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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第四章 鉱山のドワーフ —カカラ鉱山編—
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第50話 カカラ鉱山(前編)

 ガランたち一行は無事坑道を抜け、遠回りをしながらもサクソン街道を進み、カカラ分岐道に入っていた。

 分岐道は森に挟まれた緩やかな登り坂で、採掘した鉱石を運ぶ馬車が頻繁に通るのだろうか、くっきりとした轍ができている。その二本の線を辿れば道に迷うこともないだろう。

 その分岐道脇に切り開かれた少し広めの広場を発見した一行は、そこを野営地としていた。朝食後、ガランはアインと共に前夜設置していた()()()罠を回収しているところである。


「ウサギか。――少し小さいかもしれない」


 アインがいち早く掛かった獲物を見る。クロノウサギだ。後ろ脚に革紐の輪が掛かり、半ば宙吊りとなっていた。


「空振りよりはマシだけど……狙い通りにはいかないね……っと」


 ガランは暴れるウサギを抑え込みながら掛かった革紐でそのまま両脚を縛り、生きたままアインの持つ麻袋へと入れた。


「ガラン……! 良いのがいたよ……!」


 ガランを呼ぶアッシュの小さい、だが弾んだような声が少し離れた後方から聞こえてきた。ガランはその小さくも楽しそうな声を聞き、アインと顔を見合わせた。


「なんだろね?」


「さて。だがあの声色、余程良いものなのだろう。行ってみよう」


 二人は草を払いながら声のした方に歩みを進める。すぐにアッシュが茂みから顔を覗かせているのが見えた。満面の笑みで一度口元に指を立て、それから手招きをした。静かに来いということだろう。


「何がいたの?」


 アッシュはしゃがみ込んで奥を指差した。


「ふふっ。アレ見てよ、アレ」


 ガランとアインもアッシュに倣って腰を落とし、その指先を視線で追う。差しているのは十五メートルほど先の藪だ。よく見れば、そこに隠れるように蹲っている鳥が一羽いた。ハイイロキジだ。


「キジかな? アッシュ、あそこにも仕掛けたの?」


「あそこには仕掛けてないんだよねぇ」


「じゃあ早く射た方が良くない? 逃げちゃうかも」


「ガランも()()()()だねぇ〜」


 アッシュはそう言うと片目を瞑り、チッチッチと舌打ちしながら立てた人差し指を左右に振る。ガランとアインは眉根を寄せ、それぞれアッシュとキジ、両方に視線を往復させた。にやりと笑うアッシュ。


「あれは雌。この時期にさ、ああやって雌が蹲っているのは……卵を産む時なんだよ」


「「卵……!」」


「しーっ」


 ガランとアインの言葉が重なり、アッシュが立てた指を口元に当てる。

 一般的に野鳥の排卵は繁殖期か産卵期のみで、年に数回しかない。通年で排卵するのは家禽として飼育され、家畜化した鳥類だけだ。家畜として交配を繰り返すとカモはアヒルに、キジはニワトリとなって人々に恵みをもたらしてくれる。

 しかし持ち運びに不向きな生の卵は旅の道中では希少である。卵は運搬も保管も難しく、地産地消が原則なのだ。二人が声を上げたのも無理はない。ガランは手で自身の口を覆い、ついでに唾も飲み込んだ。


 キジの動きを興味深そうに観察するアイン。ガランとアッシュは周囲の警戒も怠らない。キジはしばらく蹲っていたが不意に首を前に伸ばし、翼を緩める動きを何度か見せた。ほどなくして足元を整えるかのように三度足踏み。足元に少し黄色がかった丸いものがちらりと見えた。卵だ。目敏いアッシュはそれを見逃さない。すぐに短く指笛を吹く。


「キュワッ! キュワワワウ!」


 藪の後ろから威嚇する鳴き声が上がった。クーだ。アッシュがあらかじめ近くの木の枝に待機させていたのだ。


「クケーン!」


 猛禽の威嚇に驚いたキジはひと鳴き、すぐに藪から飛び立つ。アッシュの狙い通り、産んだ卵を残して。


「やった! 卵『ゲット』だよ!」


 立ち上がり、顔の横に右手を上げるアッシュ。


「やったね! でもあの雌、逃げちゃったけど……良かったの?」


 ガランも同じく立ち上がり、右腕を伸ばしてアッシュの右手を軽く打つ。


「いいのいいの。卵を産みたての雌は身が痩せて、味も落ちるみたいだからね」


 そう言って笑顔で頷くアッシュ。ガランも納得したのか頷きを返す。アインはその二人の動作も、言葉(ゲット)の意味もわからなかったが二人に釣られて笑顔を見せ、小さく頷いた。実はアッシュも自身が発した言葉に気付いておらず、ガランも卵に浮かれたのか気にも止めない。


