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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第五章 領都到達 —水の都・グランサクソン編—
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第74話 損得勘定

 フォビオがゴブルの群れを一掃していた頃、ガランたち四人はまだ日も昇らぬ街道を歩いていた。


「ボクらツイてない……ふあぁ……かもねぇ」


 あくび混じりに話すアッシュが、同意を求めるようにガランに視線を送る。

 ガランたち四人が野営地として使用していた狭い広場、そこは巡回領兵たちの待機場としても使われる場所だった。夜半過ぎから集まりはじめた兵士たちは、もちろん騒ぎはしない。だが休む者にとって、他人の気配は眠りを浅くさせる。短い話し合いの末、どうせ休めないのならと、夜明け前の出発に踏み切ったのだ。

 ガランはアッシュからの視線を受け、肩をすくめて頷いた。


「非常時だから仕方ないね。――でもオレ、この空が見れてよかった」


 そう言って天を仰ぐと、三人はガランにつられて足を止める。東の空が仄白み、西にはなお群青が残る。かすかな星の瞬きが、まどろむ空に語りかけているようだった。ほんのわずかな時間にしか見ることのできない、朝と夜の境目。それは神秘的な空だった。

 ガランたちが歩くシベル横断道は、ほぼ真東の方角に伸びている。その道の先の空に黄色が差したと思った瞬間、まばゆい朝日が昇った。かなり遠くなった西のグランサクソンから、日の出を告げる鐘の音が聞こえた。このまま進めば、次の「朝五つ」の鐘の音は、恐らく聞こえないだろう。


「キュッ」


 クーはアッシュのリュックの上で、小さく鳴いてまぶたを閉じた。

 アッシュは額に手をかざして目を細め、誰にとは言わずに問いかける。


「新しい朝が来た〜……とか、そんな感じの歌あったよね? 希望の朝だ〜……ってやつ」


「私は聞いたことがないな……。それはエルフのわらべ歌ではないだろうか?」


 アインの推測に、アッシュが首を傾げる。


「そうなのかな? ここしか知らないから、誰かの即興なのかもねぇ」


 ガランはアッシュの『記憶』ではないかと勘付いていたが、あえて言葉にも態度にも出さずにいた。タイガはその歌の響きに感心したのか、頷いて口を開いた。


「新しい朝、か。朝に新しいも古いもなさそうだが。その歌を作ったのはエルフの詩人か、もしかしたら朝まで飲んでた酔っぱらいかもな」


「ボクらエルフは朝まで飲まないよ。……たぶん、ね」


「オレの爺ちゃんは朝まででも飲めるって言ってたっけ……。――っと、行こうか」


 歩き出したガランに皆も続く。軽快な足取り、しかし警戒は欠かさない。朝日の輝きに目を奪われて足元を疎かにすることもない。それぞれが槍とピッケルを突きながら横断道を進む。

 二度目の休憩で、各自が燻製肉や干し果実を取り出したとき、先駆けの騎兵が数騎、四人を追い抜いていった。

 ガランはその兵士の背を、少しだけ険しい顔で見送る。


「横断馬車の人たち、無事だといいね」


「そだね。領主様が言ってた逓送だっけ? 護衛付きの馬車が襲われるんじゃ、荷運びも大変だよねぇ」


 アッシュも眉をひそめ、そこにタイガも口を挟んだ。


「横断馬車を襲うほどの賊の集団、か。――そういや二人の目的地、スカッチの件。アストンさんの話にもあったが、国境と隣接してるヴァレンタイン領は武具の値が上がってるらしいが、その賊の影響もあるのかもな」


 タイガの言葉に、それぞれがアストン工房での会話を思い出す。アインも道の先を見つめてつぶやいた。


「ワング村は大丈夫だといいが……」


 ガランたちは、アストン工房に滞在していた際、ディーとアストンの二人からさまざまな話を聞いていた。

 ディーからは剣術の鍛錬法のほか、東隣のアイダ領にある街や村、街道や野営に適した地形など、旅に有用な情報を。一方のアストンからは、各地の鍛冶師たちの交流や評判について、より具体的な話を得られた。技術に秀でた職人たちに関する話の中には、ガランの祖父・ロランの名もあった。ガランは祖父の銘板も見せてみたのだが、ドワーフの秘伝に直結するような手がかりだけは得られなかった。

