第66話 鍛冶工房の凶刃
タイガの言葉を聞き、サガナスはひとつ瞬きを挟み、タイガからアインへと視線を移した。そして、再び瞬きを入れた後、ガラン、アッシュへと順に目を向ける。最後にタイガへ戻すと、軽く息を吐いた。ひと呼吸置き、口を開く。
「タイガ君。私もリョウガの名は知っておるよ。以前からトゥサーヌの報告で何度か耳にしていたし、ライオネルを通じて護衛の真似事を指示したこともある。最近では、一部の者がライオネルの私兵となり、衛兵に同行して巡回や賊の捕縛に協力しているとも聞いておる」
「では――」
「待ちなさい」
少し腰を浮かせたタイガを制するように、サガナスが右手のひらを見せ、タイガの言葉を遮った。
「君たちがぼうけんものと呼ばれていることも知っておる。乱暴者や荒くれ者同然と見なされる、その侮蔑的な呼び名は私も好かん。君たちが置かれた立場を返上したいという気持ちも、わかる。――だがな」
サガナスはそこで言葉を切り、一同を見渡したあと、改めてタイガに視線を合わせる。真剣なタイガの眼差しを受け、少し眉尻を下げて言葉を続けた。
「急ぎすぎるな、タイガ」
サガナスは優しくタイガを呼び捨てた。それだけでその場にいる全員が、サガナスの懐の深さを理解した。サガナスは言葉を続ける。
「兵は一朝一夕では強者には成れぬ。君たち冒険者もまた同じ。今はまだ、何も決まっておらぬ。逓送含め、いろいろと急ぐべき問題は確かにある。あるが、今日――今、決めることでもあるまい?」
サガナスはぼうけんものとは言わず、あえて冒険者と呼んでタイガに問いかけた。その言葉を受け、タイガは俯き、歯を食いしばる。しかし、すぐに顔を上げ、サガナスと視線を交わして二度頷いた。
「はい……はい」
「『急いては事を仕損じる』か……っと」
アッシュはそうつぶやいた。自分の言葉が漏れたことに気付き、隣に座るタイガの肩を大袈裟に叩きながら、少し声を張る。
「焦らずやろうよ、タイガさん! いい風は必ず吹くし。ね、ガラン」
「そうだね。まずは明日、オラバウルさんに教えてもらった店で得物を手に入れよう。――アインさんも、ね」
ガランは少し身を反らし、アッシュとタイガの背中越しに、端の席のアインにも声をかけた。
「ああ。そうしよう」
アインが頷いたのを見届けたかのように、フォビオも大きく頷く。
「うんうん、善きかな善きかな。明日はきっと、買い物日和だね」
四人を知ったばかりで、細かい事情を知らないはずのフォビオが、なぜか話をまとめるように言った。ガランとアッシュは顔を見合わせ、思わず笑う。
硬い話が終わった一同は、短い時間ながらいろいろと雑談を交わした。サガナスとフォビオに見送られて行政官庁を後にした。
◇ ◇ ◇
翌日。ラストールとヨゼフがカカラ鉱山へ戻るのを見送り、ガランたち四人は、オラバウルに紹介されたアストン鍛冶工房へ向かっていた。
乗合馬車に揺られながら街の景色を眺めていたとき、北から来た別の乗合馬車とすれ違う。すれ違いざまに、御者同士が右手で挨拶を交わす様子を見たアッシュは、ぼんやりと前世の記憶――バスを思い出していた。
アッシュは無意識のうちに『記憶』を追う。バス運転手同士の挨拶を皮切りに、白い輪の吊り革、押しボタン、目的地案内のアナウンスが脳内を駆け巡る。車窓から見えるビル群、流れるように走る自動車。その隙間に見え隠れする、見慣れない服を着た人々の姿。そこへソウジュでの記憶が混ざる。幼い頃の思い出。エルフたちが歩く里の景色と、コンクリートの記憶が重なり合う。記憶が渦を巻き、なぜか霊樹の姿が浮かび上がり、鮮やかさを帯びる。随分前に見た霊樹の、青々と茂る葉。
その青さを鮮明に感じた瞬間だった。
『ほう。長老でもない若いエルフが』
アッシュの脳に、誰かの声がはっきりと響いた。耳から、ではない。
「――ッ! 誰!?」
アッシュは驚きの声を上げ、《風の波紋》を発動。周囲を見渡すが、不自然な動きは全く感じない。記憶を追っていた思考は、既に停止している。
「な、何!? アッシュ……ど、どしたの?」
ガランもアッシュの突然の声に驚き、素早く周囲を見渡す。しかし、馬車の乗客は皆、変わらず穏やかな表情をしている。年配の者も、若い男女も、誰ひとりとして変わった様子は見られない。
