第44話 旅の再開
「この道って交易路?」
アッシュの問い掛けに、案内人兼護衛のタイガが答える。
「今はまぁそうだな。尤も、交易のために作ったんじゃない。――この辺りは大昔の国境だから砦があったんだ。元はその砦に兵や兵站なんかを運んでた道だな」
「古い道で、ずっと使われてたから土がしっかり締まってるんだね」
ガランが足元の地面を軽く踏みつけ、一人うんうんと頷く。
「もっと昔はここら一帯まで壁があったそうだ。――ほらそこ」
タイガはそう言って前方やや左側、北西の藪を手にしていた木の槍で指した。タイガとアインはリョウガの指示で簡素だが木槍を携えている。その先を目で追いかけるガランとアッシュ。二人同時に気付いた。
「「あ!」」
藪に埋もれて見え難いが、そこに石を積んだ壁のような人工物を発見する。蔦が絡まったその低い石壁は所々に苔が生え、もはや自然の一部と言ってもいいだろう。
ガランは石壁に近付き、軽く地で叩いてみる。積まれた石の隙間に草の根が入り込んだ隙間も感じるが、確かにトゥサーヌの現北壁、旧塁壁と同じ建造方法であった。石灰を主原料としたセメント材で石と石の間の目地を埋める技法だ。
ついでとばかりに自身の足元を叩いてみれば、道沿いに幾つかの塁壁の断片も浮かび上がる。
「結構あちこちに石が積まれた跡があるよ」
ガランはアッシュに向けてそう言うと、もう形の崩れてしまった塁壁跡を幾つか指差した。そのまま視線を上げ、北に見えるウルラスの山々を見る。稜線を辿るように西へと視線を巡らせ、草原の先に広がるウルラスの麓の森、そして更に南、随分遠くなったトゥサーヌ北壁まで眺め見て、過去に思いを馳せる。横でアッシュも同じように周りを見渡していた。
「怪しいことでも?」
歩みの止まった二人を訝しみ、アインが嗄れた声で呼びかけた。
慌ててガランが否定する。
「違う違う! 昔はどんなだったんだろって考えちゃったんだ。でも――丁度いいから休憩にしようか」
「んと――うん。そだね」
ガランの言葉でアッシュも改めて周囲を見渡してその提案に乗った。タイガとアインも周囲を見渡し、ついでに揃って空を見上げる。まだ日は中点を過ぎた辺り。トゥサーヌを出てそれ程経過していない。訝しむタイガとアイン。顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべた。その表情を見て、ガランは二人に告げる。
「疲れ切ってから休憩したら長くなるんだ。ひと息つく位の休憩を挟んだ方が疲れないし、歩ける距離も伸びるよ」
「ここは見晴らしもいいから少しだけ警戒も緩められるしね〜。ずっと気張ってたら日が傾く頃にはヘトヘトだよ〜?」
タイガとアインはまたも顔を見合わせ、しかし今度はすぐに頷いた。
短い休憩を挟み、歩き出す四人。
北東へうねりながら伸びる黄土色の道は広く、それはまるで草原に横たわる一匹の長大なヘビのようだ。道の左側は幾つかの藪が茂り、北から西に広がる針葉樹の森まではかなり距離がある。右側はなだらかな丘になっており、ちらほらと岩が見えるが少し先は小さな林だ。
「あの林、食べれそうなの実ってないかなぁ」
そのガランのつぶやきをアッシュが拾った。
「クー、餌探してくる? 何かあったら教えて」
「キュキュッ!」
クーは嬉しそうな声でひと鳴き。僅かな羽音も立てず、林の方角へと飛び立った。その姿を目で追いながらアインが嗄れた声でぽつりとつぶやく。
「……鳥も魔物になるんだろうか」
ガランはその言葉でウルラスの山越えで見た魔物を思い出した。
「そういえばオレ、でっかい鳥の魔物見たよ」
