第68話 ガランの腕前
注)刃の説明。
本作ではわかりやすさ優先で以下のように定義しています。
厳密には違いますのでご注意ください。
諸刃 = 剣身の両側に刃がある。
片刃 = 剣身の片側のみ刃がある。
両刃 = 刃の形。断面は「V」の形。
直刃 = 刃の形。断面は「レ」の形。
段刃 = 刃の研ぎ方。刃に明確な段差があるもの。両刃の場合、拡大断面は将棋の駒のような形(☗)。鈍角になる分、切れ味は落ちますが、刃は欠けにくくなります。
「悪いことは言わん、アストンに打ってもらえ」
ディーはそう言いながら、工房の扉に視線を向けた。ガランとアッシュも人の気配を感じ取り、扉を見る。ディーの視線と、ガランとアッシュが扉を見た動きは、ほぼ同時。扉を開けたのはアストンだった。
「「おかえり!」」
ガランとアッシュの声が揃う。
二人は地も風の波紋も使っていなかったが、外から漏れ聞こえていた、街の雑音に変化を感じていた。躊躇なく扉を引く音で、工房関係者、つまりアストンだと当たりをつけたのだ。
一方、タイガとアインは、自分たちが気配を察知できなかったことに軽い焦りを覚える。アインはゆっくりと息を吐き、タイガはその意味を理解したかのように、小さく何度か頷く。
ディーがいつ、どうやって気付いたのかは定かでない。しかし、会話中でも気を巡らせていたとわかる察知能力は、まさしく武人のそれだった。
「バカ息子より先に、客に迎えられるとは。――いや、まいったね」
アストンはうなじを掻き、マートンを少し睨む。
「親父、お、おかえり!」
マートンの慌てぶりに、アストンは苦笑いだ。ディーも鼻息で応じた。
「…………ふん」
「っと、ディーさん。衛兵との話はついたよ。剣を抜いた奴らがどうなってるか知らんが、こっちはディーさんたちも含めてお咎めなし。……なんだが、すまん!」
アストンは眉尻を下げ、ディーに詫びを入れた。ディーがわずかに右眉を上げ、無言でアストンに先を促す。
「ディーさんに頼まれてた研ぎ、もう二、三日待っちゃもらえないか? ……右手を挫いちまったんで、代わりの請負先を探すから」
「…………引き倒した時か」
「まぁ、ね。――いや、ディーさんのせいじゃないさ。悪いのは、剣を抜いた奴と不用意な俺、だよ」
ガランはアストンの言葉を聞き、少し考えてディーを見た。その表情に大きな変化はないが、眼差しが辛そうにも見える。そう感じたガランは、アストンに話しかけた。
「実はオレたち、オラバウルさんにこの工房を勧められて来たんだ。――ほら、地図も貰って」
ガランはアストンに、オラバウルが書き付けた地図を見せる。その地図に目を落としたアストンの表情が、どこか懐かしむように柔らかくなった。
「へぇ、カカラから……相変わらず、跳ねに癖がある字だな。そうか、オラバウルがうちをねぇ。――あの髭面二人、元気にやってたかい?」
「うん、二人とも元気にしてた。それで、良かったらだけど……オレ、研ぐの手伝おうか? 研ぎは爺ちゃんにお墨付きをもらったし、手入れでいつもやってる。――こんな感じだけど」
ガランはベルトから鞘ごとナイフを外し、アストンに渡す。
「ふむ。どれどれ……」
「他の刃物で試してみてもいいよ。さっきのエストックだっけ? あんなに長いのはなかったけど、爺ちゃんとの修行でいろんな形の剣、いっぱい研いだんだ」
ガランはナイフに視線を落としたアストンの横顔に話しかける。ドワーフの『いっぱい』は、それこそ無数と同じ。自信があるのか、ガランの表情には余裕があり、心なしか胸も張っている。そのガランの後ろで、アッシュも自慢気に頷いていた。ガランの腕前を、この場の誰よりも理解しているのが彼女だ。ガランはディーにも告げる。
「ディーさんに、タイガさんとアインさんの槍を選んで貰ったから、オレの研ぎがお返しになるならそうしたいかな」
ディーは、真っ直ぐなガランの瞳をほんの少しだけ眩しげに見たあと、アストンが見ているナイフに視線を移す。アストンもまた、真剣に刃を見ていた。
「……こいつぁ驚いた。俺より上手かもしれん。ディーさんも見てくれ。――どう思う?」
アストンは唸るようにつぶやき、ディーにナイフを渡す。熟練鍛冶職人と手練れの武人だ。その受け渡しに危うさは全くない。
「…………直刃のブレードの切先を段刃仕上げ――なるほど、調理用か。十分過ぎる腕前だな。しかし――」
ディーは、ガランの研ぎの技術を見て考え込んだ。研ぎは刃物の仕上げの工程。それは刃物の製造工程を、最低でもひと通り習得していることを意味している。しかし武器の選択ができないということは――。
「…………そうか。まだ自身の体格に見合うものしか、打ったことがないな?」
「うん。だから他人のはわかんなくて……。オレ、まだまだ修行中なんだ」
ディーの指摘に、ガランは耳の後ろを搔く。
「…………ふん。お前、名は?」
「オレはガラン」
ディーはアッシュにも目を向けた。それを受け、アッシュも名乗る。
「ボクはアッシュ!」
ディーはガランに視線を戻し、頷いた。
「…………ガラン、研ぎを頼む。――アストン、構わんな?」
「もちろんさ。研ぎの腕がこれなら、試しに一本、打たせてみたくなるね」
