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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第三章 キャラバン —砦の街・トゥサーヌ編—
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第42話 誘拐の後始末

 

 犯人捕縛後の翌日、トゥサーヌ犯罪者留置棟。


「冤罪だ! 冤罪! 俺は被害者だ! 殴られたんだぞ!?」


 聴取牢でひとりの男が喚いていた。人身売買の現場に杖を突きながら現れた紺のマントを纏った旅装の男性。クラックスに殴られて昏倒した旅人だ。朝食でスープが出されたがそのスープもすっかり冷めてしまうまでずっと喚き続け、喉が渇いたのか思い出したかのようにスープを飲み、飲み終えるとまたも喚きはじめたのだ。


「それはさっきも聞いたよ。こちらが聞いてるのは名前と――」


「これは不当だ! 冤罪だ! 断固として戦う! 人助けなのに!」


 担当聴取官の質問を無視し、己の主張を繰り返す旅人。


 旅人はまだ若く、明るい黄色がかった茶色の髪。短く刈られて少し逆立った髪はあちこちが跳ね、その髪色と相まって快活さを感じさせる。丸く澄んだ空色の瞳で顔は面長。東方出身者の特徴を現していた。

 身長は一七十センチ程。体格はやや細めなのか、生成りのシャツの首元には若干の余裕がある。緑色の革ベストの胸元には左右対称に六つの筒ポケット。恐らく巻物を納めていたのだろうが今は取り上げられて空になっていた。

