第52話 幕間 ―ドワーフ流は無礼講―
タイガとアインが外に出ると、早速賑やかな声が聞こえてきた。
「――ここを使え。網か、それとも板がいいか?」
「せっかくだから両方だよ! ね、ガラン、そうしよ!」
「オレはいいけど……そんなに場所取って大丈夫かなぁ?」
「ガハハ! 使え、使え! ここに何人いると思ってんだ、俺達も外で食う時だってあるさ。みぃんな慣れっこ、遠慮するこたぁねえぞ」
「あぁ、問題ない。ついでに屋台もこっちに動かそう。おい、誰か倅に伝えに行ってくれ!」
タイガとアインは思わず顔を見合わせた。三つ編みの髭面と短髪の髭面。ドワーフに見える人物が二人いたのだ。どちらがオラバウルかわからないが、場の雰囲気はとても良好に見える。
「じゃあお言葉に甘えて……。あぁタイガさん、この辺りにタープ張っといて!」
「だが名乗りがまだ――」
「そんなの後、後! アインさん、ボクらも!」
「あ、あぁ、もちろん」
勢いに押され困惑するタイガとアインだったが、やることはいつもの野営と同じ。タイガがタープを張っている間にアインが水を汲み、鍋や食器を用意する。アッシュはヤマドリとウサギを締めていた。いつもと違うのは、ガランが随分と大きなかまどを組み、それを二人の髭面が嬉々として手伝っていることだ。
「風向きはこっちだから――うん、こっち側を焚き口にしよう」
「そうだね」
三つ編みの髭面に頷きを返すガラン。
「網はこっち、鉄板はこっちでいいか?」
「うんうん」
こちらは短髪の髭面だ。
「前使った炭が余ってるはずだ。持ってこよう」
「いいの?」
「余りもんだ、構うもんか」
ドワーフ三人衆がテキパキと動くのを横目に、アッシュは何かの野菜を刻み始めた。アインがヤマドリの羽根を毟り、タイガがウサギの皮を剥ぐ。そうこうしてるうちに酒の屋台が来たかと思えば、屋台を囲むように見物人も増えた。
「面白そうなのやってんな」
「オラバウルの客らしい」
「そんじゃ邪魔にならんようにせんとな」
「あぁそうだな。俺達ゃ食堂に飯がある」
「でも匂いで一杯飲るのも――」
「「悪くねぇかもな」」
そんな喧騒を他所に、早速かまどに火が入った。
ガランがヤマドリを、タイガがウサギを捌き始めると見物人から歓声が上がる。娯楽の少ない山中の生活だ。ガランらにとっては日常だが、鉱夫達は些細なことでも楽しいのだろう。
そんな見物人達の中には、火を肴に一杯飲る者も出始めた。椅子や岩の上など思い思いの場に座り、揺れる炎を見ながら静かに飲む。焚火の炎は何故か肴になるのだ。
「ガラン、ソースの味みてよ」
ガランはアッシュが作った複数のソースを味見する。
「どう? どう?」
「いいね! 絶対肉に合うよ!」
「じゃあ……」
「始めよう、ドワーフ流!」
ガランの宣言で始まるドワーフ流。
ガランはリュックからラード漬けの樽を取り出し、まずは鉄板の上に塊肉を乗せた。じゅうという音と肉から煙が上がる。続いて細切れの枝肉二本も取り出し、こちらは網に乗せた。
それだけでは終わらない。
下処理を行ったヤマドリとナイフを取り出し、脚を掴んで手羽を落とすと手羽は網に、体は鉄板に乗せて背骨に沿って二つに開く。
ウサギもヤマドリ同様二つに開き、こちらは半身ずつ網と鉄板へ。背骨とアバラは外して網に、開いた肉は皮目を下にして焼き始めると網も鉄板も満員だ。
「おぉ!」
「やはりこうでなくてはな!」
二人のドワーフの声にガランも頷く。
「オラバウルさんは網の方、お願い」
「任せろ!」
ガランの頼みに三つ編みのドワーフが応える。
「飯場頭さんは肉が焼けるまでこれ食べててよ」
ガランから特製燻製肉を受け取る短髪の男。
「おぉ、すまんな」
「飯場頭って! 手伝わせてよかったのか……?」
思わず短髪の飯場頭を見つめるタイガだが、男は気にした素振りも見せず、豪快に笑った。
「ハッハッハッ! 俺が、手伝うから食わせろって頼んだんだ! あぁ、俺はアダモス。よろしくな」
燻製肉を咥えて手を差し出したアダモスと、握手を交わすタイガ。そのままオラバウルとも握手を交わす。
