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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第四章 鉱山のドワーフ —カカラ鉱山編—
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第56話 死闘  —咆哮と叫び—

「クソッ……! 間に合うか……いや、間に合わせる……!」


 カカラ鉱山支局長ラストールの命を受け、鉱夫のネロスは走っていた。その懐には同じくラストールからの書状。付近を巡回しているであろう領兵へ向け、魔物討伐を依頼する旨が書かれている。

 まずはカカラ分岐の先にある村で馬を借りる。馬がいなければ今朝早く、村へと戻ったハンナにロバを借りよう。それに乗って街道を北上すればどこかで領兵に会えるはずだ。日が暮れる前に、可能な限り日が高いうちに、なんとしてもこの書状を届けねばならない。ネロスはそう己を鼓舞しながら、分岐道をひた走っていた。


 一方、鉱山局舎ではタイガとアインが、ガランとアッシュ、二人の姿が見えないことに気が付いていた。


「なぁアイン」


「あぁタイガ」


 二人は視線で言葉を交わして頷き合うと、タイガが少し声を張ってヨゼフへと告げた。


「ヨゼフさん、俺達が外を見張っておくよ。他の連中より慣れてるし、領兵が来たら教えることもできる」


「見張りは助かるけど――」


 ヨゼフが言い終わらぬうちにタイガは更にヨゼフの耳元へ口を寄せ、言葉を続ける。


「うちの二人が足止めに向かったはずだ。でも相手はたぶん魔物。時間は稼ぐが、やばくなったら引きつけながらウルラスに逃げる。いいかい?」


「! それは囮――」


「シッ!」


 タイガが鋭く息を吐いてヨゼフの言葉を遮り、強い視線を投げかける。タイガはすぐに笑顔を作ると、またも大げさに声を張った。


「俺たちはぼうけんもん……いや、冒険者だ。見張りは任せな! ヨゼフさん、そういうことで。――アイン、行こう」


 固まったヨゼフの肩をポンと叩き、タイガとアインは局舎を出た。


 その頃、ガランとアッシュは飯場近くにいた。魔物が揺らす木々を視界の片隅に置きながら、ガランは地形を読んでいた。


「うん。やっぱり大地の縛り(スタン)の効果が弱くなる森の中より、出てきたところで、かな。あの太いクスノキ、あれを目印にしよう」


 ガランがそう言って木を指差し、リュックを下ろして飯場の板壁に立て掛ける。


「じゃあボクは……()から動きを見ながら射掛けるよ」


 アッシュは上、飯場の屋根を指差して同じくリュックを下ろした。ガランが頷き、腰を落として両手の指を組んだ手のひらを見せるとアッシュがそこに左足をかけた。


「いっ」


「せー」


「「の!」」


 アッシュが飛び上がると同時に、ガランが両手のひらでその身体を持ち上げる。難なく屋根の上に登ったアッシュが指笛を吹くのを聞き、ガランもクスノキの近くへと急ぐ。射線が通る位置取りを確かめると、一度槍を素扱きして動く影を睨む。


「来た!」


 アッシュの言葉で腰を落とすガラン。クスノキの枝葉を揺らし、ガランの前に姿を現したのはやはりオオヒグマ。それも恐ろしく大きい。体高はガランの胸辺り、体長は五メートルを超える成獣であった。その目はもちろん、赤い。


 グガアアァッ!


 咆哮と共にオオヒグマがガランへと四つ脚で突き進む。

 早い。ガランは頭から飛び込むように回転して避ける。すぐに立ち上がり右手一本突きを繰り出した。

 しかし通り過ぎていく背後への突き。浅い。分厚い毛皮に阻まれ、突き通せない。


 オオヒグマは体を入れ替え、またも突進。

 それを今度は左へと飛び込んで躱し、すぐさま反撃。その後ろ脚を薙ぐ。しかし刃先しか届かない。毛皮を数束刈るにとどまる。


 尚もオオヒグマがガランに迫る。

 ガランは空へ跳んだ。空中で体を捻り、己の体重をかけてオオヒグマの背を突く。

 ブツッと毛皮を破る感触。

 しかしその刃は突進の勢いに負け、すぐに抜けてしまった。ガランは着地と同時に追撃を試みた。オオヒグマが振り返る前にもう一度背を狙う。


 しかし野生の動きは読めない。オオヒグマの反応は早く、身を捩るように腕を振り回す。その左手の甲がガランを襲った。柄で受けるか、後ろに躱すか。ガランの思考に迷いが出る。遅れた。後ろに飛ぼうとした瞬間にガランの左肩に衝撃が走る。


「グッ……!」


 吹き飛ばされ、転がるガランの身体。

 そこにオオヒグマが迫る。


「ガラン!」


 アッシュの声と同時に放たれた矢が、オオヒグマの左肩を掠める。


 ガアァァッ!


