第37話 職人通りの鍛冶師
「ガラン、今日の納品は職人通りなんだが――良かったら一緒に行くか?」
ニコラスの提案に思わずスープを飲む手が止まるガラン。すぐにその提案に食いついた。
「行きたい!」
「ボクも行ってみたい! ダメかな?」
アッシュも食いつき、ニコラスはにやりと笑う。
「やっぱりな。二人共釣れた」
横ではサガットが少し苦笑いをしている。
「二人共見事に思惑通りだな〜」
デミトリの言葉につい視線を交わすガランとアッシュ。
「昨日、ミラが潰れたろ? 今日は二日酔いで出歩くのがキツイってボスに泣きついたからさ〜」
そのデミトリの言葉をサガットが更に補足する。
「だからミラはここで留守番しながら明日分の荷の仕分けに回る。ま、ミラの代役だな」
「「なるほどね」」
昨夜のカミーラの絡み酒っぷりを思い出し、納得して頷くガランとアッシュ。先刻、カミーラは食堂に顔を出していたがすぐ消えていた。
エルフは体質なのか、本来アルコールには弱い。度数10パーセント程の蜂蜜酒も5倍以上の水や茶で割り、それも時間を掛けてゆっくりと飲む。カミーラは昨夜、度数5パーセント以下の麦芽酒とはいえジョッキで飲み、二度のお代わりまで飲み干していたのだ。二日酔いも納得である。
「たまにはいいじゃないか。エルフが潰れる程飲むなんて普段はしないし、できない。ウチはそんなに話がわからん隊商じゃないぞ? 俺が許したんだ、大目に見てやろう」
「それは――ボスが酔う口実に聞こえるね〜」
「バレたか。――ハッハッハ!」
「「アハハ!」」
ガランとアッシュはニコラスの語りを良い話だと聞いていたが、続くデミトリの言葉と悪びれもせず笑うニコラスに釣られて笑顔を見せる。冗談めかしているがニコラスのそれは本心なのだ。二人、特にアッシュはエルフの過去を知っているだけにカミーラは愛され、大事にされているのだとわかる。もちろん、軽口を許されているデミトリも愛されているのだろう。ニコラスは文字通りボスの器を備えていた。
アッシュは何かを感じニコラスに尋ねる。
「あのさ、ニコラスさん」
「んー?」
皆の視線がアッシュに集まる。
「えっと――ボクもボスって呼んでもいい?」
アッシュを見ていたガランもすぐさま視線をニコラスに向けて問う。
「オレも! オレも呼んでいい?」
二人に問われたニコラスは呆れ顔で、しかし少しの照れを含んで二人に答える。
「なんだ、今更だな。もちろん構わんぞ?」
「「ありがとボス!」」
早速ニコラスをボスと呼ぶ二人。アッシュが感じたもの。それは恐らくニコラスが持つ父性だ。ガランがすぐさま言葉を重ねたのも恐らく同じ理由。
「お、じゃあ早速『仲間入り』の酒を――」
「デミ、仕事が先だ。皆も準備するぞ」
デミトリの軽口とサガットの冷静な言葉。皆、笑顔で準備に取り掛かった。
◇ ◇ ◇
「こっちだこっち。――こっから職人通りだな」
「「おー……」」
ガランとアッシュはニコラスを含む他メンバー四人と共に職人通りに着いた。荷車を引くガランの瞳が輝き、アッシュも好奇心が疼いている。
生鮮市場とは逆、宿から見て南西寄りの地区の一角はまだ建物が建っておらず資材置き場となっていた。恐らく拡張中の南部や未完成の西部に資材を運びやすいように仮決めされたのだろう。通りの手前は完成している住居を兼ねた店が並び、中央辺りは移動式の屋台が並んでいる。更に奥が資材置き場だ。屋台を出している建物は内部がまだ未完成と思われた。
「ガラン、俺達は中央からだ。――おーい。そっち、頼むぞ」
ニコラスはガランとアッシュにそう告げ、メンバー三人ともう一台の荷車を残して奥へと進んでいく。荷は幾つかの麻袋や染物を入れた大きな木箱、大樽が一つ、ジョッキサイズの小樽が二〇個程、麻の大袋が二袋。小樽の一つには柄杓が二つ入れてある。
ガランとアッシュは帰りにゆっくり見物すると決めていたが、やはり気になるのかチラチラ視線が動いてしまう。
「よし、一軒目はここ。――毎度! アーリア商連ニコラスだ。荷の検品を頼むよ!」
その店は革製品を扱うようだ。裁断された様々な大きさの革や、革縫いで使う指抜きなどの他、撚ったロウ引き糸や染料も、棚や木箱に収められている。いくつか手袋やブーツも片側だけ並んでいた。恐らくオーダーメイドも請け負っているのだろう。
「はいよ、お疲れさん」
中から店主が出てくる。ニコラスは木箱に入った麻袋一つと大袋一つを下ろした。
「じゃあ中を見てくれ。あと、塩漬けはどうだい?」
「味を見ても?」
「もちろんだ。ガラン、大樽を開けてくれ」
「はい――どぞ!」
ガランが大樽の蓋を開けると途端に爽やかな香りが鼻をくすぐる。オリーブの塩漬けだ。ニコラスは小さな穴がいくつも空いた水切り柄杓で慎重に中身を混ぜ、ひと掬い持ち上げた。店主は一番上のひと粒を摘んで口に入れ、口の中で転がしながら味を見る。ガランは思わずゴクリと唾を飲んだ。