「オラバウルだ。こっちの肉は任せな、美味しく焼いてやる」
「俺がタイガで――」
「アイン……だ」
少し緊張したアインも二人と握手を交わし、それを楽しげに見ていたガランとアッシュも改めて挨拶と握手を交わした。
「ボクはアッシュ。よろしくね」
「オレ、ガランです。このソース、アッシュが作ったんだ。絶対合うと思う!」
「お、そいつは楽しみだ。酒もアダモスが奢るよな?」
「……。ま、いいだろ。とは言ってもリンゴ酒だ。飲んでみるか?」
「オレとアッシュは――こっちを飲もうかと」
アダモスの提案に、ガランはリュックから木箱を取り出して中身を見せる。ダジリンの茶葉だ。それを見たアインの眉が上がった。
「その茶葉! ――ガラン、淹れ方を?」
知っているか、と目でガランに問うアイン。ガランは少し首を傾げた。
「煮れば良いんじゃ――」
「駄目だ。後で私が淹れよう」
間髪入れずアインが言い切る。アインにしては珍しいその言い方にガランは少し驚いたが、頷いて木箱を渡す。
「じゃあ頼もうかな」
「あ、じゃあ麦茶飲んどこっか」
アインは頷くと小鍋に水を張り、かまどの空いたところで火にかけた。
「ってことはシードル四つか。――おーい! 四つだ、四つ!」
アダモスが大声で注文を通す。
鉄板からは焼かれた脂の香りが立ち始めた。塊肉からは猪の野性味のある肉汁が滴り、溶けたラードと絡み合うように香ばしい匂いを放ち、ヤマドリもまた、焼かれた鳥皮が鳥の脂でパチパチと弾けている。
「匂いも美味けりゃ、煙も美味いってな」
オラバウルが言えば後を引き継ぐようにアッシュも話す。
「音も美味しい!」
ガランがそれに応えるようにパチパチと弾けそうな鳥をひっくり返せば、こんがりと焼目のついた皮が現れる。
「これこれ。この色も美味しいんだよ」
ガランがそう言いながら焼けた皮を半身分だけナイフで剥ぎ、ヘラで鉄板に押し付ける。隙間から漏れるその焼き音は、きゅうきゅうと鳴く鳥のようだ。脂を滴らせたその皮に岩塩を振り、幾つかに切り分けた時、シードルが運ばれてきた。
「親父お待たせ。あぁこれは……堪らんな」
「アラモス、お前は仕事しろ」
「はいはい。あ、これも置いとくよ」
屋台の主人、アラモスが四つのジョッキと小皿を置いて立ち去る。ガランとアッシュは自分達のカップを取り出し、そこに麦茶を注いだ。
「肉も焼けてきたし――」
アッシュが目でガランに訴えると、ガランも頷いてカップを掲げる。皆もそれに続いて合図を待った。
「じゃあ……ドワーフ流に乾杯!」
「「乾杯!」」
まずは喉を潤す六人。どうやらここのシードルは微発泡のようだ。
「鳥皮、食べて食べて! 焼きが足りないならこのヘラで押し付けて! 脂が気になるなら少し網の上で炙るといいよ!」
「うん、ジューシー! クニっとした歯応えもいいねぇ」
アッシュが早速鳥皮を口にし、美味さに頬を押さえる。
「私は脂が気になるから網に――ッ!」
アインが鳥皮を網に置くと脂が火に落ち、炎が上がる。
「あぁ、オレがやろっか。こうやって炭に脂を落としながら――この炭の煙がつくのもまた美味くなるんだ。はい、どぞ」
炭火焼きだと表面が少し黒ずむが、味が落ちたりはしない。ガランが言うように、余分な脂が抜けてむしろ味が濃くなる。黒く見えるものは謂わば脂の燻煙であり、焦げでも煤でもない。
「さぁ! こっちの肉も食べ頃だ!」
オラバウルが枝肉を串に刺し、厚切りにして皆に回す。
「これもまずは塩で! その後はこっちの黄色いソースが合うと思うよ!」
ガランが勧める黄色いソース。カラシナ粉を練って作ったものだが、アッシュがリリアンから教わった特製レシピである。カラシナだけではなく、少しの蜂蜜とすり潰した干し果実、果実酢が入っており辛味の中に甘みと酸味がある。不味い理由がない。
「これは美味い! 肉も美味いがこのソースは絶品だ!」
まず言葉にしたのはアダモス。
「鼻に抜ける辛さの奥に甘みがあって――うーん、脂と混ざるとまろやかさも感じる」
続いてオラバウル。
