肉をチョンと付けて頬張った。
「どれどれ――うん! ソースの辛味と酸味で、こってりした脂がさっぱりして甘さが引き立つ……これは確かに美味いね!」
うんうんと満足気に頷く皆の顔に笑顔が浮かぶ。
そこに、おずおずと村長が話しかけてきた。
「あの、旅の人……その、話を少しだけ詳しく聞いても……?」
笑みを浮かべたアッシュが頷いて、焼き上がった串焼きを村長に差し出しながら答える。
「村長さんも一本どうぞ。このソースはね、練ったカラシナと――」
「あ、いや! 賊と魔物の話を――に、肉もありがたく頂くよ」
「あ、そっちね。――だってさ、フォビオくん」
「ムグ……っと、じゃあ俺の武勇伝を今一度語ろう! ……俺、伝説になっちゃうなぁ……。えっとね、まず夕方近くにさ――」
肉を飲み込んだフォビオが饒舌に語る事の顛末に、村長が大きく頷きながら聞き入った。賊が魔物に襲われ、恐らく全滅したであろうこと。その魔物もフォビオが一掃したことを確認し、改めて護衛騎士たちの話を聞いてみるとのこと。礼を告げ、遠巻きに見ていた男たちとともに、それぞれの家に帰っていった。
ガランたちがそれを見送った直後。タープの影からひとりの男が姿を現した。
「…………ふん。今の話は上出来だ」
現れたのはディーである。
「「ディーさん!」」
皆の重なる声に、ディーは少し目を細めた。
「…………ふっ。ガラン、お前たちにまたすぐ会うとは、な。――今の話、すぐに伝わるはずだ。村の者が落ち着きを取り戻すには、丁度いい話だな」
ディーと面識のないフォビオが、皆の顔を見渡して口を開いた。
「ガランくんたちのお知り合い、だよね? どもども、フォビオです。ディーさんでいいのかな?」
「…………ん。少し邪魔をしてよいか?」
一言断りを入れたディーに、ガランとアッシュが手招きしながらディーが座れるよう場所を開ける。
「もちろんだよ。座って座って。――オレたち、気になってたんだ。ね、アッシュ」
「うんうん。あ、ディーさんご飯食べた?」
二人の気遣いに、ディーはほんの少し口角を上げる。
「…………あぁ、済ませた。ところでさっきの話。賊は魔物にやられたとの話で終わらせて、お前たちは早めに離れたほうがいい」
含みのあるディーの口ぶり。ガランは地を、アッシュは風の波紋をそれぞれ発動して周囲を探る。不自然な動きがないことを確認して、ガランが声色を落としてディーに問いかけた。
「……違うの?」
「…………ふん。確信があるわけではない。が、昔の話……アイダ領の貴族が断絶した事件に、少し似ている」
その言葉に反応したのはタイガとアインだ。
「断絶したアイダ領貴族って――まさか……!」
「シュヴァーン家……!」
サガナスとの対面の際にも聞いたシュヴァーン家。逓送を担っていた、断絶した貴族の家名である。
「…………ふん。シュヴァーンの家名、知っていたのか」
意外そうな表情を浮かべたディーに、ガランとアッシュが知っていた理由を告げる。
「領主様に会ったとき、話に出たよ」
「うんうん。書簡が届きにくくなったって話の流れで、逓送を担っていたシュヴァーン家が断絶したって聞いたねぇ」
「…………そうか。シュヴァーン家は――いや、どこに耳があるかわからん。止めておこう」
慎重な姿勢を崩さず、口を閉じたディーの気持ちが分かるのか、フォビオも頷きを送りながらつぶやいた。
「その手の物騒な話は俺の故郷、カリバザスでもあったよ」
ほんの少しの沈黙。ジジッと焼ける音をたてたのは、薪に落ちた肉の脂か木の樹脂か。その沈黙を破ったのはアインだ。
「ディー殿」
「アイン。止そう」
思い詰めた表情で口を開いたアインを、タイガが制止する。
「しかしタイガ、似ているのなら――」
「アイン」
諌めるタイガと険しい顔のアイン。タイガとアインのやり取りで、何かを察したディーが小さく首を横に振る。
「…………ふん。事情がありそうだが……貴族の闇の話に首を突っ込んでも、得することはない」
タイガとアインの表情に気付かず、つぶやいたのがフォビオだ。
「サクソン様が俺に頼んだ、逓送網整備の下見っていうか……役に立ちそうな話なんだけどなぁ」
フォビオはディーが知っているかもしれない、シュヴァーン家が断絶した事件と今回の襲撃の共通点がわかれば、サガナスからの依頼、他国との街道比較の裏付けになるのではと考えていた。
「…………公爵家が逓送をやると?」
「サクソン様は下地だけでも作りたいみたい。少なくとも逓信だけは必要だって。俺もそう思うなぁ……王様へ送る重要な手紙は、確実に届かないと困るもんね」
フォビオの言葉に、ガランとアッシュも同意を示して頷く。
「兵隊さんなら運べるんだろうけど、荷運びは兵隊さんの仕事じゃないって領主様も言ってたね」
「いちいち兵隊さんが大勢で、たった一通の手紙を届けるのは無駄だよねぇ」
「…………ふん。それが狙い、かもしれん。書簡が届かなければ話が広まるのは噂話だ。噂は必ず、どこかでねじ曲がる」
噂という言葉に、ガランとアッシュが思わず顔を見合わせた。ソウジュでの聖銀騒ぎの中心にいたのだ。ボヤくようにアッシュがつぶやく。
「噂かぁ。ボクらも振り回されたよねぇ……」
「オレ、やっちゃったからね。それはそれとして……ディーさん、オレたちと一緒に行かない? せっかくだし……ね?」
「うんうん。一緒がいいよ、状況も違うしさ! 旅は道連れ、だよ!」
ガランの提案をアッシュも後押しする。アストン工房を出たときとは状況が代わり、移動の危険度に差が生じている。
ディーもそれがわかっているのか、皆の顔を見渡した。
「…………ふん。確かに頭数は多いほうが安全、か。そうだな……同行しようか」
ディーが同行を決めれば黙っていないのはフォビオだ。
「あ! じゃあ俺も! 横断馬車はいつ発つかわかんないし。いつまでもここにいるわけにもいかないし!」
どうなるかわからない横断馬車より、顔見知りと旅するほうがいいのだろう。ガランはその気持ちを察したわけではないだろうが、ひとり置いていかれる寂しさは知っている。軽く頷いて目的地を尋ねた。
「フォビオくんはどこまで行くの?」
「俺は東の国境まで行くつもりだったけど……。あちこちでサクソン様に手紙を書いて、兵隊に渡せばいいだけだよ」
「…………ふっ。なるほど、内容は二の次。どこから出した書簡が着くのか着かないのか。それを知るのが目的ってところか」
「そんな感じ。俺は書くだけ、判断するのはサクソン様だよ」
フォビオの仕事は、横断馬車ではなくとも果たせそうだ。
ガランは皆と視線を交わす。アッシュはもちろん、タイガとアイン、そしてフォビオとディーも頷いた。当然、ガランも頷く。
「じゃあみんな一緒に行こう! 面白い旅になりそうだね」
次の目的地はディーが墓参りに向かうトーイの街。六人の旅の始まりだった。
これにて第5章の締めとなります。
次章も是非お楽しみください。
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