表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第五章 領都到達 —水の都・グランサクソン編—
73/85

第64話 領主サガナスとの面会

 ラストールが手配していた宿、白馬館に到着したガランたちは、食堂で頼んだ料理を待っていた。


「アッシュ、いい匂いがしてきたね」


「これは香草……香味野菜かなぁ」


 鼻先を厨房に向けているガランとアッシュの会話を、皆が微笑ましく見守っていた。

 ここ白馬館は領都南部区画にある中規模な宿だが、ラストールから老舗だと聞かされた。館内に派手な装飾品こそないが、床板や柱は磨き抜かれ、褐色の艶を放っている。それはトゥサーヌのような新興街にはない、まさに風格と呼べる雰囲気を醸し出していた。

 ガランとアッシュがそわそわと見ていた厨房から、給仕の女性が料理を受け取っているのが見えた。


「きっと、あれだよ……」


 アッシュのつぶやきに、ガランは腹の虫で応える。


「お待たせしました、本日はマークスマスの蒸し焼きでございます」


 テーブルに置かれた大皿を覗き込み、ガランとアッシュが小さく喜びの声を漏らした。


「アッシュ、魚だ! 大きい!」


「すごいねぇ、ガラン!」


 大ぶりな皿から尾がはみ出すほどの、大きなマスの姿蒸し。様々な香味野菜と一緒に蒸され、その爽やかな香りが食欲をそそる。パンとスープも揃い、ラストールが姿蒸しを取り分けた。


「さぁ、食べようか」


「オレ、こんな大きいの初めてだ」


「ボクも!」


 ガランが暮らしていた集落では魚は希少だった。魔物に襲われる危険を省みず、のんびり釣りに勤しむ余裕などあろうはずもない。また、アッシュが育ったソウジュの里近くにも、マークス川のような大河はない。沢や川で捕れるのはアユやイワナ、ヤマメのような比較的小さな魚。コイやマスのような大魚が食卓に上がることなどなかった。タイガとアインもまた、大魚を食べるのは初めてだった。ラストールとヨゼフは初めてではないが、普段生活しているカカラ鉱山は山中。やはり魚はなかなか食べられない。


「んー! 美味しい! 身がふっくらしてるよ。ボク、これ好き!」


「美味いね! オレ、お代わりしちゃうかも」


 ガランとアッシュは魚料理に舌鼓を打った。水の都グランサクソンならではの大マス料理、その味を大いに気に入ったのだった。


 翌日。ガランたちは領都中央の行政官庁に向かうため、馬車通りを目指して歩いていた。服は革服から街中用に着替えてある。揃いのショートローブにガランは藍染めズボン、アッシュはプリーツスカートのワンピースだ。


「乗合馬車って、本当に銅貨一枚でいいんですか?」


 ガランは宿で聞いた乗合馬車の運賃の安さが信じられず、ラストールに問いかけた。


「ガラン君は心配性だね。確かに銅貨一枚、サクソン公爵閣下のお考えだそうだよ」


 ラストールの言葉を横で聞いていたアッシュも頷いた。


「ほんとなんだぁ。でも、なんでそんなに安くしたんだろねぇ〜?」


 そう言ってちらりとガランを見る。目が合ったガランは、少し首を傾げて考える素振りを見せた。


「何か理由がありそうだけど……あとにしようか。ほら、あそこに馬車の絵が描いてある。もうすぐ近くだよ」


 ガランが指差した道の先に杭が立っており、通りを示す案内板が取り付けてあった。


「……そう、だね」


 アッシュはどこか迷うように同意した。案内板が『記憶』のイメージを呼び起こし、『通称名標識』を想起させていた。

 ガランはアッシュの様子に気付いたが、あえてそれに触れなかった。ポーチベルトから干し果実の巾着を取り出し、少し粉を吹いたその実をひとつ口に入れると、アッシュに巾着を差し出した。


