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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第四章 鉱山のドワーフ —カカラ鉱山編—
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第48話 蠢くもの

 ガラン達一行は、クーの行動によって水源を発見するという幸運に見舞われた。


「クー、お手柄だよ〜」


「キュキュ〜」


 アッシュが頭を搔くように撫でるとクーは満足そうに鳴いた。

 水場にはガランとアッシュ、アインしかいない。タイガは他の坑道を探して先行しており、この場には居なかった。分岐があれば戻って来る手筈だ。


「採掘場の水は飲むなって爺ちゃん言ってたけど……ここの周りに削った跡はないね」


 ガランは鉱毒の危険性を祖父から聞かされていたのか、松明を掲げながら周囲を観察し、(グラン)で壁面を叩いていた。水脈と思われる振動はもっと壁の深部にある。漏れ出ているならば脆い砂岩層があるのではないかと心配したのだが、杞憂に終わった。脆弱な地層ではなく、微細な隙間が振動が発生している層まで繋がっていたのだ。ガランはそれを確認して胸を撫で下ろした。


「『()()』――だっけ?」


 アッシュが『記憶』に引っ掛かった単語を口にすると、ガランは少し首を傾げて里での学びを思い返した。


「ジローデン先生、()()の話もしてたっけ? あ、オレより先に何かで聞いててもおかしくないか……」


 微妙に噛み合っていないが、言っている内容自体に大差はなかった。採掘で発生する鉱害も公害の一種になり得る。

 ガランは岩壁を伝う水の匂いを嗅ぎ、指先を浸した。岩の中を通ったからか少し冷たく、心地良い。そのまま指を舐めてみたが変な刺激はなく、おかしな味もしない。


「うん、匂いはない。――変な味もしないね。クーが見つけた水場だし、大丈夫かな」


 後ろで見ていたアインも水源の発見に安堵の表情を浮かべていた。


「水の心配が解消されたのはありがたい。万が一の時は戻ってこれる」


「うん。でも……今持ってる水が無くなる前に入口を見つけたいね。クーが食べてたトカゲっぽいのが這った水場かもしれないし」


「キュ?」


 ガランが発したトカゲという言葉に反応して、クーがキョロキョロと首を動かす。


「そだねぇ〜、確かに時々風の波紋(リプルス)に小さい反応あるし――ま、いいや。お宝探し、再開しよ!」


 アッシュは少しだけ顔を顰めたが、すぐに元気良く松明を掲げる。苦笑いを浮かべたアインを先頭に歩き出した三人。そう時間はかからず、前方にユラユラと淡いランプの灯りが見えた。その灯りが左右に揺れていることから、タイガも壁を照らしながら歩いているのだと容易に想像できる。


「あんな風に火が――」


 アインは無意識に声に出していたのか、己の声が耳に届き、そこで言葉を切る。


「え?」


 周囲を観察しながら歩いていたアッシュが思わず聞き返した。


「あ、あぁ。――いや、子供の頃はあんな風に灯りが動く時にできる影を不気味に感じたものだと思い出していた。今は何故か……タイガの無事が確認できる気がして不気味だとは思わない。おかしなものだと感じてしまった」


「ボクも見え方が変わって面白いって感じたことある! ね、ガラン」


 アッシュは里にあった惑わす道の仕掛けを思い出し、ガランに視線を送った。ガランも思い出したように頷く。


「あったね、不思議な見え方。オレは――腹減ってる時は何でも美味しそうに見える」


 ある意味、期待通りのガランらしい発言。しかし誰しも空腹時にはどんなものでも美味しそうに感じるものだ。それを聞いた二人にも当然ながら心当たりがあり、笑いを含んだ声で同意した。


「フッ、それは確かに」


「うんうん。それはボクも――ん?」


 アッシュは断続的に発動していた風の波紋(リプルス)に極僅かな反応を感じて立ち止まった。反応位置は後方。振り返り、改めて風の波紋(リプルス)を放つも動くものは感じられない。

