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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第五章 領都到達 —水の都・グランサクソン編—
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第72話 気の毒な乗客

「お、横断馬車隊が襲撃……だと? ――お前、所属は?!」


 衛兵は顔色を変えたが、素早く視線を走らせ、馬上の兵士の胸元と馬の焼き印を確かめた上で所属を問う。


「だ、第四小隊の、きゅ、給仕兵ニーゲル!」


 疾走の興奮冷めやらぬ馬を手綱で抑えながら、ニーゲルが所属と名を伝えた。別の関所衛兵が、その所属と名を確かめるため大急ぎで名簿をめくる。


「……第四、第四……のニーゲル……ニーゲル――あった! 間違いない!」


 顔を跳ね上げ、確認できたと大声で叫んだ。衛兵はそれを受け、槍を下ろして腰に下げていた棒を差し出した。


「よし! 第四小隊ニーゲル! これを!」


「うん……!」


 ニーゲルは一度、棒を持った左手首を回す。棒に巻かれていた布がはらりと落ちる。棒は、赤い旗だった。ニーゲルはそのまま赤旗を左手で掲げ、馬の腹を蹴って関所を抜け、領都に向かう。


「クソッ……!」


 衛兵は奥歯を噛み締め、その背を見送った。


「兵隊さん、俺たちは――」


「下がれ貴様ッ! ……あ」


 衛兵はタイガの言葉を遮るように叫んだが、すぐに失態に気付いた。深く息を吸って大きく息を吐くと、苦笑いを浮かべた。


「すまん。血が昇ってしまった。慌ただしくなるだろうから、野営地に戻ってくれ。怒鳴って悪かった」


「いや、大丈夫だよ。こっちこそ大変なときに声をかけちまった。向こうでおとなしくしているよ」


 タイガは衛兵に右手を上げ、ガランたちの元に戻った。


「怒鳴られちゃったね」


 ガランが苦笑いを浮かべ、慰めるように声をかけた。アッシュもわざとおどけた口調で話しかける。


「まぁピリピリしちゃうよねぇ。あれがお仕事なんだろし。気にしなーい、気にしない」


 その二人にタイガは軽く肩をすくめてみせた。


「気にしちゃいないよ。襲撃は気がかりだが……俺たちが考えても、な?」


「そうだけど……。ディーさんは大丈夫かな……」


「心配だね」


 街道の先を見つめるガランとアッシュの肩を、アインがそっと叩く。


「ディー殿は……どうだろうか。私たちより一日早いが、横断馬車からは一日遅れている。ディー殿が余程の健脚だとしても、追いついてはいないとは思うが」


「まぁここからじゃどうしようもない。場所もわからないしな。兵隊が動くだろうから、俺たちは身体を休めておこう」


 タイガはそう言って、ガランをタープに押し込んだ。


 その頃。領都に到着したニーゲルからの救難要請を警護兵が受け、領主館は一気に騒然となっていた。


「何事だ!?」


 サガナスの問いかけに、警護兵のひとりが答える。


「は! ご報告いたします。横断馬車隊が何者かの襲撃を受けた、とのことであります」


「襲撃……賊か?」


「恐らく、そうであります。キューコ野営地手前で、街道が封鎖されているのを発見、状況を確認しているところに、矢を射かけられたとのことであります」


「むう……! 召集だ。グリムとブル――」


「グリム副司令官とブルタス兵団長が参られました!」


 招集命令を出そうとしたサガナスに応じるかのように、玄関から到着の声が響いた。


「さすがは我が兵団。――うむ。続きは会議室だ」


「は!」


 サガナスは領主館会議室に関係者を集め、ニーゲルからも直接、報告を受けた。

 横断馬車隊は定刻通りヤサカ村を出発。キューコ野営地手前で、先行していたはずの荷馬車が街道をふさぐ形で横転しているのを発見。随行領兵が状況を確認しているところに矢を射かけられた。馬を狙われ、現場は大混乱に陥った。馬の扱いに慣れていたニーゲルが馬を落ち着かせようとしたところ、護衛騎士から伝令の指示を出され、そのまま遁走となったとのことであった。