 一点だけ、重要な話もあった。アストンの師がドワーフだったのだ。今は鍛冶工房も締め、アイダ領のワング村で隠居生活を送っているらしい。名はレフトルフタ。奇しくも、ロランの弟子である「ルフター」と、よく似た名前だった。

 ガランたちはアストンから、レフトルフタ宛の紹介状と荷を預かっていた。アストン工房の焼印が押してある、片手に乗るほどの小さな箱だ。弟子からの預かり物を届ければ、レフトルフタもガランたちを無碍に扱わず、何かしら話を聞けるはずだと、アストンが気を回してくれたのだ。


「アイダ領はあまり広くないみたいだし、兵隊さんの人数も少ないかも、だしねぇ」


 アッシュがそう言って、食べかけの干し果実を口に放り込む。ガランも咥えていた燻製肉を口に仕舞いながら頷いた。


「そう言ってたね。ディーさんも気になるし、今日はできるだけ足を延ばそう」


 その後、順調に街道を進んだガランたちは、夜明け前に出発したことが幸いし、日が沈む直前にヤサカ村に到着した。

 村長から広場の一角を使う許可を得ようと村の中心に向かって歩きはじめたとき、ガランが何かに気がついたようにアッシュに声をかけた。


「ねぇアッシュ」


「うん? どしたの?」


「アッシュは朝、『ツイてない』って言ってたけど」


「うん、言ったね」


「オレ、朝のあの空が見られて帳尻合ったと思ってたんだけど、よく考えたら少し違った」


 アッシュは眉を寄せ、顎に手を当てて首を傾げる。


「どゆこと?」


 アッシュの問いに、ガランは指を一本立て、己の考えを話す。


「ほんとだったら二日かかるとこを一日で来れたんだから――オレたち、一日分得したんだよ」


 少し考えたアッシュだが、ガランの言うことにも一利ある。


「――そっか、ツイてないのが綺麗な景色で帳消しになって……一日早く着いたから……うん! ボクらは得してるね! そっかそっか、得してたのかぁ」


 にこやかに笑みを浮かべて何度も頷き合うガランとアッシュを、少し呆れた眼差しで後ろから見ていたタイガが、ボソッとつぶやいた。


「……二日分、歩きっぱなしだがな」


「シッ、黙って」


 アインが小声で制しつつ、槍の柄でタイガの尻を軽く叩く。


「痛ッ……!」


 大袈裟に尻をさするタイガだが、もちろんアインは手加減している。そんな二人のやり取りに気がついた、ガランとアッシュが振り返る。


「二人して何を――あれ……?」


 ガランの視線の先、先ほど自分たちが入ってきた村の入り口から馬が見えた。アッシュも気づき、額に手を当て目を凝らす。


「追い抜いてった兵隊さんっぽい? それと馬車……あ! あれきっと、横断馬車だよ!」


 アッシュの予想通り、村へ入ってきたのは救援騎兵と、襲撃地点から引き返してきた横断馬車隊だった。


「怪我人がいるかも。道を譲ろう」


 ガランたちは道の脇に下がり、馬車隊に進路を譲った。騎兵と御者はそれに気づき、軽く右手を上げてガランたちの前を通過していく。乗合馬車よりやや大きなその馬車は、屋根や壁面に矢が刺さり、見るからに痛々しい姿だ。


「矢があんなに……酷いな」


 タイガが険しい顔でつぶやく。四人が通り過ぎる馬車を見送り、その背面を見たとき。ひとりの男と目が合った。ガランとアッシュの声が重なる。


「「……あ」」


「あっ……」


「「ああぁッ!? フォビオくん!?」」


「どもども〜……またあとで〜……」


 力なく、そして小さく手を上げたフォビオに、四人も小さく手を上げて応える。慌ただしい一日が、終わろうとしていた。

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