「飛んでくる魔物は嫌だねぇ。いつもの作戦が使えない」
アッシュが鼻根に皺を寄せ、心底嫌そうな表情を見せる。ガランも頷いて同意する。
「確かに飛んでたら厄介だね。どうやって逃げようかな……」
戦い方よりも逃走方法を考える辺りに、ガランの慎重さが見て取れた。
「網を掛けるっていう手もありそうだな」
タイガも自身の考えを口に出す。
「網なら足止め――翼止め? ができそうだね」
四人が色々と意見を交わしながら歩いていると、後ろからガラガラと車輪の音が近づいてきた。
「荷馬車だな。念の為、離れて見送ろう」
タイガの指示で四人は道を少し外れる。荷馬車は幌なしで御者は麦わら帽子を被った中年の男性。おそらく農夫だ。そして荷台には縁に後ろ向きに腰掛け、足をブラブラさせている紺色のローブを着た青年。フォビオだった。もちろん面識など無いので四人は警戒を緩めず見送る。
と、人懐っこい笑顔でフォビオが右手を上げ、挨拶してきた。タイガが苦笑いで右手を上げて挨拶に答えると、フォビオは満足そうに頷く。
「悪い人じゃなさそうだけど……なんだか子供っぽい」
ガランはそう言って小さくなっていく馬車から視線を外し、アッシュを見た。アッシュは視線に気付くと少し笑いを含んで頷いた。
「デミもあんな感じだったじゃん」
「そうだね。確かに雰囲気が似てたかも――あ、クー戻ってきたね」
ガランの声で皆の視線が空に向かう。羽に風を受け、ゆっくりと羽ばたきながら空を舞うクーは何かを掴んでいた。
「何か持ってる。黄色い――木の実かなぁ?」
アッシュが額に手を当てクーの足元を観察する。
「この季節だとヤマモモ――はちょっと早いか。何だろね」
「キュッキュー!」
クーはアッシュの頭上でゆっくりと旋回しながら降りてくると、待ち構えていたアッシュの手のひらに黄色い実を落とし、肩へと留まった。
「クーありがと! これはプラーム……かな?」
アッシュは丸い実を皆に見せる。コロコロとした実は黄色っぽいオレンジ色だ。ガランは甘そうな匂いに誘われ、アッシュの手のひらの上のそれに鼻を近付ける。爽やかな香りはブドウよりも柔らかいが甘さを含んでいた。アッシュも香りが気になるのか、鼻をふんふんと鳴らしている。
アインはその実を知ってるのか、香りを楽しむ二人に穏やかな眼差しを向けて口を開いた。
「それはアップリコット。少し時期が早いが……食べれなくはないと思う」
アインの言葉を聞き、ガランが唾を飲み込む。
「オレ、食べてみたい!」
「そだね。ボクも味が気になる」
ガランはナイフを取り出し、胡桃ほどの大きさのアップリコットを摘み上げるとその実に刃を当てる。アインの言った通り、まだ熟れていないその皮は少し固い抵抗があったが、果肉部分は柔らかさを感じる。四等分に切り分け、それぞれが口に入れた。
「意外と甘い。オレ好きかも! 薪拾いのついでに――」
その時、アッシュの風の波紋が何か捉えた。
「――ガラン!」
「ピキュ! ピッピキュ!」
ガランの言葉を遮るアッシュの声。ほぼ同時にクーも警戒の鳴き声を上げ、アッシュの肩から飛び立つ。
現実に引き戻される四人。ガランとアッシュはそれぞれ槍と弓を構える。タイガとアインも木槍を構え、周囲を警戒する。
クーは低空飛行のまま前方約五十メートル、やや左側を右回りで二度旋回。近過ぎるのか、そのまま旋回しながら上昇して約五メートル程の高度を維持している。
恐らく小型の魔物だ。すぐさまガランが指示を出す。
「タイガさん、魔物だ! 二人はアッシュの後ろに! オレが前に出る」
「どこから出たんだ!? クッ! アイン! お前は右、俺が左を守る!」
