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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第四章 鉱山のドワーフ —カカラ鉱山編—
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第45話 亀裂

「訳あり……か」


 アインは野営用の薪を拾いながら、ガランの言葉を反芻していた。四日前、魔物との戦闘後にガランから言われた言葉が頭から離れないでいた。


『――アインさん、訳ありでしょ?』


『そ、それは……』


 アインはガランの問いに目を見開き、口籠ってしまった。


 その後、ガランもアッシュもその話題には一切触れることはなく、普通の会話がなされた。

 明らかに動揺したアインの姿を見たのに、何も無かったかのような振る舞い。珍しそうなものがあればそれを問われ、知ってることは答える。野営の道具や狩りの仕方も問えば教えてくれるし、実際にやらせてもくれる。護衛として見張りをすれば礼を言われ、休息の気遣いもされる。無視されることもなく談笑しながら同じ食事を摂り、同じ場所で眠る。アインに不満など無かった。


 ()を聞かれない、ただそれだけ。そのことだけがアインの心を苛んでいた。


「……なぜ私はあの時」


 アインが思わずつぶやいたその時、何か聞こえた気がした。

 音の方角に顔を向けると視界にガランの姿を捉える。真剣な顔でアインに駆け寄ろうとしていた。

 何か聞き逃したかと一歩踏み出したその時、アインの足元がズルリと滑った。


「あ」


 積もった落葉に隠された地面は脆く、アインは何かを踏み抜きバランスを崩した。手にしていた薪も取り落としてしまう。


「クッ」


 倒れそうになる寸前、ガランがアインのリュックを掴んで身体を支えた。


「おっとっと……大丈夫? そこ、落ち葉が溜まってたから注意してって声掛けたんだけど――驚かせちゃった。ごめんね」


「いや、こちらこそすまない。少しぼんやりしていたようだ」


 ガランはアインが足場を確保したのを見届け、落ちた薪を拾い始める。アインも慌ててそれに続く。

 そこに声を聞きつけたアッシュも現れ、二人に駆け寄りながら声を掛ける。


「二人共、大丈夫?」


「オレがアインさんを驚かせ――」


 ガランがアッシュに答えた時、足元の地面から微小な振動が伝わってきた。枯れた小枝を踏み砕いたようなパキリとした振動。ガランが何事かと(グラン)を発動したその時、大地が揺れた。


「え?」


「な、何が」


 アッシュとアインがほぼ同時に驚きを口にする。


「崩れる! 離れ――」


 ガランの離脱の指示は間に合わず、破砕音と共に足元の地面は柔らかさを増した。鳴り止まぬ地鳴りのような音。三人はそれぞれに倒れ込みながら声を発するがその音にかき消され、誰の耳にも届かない。


「「――ッ!」」


 ガランは崩れる地面を一度睨み、二人の姿を確かめようと視線を巡らす。先程まで足元にあった落ち葉が舞っている。いや、舞っているのではない。共に落下し、舞い上がるように見えているだけだとわかった時に足元が地を捉える。続く衝撃は強くは無かった。崩れ落ちたのは朽木や泥が堆積して出来た、まだ()()礫岩層。同時に落ちた落葉や柔らかな腐葉土、固まりかけた砂利を含んだ土がクッションとなったようだ。

 三人はその頼りない地面に倒れ込んだ。いち早く顔を上げたのはほんの僅かだが(グラン)で崩落を察知していたガランだ。


「アッシュ! アインさん!」


 二人の姿を見つけるとすぐに声を掛け、膝立ちとなった。アッシュも枯れ葉まみれの身体を起こして自身の身体をまさぐり、痛みがないとわかると皆の安否を問う。


「びっくりした〜。――ボクは大丈夫、かな。二人は?」


「わ、私も大丈夫」


 アッシュに遅れてアインも顔を上げ、恐る恐る立ち上がる。ガランは元気そうな二人を見て安堵の表情を浮かべる。


「皆怪我がなくて良かった。――あ、持ち物確認!」


 ガランの提案でポーチやベルト類、装備品の紛失がないかそれぞれが確認する。


「矢筒、矢筒……と、あった! ボクのは揃ってるかな。弦の傷がわかんないから確かめなきゃだけど……」


「私も特に」


「オレも大丈夫かな。でも――結構広く崩れたね」


 ガランがそう言いながら辺りを見渡すと、二人も釣られるように周囲を観察する。見上げれば高さは六から七メートル、東南やや南寄りを頂点とした、鋭角な二等辺三角形の亀裂のように空が見える。亀裂の長さは十メートル、最大幅は五メートル程だろうか。