「――うん、いいね。これも小樽で一つ貰うよ」
「ほいきた。アッシュ、小樽に水切りですりきり五杯、被るくらいの漬け汁な。詰め替えてくれ」
「ほいきたー!」
アッシュはニコラスの口調と手付きを真似、丁寧に混ぜてから水切り柄杓でオリーブを掬い、樽の縁で柄杓の横をトントンと叩いて均す。事前に『嵩を減らしすぎないのが商売のコツ』と聞いていた。柄杓の縁から多少粒が頭を出すくらいの量にしてチラリとニコラスを見る。ゆっくり一度目を瞑ったのを確認して、同じ分量で五杯掬って詰め替えた。
「トーリーちゃんやカミーラちゃんに代わる看板娘かい?」
「おいおい、ウチの娘達に手ぇ出すなよ?――なんてな! ハッハッハ!」
「おっとおっかない。ま、品を見よう」
店主はそう言って袋を開いて検品を行う。その後、ニコラスと店主はお互いの手のひらに指で数字を書きながら値段交渉に移る。交易品は時価に近い。金額を口に出さないのも暗黙の了解だ。数回お互いの手のひらをくすぐり、最終的には握手で商談成立となった。
「二の四の――うん、確かに。――それで次回なんだが……すまんが数の確約ができん。遅れるかもしれないんだが……」
ニコラスは店主が袋に入れた金額を確かめて懐に仕舞うと、次回の商談が難しいかもしれないと断りを入れた。
「そうか……。ま、確約できないのはこっちも同じ、気にしなさんな。来た時には顔出してくれよ。出来れば物を持って、な」
店主も頷いて了承した。
「悪いね。じゃガラン、運んでやってくれ」
「ほいきた!」
ガランもニコラスを真似、荷を抱えて店主と共に店の奥へと運ぶ。そのガランの背を見ながら、アッシュは今更な疑問をニコラスに問う。
「ところでボス、『ほいきた』って何?」
「そりゃあ……合いの手とか掛け声、だな。返事の『はい』を『ほい』とか、『さぁ』を付けて『さぁ来い!』とか言うだろ? ――って、わからずに使ったのか」
「アハ……でもなるほどね。そっか、掛け声かぁ〜」
そんな会話をしてるところにガランが戻って来た。
「ねぇボス、さっきの『ほいきた』って――」
「「プッ」」
思わず吹き出すアッシュとニコラス。三人はそんな他愛もない話をしながら次々と納品を終わらせた。
「よし。塩漬けは余っちまったが納品は終わり――あぁ、そこの人足飯場にも声掛けるか。塩っ気がある物を欲しがるかもしれん」
資材置き場近くまで来たついで、とばかりに飯場へと向かう三人。そこに小さな露天炉窯があるのをガランは見逃さなかった。
「炉窯だ! ――そうか。道具の打ち直し……釘打ちもある!」
「ドワーフだし気になるか……。もう荷もないし、見てきてもいいぞ?」
「うん! あ――いや、ちゃんと許可取るよ。きっと黙って見たら良い気はしないはずだから」
ニコラスは深く考えなかったが、商人と職人は売るモノが違う。職人は商売もするが、基本はその腕を売るのだ。作った物は見てもいいが、作ってる姿、技術は安売りしない。
「そうか……なるほどな」
ニコラスも商人らしくガランの意を汲み、すぐさま納得する。アッシュもぼんやりとだがわかる気がして頷いた。
その三人の姿を見、話を聞いていた者がいた。
「ほう坊主、わかってるじゃないか」
「え?」
ガランが振り返ってその声の主を見る。
そこに立つのは一人の男。背は低いが逞しい体躯、分厚い手のひらに太い腕と大きな足。そして燃えるような赤い髪をきっちりと編み込んだ三つ編みと整えられた髭。ドワーフだ。
「あ……」
ガランは思わずつぶやき、そして感極まる。漸く会えた同胞の姿に荷車の持ち手を離して立ち尽くす。下唇を噛み、胸に込み上げてくる何かを懸命に堪えながら、何度も何度もただ頷く。
ガランの背にそっと手を添えるアッシュ。
そのアッシュの姿も今は視界に入らない。爺さん達の姿が目の前の男に次々と重なり、浮かんでは消える。色々な想いで胸がいっぱいとなり、一言つぶやいたきり言葉が出ない。
そしてそのガランの様子を見て戸惑うドワーフの男。
「お前――も、ドワーフか。だがその髪は……」
「――オレ、オレ……。セミュエンから、来たんだ」
漸く発したガランの声に呼応するように、一筋の涙が頬を伝った。そして驚愕するニコラスとドワーフの男。
「セミュエン――だ、と」
ニコラスのつぶやきを聞きアッシュが告げる。
「ボスごめん。ちゃんと話す。けど、後でいいかな?」
「あ、あぁ……落ち着いてからで構わん」
ドワーフの男は、二人の会話を聞きながらも視線をガランから外さず、静かに頷く。
「そうか……お前は……。そうか。……そうか。俺はブラウド、お前の名は?」
「オレは……ガラン、です」
「そうか。そうかガラン。――話を、話をしようじゃないか」
「う……グ……うん、うん」
ブラウドは涙を拭うガランに一歩近付き、その肩を優しく叩くのだった。
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