表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第五章 領都到達 —水の都・グランサクソン編—
75/85

第66話 鍛冶工房の凶刃

 

 タイガの言葉を聞き、サガナスはひとつ瞬きを挟み、タイガからアインへと視線を移した。そして、再び瞬きを入れた後、ガラン、アッシュへと順に目を向ける。最後にタイガへ戻すと、軽く息を吐いた。ひと呼吸置き、口を開く。


「タイガ君。私もリョウガの名は知っておるよ。以前からトゥサーヌの報告で何度か耳にしていたし、ライオネルを通じて護衛の真似事を指示したこともある。最近では、一部の者がライオネルの私兵となり、衛兵に同行して巡回や賊の捕縛に協力しているとも聞いておる」


「では――」


「待ちなさい」


 少し腰を浮かせたタイガを制するように、サガナスが右手のひらを見せ、タイガの言葉を遮った。


「君たちがぼうけんものと呼ばれていることも知っておる。乱暴者や荒くれ者同然と見なされる、その侮蔑的な呼び名は私も好かん。君たちが置かれた立場を返上したいという気持ちも、わかる。――だがな」


 サガナスはそこで言葉を切り、一同を見渡したあと、改めてタイガに視線を合わせる。真剣なタイガの眼差しを受け、少し眉尻を下げて言葉を続けた。


「急ぎすぎるな、タイガ」


 サガナスは優しくタイガを呼び捨てた。それだけでその場にいる全員が、サガナスの懐の深さを理解した。サガナスは言葉を続ける。


「兵は一朝一夕では強者(つわもの)には成れぬ。君たち冒険者もまた同じ。今はまだ、何も決まっておらぬ。逓送含め、いろいろと急ぐべき問題は確かにある。あるが、今日――今、決めることでもあるまい?」


 サガナスはぼうけんものとは言わず、あえて冒険者と呼んでタイガに問いかけた。その言葉を受け、タイガは俯き、歯を食いしばる。しかし、すぐに顔を上げ、サガナスと視線を交わして二度頷いた。


「はい……はい」


「『急いては事を仕損じる』か……っと」


 アッシュはそうつぶやいた。自分の言葉が漏れたことに気付き、隣に座るタイガの肩を大袈裟に叩きながら、少し声を張る。


「焦らずやろうよ、タイガさん! いい風は必ず吹くし。ね、ガラン」


「そうだね。まずは明日、オラバウルさんに教えてもらった店で得物を手に入れよう。――アインさんも、ね」


 ガランは少し身を反らし、アッシュとタイガの背中越しに、端の席のアインにも声をかけた。


「ああ。そうしよう」


 アインが頷いたのを見届けたかのように、フォビオも大きく頷く。


「うんうん、善きかな善きかな。明日はきっと、買い物日和だね」


 四人を知ったばかりで、細かい事情を知らないはずのフォビオが、なぜか話をまとめるように言った。ガランとアッシュは顔を見合わせ、思わず笑う。

 硬い話が終わった一同は、短い時間ながらいろいろと雑談を交わした。サガナスとフォビオに見送られて行政官庁を後にした。


◇ ◇ ◇


 翌日。ラストールとヨゼフがカカラ鉱山へ戻るのを見送り、ガランたち四人は、オラバウルに紹介されたアストン鍛冶工房へ向かっていた。

 乗合馬車に揺られながら街の景色を眺めていたとき、北から来た別の乗合馬車とすれ違う。すれ違いざまに、御者同士が右手で挨拶を交わす様子を見たアッシュは、ぼんやりと前世の記憶――バスを思い出していた。


 アッシュは無意識のうちに『記憶』を追う。バス運転手同士の挨拶を皮切りに、白い輪の吊り革、押しボタン、目的地案内のアナウンスが脳内を駆け巡る。車窓から見えるビル群、流れるように走る自動車。その隙間に見え隠れする、見慣れない服を着た人々の姿。そこへソウジュでの記憶が混ざる。幼い頃の思い出。エルフたちが歩く里の景色と、コンクリートの記憶が重なり合う。記憶が渦を巻き、なぜか霊樹の姿が浮かび上がり、鮮やかさを帯びる。随分前に見た霊樹の、青々と茂る葉。

 その青さを鮮明に感じた瞬間だった。


『ほう。長老でもない若いエルフが』


 アッシュの脳に、誰かの声がはっきりと響いた。耳から、ではない。


「――ッ! 誰!?」


 アッシュは驚きの声を上げ、《風の波紋(リプルス)》を発動。周囲を見渡すが、不自然な動きは全く感じない。記憶を追っていた思考は、既に停止している。


「な、何!? アッシュ……ど、どしたの?」


 ガランもアッシュの突然の声に驚き、素早く周囲を見渡す。しかし、馬車の乗客は皆、変わらず穏やかな表情をしている。年配の者も、若い男女も、誰ひとりとして変わった様子は見られない。