「あれ……? ボク、ぼんやりしちゃった、のかなぁ……。驚かせてごめん」
戸惑った様子で謝るアッシュを見て、ガランが頬を掻きながら声をかける。
「いろいろ珍しいもの、見たからかもね。オレもそうだし。気にしなくても平気だよ」
ガランは『記憶』とは言わず、そう言って微笑んだ。その意図に気付いたわけではないだろうが、タイガが軽口を叩く。
「そうそう。ガランだって夕べ、寝ぼけてたしな。夜中に『肉が足りない』って聞こえたが……。あれ、ガランだろ?」
「え? オレ、そんなこと言った?」
「アハッ! それはきっとガランの寝言だねぇ」
「フッ、確かに言いそうだ」
四人はそれぞれ笑顔を交わした。中央に近い四つ辻で乗合馬車を降り、オラバウルから渡された地図を頼りに、東の通りを進む。
「――赤い屋根の工房……っと。あ、あそこかな?」
ガランが指差した、遠くの建物は確かに赤い三角屋根だった。看板らしきものも見えるが、店先に数人の人だかりが見える。タイガはそれを不思議に思い、ガランに問いかけた。
「赤い屋根はあそこしかないが……混んでるっぽいよな。ガラン、武器屋って混むのか?」
「どうなんだろ? 金物も置いてるかもだけど……」
首を傾げるガランの横で、アッシュも額に手を当てて眺める。
「混んでるというより……なんかやってる? ――ま、行ってみたらわかるよ!」
四人が通りを進むと、何やら男たち数人は声を荒げているようであった。
「やい! 親父! いいから武器を見せやがれってんだ!」
「断る! お前たちに売るもんなんざ無ぇ!」
「俺たちが誰だか、わかって言ってんのか!」
徐々にはっきり聞こえてきたそのやりとりで、何かの揉め事だと察知した四人は顔を見合わせる。オラバウルから紹介された店だ。仲裁に入るべく足を早めようとしたとき、男のひとりが剣を抜いた。
「あ、抜いた……! 駄目なやつ!」
ガランが言ったように、トゥサーヌ同様、ここグランサクソンでも抜剣は法に触れる。四人が走り出したときには男の剣は振り上げられた。
「やめろ!」
アッシュが叫んだが、まだかなり距離がある。間に合わない。
「駄目だ! やめろー!」
「よせ! よすんだ!」
ガランも、そしてタイガも叫ぶ。
四人誰もが惨事を予想したとき。男たちの間に割って入った人物がいた。
「…………ふん」
店主と思われる男の襟を掴んで引き倒し、間に入ったのは汚れたマントコート姿の年老いた男。姿勢はいいが、無造作に束ねられた髪も顔を覆う髭も真っ白だ。その老人はマントコートに収めたままの左腕で、振り下ろされた凶刃を受ける。
「危ないッ!」
腕が切り落とされる、そう思ったガランは叫んだ。
しかし。
老人の腕は、剣を受け止めた。
「なッ……!?」
走りながらアッシュが目を見開く。
「…………ふん」
老人はマントコートを翻すように剣を巻き込み、男の右腕を剣ごと封じると、距離を詰め、その額を男の顔に埋めた。
「ぐあぁッ!」
老人の頭突きで仰け反った男の鼻から、鮮血がほとばしる。
「…………ふん」
老人は腕を引き、更に追い打ちで頭突きを食らわす。
「ば……」
仰け反った男はひと声発して脱力。その場に崩れ落ちた。
「野郎ッ!」
「てンめェ!」
残った数人の男が次々に老人に掴みかかる。その数は五人。
老人は、崩れ落ちた男を踏み台にして飛び上がった。同時に左右の膝が、掴みかかろうとした男二人に迫る。
「…………ふん」
「げひゅッ」
「うごッ」
顎と喉元を突き上げられ、こちらも崩れ落ちる。
「な……なにぃ……」
その声を発した男の頬に、老人の右肘がめり込む。
「…………ふん」
「ほげッ……!」
横倒しに勢いよく倒れた。
狼藉者は残り二人。
ガランとアッシュがそこに飛び込んだ。
「とぉ〜!」
華麗な両足跳び蹴りのアッシュ。
「やー!」
ガランは飛び込み首刈り。
男たちはほぼ同時に吹っ飛んだ。
「ごッ……」
「げぇ……」
その男たちをタイガとアインが抑え込む。
「爺ちゃん、腕は――」
「大丈夫? 怪我してない?」
ガランとアッシュの声に老人が答えた。
「…………ふん。年寄り扱いをするな」




