第39話 エルフ誘拐(前編) ―啖呵の切り方―
バタン!
勢いよく立ち上がったため倒れる椅子。
「で? 衛兵長さん、アンタら何してんの? 何してんのかって聞いてんのよ!」
カミーラが怒声をザビウスにぶつける。一部のキャラバンメンバーも殺気立っていた。ザビウスもその部下もその声を甘んじて受け止めている。
「我々も動いている。その中で次の――」
「さっさと取っ捕まえれば済む話だって言ってんの! 何ノコノコと人数割いて来てんのよ! 後ろの二人だって回せるんじゃないの?! それとも何? そいつら使えない木偶の坊な訳?」
ザビウスの言葉を遮り、カミーラは更に言葉を投げる。その肩を優しく叩き、宥める者がいた。デミトリだ。
「ミラ。気持ちは一緒だ、でも落ち着こう。ここでがなっても解決しない。それに――衛兵長は別のことも危惧してるよ。……それからアッシュ、抑えろよ。ガランもだ」
デミトリは倒れた椅子を戻し、カミーラの肩を掴んで強引に座らせると、ガランとアッシュにも視線を送った。
ガランもアッシュも怒っていた。
衛兵に対してではない。
アッシュは事件を起こした愚か者に。
ガランは事件が起こった背景に。
ザビウスら衛兵はキャラバンを襲った賊の聴取を済ませ、その目的と経緯を二日前に把握していた。目的は交易品の奪取だけではなかった。人身売買。その標的はエルフ。
賊のリーダー格の男はサンガという名のゴロツキ。ナナッカ村、ガランとアッシュが旅の最初に立ち寄った、あの廃村の出身だった。ナナッカ村は寂れた場所に位置するため、魔物や獣の被害が多発。地域を治める領主も被害を最小に抑えるべく、兵で見回りをするなど尽力していたが完全ではなかった。
遠すぎたのだ。
人命を重く見た領主は、トゥサーヌ砦跡の大規模拡張を決断。ナナッカ村を含む魔物被害が多い農村住人を積極的にトゥサーヌに呼び込み、随時受け入れを行った。
比較的若い家長の家族は早々にトゥサーヌに移住し、草原の開墾に早期から着手していた。しかし育った土地を離れ難く思う者も少なからずいた。年配の者が家長の家族は土地を捨てられずにギリギリまで村に残り、過疎が進んでままならなくなってから漸く移住。全世帯の退去まで四年を要した。
そこで少しの問題が発生する。開墾は重労働だ。長年耕作地として耕した畑とは違い、石や岩が地中に埋没している。取り除くだけでも一苦労。そして土が若い。硬い土を掘り起こし、岩を運び、堆肥を鋤き込み、漸く畑となる。最初は少ない人数で開墾した地。そこにダラダラと時間を掛けて人が来る。遅れて来るのは年長、年配者ばかり。来れば同郷の誼、付き合いで手伝わねばならない。そうなると開墾の苦労は後から来た者の方が少なくなる。少しの不満、愚痴をこぼす。そこに悪意はあったのか、なかったのか。
少しの不満を抱えていたのは農民らだけではない。金物や日用品などの物売り、飲食や機織りなど家業を営んでいた者の中にもやはり競争に敗れる者がいた。商売替えを余儀なくされるが、未経験の分野では見習いの小僧にも負ける。
それに耐えかねた者、はみ出した者。いつしかそれらの者で集まり愚痴をこぼし合うようになり、不満を口にする負の仲間で徒党を組んだ。時にはその捌け口として喧嘩を吹っ掛け、威嚇する。当然治安も悪くなり、はみ出した側に流れる者も出る。それがサンガをリーダーとした集団ができた理由である。キャラバンに居たサヴェル。彼もナナッカ村出身で、幼い頃はサンガの弟分として育った。
しかし家族のため、真っ当に生きるため。雑用、荷運び、森での採取、用心棒や寝ずの番など、他人がやらない、やりたがらない稼業を見出すことで踏み止まった者たちもいた。
ぼうけんものと呼ばれ、時に軽んじられるが、彼らにしかできないことは確かにあった。
そして共通する想い。
魔物さえ居なければ――。
そこに甘い話を持ち込んだ者がいた。エルフを連れてくれば白金貨十枚出そう、と。
