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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第五章 領都到達 —水の都・グランサクソン編—
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第65話 魔法使いと逓送

 サガナスの甘味の誘い。まず反応したのはガランであった。


「オレ、甘いものも大好きです!」


 ほぼ同時にアッシュも目を輝かせて応じる。


「ボクも!」


 サガナスは目を細めて二人に頷き、侍女に合図を送る。軽く指先でテーブルを叩くと、侍女は一礼して部屋を出た。

 ラストールはサガナスに目礼を送り、礼を述べた。


「サクソン公爵閣下のおもてなしの御心、深く感謝申し上げます」


「うむ。実はもうひとり、呼んであるのだ。甘味をともにしながら、少し話をしたいと思ってな」


「もうひとり……で、ございますか」


「今回の件とは別の話だが……まったく無関係というわけでもない」


 サガナスの言葉に、ラストールの視線がわずかに揺れる。


「オレたち、その話を聞いて……いいんですか?」


 ガランの問いに、サガナスが頷こうとしたとき、扉がノックされた。


「もちろん構わない。――入れ」


 サガナスは改めて、早口でガランにそう伝え、入室の許可を出した。


「失礼いたします。ご用意が整いました。ご同席なさるお方も参られました。――さぁ、どうぞこちらへ」


 侍女に促され、もうひとりの同席者が部屋に入る。紺のローブマントを纏った人物――フォビオであった。


「どーも。お邪魔しまーす」


「あっ」


「あれ?」


 見覚えのある顔に、ガランとアッシュが声を上げる。


「どもども!」


 小さく右手を上げ、人懐っこい笑顔を浮かべたフォビオ。そのまま侍女に促され、オットーの座っていた、ラストールの向かいの席に腰を下ろした。

 サガナスは三人の様子をそれぞれ見ながら口にした。


「ほう、面識があるようだな」


「面識……。うーん、あれを面識って言うのかな?」


 ガランがつぶやき、アッシュと顔を見合わせた。


「ボクらはその人に手を上げて挨拶しただけ……だよ」


 アッシュがサガナスにそう告げたが、フォビオは少し首を傾げていた。


「んん? 会ったっけかな……?」


 フォビオは軽妙な挨拶をしながら入ってきたくせに、ガランたち四人に荷馬車の荷台から手を上げ、追い抜いたことを覚えていなかった。ガランとアッシュは思わず目が点になったが、すぐに肩を震わせ、笑いを堪える。フォビオは誰にでも親しげに接するのだろう、と感じたからだ。


「ええと? ……あ、トゥサーヌの北門から出てすぐの道だ! 服が違うからわかんなかったなぁ」


 思い出したフォビオへ、うんうんと首肯の頷きを見せる二人に、タイガとアインの頷きも加わる。サガナスは、フォビオが発したトゥサーヌ北門との言葉で、何か合点がいったように極わずかに頷いた。ガランとアッシュの素性は、トゥサーヌ代官の実子ライオネルからの報告にあった、力を持つエルフとドワーフで間違いないだろうと確信したのだ。


「これも縁、か……」


 サガナスのつぶやきは、誰に聞かれることもなかった。彼のつぶやきは、侍女がワゴンを押しながら菓子皿を配りはじめたその音に紛れた。皿には小さく薄い堅焼きパンのようなものに、茶色いパテのようなペースト状の物が、山を模したかのように塗られている。


「蜂蜜かな……。アッシュ、甘い匂いだね……!」


「甘いけど渋みのような……あ! ガラン、栗だよ……!」


 香りを楽しんでいるガランとアッシュに誘われるように、フォビオが自慢気に二人に告げる。


「異国の菓子なんだぞ」


「「異国のお菓子……!」」


 ガランとアッシュは、目の前に置かれた菓子とフォビオの顔を交互に見る。サガナスは若者三人、それぞれの様子を見て、目を細めた。


「うむ。栗を使った――なんと申したかな?」


「サクソン様、これはモーブラン! この菓子は、蒸し栗に蜂蜜を入れて練った餡を、こうやって山みたいに盛り付けなきゃ駄目なんですよ。モーブランは栗が有名な山の名前なんで。――この菓子作ったの、俺じゃないけど……。アハハハッ!」


 菓子を配り終えた侍女が、目礼して控えようとするのをサガナスが止めた。


「モーブランか。――あぁ、君。向かいの従者室にも届けてくれたまえ。ついでに君もヨゼフ君も、少し息を抜いてくると良い。――ラストール殿、構わぬな?」


「もちろんでございます。――ヨゼフ、お言葉に甘えさせていただくといい」


「ありがとうございます。御用向きがあればベルを。――では失礼いたします」


 侍女とヨゼフが退室したところで、サガナスが口を開いた。


「さぁ、我が家の料理人が作った異国菓子、皆、食べよ食べよ。フォビオ君も紹介しておこう。彼はしばらく前から領都に滞在しているのだが、面白い経歴を持っておるので我が客人としたのだ。カリバザス王国の士爵位だ」


「ども! フォビオ・マクレガンでっす! 平民上がりなんですけどね」


 軽い口調のフォビオの影響か、和やかな時が流れる。ガランとアッシュ、フォビオはどうやら気が合ったようで、フォビオが語る異国の話に耳を傾け、菓子を頬張った。あらかた自己紹介も済んだタイミングで、サガナスが口を開いた。


