表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第五章 領都到達 —水の都・グランサクソン編—
82/85

第73話 フォビオの本領発揮

「冗談じゃないよっ! まったく! 馬車でのんびり国境まで行って、手紙を出して終わりの、簡単な路銀稼ぎだったのに。賊が出るなんて……。甘かったなぁ。はあ、朝までかぁ……。サクソン様はこれを知ってて……知ってたわけないかぁ。いや、知っててもおかしく……いやいや! やっぱ知ってるわけないな。いやでも……どっちかなぁ。今となってはどっちでもいいんだけど。いや、良くはないよ? 良くはない! サクソン様への文句も良くない! 良くないけど……無理だなぁ。愚痴は出ちゃうよ、出ちゃう。だって朝までだもん。はあ、悪いのは賊だってわかってんだよ? でも愚痴ぐらいはさぁ。悪いのは賊だよ、間違いないよ。俺は悪くないよ。矢避けの壁も出したしさぁ。はあ、でもその壁を朝まで保持かぁ……キツいなぁ。俺の精神力、持つかなぁ。いや持つんだけどさ、修練で何回もやったし。でも疲れるんだなぁ……めちゃくちゃ疲れるんだなぁ。ほんっと冗談じゃないよぉ! まったく!」


 《土の巨壁(アースウォール)》のトンネル状の壁中央で、フォビオは誰に憚ることなく、胡座をかいてボヤいていた。最初こそ騎士隊長が宥めていたものの、フォビオの止まらぬ愚痴に辟易し、今ではほぼ放置である。その隊長は、随行兵の交代や休憩の指示出しを済ませ、斥候に出した兵士から報告を聞いていた。


「――やはり灯りは見えんか。敵の位置すら把握できないとは……。恐らく夜襲はないとは思うが」


 隊長は腕を組んだまま、《土の巨壁(アースウォール)》の開口部から見える、街道の先を睨む。出口とも入口とも呼べるトンネルの壁の末端では、兵士が首を動かし、警戒をしている。その兵士に向かって隊長が声をかけた。


「何か聞こえるか?」


 問いは、見えるか、ではなく聞こえるか。闇に閉ざされた森での動きを、視認することは困難だとわかっている。耳を澄ませていていた兵士は横顔を見せ、外に注意を払ったまま隊長に答える。


「トラツグミがたまにヒュウと鳴くだけですね。ああ今、遠くでムクドリも鳴きました」


「そうか。――鳥が鳴いているなら、近くに敵はいないのかもな」


 隊長がつぶやきながら頷いた。吐息も漏れ、少し安堵した様子もうかがえる。


「うん? う〜ん?」


 その会話を聞き、フォビオがボヤきを止めて唸った。視線を斜め左に上げ、少し考えてから見張りの兵士に尋ねる。


「ねぇ兵隊さん。ムクドリ、ほんとに鳴いた?」


「あぁ、今も。……うん、また鳴いたな」


「ははっ。そんな馬鹿な。ムクドリは昼間、特に赤い夕日を見て鳴くんだ。こんな夜中にムクドリって――」


 フォビオの言葉はそこで切れた。首を跳ね上げ、隊長を仰ぎ見るように視線を合わせる。ムクドリは群れを作る鳥だ。一羽だけが鳴くことは少なく、一羽が鳴けば周辺のムクドリも騒ぎ出す。その鳴き声はキィキィ、ギャアギャアとやかましい。兵士が聞いたのがその鳴き声であれば――。口を開いたのは、ほぼ同時であった。


「ムクドリではない?!」


「人の叫び声かも!」


 隊長は西へ、東へと視線を送り、逡巡することなく大声を張った。


「全員、口を閉じろ! 物音ひとつ立てるな! ムクドリに似た声――方角を即座に特定しろ!」


 壁内は無言の緊張に包まれた。全員が動きを止め、耳に全神経を集中する。フォビオも口をつぐんで耳を澄ませるが、瞳が細かく左右に揺れる。耳鳴りが聞こえるほどの静寂の中、東側に立っていた兵士が動いた。


「……ッ! 東! やや南寄りの東です!」


 隊長は東末端に駆け寄り、耳を澄ませた。上がる心拍の鼓動。自身の呼吸音を聞きながら、確かに東南東からの声も捉えた。恐らく悲鳴、それも連続して聞こえる。

 しかし、隊長は今度こそ逡巡した。状況判断できるまで現状維持か。それとも、状況不明だからこそ退避するか。その思考の狭間で揺れ、判断根拠を求めるかのように視線が動く。そして視線の先で、フォビオと目が合った。