「了解!」
四人は道路の開けた空間を使い、アッシュを中心に三角形の陣で襲撃に備える。既にアッシュは風の波紋で向かってくる魔物の姿を捉えている。
「ガラン! 左前から三――いや四! ――ウサギの大きさ!」
ガランも地で極軽い振動を捉えた。タタン、タタンと軽く重く、交互に連続した振動が二つ近付いている。恐らくウサギの跳ね方。しかし数が合わない。大地の縛りを発動させるか一瞬脳裏をよぎったが不明の二匹がいる。
「ウサギが二……念のためいつもの作戦は使わない。突いて倒す」
ガランはそう言って腰を落とす。左足を前に極限まで身を低くした後屈立ち。体重は右足に掛け、左足を魔物に向けて距離を測る。黒い影がチラチラと見えるが、風にそよぐ草が魔物の姿を容易には見せてくれない。
「タイガさん! 魔物が跳ねたら叩き落として! ――ハアアアッ!」
ガランは魔物の接近を振動で捉え、道との境界になっている草むらに向けて連続で突きを放つ。ザクザクと穂先が草を刈り、地を抉った五撃目が一匹に命中。しかし残った魔物が地を蹴って空に躍り出た。金属を引っ掻いたような鳴き声と長い耳、そして赤く光る目。その跳躍は低く構えたガランより高い。予測通りウサギの魔物である。
「フンッ!」
そこにガランの頭上をタイガの木槍が横薙ぎに迫り、ウサギの魔物の脚を叩いた。吹き飛ぶウサギの魔物。しかしその背後に隠れるような影が二つ。
「チィッ!」
タイガの舌打ちに重なるアインの声。
「バットだ!」
コウモリの魔物。翼も身体も漆黒。ただ目だけが赤い。
ガランはその姿を見ると、自ら倒れ込むように一回転。地を転がって距離を取る。その隙間を埋めるようにアインが上から木槍を振り下ろす。しかし当たらない。槍を掻い潜ってアインに迫るコウモリ。不釣り合いな長い牙は白かった。
そこに矢が走った。風を纏った矢が気流を乱し、コウモリの飛翔の邪魔をする。
続け様に二射目。一匹のコウモリの右翼が皮膜ごと千切れ飛ぶ。そのコウモリは赤子のような鳴き声を上げ、地に落ちた。
残り一匹。
揚力を得ようと羽ばたきを繰り返していたコウモリの腹をガランの槍が貫いた。突いた姿勢のまま手首を捻り、空中でコウモリの腹を抉る。穂先を滑らせ、その身体を切り裂きながら地に落とすと頭をブーツで踏みつけ、潰した。
しかしそれで終わりではない。
新たな弓を番え、アッシュが叫ぶ。
「まだ! ウサギが残ってる!」
タイガが吹き飛ばしたウサギの落下地点近く。草むらが不自然に動いていた。
「護衛の仕事だ、俺がやる」
タイガがざっと三人を見回すとそう言う放つ。ガランとアインは頷き、先程倒したウサギとコウモリを視界に収めながら警戒を続ける。アッシュも同様に動く草むらに弓を構えながらタイガに頷きを送る。
「さっきので足が砕けてるはず。でも油断しないで!」
タイガは不用意に近づいたりせず距離を見極め、そこに力任せに木槍を叩きつけた。
動きが止まる草むら。風が周囲の草をなびかせるが、折れてしまった草がそよぐことはなかった。
「キュウ〜」
上空から警戒をしていたクーが鳴き声と共に降りてくると、四人はようやく息を吐いた。
「……もう動いてないね。埋めちゃうよ」
ガランが槍を傍らに置いてピッケルを取り出すとアインが慌てて声を掛ける。
「私がやろう。あまり役に立てなかったし……」
申し訳なさそうに告げるアインだが、ガランもアッシュも全く気にしていない。
「大丈夫大丈夫! オレ、穴掘り慣れてるし! ――それにアインさん、訳ありでしょ?」
アインは思わず目を見開いた。