「七個もあるよ!」


 アッシュがそう言って摘み上げた卵の大きさは一般的な鶏卵の半分ほど。


「オレ、腹減ってきた気がする」


 ガランはそう言うとリュックを下ろして鍋を取り出し、アッシュと共に手ぬぐいと枯れ草を緩衝材に、卵を鍋の中に仕舞い込む。そこにタイガの声が掛かった。


「なんだ、皆一緒に居たのか。こっちはヤマドリが一羽、掛かってたぞ」


 少し離れた場所で罠を回収していたタイガも麻袋を手にしていた。


「こっちはウサギと――」


「卵だよ!」


 ガランとアッシュの成果を聞き、タイガも少し眉を上げる。


「ほぅ、卵か。夜が楽しみだ」


「ドワーフ流だからね!」


 ガランはそう言って己の胸をどんと叩いた。 

 前夜。鉱夫頭のオラバウルを訪ねるにあたり、折角会うのだから夕食に誘ってはどうかとアッシュが提案がしたのだ。しかしタイガから、鉱山近くには人足飯場と酒を出す屋台くらいしかないと聞かされた。それならばドワーフ流にしようと考えたガラン。それを告げるとドワーフ流の食事に興味を惹かれた皆も乗り気になっていた。


「じゃ、行こうか」


 それぞれが荷を背負い直すのを確認したガランが声を掛け、歩き出した。クーはいつものようにアッシュのリュックの上で休んでいる。

 轍を辿りながら分岐道を進む四人。

 しばらく歩いているとアッシュは後方に何かの気配を感じた。カラカラと音も聞こえ、後方の様子を視認しようと立ち止まる。


「何か――なんだ、荷車か」


 見れば、ロバの引く小さな荷車に、これまた小さな人物が乗っていた。頭に布を巻いていて髪は見えにくい。ロバには獣避けの鐘鈴(ベル)が付けてあり、それがカラカラと鳴っていたようだ。


「お兄さん方ごめんよ、ちょいと先に行かせとくれな」


 離れた位置からそう声を掛けてきた声色で、その人物は年配の女性なのだとわかった。よくよく見れば頭の布はどうやら三角巾で、服も食堂でよく見かける給仕のようなエプロン姿だ。ガランらは道を開けるように左右に分かれて立ち止まる。


「もちろん、先に行ってよ! 獣に気を付けてね!」


「お嬢ちゃん、ありがとねぇ」


 女性は人の良さそうな、少し皺の多いにこやかな微笑みを見せながら一行に追い付き、追い抜いていく。追い抜きざま、手綱を親指に引っ掛けて右手を上げ、挨拶を見せる。タイガとアインも右手を上げて挨拶に応え、ガランとアッシュも手を振りながら興味を惹かれたのか、その荷台を覗き見ていた。乗っているのは大樽二つと幾つかの麻袋、そして木箱にジョッキ。恐らく酒を届けるのだろう。


「鉱山の屋台かい?」


「あぁ、安酒だけどね。お兄さん方も気を付けてなぁ」


 タイガと交わした言葉を最後に、女性を乗せた荷車はゆっくりとその背を見せながら先へと進んでゆく。しばらくはその背を眺めることができたが、いつしか木々の緑に溶けてしまったかのように見えなくなってしまった。


 日が中点を過ぎてしばらく経った頃、道の先に何かの建造物が見えてきた。そのまま進むと、それは道を塞ぐように設置された馬防柵のようなものだとわかった。轍は柵を無視するように先まで続いている。荷馬車を通すときだけ柵を動かすのだろう。