「フォビオ君、周囲を照らすような魔法はあるか? 東を確認したい」


「あるけど……壁を解除しないと次の魔法は使えないよ? 一度に複数は無理だもん」


「ちぃ……!」


 隊長が意図せず漏らした苦渋の声に、フォビオが反応する。


「ああっ! 舌打ちした! 俺、頑張ってるのに舌打ちした! 頑張ってるのにぃ!」


「違う違う! 今のはそう……歯軋り、歯軋りだ! 君の努力は知ってる。あんなにしつこい愚痴を聞かされたんだ」


 慌てて弁明する隊長の言葉尻を捉え、フォビオは眉尻を下げる。


「今度はしつこいって――」


「待て待て! 今はそれどころではない。あの、ムクドリの鳴き声のような声。あれはまず間違いなく悲鳴、叫び声だ。領民か商人か、あるいは賊か。いずれにせよどこかの誰かが、何かに襲われていると見ていい」


 隊長はフォビオの言葉をかき消すように遮り、状況を整理するように伝えた。フォビオが下唇を少し突き出しているが、隊長はそれには付き合わず、さらに言葉を重ねる。


「ここまで叫び声が届くということは、キューコ野営地より手前の近場。だとしたらあの悲鳴、十中八九、我々を襲撃した賊だろう。仲間割れかもしれんし、獣か魔物に襲われているのかもしれん。好機か危機かもわからん。しかし我々は、我々が取るべき行動を今、決めねばならない。――フォビオ君、この壁の強度は?」


「土と一緒さ。矢が通らないように厚みを持たせたけど……馬が蹴っても獣が体当りしても、壊れたら崩れて消えちゃう」


「もっと分厚くは?」


「できるけど、これ以上分厚くしたら上は囲えないよ。高さもこの道の幅じゃ限界に近いし。土だからね。土で家作っても、自重で壊れるでしょ?」


「では、レンガか石で作り直せないか?」


「無理無理! レンガも石も、土が形を変えたものだけど、それはもう別物だよ。石は粘土じゃないから形を変えられないし、石同士はくっつかない。――もちろん土だって石みたいに固くはなるよ? ぎゅって押し込めばいいんだから。でも中に人がいたら、押し潰されちゃうのはわかるよね?」


「つまり、形を変えられるのは土だけだが、土はどこまでいっても土。強度を上げれば、結局は土塁と同じになるということか……」


「そうなるね。魔法は自然の力と一緒。城のような山は作れるけど、その城の中に人は住めないよ。《土の巨壁(アースウォール)》をトンネルにできただけで、褒められるんだからね!」


 フォビオは鼻息荒く胸を張った。


「なるほどな。ならば決めた。決めたぞ。――退避だ。西へ戻る」


 フォビオとの会話で整理がついたのか、隊長は退避を決断した。トンネル状の《土の巨壁(アースウォール)》は矢を防ぐ手段としては有効だが、魔物の襲撃であれば耐えられない。自分たちを襲撃した賊をさらに襲撃した何かが魔物だったとしたら、馬も少なく負傷者の多い今の状態では戦えないと判断したのだ。


「馬車を反転させろ! 乗車は民と負傷者優先、馬の扱いに――」


 隊長の指示を嘲笑うかのように、また誰かの叫び声が響く。先ほどよりも近く、はっきりと聞こえたその声に、一部の兵士が動揺を見せた。それをかき消すように隊長が檄を飛ばす。


「うろたえるな! 馬の扱いに慣れている騎士が御者を務めろ! ――フォビオ君、壁はもういい。恐らくもう、矢は降るまい」


「そうだね。わかった」


 騎士たちが動き出したところで、フォビオは《土の巨壁(アースウォール)》を解除した。わずかな埃すら立てず、土は森へと還る。壁を解除したことでさらに叫び声を近く感じる。時間はあまり残されてなさそうだ。

 フォビオは騎士たちの動きを見ながら、フォビオにしかやれないことに手を付けた。星明かりの下で魔法陣を描き、詠唱をつぶやいて火を灯す。


「――……燃えよ小さな灯し火……! 《原始の火(キャンプファイヤ)》! ――ランプや松明をつけて灯りを確保して」


 フォビオの声かけに応じた兵士たちは、各々火を移し、ランプのないものには松明を配る。

 そのさなか、今度こそ本物のムクドリが鳴いた。何かを察知したかのようにギャアギャアと鳴き、一斉に飛び立った。敵の存在に、兵士たちの顔は険しさが増す。


「フォビオ君、東を照らせるか?」


「火球を空高く上げる感じでいいなら。でもたぶん、こっちの居場所もバレるよ?」


「ここは襲撃地点、それも街道の真ん中だ。今さらどうってことはない、それで頼む。俺は、馬車の屋根の上で観測しよう」


「じゃあやってみる。――放物線を描いて街道の先……でいいな……圧縮した火を……地面につく前? ……いや地上十メートルくらいで消滅……っと。火付けは極刑だからなぁ……慎重に、慎重に……」