「――それでだ、ラストール殿。話とは、書状の扱いのことだよ。書状を持たせても、確実に届くとは限らなくなってきておるのだ」


「王家への書状も、でしょうか?」


 サガナスが一瞬、厳しい表情を見せた後、低く答えた。


「うむ。シュヴァーン子爵家が絶えて以来、逓送は混乱を極めておる――」


 サガナスの口から『シュヴァーン家』という家名が出たとき、アインの肩が少しだけ跳ねた。それに気付いたのはタイガのみ。だが、二人ともすぐにサガナスの話に耳を傾ける。


「――逓送を利権と見た貴族どものなんと愚かなことであったか。シュヴァーン家が担っていた逓送業を甘く見た。シュヴァーン家は安全な逓送網と、優秀な逓信兵を擁していたのを知っていたはずなのに、だ。シュヴァーン家断絶後、()()家門が取って代わろうとしたが、案の定失敗。今では没落寸前と目も当てられぬ。たった五年で逓送が崩壊したのは、貴殿も知っての通りだ」


「ええ。関所逓送への変更、ですね。――ッ! まさか関所逓送も、もはやままならない、と?」


 ラストールは少し目を見開き、サガナスに問う。


「うむ。何とか保っていたが、限界だ。各々領主が持つ兵に差がありすぎるのだ。手薄な領では警備が行き届かず、書状だけでなく命までも奪われておる。表には出ていない、がな」


「そういうこと、ですか」


 ラストールの落胆したかのような声が悲しく聞こえ、ガランとアッシュは顔を見合わせた。


「逓送って……荷運び、だよね……?」


「うんうん。郵……っとと。配達、だよ」


 小声で話すガランとアッシュをちらと見て、サガナスが話しを続ける。


「書状書簡に書かれた情報はまさに宝。王家が知る前、事前に知ることで財を成せる情報もある。不都合な真実も揉み消せるだろう。政争の道具にもなる。それを家門同士で狙い、賊を雇って奪い合うことも水面下で起きておる。途中で奪われることを前提に、複写を送るやり方を執っておるが……な」


「総局でも権力闘争は確かに……」


 ラストールは思い当たることがあるのか、苦い顔をして同意した。フォビオまでもが苦い顔をしているが、内心はわからない。サガナスも同じく苦い顔で頷いた。


「ああ。我が公爵領は他の家門より兵は多い。それは南部国境を守らねばならぬし、ウルラス山もほど近く、魔物も多いからだ。……無理をすれば王都までなら、領兵が書状書簡を送ることもできるだろう。しかしだ。頻繁に派遣するとなると、逼迫することも目に見えておる。そして――」


 サガナスは冷めた茶をひと口飲み、言葉を続ける。


「――自領を他領の兵団が通過するのを、良く思わぬ家門が出てもおかしくない。それから、万が一の有事。――考えたくはないが、考えねばならん。他用で兵を割き、有事での派兵が遅れ、攻めも守りも手薄になったとしたら。近い内に国王陛下とも話さねばならんのだがな。国も民も守れずとなれば……祖国の礎となった先達に合わせる顔がなくなる故な」


「確かに仰る通りでございます。……側近の兵を率いてサクソン公爵閣下が直接赴くのが最善ではあるものの、それでは領政にも影響がございましょう。サクソン公爵閣下は、私が送る総局への書状も同様だと、ご心配なさっておられるのですね。私もいちいち鉱山総局に出向いていては、監査に支障が出ます」


「うむ。今回ガラン君らが発見した聖銀鉱脈。正式な調査は必要だろうが、埋蔵量次第では王家、鉱山総局にとっての価値は計り知れん。中央の法服貴族連中にとってもそうだ。採掘にせよ運搬にせよ、人夫集めにせよ、だ。一枚噛めば利権となる。仮に――あくまでも仮の話、今回の書状の内容が漏れたとしたら……想像に難くないだろう?」


 ガランたち四人にサガナスは問いかけた。


「そうですね。オレたち、場所知ってるし……」


「ボクら無関係……って訳には、いかないかぁ」


 少し眉尻を下げた困り顔でガランが答え、アッシュは口角を下げて息を吐いた。


「そう。そしてそれは、我がサクソン領に()()が入り込む危機でもあるのだ。逓送網の新たな整備。それを急がねば貴族同士の分断も進む。フォビオ君を客人にしたのもその一環。フォビオ君はあのカリバザス王国の魔法士爵――魔法使いだ」


 サガナスの声にフォビオが少し胸を張る。ガランとアッシュは驚きの表情でサガナスの発した単語を繰り返した。


「「魔法使い……!」」


「魔法士でしたか……。サクソン公爵閣下、具体的なお考えは?」


 ラストールも言葉を重ね、サガナスの考えを尋ねた。


「まだ国王陛下にも話しておらん仮の話だが、カリバザス王国貴族との繋がりを強化することも視野に入れている。我がシベルの貴族と他国カリバザスの貴族が、旧シュヴァーン家に代わる家門の後ろ盾となれれば、と。それと逓送地の選別、その地の守りと逓送員の確保。他にもありそうだが……」


 そう言って考える素振りのサガナスを見て、そこまで黙って聞いていたタイガが、意を決して口を挟んだ。


「その逓送、俺たちが力に……いえ、私たちが力になれないでしょうか? 私の兄リョウガは護衛、傭兵、用心棒……荒事から雑用まで請け負うプロ集団、冒険者の組織を作り上げようとしてます。今すぐは無理としても、いずれ逓送の任務、依頼を受けるにふさわしい集団になりたいと考えてるはず。――領主様に見極めていただく機会を、もらう訳にはいきませんか?」

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