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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第五章 領都到達 —水の都・グランサクソン編—
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第69話 手のひらの意味

 ガランは宣言通り、ディーの武器の手入れに取りかかった。

 投擲ナイフの欠けた切先を削り整え、諸刃のスピアポイントに仕上げる。

 スティレットも同じく切先のみ諸刃仕上げ。刺突性能を高めるため、菱形の刃はセンターリッジも含め、真っすぐ滑らかに整える。

 最後に手に取った肉厚なマチェット。まずは樋、フラーから磨く。剣身に刻まれたフラーは、獲物に深く刺すとそこを血液が伝う。血液に含まれた鉄分は、手入れを怠れば錆びつき、剣身を侵食する。


「さすが……手入れはしてある……けど、皮が薄くなってるね」


 ガランは完璧に見えるディーの手入れに感心しつつ、感謝の念も浮かんでいた。祖父の剣を大事にしてくれている、そう思えたのだ。フラー以外にもまったく錆は見当たらないが、一部酸化被膜が薄くなっている箇所があった。ガランは剣身の刃を上向きに立て、手首を捻る。


「うん。歪みはない」


 そこまで確認して刃を研ぎ整え、オイルストーンを滑らせる。革砥でも刃先を研ぎ、時折親指の腹でエッジに残るバリを確かめた。


「ん、いい感じ。あとは……」


 ガランは全ての刃を研ぎ終えると鼻先を少し上げ、工房内を素早く見渡した。すぐに渋い匂いの樽を見つけ、その蓋を開ける。中は樹皮の渋み、タンニンを抽出した液体が入っている。ガランはフックや糸、クリップ状のヤットコを使い、研いだ刃物を浸からせた。タンニンの反応で酸化被膜を再生するのだ。


「少し浸からせて、乾かせば終わり!」


 ガランはそう言って道具類をまとめ始めた。片付けまでが仕事のうちだ。それをアストンが指示を出しながら手伝う。


「それはこっちの棚へ……ああ、それはこの箱に入れてくれ。ふむ……これで十分だな。さて――浸けている間に、武器の見立てのコツを話そうか」


 アストンはそう言うと、皆を手招きして作業台周辺に呼び集めた。


「武具には好みもあるが――まず見るのは、手のひらだ。手のひらってのは便利なもんで、その主の身体の寸法がわかる。たとえば――」


 アストンは右手のひらを目一杯に広げて皆に見せたあと、その手を自身の左腕に当てた。


「ほれ、見てみろ。肘から先、手首までが指を開いた長さいっぱい分。肘から肩、これもだいたい同じだな」


 自身の身体を手のひらで測るアストンを真似、それぞれが己の腕に手のひらを当てる。


「ほんとだ。でもオレ、少しだけ手のほうが大きいかも?」


「ボクはちょっと足りないね。肩から指先まで、だいたい手のひら三つ分だよ。ガラン、比べてみよ!」


 ガランとアッシュは自身の腕を測り終え、お互いの手のひらの大きさを比べあった。ガランは腕に対して手のひらが大きく、アッシュは指も長いが、腕も長かった。種族の違い、体格差の違いがはっきりと現れている。神秘ともいえる身体の作りを実感したか、二人の瞳には好奇心と、少しの畏敬が浮かんでいた。


「人によって手の大きさは違う。だが、手を基準にすれば、バランスが見えるってもんだ。手は身体に比例するんだからな。――握り、柄の太さも、手のひらの厚みと指の長さで決まる。もちろん得物の重さでも変わるがね」


 アストンはそう言って己の手のひら、指の腹をつまむ。先ほどディーが、タイガとアインの手を測ったのと同じような動きだ。


「だからディーさんは俺とアインの手を……」


 自身の手のひらを触っていたタイガは、納得顔でディーを見た。


「…………ふん。武器に身体を合わせれば、バランスが崩れる。咄嗟のとき、それは命取りだ」


 ディーのその言葉に頷きながら、アストンが続ける。


「長さ、重さ、重心。身体と武器、それぞれバランスが肝だ。突く武器か、斬る武器か。使い方でそれも変わる。変わらないのは、そいつを使う手の大きさ。だから基準は手、なのさ」


「基準は手……」


 ガランは手のひらを閉じては開き、頷いた。


「ガラン。作り手としては、武具の寸法を自分の手から、相手の手に置き換えればいい。――あとはどの武器が向いてるかだが……そいつはディーさんの方が詳しいな」


 アストンが軽く顎先をディーに向け、見立てを促す。ディーはひとつ息を吐いて口を開いた。


「…………ふん。改めて言うまでもないが、アインはさっきも言ったようにエストック。タイガはブロードソードでいいだろう。……アッシュは槍ではなく、弓が基本だな?」


 ディーに弓使いだと見抜かれ、アッシュが目を丸くする。


「すごい! わかっちゃうんだ!?」


「…………ふん。そのアーチャーズカルス(弓ダコ)を見ればな。お前は重いものは避けろ。手指が硬くなりすぎると感覚が狂う。ダガーが合うだろう。――ガランもブロード……いや、膂力を生かすハンドアックスだ」


 ディーは四人それぞれに武器種を見立てた。

 アインには、やはりエストック。タイガには、扱いやすい片手剣ブロードソードを。アッシュには、軽さを求めて諸刃の短剣ダガーを勧め、そしてガランには、片手斧ハンドアックスを推す。