 フォビオは、ぶつぶつとつぶやきながら効果範囲と軌道を計算、神聖文字に置き換えて魔法陣を描く。タクトを構え、詠唱に入った。


「――……万物を燃やす大いなる火……――聖なる炎で無に還せ……! 《轟炎の火球(ファイアボール)》!」


 タクトが差し示した魔法陣から、勢いよく蛍が舞い上がる。蛍のようなそれは、小さな小さな火。その火が通過した軌道上からも火が沸き立ち、そして渦を巻き、小さな火を丸い炎へと育てた。尾を引く彗星となった炎の火球は空高く舞い上がり、周囲を赤に染める。彗星の色は赤から橙、そして黄、さらには白へ。圧縮された炎は輝度を上げた。


「「おおっ……!」」


 彗星を目で追う騎士、兵士たちがどよめく。その光が照らす森の美しさ。その一角。複数の樹木の葉が不自然に揺れていた。


「恐らくあそこだ……! 東南東、およそ百メートル!」


 馬車の屋根に昇っていた隊長が、声を漏らした直後。その位置だと思われる場所から叫び声が聞こえた。


「……た……け……くれー……!」


 それに同調するように、ギィギィと声が上がる。こちらは人の叫び声ではない。ムクドリでもない。何かの不気味な声。そして白色彗星は消え、星空が戻る。そのやかましい何かの声だけを響かせて。隊長は馬車の屋根から身を躍らせた。着地と同時に指示を出す。


「魔物で間違いない……ッ! 全員西へ移動! 速歩、いや駆け足! フォビオ君、走れ!」


 隊長から襟首を掴まれ、半ば強引に、引きずられるように走り出したフォビオ。


「ええー!? 俺、走るの苦手だよぉ!」


「いいから走れッ!」


 フォビオは隊長の激に眉尻を下げ、足を動かす。胸を張ってドタバタと走るが、すぐに音を上げた。


「も、もう無理ぃ……!」


「はぁ!? まだ百も走ってないぞ?! とりあえず馬車に追いつけ!」


「ゼェゼェ……馬に……ゼェゼェ……追いつけるわけ……ゼェゼェ……ないじゃん……!」


 泣き言を漏らすフォビオの背後から、ギィギィと声が迫ってきた。


「も……もう……真後ろだよ。――決めた!」


 言うが早いか、フォビオは立ち止まって膝に手を置き、呼吸を整える。それを見過ごせないのは隊長だ。戦場では、ひとり残ったところで足止めにもならない無駄死に。見過ごせるはずはなかった。


「フォビオ君!」


 隊長が伸ばした手を、フォビオは勢いよく払い、言い切った。


「魔物は俺が、やっつける!」


 フォビオは先を行く松明の灯りの位置を確認。そして後ろを振り返り、懐から巻物を取り出しながら叫んだ。


「隊長さんもっと近くに。――他の人は絶対近づかないで! 近付いたら、絶、対、死ぬよ! それと、木は燃やさないけど、倒しちゃうからね! 怒んないでね!」


 そして詠唱を開始する。


「――風よ風風、霹靂の風。吹けよ吹け吹け、荒れ狂え。巻き上げ、巻き上げ、巻き上げて、暴風となり吹き叫べ」


 フォビオの眼前に、星明かりに浮かび上がるように魔物が姿を現した。小さな青い小鬼ども。タイガが廃坑で見た化け物、ゴブルの群れだった。ギィギィと鳴き喚くその数は数十、いや、百は下らない。その姿を見た隊長は息を呑み、足がすくんだ。

 しかしフォビオは違った。ゴブルを睨みつけ、詠唱を終えようとしている。


「――吼えよ吼えよ、風吼えよ。咆哮となり龍を呼べ……!」


 巻物を地に置き、タクトを突き立てた。


「――《暴龍の飛翔(ドラゴンウィング)》!」


 発動句とともに、巻物から突風が吹く。フォビオのローブマントがたなびいた。フォビオは隊長の手を掴み、すぐ隣にしゃがませる。

 突風は旋風となり、周囲の空気を巻き込みながら竜巻となる。その竜巻の数は五本。フォビオを中心にその五本の竜巻が円を描く。街道の砂利、森の落ち葉を巻き上げながら、さらに太さを増した竜巻は、化け物、ゴブルどもを襲う。

 宙に投げ出されたゴブルは、風が生む真空に切り刻まれ、巻き上げられた砂利、小石によってすり潰されていく。その断末の悲鳴すら風の音に飲み込まれた。

 竜巻は勢いを殺さない。地を抉り、均し、木をなぎ倒し、粉砕し、フォビオを中心とした半径一メートルを残して更地へ、さらに窪地へと変える。その窪地の直径は二十メートル。

 そして悲しいかな、魔物の習性。ゴブルどもは、フォビオに釣られるように自らその竜巻に飛び込んでくる。


 どれほどの時間が経っただろうか。やがて東の空が暁を迎える頃、ゴブルどもの姿はもう、そこにはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