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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第三章 キャラバン —砦の街・トゥサーヌ編—
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第41話 エルフ誘拐(後編) ―救出―

 

 ガランとアッシュがぼうけんもの二人を連れて森に入った頃。


 トゥサーヌ北壁中央に程近い旧防護管理棟、現総合官庁棟三階の一室でサクソン公爵家長男、ライオネル・サクソンと農政官二名がトゥサーヌ拡張に関する書類を見ていた。


「計画とは……狂うものだな」


 つぶやくライオネル。農政官は苦しそうな表情だ。


「開墾の遅れは多少取り戻せましたが……秋に麦を撒けなければ結局は――税収は変わらず五年の遅れですね」


「何を蒔くかは任せるが――秋に間に合わなければ今まで同様、イモと豆、葉物で回そう。麦は種籾が取れれば良い」


「それでは遅れた分、税も……」


「面積を考えろ。それに人が減っては税も増えん。麦は東と南の壕の外にでも撒いておけ。多少は育つ。育たぬ時は――飼葉だと思え」


 トゥサーヌは旧砦の約十二キロメートルにも渡る防護壁を北壁とし補修、南北凡そ十キロメートルの幅で北を除く三方を環壕で囲い、要所として要塞化を進めている。壁は東壁が九割、西壁が七割、南壁が四割と順調に完成しているが、開墾に至っては計画の三割しか進んでいない。


 予定ではナナッカ村、ゴラン村、ミトセア村の各住人を第一次移民として迎え入れ、街の四割に及ぶ東部農地区画を開拓。食料供給を残り三つの村で賄いつつ五年で開拓を終わらせ、十年で全ての遠方集落を一纏めとした街を完成させる。その後、更に五年で南部の壕の外に柵で囲った税収用の農地を作る。計十五年で軌道に乗せる一大計画。それを功績として現領主、父サガナスと代替わりし、弟リアコーネルがトゥサーヌの代官として就任するはずであった。


 しかし既に着工から八年。遅々として進まなかった移住がさらに計画も遅滞させた。移住遅延はナナッカだけではなくゴラン、ミトセアも同様だったからだ。これ以上の計画の遅れは生産力の低下を招き、領民の命にも関わるとしてサガナスが危惧。春からニケン村を移住させようと、領令原案を起草していた所に発生したのがロクサ村の不作だった。移住領令をロクサに変更してその場を凌いだが魔物の被害件数は前年の二倍に増加している。十年前と比べると八倍に、五十年前との比較では二十倍以上だ。領兵団大隊の移動巡回の支出もサクソン領にとっては頭の痛い話であった。


「――尽力はいたします。では私たちは現場に」


「苦労をかけるが、頼むぞ」


 農政官二人が退席すると、ライオネルは別の書簡に手を伸ばす。封蝋をナイフで切った時であった。

 僅かな風とほぼ同時に執務室の扉がノックされた。


「誰――!?」


 誰何の声と共に顔を上げたが、既に男が机の前に立っていた。扉の前にもひとり。塞ぐようにその背を扉に凭れさせている。


「お静かに、ライオネル卿。驚かせて申し訳無いね」


 ライオネルは言葉を出せずに暫し固まる。しかしライオネルとて貴族の端くれ、頭の中では既に思考が開始されていた。

 ノックの前に感じた僅かな風。そして男たちがいる現実。音も無く室内に入り、目の前に立っているのだ。つまり手練れ。相手がその気であれば既に命はなかっただろう。今から逆らったとしてもおそらく敵わない。そしてわざわざ内側から扉をノックして声を掛けて来た。それは会話の意思があるということ。