アストンのその言葉に、アインがいち早く反応する。
「……! ならば! ならば、ガラン。――私のものを是非」
「あ、ずるい! ボクも!」
「だったら俺のも」
アッシュとタイガの声も重なり、皆がガランとアストンを交互に見る。ディーから武装を勧められたが、手を痛めたアストンに無理はさせられない。今、武器を打てるのは結局、ガランしかいないのだ。
「ええ?! それはアストンさんに悪いよ! 職人は道具にこだわるんだからね? 弟子でもないのに……。それにオレ、まだ見立てが――」
ガランは胸の前で両手を小刻みに振り、眉尻を下げる。その顔を見たアストンは、にやりと笑った。
「俺は気にせんぞ? ドワーフが道具を雑に扱わんのは、誰でも知っとる」
アストンはガランの背中を押すように声を掛け、ディーも頷いてみせた。
「…………ふん。剣が打てるなら、見立ての基礎はそう難しくない。ついでだ、マートンも見立てを学べ」
「う……! そ、そうだね……そうなるよね……」
ディーに睨まれ、たじろぐマートンをちらりとも見ず、アストンが決定を下した。
「じゃあ決まりだ! まず研ぎが見たい。さぁこっちだ、こっち」
アストンの、少しはしゃいだような声に促され、皆がカウンター奥の間口をくぐる。奥は作業場兼鍛冶場だった。左右の壁には道具類がずらりと並び、左奥には炭や炉窯が、右奥には木箱類が積まれている。アストンは最奥中央の開放扉を押し、陽の光を入れた。きっちり整理された作業台に研ぎの道具、棒砥石や革砥を並べる。
「ガラン。まずは腕試しだ。――こいつを頼む」
アストンが木箱から剣を一本取り出した。一般的な片手剣、ショートソードだ。
ガランは、作業台に置かれたその剣を鞘から抜き、まずはじっくりと剣身を観察する。少し欠けの見える剣は粗製、数打ちだ。ガランは頷くと、荒研ぎ用の砂岩砥石に手を伸ばす。灰色のブロックのような砂岩砥石で欠けた刃を削り、刃先を整えた。次に少し青みのある粘板岩、スレートを手に取る。屋根の建材にも使用される、その石が中研ぎ用だ。ガランは少し角度をつけて刃先を滑らせる。段刃が適していると判断したのだ。
「さすが……」
アストンは、躊躇なく段刃を選択したガランの判断に、満足気な表情を浮かべてつぶやいた。
「うん。これでいいかな。――アストンさん、これ、仕上げいらないよね?」
「ああ、必要ない。そいつは斬るより、ぶっ叩くための剣だ。――こいつで仕上げを見せてくれ」
アストンが次に取り出したのは、同じく数打ちだが斧槍、ハルバードの穂先。先端部は諸刃、斧のブレードは両刃、斧部の背面に鈎が付いている。
ガランはこれも同じく、まずは全ての刃を確認した。荒研ぎ、中研ぎを済ませ、作業台にあった赤茶の砥石を手に取る。油分を含ませた砥石、オイルストーンだ。先端部の刃を滑らせ、表に裏にと丁寧に研ぐ。
「――これでどう?」
手早く仕上げたその穂先を、ディーとアストンが確認する。ディーは頷き、アストンは親指を立てた。
「…………やはり上出来だな」
「ああ、ばっちりだ」
そこにアッシュの声が混じった。
「ガランは相変わらず手際がいいねぇ」
そう言って、顔の横に手を上げる。
「ありがと、アッシュ」
ガランは礼を言ってその手を叩いた。
「…………では、これを頼む」
ディーはそう言うとマントコートを翻す。二本のスティレットを腰から外し、作業台に置いた。続いてベストから投擲ナイフ四本を抜き、右太腿に留めていた片刃の剣鉈、マチェットも外す。
「なんか凄いたくさん……!」
アッシュが目を丸くして驚いている。
「…………刃に段は要らん。全て鋭く頼む」
「うん。わかった――あれ? これ……」
ガランが驚いた表情を見せた。ディーの武器を手に取り、マチェットを鞘から抜いた時だ。
「もしかして……!」
ガランはマチェットを逆手に持ち、その柄頭を親指の腹で擦る。その様子をディーとアストン、アッシュたちが見守っている。
「…………どうした。不具合か?」
「ううん。そんなんじゃない。そうじゃなくて……」
ガランは直剣に近いマチェットの峰、両刃仕上げのブレード、柄からほんの少しだけ張り出したガード、剣身の中ほどから柄に走るフラー、刃以外の全てを指でなぞる。
「これ、爺ちゃんの……爺ちゃんの作った剣鉈だ……!」
ガランは、そのマチェットは祖父が生前、どこかで打った物だと確信した。切先の角度、剣身の厚みとフラーの深さ、柄を打ち締めた柄頭にわずかに残る打印。見間違えるはずはなかった。
「…………まさか」
「ほんとだよ。鉈にフラーは、いらない。山仕事の道具に、血が抜ける道は必要ないからだけど……獣に会ったときには何でも武器になるって、爺ちゃんたちは護身の工夫をしたんだ。このガードもそう。刺したあと、肉が締まっちゃっても、ここに指を引っかければ抜きやすくなるんだ」
ガランは少し興奮していた。頬が紅潮し、言葉は早口になっている。そして瞳は、喜びに満ちあふれていた。
「…………そうか。そのマチェットには、何度も救われた」
「そうなんだね。爺ちゃんの道具、役に立ったんだ……。よし! オレがしっかり手入れするよ! オレは爺ちゃんの、最後の弟子なんだから!」