「キュキュ〜」


 クーが心配そうに上空を旋回している。


「オレが()()みるよ。みんな動かないでね?」


 ガランが地形を見るために(グラン)で足元を叩いている所に、上からタイガの声が掛かった。


「皆無事かー!」


 全員の視線がタイガに集まるが、亀裂から身を乗り出して下を見ているタイガにガランが慌てて声を掛ける。


「タイガさん! こっちは無事だから身を乗り出すと――」


 パキリ。


「「あ」」


 ガランの心配は的中し、タイガの足元も崩れ始める。慌てて後退(あとずさ)ったタイガだが崩落に巻き込まれ、ガランらと同じ運命を辿った。違いは既に崩れた場所に落ちてきたので、斜面を滑った程度の滑落で済んだくらいだ。


「やっちまった……」


 砂利状に崩れた礫岩の上に尻餅をついたタイガが、申し訳無さそうに頭を掻く。


「全員落ちちゃった。――けど、怪我人が出なかったのは良かったね」


 ガランの言葉にアッシュも頷く。全員表情は冴えないが前向きに捉えるしかない。ひと先ずは無事であったことに安堵した。


「タイガさんもそこから動かないで。オレが見るからその間に持ち物確認してて」


 ガランが(グラン)で、周囲を叩きながら地層を見ると、壁面は言わずもがな、足元の地面もいくつか脆そうな場所が発見できた。


「あちこち隙間だらけだけど――うん、こっちの岩の上は下の地盤もしっかりしてる。指示を出すから一人ずつ……えぇっと、タイガさんから移動して」


 ガランは自身の立つ北側付近に皆を誘導する。危険な場所を迂回するように全員が安全地帯まで集まると、皆それぞれが脱出方法を思案し始めた。


「困ったねぇ〜。壁が崩れると登るのも危なそうだけど……日が沈んじゃうよねぇ」


 アッシュが地面に座り込んで空を見上げる。空はまだ青いが、亀裂の東方面の壁を照らす西日は少し赤みを帯び始めていた。


(ウィンド)使って飛び上がれない?」


 ガランもアッシュの横に座りながら問い掛ける。


「ボク一人なら……。でも荷があるから難しいし、もっと崩れそうな気がする」


「槍を足場にしてピッケルでひとりずつってのが現実的か。ひとり上がればロープを――って最後に落ちてきた俺が言うことでもないが」


 タイガも提案するが自嘲気味に苦笑いを浮かべる。


「いや……近くには太い木はなかったはず。この()じゃ、根は張れても育ち切らずに倒れ――そうか、だから倒れたあとに落葉が積もって朽ちて()()なって……。はぁ、それも今となってはどうでもいいか」


 アインは意図せず自身が導き出した答えに納得しかけ、思わず苦笑いを浮かべる。


「近くに結べなかったらロープが足りないかも、だね。まぁボクらは一晩くらいは()()でもいいけど雨が――」


 アッシュはそう言いながら後ろに手をついて身体を支えた時、左手に少し風を感じて言葉を切った。


「確かに雨が降ると怖い――」


 アッシュの言葉を引き継ぎ、ガランが話し始めた時、アッシュがガランの肩を叩いた。


「ね、ね、ガラン。隙間があるかも」


「隙間はあるよ。落ち葉の層だし――」


「違う違う! この岩の奥。今、風を感じたんだ。隙間があるにしても風が通るほどの隙間って危なくないかな?」


 アッシュは立ち上がり、北側の壁に近付くとあちこちに手をかざしてみるがおかしなところは見当たらない。


「裂け目かな? 叩いてみるよ」


 ガランも立ち上がって北側の壁面を(グラン)で叩き、その振動に少し眉を上げる。地面を叩いたときとは何かが違ったからだ。


「アッシュの言う通り、なんか変かも。――下の方かな?」


 立ったまま叩いていたガランはしゃがみ込み、地面近くの壁を叩く。岩や鉱石類とは明らかに違う振動。そして僅かに風を感じる。アッシュが言った通り隙間、それも反響するような振動から大きな空間のように感じた。