「あの先だな」


 タイガが指差す柵の奥に目を向ければ、左側に門を構えた建物があった。カカラ鉱山局舎である。

 国内全ての鉱山は王家直轄。比較的安価な鉄とはいえ王家の財産だ。ここカカラも例外ではなく、監査総局から派遣された監査官が常駐しており、採掘監査が行われている。


「あの人が門番さんかな?」


 アッシュが柵の傍に人が立っているのに気付いた。薄茶色の髪を短く刈り込んだ青年のようだ。


「あぁ、彼は使用人じゃないか? お仕着せだろうが小綺麗なシャツだ。それに、ここの(トップ)はお貴族様だろうしな」


「へ〜。使用人さんか。若い人ばかりじゃないんだね。タイガさんと一緒くらいじゃない?」


「おい、俺もまだ若いぞ? アッシュが言ってるのは使いの小僧のことだろ? 小僧と使用人は違うぞ?」


 タイガとアッシュがそんな話をしていると、どうやら青年も気付いたようで声を掛けてきた。


「やぁ。こちらに何か用かな?」


「こんにちは。オレ、ガランって言います。鉱夫頭のオラバウルさんに会いに来たんだけど、入っても大丈夫かな?」


 柵に近付きながら男性に答えるガラン。柵はやはり固定されていないようで、人が通れるほどのスペースが空いていた。


「オラバウルさんのお客さんか。じゃあちょっとこっちで()()()を頼むよ。()()()()()()()()困るしね」


 男性の言葉に頷くガラン。『顔見せ』とは、恐らく誰が通ったかを覚えるため、『居なくなると困る』というのも事故や事件に備えるためだと思えた。

 男性は柵を少し引いて隙間を広げ、通れとばかりに顎を振って先へと促す。


「ありがと!」


 礼を言ってそこをガランが通り、アッシュらも続いて柵内に入った。


「締めとくかい?」


 最後に通ったタイガが男性に声を掛けたが、男性は首を横に振った。


「いや大丈夫だよ。もうすぐ荷が降りてくるんだ」


「もしかして、女の人? ロバの?」


 アッシュの問いに、男性は笑みを浮かべて頷く。


「ははっ、女の人、か。確かに女性には違いないね。私たちは親しみを込めて『おばちゃん』って呼ぶんだけどね。おばちゃんも降りてくるけど、もう少し後かな」


 男性は局舎の扉を右手で開くとそのまま扉を押さえ、左手をゆっくりと下から振って皆を中へと促す。大きさはソウジュにあった族長の屋敷と同程度。壁の厚みはわからないが総レンガ造りで、見るからに頑強そうだ。エントランスの先は狭いホールのようなスペースがあり、中央から奥に向けて六人掛けのテーブルと椅子があり、二人の男性が座って話をしていた。


「ん? ヨゼフ、来客……かな?」


 奥にいた男性が一行に気付いて声を掛けてきた。壮年と呼ぶにはまだ早いその男性、リョウガやクリスと同年代に見えるが身なりが整っているせいか、彼らよりも落ち着きを感じさせる。

 その男性の声で手前側の男性も振り向いた。こちらは案内してきた青年と同じくらいであろうか。服装も同じだ。


「ラストール支局長、この四人がオラバウルに所用とのこと。顔見せとして連れてまいりました。――名前を」

 

 案内してくれた男性、ヨゼフに促され、ガランから順に名を名乗る。


「えぇっと……ガラン、です」


「ボクはアッシュ」


「俺……あ、いや、私がタイガで……っと、その……こっちがアインってンですが……アインは声が(しゃが)れてンですけど――聞かせても?」


 タイガは最奥に座っている男性がラストール支局長で、恐らく貴族だろうと予測し、伺いを立てた。


「あぁ、そうかしこまらず、気にせず喋ってくれて構わないよ。ここじゃ家名に意味はないんだから。監査官のラストールだ。支局長を務めている。えぇとアイン君だったか?」


 タイガの予測通り、最奥の男性がラストールであった。

 アインは一度だけタイガと視線を交わし、改めてラストールに向かい名乗った。


「――では。アインと申します」


 アインが少し目を伏せて目礼すると、ラストールは二度頷いて少し微笑んだ。


「なかなかいい声じゃないか。なぁケインズ?」


 ラストールの言葉に誰も偽りを感じなかった。ガランは少し気が楽になったであろうタイガに視線を送り、アッシュもアインを横目で見て、微かに頷きを送る。


「確かに渋い感じ、ですね。あ、私は管理官のケインズ。私とヨゼフは平民ですからご安心を」


 ケインズのその発言も気安いものだった。ガランらに、恐らく鉱夫たちとの距離も近いのだろうと感じさせるには、十分な顔見せであった。

鉱山のざっくり現代置換


監査官(国家公務員)→管理官・管理員(地方公務員)→飯場頭(元請、現場監督)→鉱夫頭(下請、現場代理人)→鉱夫(一般作業員)

公共事業的な感じです。


監査官は法服貴族で国が、管理官は領主が選任した者。

聖銀や金・銀鉱山であれば管理官も法服貴族か領主代理に、管理員が領主選任者となります。

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