 ライオネルはそこまで考え、ゆっくりとナイフを置いた。


「卿、早くて助かるよ。――要件は二つ。ひとつはこれをサクソン公爵閣下へ」


 そう言って男は革を巻いた筒、恐らく書簡を机の上に置く。


「あぁ、中は見ても構わないが、できれば公爵閣下と一緒に見た方が良い。そしてもうひとつの要件は――衛兵が動いている件、だ」


「それは――」


 ライオネルは思わず言葉が漏れ、目が泳ぐ。エルフ誘拐の件はまだ極秘事項のはずだ。


「心配いらない。もうすぐ衛兵長が来る。だから――」


 男はライオネルの耳元で何やらつぶやき、顔を離すと問うように顎を斜めに引く。ライオネルはゆっくりと頷いた。


「じゃあ私たちはこれで」


 男は一度右手を上げ、悠然と立ち去る。ライオネルは扉が閉まるのを見届け、ゆっくりと息を吐いた。椅子に背を預けようとしたとき、またもノックの音。


「だ、誰だ?」


「衛兵長のザビウスです。ライオネル様にお話がございます」


「入れ」


 執務室へと入ってくるザビウス。扉を閉めたのを確認してライオネルが問い掛ける。


「今、金髪で顔を隠した薄汚れた男を見たか?」


「いえ、誰とも。それよりもライオネル様、力あるエルフがもう既に――」


 ザビウスの報告にライオネルが驚くことはなかった。


◇ ◇ ◇


 同じ頃。トゥサーヌ南東にある小屋に、五人の男たちとひとりの女がいた。女は染物工房の指導係メリッサ。攫われたエルフである。猿轡を噛まされ、髪は乱れているが衣服の乱れはない。しかし左頬を打たれたのか赤く腫れ上がり、後ろ手に縛られた両手首も麻紐が擦れ、赤い腕輪を肌に作り出していた。


 この小屋は畑に使う敷き藁の保管と、農具類を置いておく倉庫を兼ねている。

 メリッサは片隅に積み上げられた藁をベッドに見立て、横に転がされていた。


 最悪なことに男たちは、ここに持ち込んだ煉瓦で簡易的なかまどを作り、煮炊きまでしていた。煙が出ないよう炭を使っており、今も灰の中には熾火が残っている。暴れて藁に火が移りでもしたらあっという間に燃え広がるのは目に見えており、メリッサもそれを承知して大人しくしているのだ。


「くそっ。手間がかかりやがる」


「でも()は付けて来れたんだ、夜までにコイツを仕上げて南の堀を渡れば」


「丸太を縛っただけじゃ頼りなくねぇか?」


「ふん。どうせ片道分だ。落っこっちまった間抜けの分は分け前が増えらぁ」


 男たちはそれぞれが藁縄を()う。まだ地固め中の南壁に掛かった足場をバラシて綯った縄で丸太橋を作り、街を出るつもりのようだった。

 メリッサはそれをじっと見ていた。これから身に降りかかる未来から目を背けるかのようにその瞼を閉じると、浮かんでいた涙が溢れて鼻根を伝い落ちた。そして願う。誰でもいい、助けてくれと。


 その小屋を遠く離れた木の上から見つめる目が四つ。濃緑に染めた手ぬぐいを頭に巻いて髪と額を隠し、目元に僅かな隙間を作って鼻から下、首元までも手ぬぐいで隠した二人組。身体も斑な緑と茶色に染めたマントで隠したその姿。まるで森を具現化したようにも、木に溶け込んだようにも見える。小屋を見つめたままじっと動かない。


 その二人が潜む木の下に現れた薄汚れた髪で顔を隠した二人の男。頭上の男の耳に声を届ける。


「筋は通した。決行は壕の外。俺たちは奴らが付けた印を見張る」


 その言葉を残し、髪で顔を隠した二人は風のように消えた。


◇ ◇ ◇


 夜。ガランとアッシュ、ぼうけんもの二人が野営地で眠りについた頃。


 エルフを攫った男たちが行動を開始した。夕方に夕飯を差し入れた男が三人増え、男たちは総勢八人に増えている。

 小屋の扉が開き、明かりが漏れた。ひとりの男が顔を出し、周囲をキョロキョロと見渡すと合図を送り、四人の男たちが足早に南壁へと向かった。その手にはナイフが握られている。素早く足場に取り付くと足場丸太を縛った綱を断ち切った。男たちは三本の長い丸太をバラし取るとひとりを残し、三人はそれぞれ丸太を抱えて南壁を越えた。


 残された男は三人が壁を越えたのを見届け、小屋へと戻る。すぐに明かりが消え、五人の男たちがメリッサを囲んで小屋を出て足場へ向かう。星明かりに慣れるためか暫く足場の下に身を潜めていたが、やがて二人の男がメリッサの脇を抱えて足場を登る。メリッサは抵抗を諦めたのか、脇を掴まれたまま足だけを動かして壁を越える。生きることを諦めたのかもしれない。堤防に集まった男たちは四人でメリッサを囲み、残り四人が縛った丸太を立て、ゆっくりと橋を掛ける。


 バタン


 壕の外に掛かった丸太の倒れた音が僅かに響く。咄嗟に伏せる男たち。メリッサの頭も無理やり押さえ込み、地に伏せさせた。


「何やってやがる」


「ふん。行くぞ」


 丸太橋を次々に渡る三人の男。渡り終えると長い縄を堤防に投げ、ひとりが身体に巻き、もうひとりがそれを支える。堤防側でも同じく二人の男が支えている。渡る際の手すりとするようだ。