「……しかも後味さっぱりだな。重くない」
こちらはタイガである。アインも言葉こそないが、頷きながらしっかりと食べている。
ガランは少し焦げ目がついた背骨とアバラを鍋に入れ、スープの支度に取り掛かる。鳥と獣の骨のミックスは味に深みが出るはずだ。それを見たアッシュが香草の束をガランに渡す。言わずもがなの阿吽の呼吸である。
「ありがと。――さぁ! まだまだこっちもあるよ! ドワーフ流なら塊肉を削いで食べなきゃ! 見ててよ!」
ガランは塊肉を串で倒すと、底にあった部分を皆に見せて塩を振る。鉄板とラードの熱で焼かれたその肉の表面は、濃い黄金色に輝き、あぶくとなった肉汁が溢れている。
「こうやって――」
そのまま串で押さえながら肉の表面に刃を入れ、スライドさせながら真っ直ぐ削いでいくと、切った先端が重力に負け、弧を描いて下がってくる。その弧の先端がナイフに届かない位置で切り方を変え、手首を返すように削ぎ落とす。その切り落とす最後の瞬間に肉を親指で押さえるのがコツだ。
「――こう! そしてそのままこの肉の端を口に――うん、美味い!」
肉の端を口に入れ、押さえた親指を離す。刃は外側で、けして口内には入れない。
「なるほど! ボクもやる!」
アッシュが挑戦してみた。危なげなくナイフを使い、少し分厚く切ってしまったが問題なく口にする。
「んー! これは面白いだけじゃないね! 食べたい分だけ切ればいいんだ!」
「そうそう! 無理に指で押さえなくても、下は鉄板だから落としても大丈夫。こっちのソースが合うと思うよ!」
ガランがそう言って勧めたのがアッシュが作った二つ目、玉ねぎソースだ。こちらは細かく刻んだ玉ねぎを絞って火にかけ、焦げる寸前まで炒めてから絞り汁を戻し、蜂蜜と果実酢で味を整えた酸味の強いソースだ。
「うーん! これも美味い」
「カラシナとはまた違って、こっちは脂の甘みが引き立つな!」
「……強い酸味がこってりした脂と合う」
ガランは皆の感想を聞きながらふと思いつき、その玉ねぎソースを鉄板の上に垂らして、塊肉から溢れた肉汁と混ぜ合わせて味を確かめてみた。
「これもいいかも」
その言葉にアッシュが、そして意外にもアインも匂いに反応した。
「どれどれ……。あ、これ! おば姉様がたまに出してたのに似てる! そっか肉汁かぁ。めったに出なかった訳だ」
「この匂いと……この味! ――そうか、文字通り肉汁のソース……!」
アッシュとアインの納得した顔を見てガランも頷く。思いつきは試してこそだと。
「ウサギとヤマドリも良い感じだな。ほぐすか?」
「そだね。あ、深皿にスープ入れるよ。好みで具にしてもいいし、酒の肴にしてもいいしね!」
オラバウルとガランの会話を聞き、アダモスが感心したように口を開く。
「さすがドワーフだな。食事は自由、か」
「さすがって……アダモスさんもドワーフじゃ?」
タイガの問いにアダモスは笑って首を横に振る。
「だと良かったんだがなぁ。仕事じゃドワーフに……いや、オラバウルに勝てん」
「あ、いや……」
失言かと思い焦るタイガに、アダモスは更に深い笑みを浮かべて答える。
「なぁに、勝てんでもこき使ってやるだけのことよ! ハッハッハッ!」
「ガハハッ! 十年、いや百年早いわ、若造め!」
そう言って肩を叩き合う二人は、まるで兄弟に見えた。実際は親子以上の年の差がある可能性はあるが、ドワーフの年齢もエルフと同じくらい読めない。本人達が良ければそれでいい話だ。
「いい友達、だねぇ」
「そうだね」
ガランとアッシュがつぶやいたところに、ひょっこりと現れた人物がいた。
「おやおや、うちの旦那までいたのかい。少しお邪魔してもいいかい?」
「「おばちゃん!」」
「ハンナ……」
少しバツの悪そうなアダモス。ハンナと呼ばれた女性は気にした風もなく話を続ける。
「怪我した女房放っといて、こんなご馳走を頂いてるなんて暢気だねぇ。――クマ、それもオオヒグマが出たかもしれないのにさ」
「「えぇ〜!?」」
もう日が暮れたカカラの山に、ガランとアッシュの声がこだましたのであった。




