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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第三章 キャラバン —砦の街・トゥサーヌ編—
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第40話 エルフ誘拐(中編) ―特製燻製肉作り―

 

「キュウ〜 キュキュウ〜キュ」


 白フクロウ亭の近く。クーは木の枝に止まり、どこか心配そうに鳴いていた。


「そうかそうか」


 そのクーの声を聞き、長い髪の男が頷いている。汚れた金髪が男の目元を隠すように下ろされ、表情は見えない。

 男は幹にもたれて腕を組み、どこを見るでもなくぼんやりと周囲を見渡している。待ち合わせの暇つぶしにクーを話し相手に見立て、会話しているように見えた。


「キュ〜 キュッキュ〜」


「ハハッ、お前も大変だな」


「キュキュ!」


「すまんすまん」


 そこに一人の男が走ってきた。待っていた男と同じく、薄汚れた金髪が目元を隠すように乱れている。男は待っていた男に一度右手を上げ、近付いて声を掛ける。


「――聞いてきたよ。だいたいわかった」


「どうだった?」


「やっぱり合ってるみたいだ。合流するか」


 待っていた男は一度ちらりと木の上を見上げ、クーの姿を見る。クーも男を見ていた。


「――いや、先に使いの方を済ませよう。見張ってる彼らがいれば心配ないだろう」


 男はそう言いながら腰ベルトのポーチから赤い実を取り出し、親指で木の上へと弾く。クーは目の前に届いたその実を嘴で咥えて果肉を潰し、器用に種だけを嘴の外に押し出すと首を振って種を飛ばす。上を向いて二度ほど咀嚼し、飲み込んだ。

 クーはもう一度下を見たが既に男たちはいなくなっている。


「キュ〜ゥ」


 クーは不満気にひと鳴き。小さい舌で嘴を舐めると諦めたように毛繕いをし始める。暫くすると顔を上げ、白フクロウ亭へと羽ばたいた。


 その白フクロウ亭では。


「二人共〜、抑えろって言ったよね〜?」


 食堂の椅子に座り、テーブルに右肘を突いて手のひらに頰を乗せたデミトリ。向かいに座るガランとアッシュを目を細めて呆れながら見ている。その左手に特製燻製肉を持ち、時折ガシガシと齧る口は止めない。


「だってさぁ〜……許せないじゃん。ねぇ?」


「そうだよ。オレも腹立った」


 アッシュの言葉に同意しながら、ガランも燻製肉の入った巾着に手を伸ばすが、横から素早く伸びたリョウガの手に先を越される。


「あ」


「あぁ。ほれ」


 リョウガが一枚抜き取るとその巾着をガランに渡す。


「元々オレのだからお礼は――って、もう入ってないじゃん……」


 空っぽの巾着を逆さに振り、デミトリとリョウガの手元にある燻製肉を交互に見る。二人は慌てて口に仕舞い込んだ。途端に眉尻が下がるガラン。


「いいよもう、どうせ足りないし……。アッシュ、もう狩り行こう、狩り」


「そだね、行こ行こ!」


 立ち上がった二人をクリスが慌てて止める。


「待った。頼む、待ってくれ。もうすぐ仲間が来るから! な? な?」


「「はぁー」」


 力無く椅子に戻り、ため息をつくガランとアッシュ。


 二人が精霊魔法という力を見せたことで、ザビウスら衛兵は情報を共有すべくすぐに退席。クリスもぼうけんもの仲間に伝達を出し、すぐに駆けつけた第一陣五名を荷運び兼護衛として、ニコラスらキャラバンメンバーは納品に出た。デミトリとカミーラは念のために残り、明日の分の仕分け用の荷を待っている。護衛がついたことで回る件数も増え、明日にでも予定していた荷は卸し終えるはずだ。残り五名の護衛も第二陣として間もなく来るはずである。


 しかし、ガランとアッシュの予定は大幅に狂っていた。元々の予定では紹介状が届いたらその訪問先を確認。遠方であれば道中必要になる食料を割り出して買い出しか狩り、準備が整えば明日にもブラウドに挨拶して発とうと考えていたのだ。


