第49話 大人の対応
「お宝だよ、アッシュ!」
ガランが拾い上げた木の根。それは聖銀の根状結晶だった。
「え!? どこどこ?」
お宝という言葉に瞬時に反応したアッシュがガランに駆け寄る。
「ほらこれ」
ガランは小指ほどの太さの根状結晶をアッシュへと手渡した。アッシュは曲がりくねった根のように見える結晶を摘み、手首を返しながら観察してすぐに断面の輝きに気付いた。
「うわっ! 根っこなのに光ってるよ! お宝ってことは――木の根じゃなくて……タイガさんが言ってた銀かな?」
名を呼ばれたタイガとアインも近付き、アッシュが摘んでいる結晶を覗き見る。
「ちょっと違う。これ――聖銀だね」
「お〜!」
ガランの言葉に瞳を輝かせて喜ぶアッシュ。
「はぁ?」
「まさか」
タイガは片眉を上げ、アインは苦笑いを浮かべる。ガランが冗談を言っていると思ったのだ。
通常、産出される鉱物は鉱石中に含まれ、破砕、熔融、製錬などの工程を経て取り出されるのが一般的。しかしそれが全てではない。鉱物の中には様々な要因が重なり、結晶化した状態で発見されるものがある。水晶や紅玉、金剛石などの宝石に類するものもそのひとつだ。銀も例外ではなく、結晶化した銀は自然銀と呼ばれ、植物の根に似た形状で現れることがある。ガランを含め、四人はそのような自然銀の存在を知らなかったのだ。
タイガも足元の根状結晶をひとつ拾い上げ、手のひらの上で転がしてみた。確かに根よりも重く感じ、欠けた断面は灯りを反射する。それをアインも横から観察していた。
「根っこが銀になるなんて……そんなバカな」
タイガのつぶやきを拾い、ガランは自信満々で答える。
「銀じゃなくて間違いなく聖銀。地は知ってる鉱物だったら振動でわかるんだ」
「こ、これが……落ちている根が全て聖銀――ッ!」
アインが弾かれたように上を見てランプを掲げる。その動きに釣られるようにガランとアッシュも上を見て松明を掲げた。崩れた天井付近の壁が照らし出され、崩落跡が顕になる。
「「あ!」」
ガランとアッシュの驚きの声。アインは言葉を発することもできず、ただ目を見開いている。遅れてタイガも見上げ、呆然とした。
「嘘、だろ……」
四人の視線の先には細い髭根のように見える無数の根状結晶と、僅かに縞模様を描く地盤があった。鉱床である。
「凄い! 凄いよガラン! あれも聖銀っぽいよね!?」
「かもね! オレ、ちょっと叩い――」
「ちょ、ちょっと待って欲しい!」
アッシュの問い掛けに地で壁を叩こうとしたガランの肩をアインが掴んで制止する。
「危ない、かな?」
アインの制止を危険だからだと判断したガランがアインを見上げて動きを止めた。
アインは少し逡巡し、ガランとアッシュに視線を合わせる。
「――この国には鉱山は全て王家直轄との決まりがある筈なのだ。偶然発見したとはいえ、アレも聖銀だとしたら……持ち出しては罰を受けるかもしれない。埋蔵量を知ってしまうと……少しくらいならと邪な考えが浮かびそうで、私はそれが怖い」
「だな。銀なら多少の目こぼしがあるかもだが、聖銀だとなぁ……」
アインとタイガの言葉を聞き、考えるガラン。
通ってきた坑道の造りを思い返せば、事故防止が施されているのは明白。恐らく鉱毒対策もされているのだろうし、板壁にわざわざ書かれた数字を見るに、採掘に決まり事があるのも想像に難くない。梁や柱を揃え、運び、管理したのも王家直轄故と考えればそれも納得である。聖銀を発見したのが自分達だとはいえ、許可もなく坑道に立ち入った自分達に聖銀を持ち出す正当性はあるだろうかと考え、内心で首を振った。
「胸を張って持っていけない……よね、アッシュ」
「まぁねぇ」
隣に立つアッシュも小さく頷く。恐らく同じ考えに至ったのだろう。しかしその表情。アッシュは半眼で口をへの字にしていた。
「ふふっ。アッシュ、また面白い顔になってる。オレは皆と珍しいものが見れただけでも良かったかな。それに――王様に報告すれば褒美が貰えるかもしれないよね」
「ボクは知らない人から貰う褒美より、探検の記念が欲しいんだけどなぁ」
表情を変えずに告げるアッシュ。
「じゃあ――このヘビの鱗はどう? 牙で鏃も作ろうよ」
そう提案するガランにアッシュはジトっとした眼差しを向けるとひとつ息を吐いて頷いた。
「……そうする」
「聖銀は――カカラに鉱山管理の役人がいるだろうし、標本でひとつ渡せばいいだろ」
タイガは報告用としてひと欠片の根状結晶を手ぬぐいで包み、荷に収めた。
ガランとアッシュはナイフで剥ぎ取り、一部の皮と鱗、牙を戦利品とした。
そこで大騒ぎをしたのがクーである。
「キュー! キュキュ! キュー!」
剥ぎ取り時に肉を啄み、味が気に入ったのか大蛇の頭に爪を立て、持っていこうと必死に羽ばたく。当然持ち上がりはしない。
「クー……さすがに無理だと思うよ?」
「キュ〜ゥ……キュ〜キュキュ〜」