「さぁ行け。女を落とすなよ」


「うるせえな」


 男二人が女を支えながら橋を渡る。ギシギシと軋む音にメリッサの足が竦むがお構いなしだ。そして最後のひとりが手すりに使った縄を丸太に縛り付け、身軽に渡り終えるとその縄を男たちが引く。橋を壕の外まで引っ張り、縄を解くと叢に隠す。地固めの作業で上から見ればすぐにバレるが、夜の見回りに見つからなければそれで構わないのだろう。


「行くぞ」


 男たちがバラバラと歩き出した時。メリッサの耳に声が届いた。


「助けに来た。目をつぶれ」


 咄嗟に周囲に視線を動かすメリッサ。しかしすぐに風切音が聞こえ、恐怖で目を閉じる。


 バシュバシュッ!


 強い風。聞こえた何かの破裂音。そして鉄臭い匂いの温かい何かが両方の腕に掛かった。少し遅れて両脇に通されていた男たちの腕が抜ける。蹌踉(よろ)めき、倒れそうになるメリッサの身体。転倒の衝撃を覚悟し、瞑った瞼に力が入った。


 トン


 その身体を優しく抱き止めた者が居た。それに気付き顔を上げようとしたが頭を優しく押さえられ、猿轡が外されるとメリッサの頭上から声が届く。


「見なくて良い。すぐに終わる」


「何だぁ?!」


「おいどうした!」


 攫った男たちの怒号。しかしそれが短い悲鳴に変わり、更にうめき声へと変わる。


 恐ろしいうめき声がしばらく続く。メリッサは耳を塞ぎたいのか、肩を竦めて身を固くする。暫くして視界の隅に小さな火が灯る。それが近付き、メリッサの顔を優しく照らす。小さなランプを持つ者は衛兵の制服を着ていた。少し視線を動かせば、太腿に深々と矢が刺さり、悶える男たちとそれを抑える衛兵たち。

 縛られた腕の縄が切られ、自由になった腕がだらりと下る。助かったのだ。メリッサがそう感じたと同時に緊張の糸は切れ、意識が遠のく。あぁ、恩人の顔を見なければと想いが浮かんだが、間に合うことはなかった。


◇ ◇ ◇


 翌朝。ガランとアッシュが目覚め、ぼうけんもの二人と共に朝食のスープを飲んでいた頃。


 東門の先、二本の手ぬぐいが巻かれた楓の木の下に五人の男が立っていた。傍らには金髪の女性。腕を後ろ手に蹲り、俯いた顔は垂れたその美しい金髪に隠されていた。


 そこに近付く灰色のローブの男が三人。五メートルほどまで近付き、中央の男が頷きながら声を掛けてきた。


「おやおや。美しそうな女性だ。では早速取引を」


「その前に報酬を見せろ。こっちは危険な橋を渡って攫ってきたんだからな」


 木の下の男たちのうちのひとり、体格の良い若者がローブの男に告げる。


「もちろん。どうぞ――」


 そう言って小さな巾着を取り出し、片手で逆さにすると中身を一枚ずつ地に落とす。カチャカチャと音を立てて落ちたそれは傍目からでも分かる。白金貨だ。全部で九枚。


「九枚しかないぞ!」


「前金で渡したでしょう? でもまぁ……もうひとりか二人、攫ってくれば今度は少し色を付けますよ」


 と、そこへ。紺のフード付きマントを羽織った旅装の男がひとり歩いて来た。右手に持った長い枝で地面を突き、左手に持った紙を持ってブツブツと何やらつぶやきながら歩いてる。地図を持った旅人のようにも見える。