 四人はそれぞれイメージが湧いたのか、工房表に並んだ武器の棚に視線を彷徨わせた。それを見たアストンが提案を口にする。


「せっかくだ。全員分の武器を打ったらどうだ? 十日もあれば打てるんじゃないか?」


「え? いいの!?」


 アストンの提案に、ガランが勢いよくアストンを見る。アストンの瞳に浮かんでいるものは、ガランと同じであった。興味、関心、好奇心。競い合い、比べ合い、貪欲に技を見たがる、見せたがる。熟練した職人は、ある意味では子どもと同じなのだ。

 ガランはアストンに、亡き祖父、亡き爺さんたちの面影を重ねる。技術を比べ合った、集落の匂いを嗅いだ気がした。


「ああ、しばらく俺の右手は使えん。精霊がくれた休養と思ってのんびりするさ。ただ……ちょっと頼みがある」


「頼み?」


 ガランの隣で、アッシュも揃って首を傾げた。


「雑用でも構わんから……その……マートンも使ってもらえんか? こいつはすぐサボりやがる」


「お、親父……そりゃないよ……」


 狼狽えるマートンに、アストンは容赦なく喝を浴びせる。


「フン! こんな機会でもなきゃ、すぐ店番に逃げやがるじゃねぇか! ――ガラン、ドワーフの鍛冶をバカ息子にも見せてやってくれ」


 ガランは笑顔で了承した。マートンはどう思っているかわからないが、アストンの親心はガランには通じたのだ。


「オレは構わないよ。――っと、そろそろだ……」


 ガランが樽に浸しておいたディーのナイフを引き上げた。表面は酸化し、鈍い黒色に染まっている。


「うん、いいね。あとは乾くのを待てば……」


 そうつぶやいたガランにアッシュが耳打ちした。


(ウィンド)、使っちゃう?」


「うーん……この渋黒の皮、乾くまでは弱いんだよ。すぐに乾くし、このままでいいかな。――ありがとね、アッシュ」


「そっか。じゃあそうしよ!」


 笑顔を見せる二人の横で、マートンが力なく告げた。


「お、お茶を淹れてきます……」


 その背をディー以外の五人は苦笑で見送り、ディーは無表情で鼻を鳴らした。

 皆が茶を飲み終えた頃に酸化被膜、黒錆は定着していた。

 ディーはその状態を確認して小さく頷くと、マントコートを翻し、その懐へと武器を仕舞う。ガランは祖父のマチェットを目に焼き付け、ひとつ頷いてからディーに手渡した。


「ディーさん、爺ちゃんの剣に会わせてくれてありがとう」


「…………ああ。奇縁、だな。――ところでアストン」


 ディーはガランからアストンに視線を移すと、右手の親指を立て、自身の背後、工房入り口の扉を差した。


「…………小蝿がたかりそうだぞ?」


 ガランは不穏な空気を感じてアストンに問う。


「ええと、どういう……?」


 アストンは扉横の小窓から外を伺うと、眉間にしわを寄せ、ため息をついた。


「ハァ、あの揉めた奴らの仲間だな。アイダ領の荷運び人夫だ」


 揉めた相手を思い出し、ガランはアッシュに視線を投げかける。それを受けたアッシュの表情は、口角を下げた半眼だ。思わず噴き出しそうになったガランだが、鼻から息を漏らす程度になんとか抑えた。アストンが苦笑いで言葉を続ける。


「横断馬車の護衛を当て込んで荷を運ぶ連中さ。あんたらも見たろ? 街中で剣を抜く見境なし、はっきり言えばチンピラ崩れの連中だ。あんな奴らにゃうちの剣、一本たりとも売りたくねぇ」


 そう言って肩をすくめてみせたアストンに、アッシュも頷いて同意する。


「ボクも嫌だな、ああいうの」


 腕を組み、ウンウンと頷く。


「だろう? 奴ら、舐めてんのさ。荷運びの仕事も、街道に出る賊も、魔物も、そして俺たちのこともな」


 呆れ混じりに話すアストンに、タイガも相槌を打った。


「俺たちも耳が痛い。しかし、アストンさんも災難だな」


 アストンは少し眉尻を下げ、タイガに頷きを送る。


「あんたらも面倒かもしれんな。行き帰りで因縁つけられて……そうだ、あんたらここに泊まるか? 雑魚寝になるが」


「そうだね……アストンさんは怪我してるし、面倒事は避けたいね」


 ガランは横目でアッシュを見る。アッシュも横目で視線を合わせて頷いた。


「マートンさんひとりだと、ちょっと頼りないし、ね」


 ガランたち四人は工房で寝泊まりすることに決めた。日が高いうちに宿を引き払い、屋台で肉串を買って工房に戻る。

 驚いたことに、ディーも泊まり込みを申し出ていた。責任の一端があると感じたのだろう。


 出来合いの夕食ではあったが、それぞれ親睦を深めた夜となった。



日本刀の「樋 (ひ)」、西洋剣では「フラー」と呼ばれる溝のような部分。

現実には、刀身・剣身の軽量化と強度維持のための工夫とされています。

本作では「血抜きの溝」として描写していますが、これは鍛冶師の工夫をわかりやすく伝えるための表現とお考えください。

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― 新着の感想 ―
今回も武器について新たな知識を得ることができました。 「樋」や「フラー」については知らなかったですし、武器と身体のバランスの基準として手を使うということも新たな学びでした。
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