その話を聞き、サンガがキャラバンに居た元弟分のサヴェルに目を付けて甘言で引き込んだ。キャラバンから荷とエルフを奪い、白金貨十枚を元手に他国に渡って暮らすことを目論み、悪事に手を染めた。サヴェルは私物の荷物から分不相応な大金が見つかってしまい、追求を逃れることができず手付として前金で渡されたものだと自供した。
そこで依頼者の存在が明るみになり、トゥサーヌに居るエルフの安否確認に衛兵が走る。その最中に染物工房の宿舎に戻っていない一人のエルフがいる事が判明。街門の名簿と徴税の記録とを照らし合わせ、街を出ていないことを確認。幸いにも人を隠せそうな荷や馬車が街を出た記録もなく、トゥサーヌからまだ出ていないはずと順次捜索が行われているところだった。一日だけ待ち、朝になっても戻らないのを確認してこの場に来たのだ。
「指摘の通り、我々の目が届かなかった落ち度は認める。全力を尽くすとも約束しよう。しかしその件だけを追う訳には行かないんだ。そこの青年――デミトリ君だったか、彼の言うように懸念がいくつかある」
ザビウスはカミーラに視線を合わせて真摯に答え、言葉を切るとニコラスに向き合う。
「懸念は大きく三つ。ひとつはこれが陽動だった場合、別の計画が裏に隠されている。例えば――商売を終えて大金を持っている商人をまた襲うとか」
ニコラスは眉を顰めたが、小さく頷く。
「そして二つ目。もっと沢山のエルフが狙われる可能性も考慮したい。だから捜索だけではなく警備も必要だ」
そこでカミーラも小さく頷く。
「最後三つ目。外患、だ。――エルフを攫い、その噂を流して精霊使いのエルフをこの街に呼び込む。争いで街を混乱させ、人心を乱して荒れさせる。その責任を領主に取らせ、最終的に街を――領地を乗っ取る。貴族が政争で相手を嵌める手段かもしれない。だから話を大きくできない」
ザビウスの話を聞き、カミーラが今度は静かに立ち上がった。
「衛兵長さん、怒鳴って悪かったわ。後ろの二人も木偶の坊って言ったのは撤回する。本当にごめんなさい」
カミーラは素直な謝罪の言葉を述べる。ザビウスの懸念は理に適っていると認めたようだ。そしてガランを見つめる。
「え? な、何?」
「もう、やっぱり鈍いわね。お詫びよ、お詫び。使いの子にはあげて、衛兵さんにはあげないの?」
「なんでオレの――まぁいいけど。はい、どうぞどうぞ」
ガランはそう言ってポーチから巾着ごと特製燻製肉を出し、テーブルの上に置いた。
「いや、我々はそういうのは――」
「じゃあ遠慮なく」
ザビウスの声を無視してリョウガが素早く一枚取って口に入れる。その行動にクリスが手のひらを己の額に当てて上を向いた。
「なんだこの味……マジで美味い」
「なんでアンタが食べんのよ」
カミーラの呆れた声に意にも介さずリョウガが答える。
「毒見だよ毒見。衛兵は他所で出された物は水の一杯も口にしない。――それにしても美味いな」
「あっそ」
気が抜けたようにカミーラが椅子へと座る。二人のやり取りで少しだけ場の空気が和らいだが、二人以外はまだ真剣な面持ちだ。
「お嬢さんの謝罪は受け取った。苦言も苦情も引き受ける、それも私の仕事だ。上に立つものとしてね。——話を戻そう」
ザビウスの話は提案だった。
「我々はこの街の衛兵。街の警備はできても個々人の護衛まではできない。かと言って危険を放置もできない。そこでここに居るリョウガらを改めて紹介したい。彼らはこの地を治める領主様の領内に限り、巡回警備の任に就けば手当として宿舎と食事が与えられる。――言葉は悪いが報酬の発生しない労役と同じ」
ニコラスが相槌を打ち、理解を示す。
「命を落とすほど飢えることは無いが――貯えまではできん、か」
ザビウスも頷いて言葉を続ける。
「そう。そして彼らにも税は課される。十日で二十ダル払えなければ労役。そして労役を務めても仕事が無ければ払えなくなり、いずれまた労役。私はそこから堕ちていく者を沢山見た。護衛が必要ならどうか彼らに仕事を――」