「チッ……!」


 目撃者が出るのを嫌ったローブの男は舌打ちし、地面の砂ごと掬い取るように白金貨を拾い集め、木の下へと急ぐ。


「早く取引を――」


 若者に巾着を押し付けながら金髪の女性の手を引く。しかしその手は強い力で引き戻され、女性は顔を見せた。


「残念ながら男でね」


 その声、その顔は――。ソウジュの里のベテラン狩人、クラックスであった。


「捕らえろ!」


 若者の声に駆け出す木の下にいた男たち。途端に逃げようとするローブの男。離れた二人のローブの男たちも動き出し、人質にと考えたのか剣を抜いて旅人へと向かう。


 しかし。


「……を……以て……」


 旅人はブツブツと何やら唱えて紙を地に置き、その中心を手に持った何かで指した。


「……円と成りて天をも焦がせ――『焔陣の壁(ファイア ウォール)』」


 旅人の男を中心に半径十メートルの円上に激しく火柱が立ち並ぶ。


(ケダモノ)共め、全員突き出す」


 旅人はそうつぶやきながら懐に手を入れ、新たな巻物を取り出した。


 巨大な炎の円陣に状況が掴めぬ男たちだったが動き出したのは五人の男、変装した衛兵たちの方が早かった。炎に目もくれずローブの男たちを組み伏せる。そしてクラックス。火を放った旅人を敵と認め、無手ながら旅人の男に駆け寄り、(ウィンド)を纏って戦いを挑む。


「人買いは嫌い――あれ?」


 巻物を広げ、クラックスの姿を呆けた目で見る旅人。その顎をクラックスの拳が打ち抜いた。

 白目を剥き崩れ落ちる旅人。同時に火柱の円陣も消失した。

 それを見てクラックスがつぶやき、衛兵の若者に告げる。


「おかしな術を使ったのはやはりコイツか。……人買いの仲間だろう」


 それを聞き、衛兵も旅人を覗き込みながら聞き返す。


「え? あの火は……あなた方のお仲間のお力ではなかった、のですね……」


「俺たちの力じゃないし、そいつも仲間ではない。調べたほうがいいだろう。あぁそれから、ライオネル卿に伝えてくれ。こっちは一度筋を通して衛兵の顔を立てたんだ、次はないってな」


「あの火はこの旅人が……。では捕らえておきます。ライオネル様への言付けも確かにお伝えいたします」


「よろしく頼むよ。――それじゃあな」


 いつの間にかクラックスの背後に荷を背負った三人の男たちの姿。クラックスも同じ荷を背負う。衛兵たちに一度右手を上げ、レンフィールドが派遣した情勢調査隊の四人は北東へと去っていった。


◇ ◇ ◇


 その後メリッサは治療院で手当を受け、誘拐犯の捕縛を伝えられた。不安気な表情のメリッサではあったが、今後少なくとも数年間、染物工房を含むエルフたちが所属している仕事先は重点警邏が行われると聞いて胸を撫で下ろした。


 そして捕縛した賊の面通しにニコラスとデミトリが呼ばれた。死亡した賊二名を含む八人の中にキャラバンを襲った際に見た顔があり、おそらく残党は残り少ないだろうとの結論も出た。


 しかし十日後。クラックスにより渡されたレンフィールドからの書状を、現領主サガナスと共に読んだライオネルは厳しい判断をする事となる。シベル国内を力のあるエルフが見廻ると書いてあったのだ。理由までは書かれていなかったが、その力を見せつけられたばかりだ。二度とエルフを攫う事件を起こしてはならぬとサガナスに厳命され、はみ出し者グループ一斉摘発の指令を衛兵に出した。犯した犯罪行為で期間は違うが、全員に兵役を課すとしたのだ。

 それはガランとアッシュが去った後の話である。


 そして夕刻の白フクロウ亭。


「「ただいまー」」


「おかえり」


 戻って来たガランとアッシュを衛兵長ザビウスとメリッサ、そしてライオネルが迎えた。

 アッシュとガランの視線がザビウスを射る。


「衛兵さん、ボクらの出番は?」


 アッシュのその言葉に、メリッサがにこやかに告げる。


「私はメリッサ。ごめんなさいね、心配かけて。私ならもう大丈夫。こうして今、ここに居るわ」


「本物、だよね?」


 ガランの言葉にザビウスが頷き、ライオネルが答える。


「私はこの街の代官ライオネル。私も証言しよう。正真正銘、本物のメリッサだ。誘拐事件は解決した」


 ガランとアッシュは食堂にいるキャラバンメンバー、ニコラスやサガットを見渡す。皆が一様に頷くのを見て、顔を見合わせ、漸く笑顔を見せる。


「良かった〜」


「オレも心配だったんだ! そうだ! 親父さんに骨出汁スープ作ってもらおう! 精が付くよ!」


「うんうん! ボクらが作ったソーセージも焼いてもらおうよ!」


 そんな二人の後ろでクリスがつぶやく。


「これでひとつ、腹の痛みが治まりそうだ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 再びお邪魔させて頂きました。 前回から旅立ち、受難、ガランとアッシュの視野が一気に外の世界に広がって行く物語の展開がとても素敵でした。 新たなことを「知る」そんな好奇心だけではなく、人の…
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