 ガランは腰からピッケルを抜き取ると剣先で壁の表面を引っ掻く。ポロポロと土塊が剥がれ、僅かな窪みが現れた。風の出どころはどうやらこの場所のようだった。そのまま引っ掻いていると剣先が何かを押し込んだ。


「なんだろ――あ!」


 ガランが窪みを覗き込むと、水平方向に明らかな隙間が見えた。ガランは目を凝らして観察する。


「何かあった?」


 アッシュもガランの肩に手を置き、後ろから窪みを覗き込む。


「岩の亀裂じゃないと思う。ほら――ここ。木目っぽくない?」


「ほんとだ。家――とは違うね。ここにも砦みたいなのが有ったのかも?」


「砦にしては壁が木材っておかしくない?」


 ガランとアッシュが観察しているとタイガが思い出したかのようにつぶやいた。


「この辺りは確か……銀が採れてたはずだ。坑道か洞窟か知らないが、それを塞いだ跡じゃないか?」


「なるほどね……」


 タイガの言葉を聞いてガランは考え込む。その様子にアッシュが気付き、ガランに尋ねる。


「どしたの?」


「叩いてみた感じ、中は空洞になってそうなんだよね。オレ達が落ちたのに崩れたような感じもしないし、ここで夜を明かすのと()()()に行くのとどっちが安全かなって」


「そっか。ここじゃ火も使えないしね。じゃあ――もう少し隙間を広げて覗いてみようよ」


 アッシュの提案にタイガとアインが頷くのを見てガランも頷く。


「じゃあ慎重に――あ」


 ガランがゆっくりとピッケルを押した時、予想以上に軽い抵抗で何かがゴトリと空洞の方へと抜け落ち、五十センチ四方程の穴が開いた。続く微かな音。

 思わず四人は周囲を見渡しながら、身構えて崩落に備える。しかし何事も起こらない。


「全然軽かった……。これで――」


 ガランが抜けた穴を覗き込むとひんやりとした風を感じる。空気が循環しているのは間違いなさそうだった。しかし当然ながら明かりなど無く、暗闇で穴の中までは見通せない。

 

「暗い――あ、タイガさんアインさん、どっちか打ち金持ってない?」


 振り向いて問い掛けるガランにアインが頷き、腰のポーチから小さな板状の金属と平石を取り出した。


「これを」


「ありがと! ちょっと借りるね」


 ガランは打ち金を受け取ると両手を穴に差し込み、中で打ち金を叩く。微かな火花が極短時間ながら暗闇で光る。その火花が照らす穴の中は予想以上に広く、何度か打ち金を打ってみれば、穴は空洞の底面から二メートルほどの高さだと辛うじてわかった。底は均されたように平らな岩のように見え、先程抜けた物か、四角い木材が幾つか落ちている。


「かなり広そう。アッシュも見てみて」


「見る見る!」


 アッシュはガランの提案に楽しげに頷くと腹這いとなり、打ち金を受け取ると大胆にも両腕ごと穴の中に頭を突っ込んだ。


「ちょ、アッシュ!」


 アッシュ以外の三人は思わず慌てるが当の本人は全く気にしていない。


「平気、平気!」


 ややくぐもったアッシュの声が聞こえ、中で打ち金を打ってるのか、アッシュの身体がもぞもぞと動く。


「ピキュキュ!」


 主を心配したのかクーが舞い降り、アッシュのリュックに留まる。


「クーも呆れるよね」


「キュキュ〜ゥ」


 そんな様子を苦笑いで見るタイガ。


「本当なら護衛の役目だと思うんだがな」


「確かに」


 アインもそうつぶやいて頷いた。

 そう時間を置かず、アッシュの尻が左右にくねり、穴から頭を抜いて出てきた。


「中は多分坑道だね! 入って探検しようよ!」


 きらきらと輝きを増したアッシュの瞳。それは好奇心の輝きだろうか。ガランは苦笑いでタイガ、アインと視線を交わす。


「はいはい。でもその前に足場代わりに枯れ葉、落とそうか」


「うんうん! ボクが一番先に――」


 宣言しようとしたアッシュの言葉をタイガが遮る。


「そりゃ絶対ダメだな。一番は俺、だ」


「えー」


 不満気なアッシュの声に続いて皆の笑い声が聞こえたのだった。

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