 ガランとアインも立ち止まり、アインがアッシュに問い掛けた。


「気になることでも?」


「ん〜……まただよ。小さく何か動いた気がしたんだけど……トカゲがチョロチョロしてるから、それかなぁ?」


 首を傾げるアッシュの姿を見て、ガランも念の為と思ったのかその場にしゃがみ込み、(グラン)を発動させて振動を探る。


「振動は……何も感じないね。小さいならやっぱりトカゲかも」


「そっか。小さいのは気にしすぎないようにしよっかな」


 アッシュの提案にガランとアインも頷いて歩き出す。そう時間も掛けずタイガの姿がはっきりと見えた。タイガも三人の接近に気付いており、立ち止まって到着を待っていたのだ。

 合流するとタイガはランプを掲げ、右の壁に近付いて振り返る。


「ほら、これ」


 三人もそちらに視線を向けると、タイガの背後には板壁があった。ガランも板壁に近付いて松明を掲げる。そこには四の数字が書かれていた。ガランは壁を見上げ、方角はこちらで正しいのだろうと確信したかのように頷く。その背に声を掛けるタイガ。


「やはり四。入口から順なら、案外近いのかもな」


「そうだね。このまま――」


 ズッ……


 微かに何か擦ったような音と振動を感じたガランが後方を振り向く。アッシュも同様に今通ってきた通路を振り返って見ていた。二人はうねりのように波打つ()()の反応を(グラン)風の波紋(リプルス)でほぼ同時に捉えていたのだ。しかしそれは二人が経験したことのない反応。当然ながら正体までは掴めていない。


「ピッピキュ!」


 アッシュの肩でクーが警戒の鳴き声をあげる。

 ガランとアッシュは示し合わせたように松明を向けようと動くが、それよりも早く大きな影が二人の間に割り込んだ。


「ひっ!」


 アインは暗闇から飛び出した何かがいきなり目前に迫り、息を呑んで硬直してしまう。

 ガランは横切ろうとした何かに向かって、掲げ持った松明をそのまま振り下ろした。鈍い打撃音と共に火の粉が舞う。間髪入れずアッシュも刺すように松明を突き出した。明るさが増し、襲って来たモノの正体が明らかになる。


 それは大蛇であった。


 しかしその大きさ、その長さ。うねりながら持ち上がったその胴は太く、人間などひと呑みにできそうだ。そしてその鈍色の胴は後方の闇から生え、末端はわからない。鎌首をもたげ、口を開いたその頭もまるで大樽。ぬらぬらした仄かに赤い粘膜を見せ、威嚇するような呼吸音を吐き出す。