 そこに予期せぬ誘拐疑惑の知らせで水を差された。昨日から戻っていないとすれば、飲まず食わずだと三日ほどで命の危険がある。アッシュが二日後、明日夕刻までと期限を設けたのはそのためだ。ガランも解決するまで、紹介状のことは一旦先延ばしにすると決めた。


「――しかし狩りか。正直、興味がある」


 リョウガが燻製肉を噛みながらそう言い、ガランとアッシュを交互に見る。


「リョウガさんも肉が好きなんだね」


 ガランの声に一度頷くリョウガ。


「肉も好きだが、お前――いや雇い主のお二人が何をしてるのかが気になる」


「ガランでいいよ」


「ボクもアッシュで。何をしてるかは……う〜ん。見たほうが早いかも。色々だもん」


 アッシュはそう言って立ち上がる。慌てて止めるクリス。


「だからまだ――」


「もう、着替えてくるだけだよ。ガラン、準備だけしとこ」


「わかった。あ、リョウガさん。字は読めるよね?」


 リョウガは無言で頷く。それを見てガランも頷き、アッシュと共に二階へと上がった。


「リョウガさんさぁ」


 静かに見ていたカミーラの声。


「あの二人に付ける護衛、ちゃんと見極めてよね。誰を雇うか選ぶのはあの子たちだけど。――世間知らずだし、舐めた人とかスレた人は止めてあげて。でないと危ない……アンタたちがね」


「そうだな……」


 リョウガはカミーラの言葉を燻製肉と共に噛み締め、クリスに視線を合わせて口を開く。


「今日のあの二人の護衛、俺とお前だ」


「まぁそうなるよな……あぁ、なんだかこの辺りが痛くなってきた気がする」


 クリスはベストの上から腹を押さえる。そこに第二陣の五人が明日用の荷と共に到着した。クリスが仲間をデミトリとカミーラに引き合わせ、指示を出している所に革服を纏い、荷まで背負ったガランとアッシュが階段を降りてきた。ガランは右手に槍を、左手は大き目の樽を抱えている。


「あ、もう来てるじゃん! じゃあ出よ、ガラン!」


「丁度良かったね。――デミ、ミラ! オレたち今日、外で寝るからボスに言っといて!」


 笑顔でそう告げ、手と槍を振って出ていく二人。デミトリは片眉を上げて、カミーラは苦笑いのまま固まる。


「今、外って言ったよな……」


「クリス、諦めろ。おい、ローブ貸してくれ」


 クリスはまたも腹を押さる。リョウガが仲間からローブを受け取り二人の背を追うと、慌ててクリスも仲間のローブを奪うように掴んで外に出る。


「ま、あの二人なら大丈夫でしょ」


 呆れたようなカミーラの声にデミトリも返す。


「どっちの二人も上手くやるだろ〜」



 そんな会話がされていると思いもしないガランとアッシュは北へと歩き出していた。アッシュは歩きながら指笛を吹いてクーを呼び寄せ、程なくして舞い降りたクーの頭を搔きながらリョウガに話しかける。


「森に近いのは北門だよねぇ?」


「いや、西門から出た方が近い」


 リョウガが一歩前に出て指で西を差す。


「じゃ西へ行こう〜」


「アッシュ待って道を――あ、二人が知ってるか」


「まぁな」


 ガランはぼうけんもの二人を見て頷いた。大通りを西へと曲がり、途中の馬車宿で荷車を借りて樽を乗せる。荷車はクリスが引いた。やがて西門に着くと、四人は警備の衛兵に預り証を見せて環壕を渡る。

 正面はほぼ草原だが、やや南寄りに丘の上にまばらに木が生えた林がある。丘の北側は斜面が急になり草原へと続いているが、その草原に一本の線のように切れ目も見える。その線は北西まで続き、その先は森となっている。

 ガランは周囲を見渡し、地形を読む。


「丘の上はまばら……斜面があって、右は多分下がってて……あの辺りは見えない――水場か沢があるといいんだけど」


 ガランのつぶやきにクリスが答える。


「沢なら森の手前にある。見えにくいが――ほらあそこだ」


 指差された方角は丘の北の斜面、その少し北側だった。それを見ようとガランがジャンプする。身長差でガランにはまだ見えなかったのだ。


「近そうだからクーを飛ばさなくてもいっかな。じゃあ解体はそっちでやるとして――ガラン、先に林を見よっか」


「そうだね」


 アッシュがベルトに差したピッケルを抜きながら提案し、ガランも同意する。槍とピッケルを突きながら歩き出した。リョウガとクリスも後に続くが、ガランたちが何を基準にどう行動しているのか思考を読もうと頭を回転させる。しかし少し遠回りに見える二人の行動の理由がわからない。