「十人雇おう」
「ボクが二人雇う」
ニコラスとアッシュの言葉がザビウスの言葉を遮る。
「甘いな。二人共」
その声はリョウガだった。少しだけ自虐的な笑みを浮かべている。
「いいや。甘くないさ」
ニコラスがにやりと笑う。
「甘くないさぁ〜」
アッシュもニコラスの台詞を真似、リョウガを見つめる。
「ウチのキャラバンは戻る組と進む組に分かれる。さっきの話じゃロクサ村の者も此処へ移ったんだろう?」
ニコラスのその問いにはザビウスが答える。
「あぁそうだ。過去の反省を活かして領令で一度に全員強制で移り住んでもらい、今は北東の開墾をしている」
ニコラスは少し首を傾げ、目を細めた。
「だが去年の秋にそんな領令は出てなかった。……と言うことは領令が出たのは秋以降、移動は冬前だろう。理由は凶作か、賊が流れてきたか、魔物が増えたか、あるいは全部か。――あぁ、他国の人間に言えないのはわかる。理由は聞かない。だが俺の勘が合ってるなら、連れて来た護衛は全部戻る組に付けて返したい」
「なるほど。ここで稼いだ分は、信用できる護衛を付けて本国に戻す、か」
リョウガがまたも自虐気味に笑う。しかしニコラスは真顔で告げる。
「当然だ、エルフを攫った者がいる国だぞ」
これにはリョウガも何も言えない。笑みを消し、目を伏せる。ニコラスはほんの少しだけ眉を下げ、リョウガに語りかけた。
「……でもな、俺はアンタらを信用していいとも思ってるんだ、勘だけどな。あのロクサ村で一緒に食ったパン――美味かったろ?」
「あぁ。あれは――美味かった」
「あの時、アンタらは荷の護衛だと言った。ここに来てすぐわかったよ、食料不足だってな。恐らくロクサじゃ秋蒔きの種も蒔いてないはず。当然ここ、トゥサーヌでも。納品先が提示してきた金額ですぐわかる。それから労役宿舎でのスープの具の少なさ、エールの味、食い物の質。そして――ガランが買った交易品の茶葉の値。茶を買う余裕がなくなってきて、売れ残って値を下げた。食い物はジリジリ値が上がってる。まだ上がるかもな、これも勘だ」
ザビウスらトゥサーヌの者は口を挟めない。図星だからだ。
「そしてそのことを他所の商人はまだ知らない。知らないから入ってくる食料の荷も少ない。多分領主は動きたいんだろう、なぁ衛兵長。だが、さっきの三つ目の懸念と似た理由で邪魔が入る。あぁ勘だ。だからウチが勝手に運ぶのさ、蜻蛉返りでな。そのために持たせる金がいる。夏に間に合わせるために人も要る。そして本隊はここで雇った護衛を連れて東に進む。進んだ先で、運べる食料があったらここに運んで卸す。金儲けってのはな――飢えて、争って、人が大勢死んだら困るんだ! ここで護衛を雇えば、そいつには腹を空かせた家族が待ってる。裏切って襲うなんて考えん。必死になって守るはずだっていう計算、打算だ! どうだ! これでも甘いか!」
気持ちが良いほどの啖呵を切って周りを見渡すニコラス。ザビウスはニコラスを見つめ、深く頷く。リョウガも顔を上げ、満足げな笑みを見せる。そしてアッシュも切り出す。
「ボクらはねぇ、キャラバンじゃなくて歩き旅。殆ど野宿で宿には泊まらない。それで色んな場所を見ながらスカッチまで行くんだ。ね、ガラン」
「うんうん。小さい荷車は欲しいなって思うけど」
「寝る場所も料理も全部、自分達で何とかするんだ。身を守るのもね。領内だけでもそれに付いてこられたら……少しだけ『生きるための力』が身に付くかもね。――そして雇う条件だけど」
そこでアッシュは風を発動。静かに逆立つダークプラチナの髪。
それを見てガランも己の手を擦り合わせて火を発動させる。途端に熱気が周囲を包む。
二人の精霊魔法の発動に目を見開き、驚愕する衛兵とぼうけんものたち。
「明日の夜までに攫われたエルフを連れ戻すって約束して。でないと――ボクとガランが力ずくで探す」
ガランもアッシュも怒っていた。
ここまで一度も笑わぬくらいに。