「アイン!」


 タイガの叫びが坑道内をこだまする。


「アインさんの匂いに反応してる! 下がって!」


 タイガに続くガランの声でようやくアインは己を取り戻し、距離を取ろうと後退る。

 アッシュはその声を聞きながらも大蛇の瞳を睨む。松明の光を受け、縦に閉じた瞳孔は黒かった。


「こいつ、魔物じゃないよ」


 ガランはアッシュの声を聞きながら、手にしていた薪をタイガに押し付けると松明を左の壁に放り投げ、素早く背から槍を抜いた。


「アッシュ、皆を連れて先に進んで。オレが止めるから――」


「俺も――」


 加勢を伝えるタイガの言葉に重なるように大蛇が襲いかかる。ガランはタイガの頭を掴んで地に伏せるようにしゃがみ込んだ。

 二人の頭上を掠める大蛇の顎。破裂音に似たぱくんという音が聞こえた時には既に頭は引き戻っていた。

 ガランがしゃがんだ体勢が悪かったのか、タイガが持つランプの火がガランの右腕を炙るように撫でていた。しかしガランは意に介さず、そのままタイガを後ろへと押しやった。


「早く行って!」


「だが護衛として……」


 尚も食い下がろうとするタイガをアッシュが呼ぶ。


「タイガさん、いいから! ガラン! 投げてから放つ!」


「わかった!」


 ガランは振り向かずに答えると、ゆらゆらと鎌首を揺らす大蛇に左前でにじり寄る。距離を見定め、右手一本で槍を突き出した。


「フッ!」


 しかし大蛇はくねりながら身を引いて穂先を躱す。


「踏み込みが甘い――なら次は……ハッ!」


 気合と共に素早い右片手突き。左足を軸に、右前になる勢いで突き出したがこれもやはり躱された。それどころか引き手に合わせて頭が突っ込んでくる。


「っと!」


 槍を引いた勢いそのまま、左前で半身になるガラン。仰け反るように頭を躱し、左手で打撃を試みる。


「このっ!」


 パシンと左手に伝わる鱗の感触。硬い。

 しかし腰の入っていない拳はただその首を押したようなもの。大蛇はくねりながら頭を振ってまたも引き戻る。


「くねくねして掴み所がない……けど!」


 ガランは大きく息を吸うと槍を扱き、(フレイ)を発動。


「ハアァァ!」


 烈波の気合いと共に連撃を繰り出した。

 大蛇は体を揺らしながら大きく口を開いて威嚇するが、連撃の勢いに押されて首を下ろせない。

 そこにガランの頭上を越えて松明が投げ込まれた。

 その直後にアッシュが放った矢が飛来。大蛇が吸い込んだかのように、その喉の奥を貫いた。痛みに藻掻く大蛇。


 その動きを止めたのは大地の縛り(スタン)

 踏み抜いた振動が洞窟内に伝わり、天井からパラパラと小さな岩の欠片が降り注ぐ。縫い付けられたように動きが止まる大蛇。ぶんと振られたガランの槍が、その喉元を切り裂いた。

 大蛇は糸が切れたようにぐにゃりとうねりながら、その頭を地に落とした。


「ふぅ……魔物じゃなくて良かった」


 ガランはひとつ息を吐いて大蛇に近付くと、槍でその頭を貫き、念の為に穂先を捻った。


「キュキュ〜」


 大蛇が息絶えたのがわかったのか、クーの鳴き声があがる。ガランが振り返れば、少し離れた位置に三人の姿が見えた。


「お疲れ様〜。槍さばき、凄かったね! また早くなったんじゃない?」


「ははっ、凄い揺れだった」


 アッシュからの労いとタイガの感嘆を受けたガラン。少し照れながら頭を掻き、槍を引き抜くとぶんと振って血糊を飛ばし、ベルトの背に差した。


「毎朝の修練の成果かな? ――あ、大地の縛り(スタン)で崩れるかもしれないから、オレ、念のため()()()確認するよ。まだ離れてて。このヘビの切り出しは後にしよう」


 ガランは松明を拾うと三人に避難を呼びかけた。


「それを、た、食べる、のか……。食べられるだろうか……」


 アインが青い顔でつぶやき、首をゆっくりと左右に振る。


「ボクも少し苦手かも。――食料は足りてるしね」


 アッシュの同意にアインは力強く頷く。タイガは苦い顔だ。


「ま、無理しなくても――」


 そんな話をしていると、左側の天井付近の壁が少し崩れた。咄嗟に天井を見上げる四人。落ちてきた物の中には木の根のような物も混ざっていた。


「やっぱり危険かも。ヘビは諦めて移動――ん?」


 ガランが崩れ落ちた物に松明をかざした時、木の根と思っていた物の断面が光を反射した。


「なんだろ……?」


 気になってそれを拾い上げると、木の根とは思えない重さを感じた。首を傾げるガラン。ついでとばかりに(グラン)で叩いてみた。そして驚愕する。


「これ……お宝だよ、アッシュ!」


 ガランが拾い上げた木の根。

 それは聖銀の根状結晶であった。

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