「あれ……? ボク、ぼんやりしちゃった、のかなぁ……。驚かせてごめん」


 戸惑った様子で謝るアッシュを見て、ガランが頬を掻きながら声をかける。


「いろいろ珍しいもの、見たからかもね。オレもそうだし。気にしなくても平気だよ」


 ガランは『記憶』とは言わず、そう言って微笑んだ。その意図に気付いたわけではないだろうが、タイガが軽口を叩く。


「そうそう。ガランだって夕べ、寝ぼけてたしな。夜中に『肉が足りない』って聞こえたが……。あれ、ガランだろ?」


「え? オレ、そんなこと言った?」


「アハッ! それはきっとガランの寝言だねぇ」


「フッ、確かに言いそうだ」


 四人はそれぞれ笑顔を交わした。中央に近い四つ辻で乗合馬車を降り、オラバウルから渡された地図を頼りに、東の通りを進む。


「――赤い屋根の工房……っと。あ、あそこかな?」


 ガランが指差した、遠くの建物は確かに赤い三角屋根だった。看板らしきものも見えるが、店先に数人の人だかりが見える。タイガはそれを不思議に思い、ガランに問いかけた。


「赤い屋根はあそこしかないが……混んでるっぽいよな。ガラン、武器屋って混むのか?」


「どうなんだろ? 金物も置いてるかもだけど……」


 首を傾げるガランの横で、アッシュも額に手を当てて眺める。


「混んでるというより……なんかやってる? ――ま、行ってみたらわかるよ!」


 四人が通りを進むと、何やら男たち数人は声を荒げているようであった。


「やい! 親父! いいから武器を見せやがれってんだ!」


「断る! お前たちに売るもんなんざ無ぇ!」


「俺たちが誰だか、わかって言ってんのか!」


 徐々にはっきり聞こえてきたそのやりとりで、何かの揉め事だと察知した四人は顔を見合わせる。オラバウルから紹介された店だ。仲裁に入るべく足を早めようとしたとき、男のひとりが剣を抜いた。


「あ、抜いた……! 駄目なやつ!」


 ガランが言ったように、トゥサーヌ同様、ここグランサクソンでも抜剣は法に触れる。四人が走り出したときには男の剣は振り上げられた。


「やめろ!」


 アッシュが叫んだが、まだかなり距離がある。間に合わない。


「駄目だ! やめろー!」


「よせ! よすんだ!」


 ガランも、そしてタイガも叫ぶ。

 四人誰もが惨事を予想したとき。男たちの間に割って入った人物がいた。


「…………ふん」


 店主と思われる男の襟を掴んで引き倒し、間に入ったのは汚れたマントコート姿の年老いた男。姿勢はいいが、無造作に束ねられた髪も顔を覆う髭も真っ白だ。その老人はマントコートに収めたままの左腕で、振り下ろされた凶刃を受ける。


「危ないッ!」


 腕が切り落とされる、そう思ったガランは叫んだ。

 しかし。

 老人の腕は、剣を受け止めた。


「なッ……!?」


 走りながらアッシュが目を見開く。


「…………ふん」


 老人はマントコートを翻すように剣を巻き込み、男の右腕を剣ごと封じると、距離を詰め、その額を男の顔に埋めた。


「ぐあぁッ!」


 老人の頭突きで仰け反った男の鼻から、鮮血がほとばしる。


「…………ふん」


 老人は腕を引き、更に追い打ちで頭突きを食らわす。


「ば……」


 仰け反った男はひと声発して脱力。その場に崩れ落ちた。


「野郎ッ!」


「てンめェ!」


 残った数人の男が次々に老人に掴みかかる。その数は五人。

 老人は、崩れ落ちた男を踏み台にして飛び上がった。同時に左右の膝が、掴みかかろうとした男二人に迫る。


「…………ふん」


「げひゅッ」


「うごッ」


 顎と喉元を突き上げられ、こちらも崩れ落ちる。


「な……なにぃ……」


 その声を発した男の頬に、老人の右肘がめり込む。


「…………ふん」


「ほげッ……!」


 横倒しに勢いよく倒れた。

 狼藉者は残り二人。

 ガランとアッシュがそこに飛び込んだ。


「とぉ〜!」


 華麗な両足跳び蹴り(ドロップキック)のアッシュ。


「やー!」


 ガランは飛び込み首刈り(フライングラリアット)

 男たちはほぼ同時に吹っ飛んだ。


「ごッ……」


「げぇ……」


 その男たちをタイガとアインが抑え込む。


「爺ちゃん、腕は――」


「大丈夫? 怪我してない?」


 ガランとアッシュの声に老人が答えた。


「…………ふん。年寄り扱いをするな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