 咆哮と共に立ち上がるオオヒグマ。

 ガランもその隙に、転がりながら片膝を立てた。


「うおおおおッ!」


 ガランは気合と共に立ち上がり、連撃を繰り出す。

 突き、薙ぎ、払う。が、どれも分厚い毛皮に阻まれる。

 オオヒグマもただ受けてはいない。その太い腕を振り回し、凶悪な爪がガランの身体を何度も掠める。牙をむき出し、生臭い息を吐く。唸り声と共に両腕が振り上げられた。

 ガランは前に転がり、その爪を避けた。

 空を切るオオヒグマの爪。

 股の間をすり抜けるガラン。

 今度はオオヒグマの後ろ脚がガランを襲う。

 踏みつけようとしたその太い足を辛うじて避け、ガランは転がりを止めず距離を取る。回転しながらオオヒグマの位置を把握し、十分な距離を取ってから立ち上がった。


 風が吹き、砂埃が舞う。


「アッシュ!」


 オオヒグマを睨んだままガランが呼びかける。大地の縛り(スタン)を使う意思表示。アッシュは(ウィンド)を纏い、弓を引き絞る。

 オオヒグマが四つ脚で突進。

 ガランも右足を上げ、大地目掛けて踏み降ろす。


 その寸前。


 オオヒグマの左前脚が地を叩き、上体を起こした。

 遅れて大地の縛り(スタン)

 両者動きを止めたが、質量で勝るオオヒグマの左手が横薙ぎにガランを襲う。


「クッ……!」


「ガラン!」


 アッシュが放った(ウィンド)を纏った矢は、オオヒグマの左腕の根元に突き立つ。

 しかし。

 その腕は止まらない。

 身構えるガラン。

 オオヒグマの左腕とガランの身体が交錯した。

 アッシュが目を見開く。


 血飛沫が舞った。


 またも吹き飛ぶガランの身体。

 森の藪に頭から突っ込み、葉を撒き散らす。


「ガラン……! ガラーン!」


 アッシュが叫びながら二の矢を放つ。

 倒れ込んだオオヒグマの背に突き立つが、足りない。焦燥がアッシュの集中を乱していた。

 ならばと三の矢、四の矢と放つがオオヒグマは身を起こした。

 起こして、吠える。


 ガウアアアァ!


 空を裂く咆哮に、飯場の板壁がビリビリと震えた。

 アッシュはオオヒグマを睨み、指笛を吹いた。


「クー! ガランの様子を確かめろ!」


 そしてまたも矢を番え、放つ。五本、六本とその背に矢を受けて尚、オオヒグマはガランが突っ込んだ藪へと向かう。


「アッシュ!」


「ガランは!?」


 そこにタイガとアインが合流した。


「あの先の藪に飛ばされた!」


 アッシュの声でオオヒグマと藪に視線を動かす。状況を飲み込んだタイガとアイン。すぐに荷を下ろし、オオヒグマへと向かう。


「アイン! 突いては逃げを繰り返す! お前は無理するな!」


 タイガはそう言うと駆け出した。勢いをつけ、オオヒグマの背を木槍で突く。


 グアウオオォ!


 オオヒグマは吠えた。

 タイガの木槍は突き通りはしないが、存在を認めさせるには十分な効果があった。突いては下がり、向かってくる前に距離を取るヒットアンドアウェイ。タイガは必死で突き、逃げ、オオヒグマを藪から遠ざけようと奮闘する。

 アインもまた同じく、タイガが危なく見えれば横から木槍を突き、タイガをフォローした。

 そしてアッシュ。

 ガランの安否に心を奪われ、集中できないながらも屋根の上から矢を射かける。七本、八本、九本と、オオヒグマの背に矢を突き立てていく。


 そして十本目の矢を番えた時。


「キュキュ! キュッキュキュー!」


 クーの鳴き声と同時に藪が動いた。


「ふうぅ……!」


 藪をかき分け、しっかりと槍を手にした血塗れのガランが姿を見せた。


「ガラン!」


「「ガラン!」」


 まずアッシュが、そしてタイガ、アインもその姿を見た。

 額から流れた血が、ガランの顔を赤く染めている。額だけではない。あちこちが擦り傷だらけだ。その傷だらけの手が槍を扱いた。


 ガランの周囲に火の粉が舞った。


 (フレイ)を纏ったガランが力強く踏み出し、背を見せているオオヒグマとの間合いを詰めた。


「ハアアァーッ!」


 槍を横薙ぎに一閃。

 その後ろ脚、膝裏の腱を断ち切った。


 ゴアアァ!


 オオヒグマがバランスを崩す。

 ガランはその背に大地の縛り(スタン)を叩き込んだ。

 どうと倒れるオオヒグマ。

 ガランはそのままオオヒグマの背に覆い被さり、その右腕を全力で抑え込む。オオヒグマの背に突き立った矢が折れ、己の身体を傷つけるのもお構い無しでギリギリと締め上げた。暴れるオオヒグマだが、動きは小さい。


「アッシュ! 今だ、撃て!」


 ガランの無事が確認できたアッシュに、もう心の乱れはない。アッシュは大きく息を吐き、空気を胸いっぱい吸い込みながら弦を引き絞る。オオヒグマの赤い目を睨み、集中を高め、(ウィンド)を纏う。嵐のような風がアッシュの髪をなびかせた。


「ハッ……!」


 鋭く吐いた息と共に、嵐を放つ。

 嵐を纏った矢は狙い通りオオヒグマの眉間に吸い込まれ、その頭蓋を貫いた。

 暴れるような断末の痙攣に、ガランは払い飛ばされそうになる。そこにタイガとアインが被さり、ガランが飛ばされるのを防いだ。


 やがて。


 オオヒグマは黒い靄を吐き出し、動きを止めた。


「……ははっ。無茶しやがるな、ガラン」


 タイガの声に、ガランは力なく頷く。


「少し……つか、れ……」


 そうつぶやきを残し、ガランの全身から力が抜けた。


「ん? ガラン?」


 タイガの声に反応しなくなったガラン。それを見てアインも声を上げる。


「おい! ガラン! しっかりしろ、ガラン!」


 二人の声でアッシュも屋根から飛び降り、ガランに駆け寄る。


「ガラン! しっかりして! ガラン!」


 アッシュの声が、鉱山に響き渡った。

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