「なぜ真っ直ぐ森に向かわないんだ?」


 リョウガが二人に問う。


「危ないからだよ」


 ガランが立ち止まってリョウガに答え、アッシュも足を止めて振り向く。


「どう危険なんだ? 二人には何が見えてる?」


 ガランは一度アッシュと視線を交わす。アッシュが頷くのを見て少し説明することにした。


「えっとね、二人にも林……丘は見えてるよね?」


 頷くリョウガとクリス。


「丘の北側、ほらあの辺り」


 ガランは草原に引かれた線の周辺を差すように槍を向ける。


「線が見える? 草の線。あの辺は奥の地面が下がってて、それで線みたいに見えるんだ」


 ガランの予測にクリスが頷いて答える。


「そう。確かにあの辺りは窪地だ」


「やっぱりね。オレたちは初めてここに来たから、その窪地の深さも大きさも知らない。地面が硬いのか柔らかいのか、岩場なのか砂場なのかもわからない。それにあの丘」


 またもガランが丘を差す。


「南と比べて北は斜面が崩れてかなり急でしょ? 崩れたんだとしたら何故? 見えない地面と合わせて考えたら……さっき窪地って教えてもらったけど、知らなかったら大きな裂け目とか穴があるかもって思わない? 崩れた土も岩も見えないんだから」


「確かに」


 リョウガは頷いて同意する。


「そしてさっきクリスさんは、そのもっと北側に沢があるって言った。じゃあ、もしかしたら窪地は泥濘(ぬかる)んでるかもしれないよね?」


「そうかもしれないが……そこまで?」


「オレたち、今から森に入るんだよ? 獣しかいないなら良いよ、でも魔物がいたら? 知らない森の中で戦うの? 魔物の有利な場所で? オレは嫌だよ、木が邪魔で槍が振れないかもしれないし。弓だって木が邪魔で狙えないかもしれない。――アッシュ、そうでしょ?」


「そだねぇ〜。二人が弓か槍を持ってたら、また違うんだけど。剣だと獲物との間合いが近いからね。万が一魔物がいて、戦いになったときに加勢しようと思ってもさ、味方が密着してるとこに矢を射かけるなんて、そんな危なっかしいことできないよ?」


 リョウガは腰に下げた剣に視線を落とした。クリスも同様。どこか確かめるような手つきで柄に触れている。

 ガランはそんな二人を気にせず、言葉を続けた。


「魔物に追われた時、穴とか裂け目、泥濘んでる場所を上手に使って逃げたり戦ったりもできる。だから自分の目で見て、これで突いて確かめときたいんだ」


 そう言って石突きで地を叩く。

 リョウガは思わず問いかける。


「……精霊魔法っていう力があるのに、か?」


「そうだね、少なくとも今は油断したくない。衛兵さんが間に合わなかったら、オレとアッシュで探さなきゃいけない人がいる」


 ガランが力強く告げるとアッシュも頷く。リョウガとクリスも同意するしかなかった。


「了解だ」


 そして四人は丘周辺の地形を確認。沢はウルラスの湧き水でできた小さな沢で、雪解けで一時的に水量が増えた時のみ周囲に溢れたようだった。削られた丘は岩盤層が露出しており、湾曲して隆起している。ガランが(グラン)で叩いてみたが残された地盤は固く締まっており、大雨でも降らない限りはすぐに地滑りを起こさないと判断。丘の上を野営地に決めた。森の手前でクーを放ち、上空からの警戒を任せると沢を辿りながら森へと進んだ。