「アッシュも食べる? ――ラストールさんも、よかったら」


「ガラン、ありがと」


 アッシュにはガランの気遣いが伝わっていた。

 馬車通りに出た一行は、四つ辻にある、乗合看板の前で馬車を待つ。そう間を置かず、南から二頭立ての馬車が近付いて来た。


「おや……少し早い。きっと空いているだろうね」


 ラストールの言葉通りだった。広い道の四つ辻ごとに止まる馬車は、乗り降りが増えれば当然遅くなる。ただでさえ近い、南門発の馬車が早く到着したということは、乗客が少ないことを意味していた。


「アッシュ! 前と後ろ、どっちに乗る?」


「席が空いてたら絶対前! 景色見よ! 景色!」


 到着した大型の馬車は、荷馬車を大きくしたような幌掛けの箱型だった。箱の左右には、腰よりも少し低い位置に丸太棒が据え付けられている。座板の代わりに腰を預けることもでき、混雑時にはそれを手すりとして立ち乗りするのだろう。

 御者の案内で後部から乗り込んだ一行は、空いてる車内を進み、アッシュの希望通り、最前部に陣取った。


「しゅっ、ぱーつ!」


 御者の、少し癖のある出発の合図で馬車が動き出す。

 左右最前列のガランとアッシュは、落下防止の格子にしがみつきながら、真っ直ぐ続く馬車通りを楽しそうに眺めた。

 しばらく進むと左手の建物の隙間から時折、陽の光を反射する水面が見えた。水路だ。


「きれいだねぇ……!」


 アッシュは思わずつぶやいた。そのつぶやきをラストールが拾って、二人に尋ねた。


「そうだろう? ここからは見えないけど、水車小屋も幾つかあるんだよ。見たことはあるかい?」


「オレ、実物は見たことない」


 ガランが答えると、アッシュは一度視線を上げてから、ガランに視線を戻した。


「そっか、ガランは見てないか。――里に小さいのはあったけど、冬の間は引き上げてたしねぇ〜。凍って壊れちゃうし」


「水っ気の多い木は凍裂で割れるもんね。水車小屋、ここにいる間に見ときたいな」


「へぇ」


 ラストールは感心したように小さく声を上げた。ガランが凍裂という言葉を知っていたからだろう。凍裂は樹木の水分が凍結膨張したときに幹が裂ける現象だ。田舎育ちでその現象を知っていても、正しい言い方を知らない者もいる。凍裂は俗に、霜割れや寒裂けと呼ばれたりするのだ。


「二人の知識……そうか、エルフの……」


 ラストールは改めて、二人が今までに学んだであろう知見、知識に納得し、領都の見どころを話して聞かせた。


「中央区画には――ほらその先、東には――大きな水門が北に――」


 その話のおかげか、あっという間に時間が過ぎ、目的の行政官庁前に到着した。建物は横に長い二階建てのレンガ造りで、鎧戸の付いた窓が規則正しく並んでいる。前庭が広場のように広く取られているのは、一度に複数の馬車を停められるようにするためだろうか。

 ラストールとヨゼフが先導する形で建物に入ると、案内係と思われる年配の男が声を掛けてきた。


「ラストール様、お待ちしておりました」


「あぁ、よろしく頼むよ」


 案内係に従って廊下を進むと、幾つかの部屋を通り過ぎた扉の前で案内係が立ち止まる。案内係が扉をノックすると、中から若い侍女が現れた。


「ラストール様、それから皆様方もどうぞ中へ。間もなくご領主様も参られます」


 侍女に椅子を勧められ、それぞれ腰を下ろした。ヨゼフだけはラストールの後ろに控える。ガランとアッシュは部屋を興味津々で見渡した。ソウジュの族長の屋敷にあった会議室と同程度の広さだ。窓側の壁の角に、陶器の花瓶が小さな台に乗せられていた。生けられているのは、淡く赤い花弁を付けた香豆の花、スイトピだ。

 部屋を観察している二人とは対照的に、タイガとアインは少し緊張しているようだった。侍女が淹れてくれたお茶のカップを持ち上げる動きが、少し硬い。


 そのお茶を飲みながら待っていると、ガチャリと扉が開いた。その音を合図にラストールが立ち上がる。ガランたち四人も、それにならって立ち上がった。


 入ってきたのは二人の男性。ひとりは文箱を持つ痩せた中年の男、もうひとりは壮年の男だ。中年の男は、ラストールが着ているものに似たシャツと上着を、壮年の男は「簡易礼服」と呼ばれる黒いジャケットを着用していた。