アッシュの呆れた声を聞き、アッシュでは当てにならないと悟ったか、クーはガランの肩に留まり、その頬に体を擦り寄せて鳴く。普段はあまり見せないその様子に、ガランもアッシュも苦笑いである。
「はいはい、じゃあ少しだけね」
ガランは根負けしたように肉を切り出した。
「よし! じゃあ行こうか」
ガランら四人は洞窟内を歩き出す。
内部は徐々に広く、障害物も少なくなってきた。ガランは、入り口に近いほど出入りが増え、邪魔になるものは除去されたのだろうかと考えを巡らせていた。そんなガランに思い出したかのようにアインが声を掛けた。
「そういえば、何故あのヘビは私を狙ったのだろうか? 一番遠かったはずなんだが……」
ガランは一度アインを見ると、先を行くタイガに目を向けた。タイガはその視線に気付いた訳では無いが、アインの問いに興味を惹かれたのか、ちらりと後ろを振り向き、ガランが己を見ていることに気が付いた。
「どうした? 原因は俺だったりするのか?」
「違う違う!」
戸惑うタイガにガランは首を振って否定し、眉尻を下げてアッシュを見る。アッシュも同じく困り顔だ。
タイガとアインはその表情の理由がわからず困惑を深める。
「オレ、アインさんを困らせるつもりはないんだけど――」
ガランはそう言ってアインと視線を合わせる。アインが頷くのを見て口を開きかけたが、アッシュがそれを制止した。
「ガラン、ボクが話すよ。ちょっと先行ってて」
頷いて先へ行くガランとタイガ。アッシュとアインは立ち止まってその背を見送り、少しだけ距離を取るとアッシュが話し始めた。
「ヘビって、獲物を匂いで捉えるんだ。……あのヘビが反応したのは……アインさんから女の、あの匂いがしたのかなって……」
「あ……」
申し訳無さそうに告げるアッシュ。アインは口を開けたまま固まってしまった。
「クーも鼻が効くんだ。――最初に会った時に言っとけばよかったね」
「最初……まさか、あの宿で会った時には気付いていた、と?」
「まぁ、ね。最初に気付いたのはガランだよ。喉を見た時に――あ、ガランは傷跡とか声を気にしたんじゃないよ? 鍛冶場仕事してたら火傷は当たり前だし、長く鍛冶すると喉も焼けるって言ってた。ボクも職人さん達が事故で指を落としちゃったりするの知ってる。――でも見上げたときに……喉仏に気付いたんだと思う。ボクもガランの視線で気付いたんだ」
「……」
アインは己の喉元に触れ、なるほどと声にならない声でつぶやいた。
「ボクが気付いたのは名前の方。兄弟で名付け方が違うのは珍しくないけど――『アイン』には『1』って意味があるよね? 長子以外に付けるなら最初の女の子か――それこそ訳があるんだろうなって」
アッシュはそこまで話すと先へと促すように顎を振り、歩き始めた。
「二人共……やはり大人だったということ、か」
「大人かぁ。でも大人って――なんなんだろうねぇ〜」
その後四人は順当に三、二、一の板壁を発見し、前方に赤い光が差しているのを見つけることができた。坑道の入口である。
「外はもう夕暮れか」
「やはりほっとするな」
タイガとアインは少しの疲労を滲ませながら、安堵の表情を浮かべた。
「オレ、腹減ったー」
「結構面白かったね〜」
最後の板壁へと近付くにつれ、ガランとアッシュは僅かな振動を感じていた。ガランは大地の揺れを、アッシュは空気の震えを。
「これって……」
ガランはアッシュに視線を送る。
「ボクの想像だと………」
アッシュもガランと視線を合わせ、にんまりと微笑む。
「ん? なんだ?」
「何か音が……」
タイガとアインも気が付いた。もう赤い光が差す隙間は目前。やはり板で塞がれている壁だが、そこには何も描かれてなかった。
「じゃあ抜いちゃうよ!」
ガランは勿体つけるように最下部から板を抜くと、這いつくばるように外の安全確認を行う。
「やっぱりだ……。うん、外も大丈夫そう」
足元の地面に赤い夕日が差し込み、徐々に明るくなる坑内。板が抜かれるにつれ、草木の緑が視界に入る。そして聞こえる水の音。
「水場があるのか。助かるな」
タイガが漏らした声に微笑みで答えるガラン。
「お楽しみだね〜」
「だねー。――さて、じゃあタイガさん、確認をお願い」
五枚の板を抜き終え、タイガに先を促すガラン。
タイガが板壁を潜り、感嘆の声を上げた。
「これは……」
タイガの目に入ったのは、岩肌から流れ落ちる水であった。小さな滝となり、落ちる水が優しく岩場を叩いている。そしてその水は岩場を通りながら一本の流れとなり、川の源流となっている。その声に誘われるようにアインも続き、ガランとアッシュも外に出る。
「なんて美しい……」
アインも周囲を見渡し、綺麗な水場と美しい景色に驚く。
アッシュはその水場に手を浸し、透き通る水に満足気に頷いた。
「いいね〜、ここでキャンプ! 探検の締めくくりにはぴったりだよ!」
「うんうん。水浴びできそう!」
ガランはそう言いながらブーツの革紐を解いていた。
「キュキュー! キュッキュー!」
クーも楽しげな鳴き声をあげ、夕焼けに染まる空を飛び回るのであった。