「ガランこれ……」


 アッシュが沢の石の隙間から猪の物と思われる毛を発見、摘み上げた。


「ヌタ場があるのかも……。静かに進も」


 ガランは立てた指を口元に当てる。

 警戒しながらゆっくりと進む四人。

 そして沢で水を飲む山猪を発見する。大きさはやや小さく体長七十センチ程。しかし十分な大きさだ。

 アッシュが静かに弓を引き絞り、僅かに(ウィンド)を纏わせた矢を放つ。

 左脇腹へ命中したと同時に駆け出したガランの槍も左胸に突き刺さる。


 ブヒュ……


 小さな鳴き声を残して絶命する山猪。


「急いで戻ろう」


 獲物運びはぼうけんものの出番だ。二人に先行させ、警戒はガランとアッシュの二人が行って無事帰還。森を出て荷車に載せ替えた。


「ふう……なかなか大変だ」


 重さ約八十キロの猪である。リョウガが前脚を、クリスが後ろ脚を持って森の移動。脚は縛ってあるとはいえ、重労働だったに違いない。そのまま一旦窪地まで戻り、丘の傾斜を利用しながら血抜きを行った。


「お疲れ様……って言いたいけどまだだよ。今のうちに薪拾い、だね」


「「了解だ」」


 そしていつもの解体と下処理が始まる。毛皮を剥ぎ、腹を割き、内臓を取って枝肉に捌く。獣脂も当然集める。いつもと違うのは塩漬けを作らない事と内臓の下処理だ。内臓は時間が取れない時は埋めてしまっていたが、今回は心臓と胃袋、肝臓と腸も下処理する。他の部位はクーが(ついば)んだ。


「あんなに重かったのに捌いたら半分以下、か」


「いつもはもっと減る。内臓(モツ)と脛の分だけ今回は多いよ。それに毛皮も残ったしね」


 ガランはそう言いながら中身を絞り出して洗った猪の腸を樽に入れ、被るくらいの水に漬ける。腸詰め(ソーセージ)の皮、ケーシングにするのだ。こうして一晩置いておけば腸内に元々いた腸内菌が活性化し、腸の内部に残った粘膜層を除去しやすくなる。


 その後ガランがいつも通り野営地周辺に獣避杭(ペグ)を刺して防水布(タープ)を張り野営の準備を、アッシュはモツと脛肉、端肉の塩焼きと骨スープを作っている。リョウガは周囲の警戒を、そしてクリスはボヤいていた。


「リョウガが飽きるのもわかるな」


 そう言って削ぎ肉の表面を、ポンポンと叩いている。

 塩を振って干網に並べた削いだモモ肉の表面が乾くまでの間、肉の表面に浮かんだ水分を手ぬぐいで叩きながら吸い取っているのだ。ガランの指示である。


「オレたちの特製だからね。時間があるときしか作れない」


 特製は、肉から出た水分を丁寧に丁寧に取り除き、水分から出る生臭さを極力減らした干し肉で作るのだ。表面が乾けば生臭い水を吸った塩も払い落とし、改めてハーブソルトを馴染ませながらアッシュが(ウィンド)を送って乾燥を早めさせるという念の入りよう。それをほぼ半日かけて燻す。出来上がったものは、濃縮された肉の旨味に塩とハーブが馴染み、燻香も強い。まさにガランこだわりの逸品。美味い理由である。


 食事も終わって夜。野営に使う夜具や木酢の道具類を見せ、どういう効果でどうやって作るのかをぼうけんもの二人に話すガランとアッシュ。翌朝には用足しに使う木酢染のマント、燻製に使う道具類をざっと説明して朝食を終える。


「さぁ忙しくなるよ〜」


 アッシュの宣言通り忙しく動く四人。

 ガランは漬けておいた腸の掃除をしながら燻製の火の番を、アッシュは塩漬けで使った古い塩を再利用すべく、小鍋で飽和食塩水を作っては手ぬぐいで漉し、火に掛けた大鍋に注いでどんどんと蒸発させる。ぼうけんもの二人は薪拾いに奔走だ。


 そして日が傾き始めた頃。漸く火を使う作業を全て終え、四人はトゥサーヌの西門をくぐった。荷車には猪の毛皮と骨、ソーセージを吊るした枝を縁に引っ掛けた大樽が載っている。ガランとアッシュは普段捨ててしまう戦利品を持ち帰りホクホク顔。リョウガとクリスの表情はどこかほっとしていた。


「「ただいまー」」


「おかえり」


 白フクロウ亭に戻ったガランとアッシュを出迎えたのは、意外な人物であった。

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