 ラストールとヨゼフが、壮年の男に向かって立礼する。慌てて、ガランたち四人もそれを真似た。


「ラストール殿、久しいな」


 低い声でラストールに声を掛けた、少し(いかめ)しい壮年の男――彼こそが、領主であるサガナス・サクソンであった。


「サクソン公爵閣下、お久しゅうございます」


 頭を下げたままそう返すラストールに、サガナスが座るよう促す。


「ああ、かけたまえ。――他の皆も、楽に」


 ラストールは頭を上げたものの、すぐには座らなかった。サガナスが窓際、テーブルの奥へ進み、椅子に腰を下ろすのを待ってからもう一度目礼し、静かに席につく。

 中年の男はラストールの向かいに座ると、口を開いた。


「皆様もご承知かと思いますが、改めてご紹介を。こちらがサクソン領、サクソン家の当主、サガナス・サクソン公爵閣下でございます。そして私は財政係員のオットーです。皆様方のご紹介は、また後ほど。――それでは閣下、まずは先触れにもございました魔物の件から。鉱山総局主計課より――」


 オットーの報告はすぐに終わった。既に魔物の死骸はサガナスも検分しており、また、言うまでもなくカカラ鉱山でも防護柵拡張は進められている。事後確認のようなものだ。


「うむ、わかった。手配は恙無く頼む」


 サガナスは厳しさそのままオットーに頷き、ひとつ瞬きを入れるとガランたち四人へと視線を投げかけた。視線の動きにラストールが反応し、静かに口を開く。


「サクソン公爵閣下、この四人がご報告した者たちにございます。ガラン、アッシュ、タイガ、アインと申します」


「うむ、例の件だな」


 そこでサガナスが侍女へ、ラストールもヨゼフに視線を飛ばす。侍女とヨゼフは目礼し、揃って部屋を出た。主の視線でその意を汲むのが侍女、使用人である。


「オットー。書類を」


 サガナスが命じ、オットーがガランたちの前に一枚の紙を差し出した。


「ふむふむ……」


 ガランとアッシュはその内容に目を通すと紙を滑らせ、タイガとアインにも見せた。文面は鉱脈発見に関する内容で、最後に報奨金額が書いてある。その額に驚き、タイガがつぶやいた。


「は、白金貨……! ささ、三枚……ですか」


「良かったね、タイガさん」


「うんうん。良かった、良かった〜」


 まるで他人事のように告げるガランとアッシュに、タイガとアインが少し呆けた顔を見せた。


「うむ。ではラストール殿、こちらも書状を交わそう」


「かしこまりました」


 サガナスとラストールの会話で、オットーが二人の前に二枚ずつ紙を置いた。王家と鉱山総局に宛てる書状。それをサガナスとラストールがそれぞれに送るのだ。サガナスとラストールが署名した書状を交換し、内容に相違ないことを確認すると、またも署名を入れる。書き終わるのを待っていたオットーから封書と封蝋箱が渡され、封がなされた。


「オットー。四人に報奨を」


「はい。――どうぞこちらを」


 ガランの前に差し出された三枚の白金貨。


「ありがとう! ――オレ、一旦持っとくね」


 ガランがそう問いかけると、タイガは小刻みに頷いた。


「あ、ああ。頼む……頼んだ」


 ガランが自身のポーチに収めるのを見届けたオットーが立ち上がった。


「では、ラストール様、私はこれにて。――閣下、失礼いたします」


 目礼したオットーは扉を開け、廊下で待っていたヨゼフと侍女に声を掛けて退席した。

 侍女はティーワゴンを押し、お茶を淹れなおす。


「さて、ラストール殿」


 そう切り出したサガナスは、一同の顔を一度見渡し、相好を崩して告げた。


「美味い菓子がある。他の者もどうだ、甘味は好きか?」



香豆の花。和名が麝香豌豆 (じゃこうえんどう)の、スイートピーです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