「うむ。ニーゲル、ご苦労だった。今日は休め」


「は、はい。何かあれば、お声を」


 ニーゲルが下がるのを横目に、サガナスはブルタスに問いかけた。


「ブルタス。この時間だが、急行は可能か?」


「は。もちろんでございます。私が直接――」


 グリムが右手をかざし、返答を遮った。


「閣下。夜駆けも朝駆けもそう変わりはございません。万が一、被害があった場合の確認も必要となります。準備を整えての朝駆けを進言いたします」


「ふむ。ならばグリム、兵と乗客、の――あぁ……ああ、そうだ。そうであった」


 何かを思い出したかのようなサガナスの言葉に困惑し、グリムとブルタスが視線を交わす。顔から険しさが消えたサガナスに、グリムが問うた。


「いかがなさいました?」


 サガナスはグリムに、ゆっくりと瞬きを見せ、落ち着いた声でブルタスに指示を出した。


「ブルタス、明日朝の出立で構わん。準備を頼む」


「は。かしこまりました。さっそく手配を」


 そう言って席を外すブルタスの背中を見送り、サガナスは椅子の背もたれに身を預けた。


「ふん。私としたことが……横断馬車に彼が乗っておるのを忘れておった」


「彼……お知り合いが乗車を?」


「うむ。彼ならなんとかしてくれるだろう。グリム、横断馬車隊出発前後の出都記録の確認を。――それから、誰かに茶と甘味を頼むと伝えてくれ」


◇ ◇ ◇


 時は遡り、横断馬車が襲撃を受けた時刻。


「なんて物騒な領だ……! 前回は人攫いに人買い……今回は襲撃だなんて……洒落になんないよ……!」


 文句を言いながら、横断馬車から転げ落ちた乗客がいた。フォビオである。サガナスからとある依頼を受け、横断馬車に乗車していたのだ。


「くっそう、馬車を守んなきゃ、逃げられなくなっちゃうぞ……。とりあえず壁だ、壁」


 フォビオは馬車の陰に座り込むと、紺のローブマントの袖から小さな棒、魔法杖(タクト)を取り出して口にくわえる。さらに懐から手のひらほどの小さな文箱も出し、紙と羽ペン、小さなインク壺を取り出す。周辺をざっと見渡して状況を確認すると、文箱を下敷きに、紙にペンを走らせた。紙に描いたものは、円と神聖文字の組み合わせ。魔法陣だ。


「まったく……好き放題矢を降らせやがって……! 見てろよ……」


 そう言うと描いた魔法陣の中心をタクトで差し、大きく息を吸って何やらぶつぶつと唱え始めた。


「……命育む豊饒の大地……我が盾となり、天空の頂までそびえ立て――【土の巨壁(アースウォール)】!」


 発動句とともに、大地がわずかに揺れる。街道の左右の路肩がみるみるうちに迫り上がり、トンネル状に街道を覆って日差しを遮った。


「な、なんだ……?」


「これは……?」


「いったい何が……」


 驚いたのは騎士と随行兵、そして馬車の乗客だ。いや、矢を射かけていた射手も驚いたに違いない。


「騎士さーん! 兵隊さんも! 早く壁に隠れて! 早く、早く!」


 フォビオの呼びかけに、唖然としていた騎士たちが気を取り直す。隊長格と思われる騎士が指示を飛ばした。


「よ、よし! ――全員よく聞け! 随行馬車はひとまず放棄! 乗員、負傷者は横断馬車に退避だ! 歩兵前方、弓兵後方で二列横隊! 馬が生きている騎士は突撃態勢! 急げ!」


「「応ッ!」」


 普段の訓練の賜物か、騎士たちは迅速に行動を開始。隊長格の騎士がフォビオに声をかけてきた。


「これは精霊の加護か、それとも……?」


「魔法だよ」


「これが、魔法……!」


「それより、矢を射かけてきたやつらをやっつけてよ! 絶対悪いやつに決まってるって! 森に火を放ってやろう!」


 憤懣やる方ないといった表情でフォビオが提案する。


「そうしたいが、火付けは極刑だ」


「あ! そうだった……。じゃあどうするの?」


「もう日が暮れてしまう。今日はこのまま壁の中だな。交代で、夜を明かすしかない」


「え。ええッ?」


 フォビオが大げさに隊長格の騎士を二度見。騎士は不満があると見たか、わずかに眉尻を下げ、厳しい表情を見せた。


「不服かもしれんが、それが一番安全――」


「そうじゃなくって! 俺、朝までずっとこの壁、出したままってこと!?」


 魔法発動後の維持にも精神力は必要だ。フォビオは悲しみと絶望が入り交じった顔で騎士に確認した。


「魔法はよくわからんが……朝までの維持を頼む」


「ははは……。あははははは。――なんでこうなるのぉぉ!」


 フォビオの嘆きが、壁の中をこだましたのであった。

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