 ブーツも同じく緑に染められ、革紐の締り具合からサイズは少し大きめ、ズボンは八分丈でこちらもややゆったりしている。紺色のマントも今は脱がされていた。


 その旅人の前には椅子に座った聴取官が、その後ろには二人の衛兵が立って聴取官を護衛、厳しい目で旅人を見ている。


「ハァ……人助け、ねぇ」


 聴取官は話を聞かない旅人に思わずため息を漏らし、呆れ声で返した。その言葉に旅人が食いつく。


「そうだぞ! 助けるために焔陣の壁(ファイアウォール)で――」


 聴取官は機を逃すまいと旅人への質問を重ねる。


「そのファイアなんとかというのは報告にあったあの炎かな。やっぱりアレは君が?」


「そうそう! 助けるつもりであの炎の陣を使ったんだよ! 一網打尽にできたのに……その相手から急に殴られた!」


 頷きながら肯定した旅人に聴取官も頷き、話を切り上げる。


「それだけわかればもう十分。名前も答えないし――衛兵、聞いての通り火付けは自白したよ。放火は極刑、執行官に伝えに行こうか」


「「ハッ」」


 振り向いて後ろに立つ二人に視線を送る聴取官と敬礼を返す衛兵。


「え?」


 極刑の言葉に目を丸くして固まる旅人。しかしすぐに硬直を解き、慌てたように聴取官に縋り付く。


「待って、誤解だよ! 話を聞いてよ」


「今聞いたじゃないか。君は火をつけたんだろう?」


 聴取官は少しうんざりしながらも、確認するように話し出す。


焔陣の壁(ファイアウォール)って言う魔――」


「そのファイアなんとかで一網打尽にしようとしたんだろう? 助けるために」


「そうだよ! 人助けなんだ!」


 理解されたか、と表情が明るくなる旅人。


「でもエルフから殴られて、気を失って仲間を助けられなかった」


「そうそ……ん? いや、仲間じゃ――」


 旅人は同意しながら頷くが、後半の仲間という表現に二度目の頷きは横に逸れ、首を傾げた。さらに聴取官は話を進める。


「人売りに変装した男達は衛兵、人質役のエルフは男だと君は見破ったんだね。だから一網打尽にしようとした。仲間の人買いを助けるために、ね」


「いや、ちょ、ま」


 人売りが変装した衛兵だったとは知らなかった旅人。慌てて否定しようとするが聴取官の口は止まらない。


「だけどエルフに殴られて気を失って失敗した。だから冤罪だと騒いで有耶無耶にしようとしたんだ」


「待って待って! 何でそうなるの!?」


「火を放つんだ、エルフを助けるつもりなら声を掛けるだろう。危ないとか逃げろとか。小さい声で人買いには合図してたそうじゃないか」


「詠唱の途中でしゃべるなんて無理! それに小声だったのは詠唱は聞かれたら対策されるって先生が……。ねぇ、ちゃんと話を聞いてよぅ!」


 涙目で訴える旅人。しかし聴取官の視線は冷ややかだ。


「話を聞かなかったのは君だろう。騒いでばかりだったじゃないか。だからこちらは君の話を繋いで判断するしか――」


 旅人は縋り付いた聴取官の足元から素早く立ち上がり、小さく右手を上げて名を名乗った。


「はい! 名前はフォビオ・マクレガン、魔法使いです! 十六才男子で、えぇと好きなものは――聞かれてないか。はっ……! さぁ早く! もっと聞いて! ちゃんと答えるから! さぁさぁ」


 聴取官は衛兵二人と目を合わせ、軽くため息をついた。家名持ちは貴族の可能性が高い。しっかり聴取せねば難癖も十分に考えられるのだ。


「では改めて確認させてもらう――」


 そう言って旅人、フォビオのやり直し聴取は再開された。

 別室では人買い達の聴取も同じく進められていた。


「全てに黙秘する。極刑でも構わない」


 当初、ローブの男達はそれぞれが口を揃えたかのように黙秘を宣言。こちらはスープも口にしていない。この時点でローブの男達とフォビオに対する扱いは決定的に変わった。フォビオは喋る可能性があったがローブの男達はその可能性が薄いと判断されたのだ。

 そして死を覚悟した犯罪者への聴取方法は別になる。


「執行官から指示は出てる。無理に聞き出さなくとも良い、労役の手も足りてないから死ぬまで働いてもらう、とな。あぁそうそう。自害防止のために後から歯を全て抜くから、それまでこれを噛んでて貰おう」


 聴取官はそう言って足元の木箱から小指ほどの太さの鎖をジャラジャラと取り出す。鎖の一部には木の玉が付いていた。玉は口いっぱいを塞ぐ大きさ。


「ま、待て。それでは家畜ではないか」


「貴様らも人を売り買いする。家畜と同じようにな。だから扱いも同じ。殺すなどと甘いことはしない」


「ま、て――ン〜ググ」


 聴取官が言い終えたと同時に衛兵が椅子に男を拘束。男の口に玉を押し込み、首飾りのように鎖を首から下げる。両腕も後ろに回され、椅子の背もたれごと縛られた。

 途端に動揺を見せる男。首を少し動かすだけでジャラジャラと鎖が音を立てる。だが男はまだ強がりを見せ、平静を保とうとしていた。それを気にも止めない聴取官は思い出したかのように手を打つ。


「そうそう、もうひとつあった。飲み食いせずに死のうとする者もいるが――食事の心配はない。これを使う」


 聴取官は木箱から更に親指ほどの太さ、腕ほどの長さの柔らかく薄い革筒を取り出す。更にもうひとつ、円錐状の漏斗。二つを見せつけると説明を続ける。


「歯がないと噛めないだろ? 食べ物を喉に詰まらせるかもしれない。だからこの管筒を飲み込ませて、イモや豆をグズグズに煮潰したやつを流し込むんだ、水と一緒にな。だから飢えて死ぬ、なんてことはないんだ。どうだ? 安心だろう? 簡単には死ねないんだから」


 顔が青くなる男。死ぬ覚悟はできているが死ねない覚悟はできていないようだ。そこに外の通路からひとりの衛兵が現れ、牢の扉を叩いた。その合図に護衛の衛兵が近付き、何やら紙を受け取って聴取官へと渡す。聴取官は紙を開いて中を読み、暫くして紙を畳むと残念そうにため息をつき、男へ告げた。


「ハァ……お前達は運が良いな。護送して各領で犯罪歴がないか面通しをするそうだ。顔がわからないと困るから歯は抜くな、だとさ」


 少し顔色が戻った男。しかし聴取官の言葉は続く。


「但し――素直に白状した者を連れて行くらしい。北回りと東回りで……二人だけな」


 途端に表情が険しくなる男。男もぼんやりとだが知っていた。これが恐らく『囚人のジレンマ』だと。


「まぁ、そういうことだ。こちらはもう何も言わない。喋りたくなったら右足で一度、地を叩け」


 聴取官のその言葉を最後に聴取牢に沈黙が落ちる。男はぐるぐると思考を巡らせた。仲間達の性格、今までの行動を思い返す。時間の経過もわからなくなる程に考え込む。

 ふと、廊下を歩く複数の足音が聞こえた。顔を上げる男。鎖の音が耳に障った。

 足音の主は牢の前を二人の衛兵に挟まれた仲間の男。静かに通り過ぎようとしている。それを目で追う男。そして気付く。


「フガガッ!」


 思わず体が動き、口を突いて出た言葉にならない声。煩い鎖の音。しかし仲間の男は振り返りもせず、男を無視して通路を歩いて消えていく。

 そして思考が支配される。仲間の男に鎖は付いていなかった、あいつは喋ったのではないか、と。ではあとひとり――。

 ダラダラと汗を流す男。どれ程時間が経ったのか男には全くわからない。しかしもう考えることはひとつ。カッと見開いた目で聴取官を睨む。苦悩に歪む男の顔。


 男はギュッと目を瞑り、そして足で地を叩く。

 同時にガクリと首が下がり、ガチャリと鎖が音を立てた。


「そうか。先の男と少しでも食い違えば――わかるな?」


 力なく項垂れた男の口から玉が外される。玉を咥えていた時間は、一刻と経っていなかった。


 その後の聴取はスムーズに終わる。それは他の部屋でも同じだった。牢の前を横切った男はただ耳に綿を詰められ、違う聴取牢に歩かされただけ。喋り始めた別の男の供述に揺さぶられ、こちらも簡単に話し始めた。


 男達もまた別の者から依頼を受けた仕入れ屋(ブローカー)であった。シベル王都セントリアの酒場で、とある貴族の下男と名乗る男に依頼されたと言う。酒場自体が偽装された闇市の仲介場だったのだ。男達は五年前からその闇市に出入りし、金になる取引、情報を仕入れていた。トゥサーヌはまだ街としての機能が弱く、強盗や強奪、誘拐も含め犯罪行為が露呈し難い、と虚偽の情報も流れていた。二年前から野盗の類が増加していたのもこれが原因と思われた。


 聴取官はすぐに衛兵を通じ、ライオネルに報告。情報の重要性を鑑みてライオネルも留置棟に詰めることとなった。そして上がってくる情報は顔を険しくさせるものばかり。恐らく王都だけではなく、様々な地でこの虚偽の情報が流されていると考えねばならなかった。


 そしてもうひとつ。フォビオも情報を持っていた。


 三人の仕入れ屋の供述により、フォビオは仲間ではなかったと直ぐに判明。フォビオが本当に善意で助けようとしたことは認められたのだが、問題はフォビオがカリバザス魔法院発行のタリスマンを所持していたことだ。


 魔法使い。

 魔法士とも称され、精霊使いと同じ不思議な力を持つ者。しかし殆どが詐欺師やペテン師、錯覚や死角を利用した仕掛けを使う者だった。


 だが本物も居る。


 大陸東方には小ウルラス山と呼ばれる三連山があり、東方での魔物発生地域とされていた。旧イースタシア王国含む東方諸国では獣や魔物の駆逐・討伐に魔法使いが活躍していたのだ。


 セミュエン王国と隣接したイースタシア王国はセミュエン危機をきっかけに外交内政に変化が生じ、内乱が勃発。十数年間に及ぶ内乱の末、東イースタシア共和国と西イースタシア公国とに分断され、未だその火種は燻っていた。


 東イースタシア共和国南部に隣接するカリバザス王国は魔法使いの聖地とされ、国の名を冠した魔法院がある。

 カリバザスは旧イースタシア王国と友好関係にあったが内乱の激化により国交が消滅。後に多くの魔法士が内乱に動員されたのも露見し、東西イースタシアとの国交を断絶した。

 南部のダッカス、イスード、ルッカとの交流はあるが遠いシベルとの関係性は薄く、魔法使いは極少数しかシベル国内には居ない。


 フォビオはその、数少ない魔法士印のメダル(タリスマン)を持つ、本物の魔法使いだったのだ。

 興味を持ったライオネルはフォビオから直接話を聞くことにした。


「話は衛兵から聞いた。人買いを捕まえて助けようとしたんだって?」


 ライオネルの問いにフォビオは自慢げな表情を一瞬見せたが、すぐに眉尻が下がった。


「俺の知り合いも人買いで居なくなっちゃって……許せなかったんだよ! 俺も知り合いを探してて、南のアーリア砂漠の集落に人買いの拠点があるって聞いて行こうと思ったんだけど……」


 フォビオの行き先を聞き、ライオネルは思わず呆れ声で告げる。


「それは随分無謀だね。砂漠は甘くない」


「そうそう! 砂漠どころか、南の遊牧民のとこにすら行けなかった。でっかい盗賊団みたいな奴らを見かけたから逃げてきたんだけど」


「盗賊団……。場所はわかるかい? 人数はどれくらいだろう?」


「場所は――うーん。結構迷ったから自信ないけど、南に一晩……東に、どれくらいだろ……半日? 二十人くらい居たかな? でもそいつら東――より少し南かな。そっちの方に馬で走って行ったから俺、逆っ側に逃げて来て、そこで今回のを見かけて、ね。……失敗したけどね! アハハハ!」


「笑い事じゃないが――」


 ライオネルは頭の中に地図を広げ、その大規模な盗賊団の進行方向から、アーリア砂漠からイスード王国方面に向かったのではないかと予測を立てた。砂漠以東は国境空白地帯。遊牧民達が暮らす地域のため不可侵が基本だ。中央への報告と交易隊商への情報提供に留めると結論付けた。


 その後、フォビオはライオネルから助けようと動いた事自体は勇敢であったと褒められはしたものの、紛らわしい行動は注意を受ける。街中では魔法を使用しないと誓約書を書いた後、ライオネルの計らいにより見舞金として門税は免除となり、晴れて無罪放免となった。


◇ ◇ ◇


 同日朝の白フクロウ亭では、アーリア商連ニコラスとトーリオ、冒険者リョウガとクリス、そしてガランとアッシュが今後について話し合っていた。


「ニコラスの旦那は西イースタシアまでの往復の護衛に十人、ってことでいいか? 一昨日から付けたメンバーに問題があれば入れ替えるが、なければそのまま頼みたいがどうだろう」


「あぁ問題はなかった。それで頼む」


 リョウガの確認に頷くニコラス。


「旦那ンとこは宿にも泊まると思うが――」


「あぁそれはこっちが出そう。だが場所によっては寝ずの番もあるのは覚悟して欲しい。食事もこっち持ちでひとり一日六十ダル、成功報酬で戻った時に追加でひとり五百ダルでどうだ?」


 相場より二割ほど高い金額に足して報奨(ボーナス)付き。リョウガは満足気に右手を差し出した。それを握り返すニコラス。こちらは契約成立である。


「ボクらにはリョウガさんとクリスさんが?」


 アッシュの問い掛けにリョウガとクリスは一瞬顔を見合わせたが、すぐにクリスが口を開く。


「昨日の話だと目的地はカカラ鉱山、だよな?」


 その問いにはガランが答えた。


「うん、カカラ鉱山。そこに居るドワーフに会いに行く」


 ガランとアッシュは顔を見合わせ、嬉しそうに笑ったのであった。

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