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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第三章 キャラバン —砦の街・トゥサーヌ編—
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第36話 市場へ

「ガラン、お待たせー」


 着替え終わったアッシュが部屋から出て鍵を掛ける。旅装を解いたその姿は、里にいた頃とは随分違っていた。袖無しのワンピースの丈は長く、色は生成り。プリーツが施されたスカート部は歩くたびに膨らみ、ヒラヒラとした裾につい目が向く。ウエスト部にはいつものポーチベルトが巻かれ、肩に草木染フェルトのストールを羽織り、トグルボタンで留められている。ストールは言わずもがな、ワンピースもプリーツを折り込めばほぼ四角となり、巻き畳めば嵩を減らせる工夫が為されている。これであれば背が伸びても丈の心配はいらないだろう。


「アッシュ、その服も似合うねー」


 部屋の扉の外で待っていたガラン。自然と褒め言葉が出るのは友情の証か。ガランもアッシュと同じく服を着替えていた。ダボッとした太めの藍染綿パンツ、炭と煤で染めた灰色ベースの(まだら)模様のショートローブは腰丈よりやや長い。ズボンの丈が八分なのは動きやすさを重視したようだ。アッシュと同じくポーチベルトを巻き、いつものピッケルも差してある。


「ガランも格好いいじゃん! そのズボンも『ジーパン』――うん。ジーパンぽい! 今度お尻にポケット付けようよ! こんなステッチ入れてさ!」


 アッシュは空中に指で山を二つ描く。


「ポケットにステッチって……いるの?」


「いるいる!」


 ガランの疑問に自信満々で肯定するアッシュ。ガランはどうやらジーパンもポケットのステッチも『記憶の何か』だと当たりを付け、流すことにした。


「ふーん。役に立つならそうしようかな」


「役に立つかは――ま、いいや! それより()()に行こう!」


 右の拳を上げてそう宣言するアッシュ。ガランも頷き、並んで階段へと向かう。クーは着いてすぐに部屋の窓から外に放ってある。


 ここは宿屋白フクロウ亭。一階は受付でカウンターを挟み奥が厨房、手前はロビー兼食堂となっている。二階は大部屋が三つで三階は二人部屋が六つ。単身個室はない。

 今回は大部屋二つをキャラバンで押さえており、大部屋は貸切だと人数に関わらず一泊一部屋100ダルだが、ベッドは八人分しかない。二人部屋は一部屋50ダルだ。ちなみに貸切じゃなければ大部屋一人一泊15ダルである。

 宿泊費としては安い部類の宿だが理由は二つ。ひとつは狭いこと。ベッドは全て二段ベッドだ。もうひとつが火の提供がないこと。つまり部屋に暖炉も灯りもない。しかしベッドには清潔な羊毛マットが敷かれ、柔らかい。労役宿舎の藁敷とは大違いである。


 二人は階下に降りる。そこにはカウンターを挟み、話をしているトーリオと恰幅の良い中年男性が居た。男性は宿の主人だ。


「あ、トーリオ!」


 アッシュの声で振り向いたトーリオはワンピース姿のアッシュを見て目を丸くする。ストールを羽織ってるとはいえ肩出しはまずい。美しいエルフ族の娘、肌の露出は良くない。()()()()()()()()だ。目まぐるしく思考を巡らせるが言葉を発せないトーリオ。


「女部屋の鍵、渡しとくよ! ボクら夕方には戻るね!」


 流れで鍵を受け取ったトーリオ。何とか立ち直り、手を振る()()()()腕を掴んだ。


「ま、待った! 待った待った!」


「え?」


 腕を掴まれたガランがトーリオを見上げるが、トーリオはガランではなくアッシュを見ている。


「ちょ、ちょっとだけ待ってくれ二人共。トーリー! ――は、親父と一緒か。えぇとじゃあミラ! ミラ! ……あぁサガットと出たんだった。あぁクソッ! どうするか――」


 ガランの腕を掴んだまま右往左往するトーリオ。ガランとアッシュは顔を見合わせる。宿の主人も困惑顔で頭を掻き、助け舟を出した。


「お嬢ちゃん。その服はとても似合ってる。でも()()()()()()困るモンが居るかもな。()()()はないのかい?」


「そっか困る人が――ガランと同じ短ローブなら……」


「じゃあそれを着てくるといい。二人()()()なら誰も困らないさ」


 上手い言い回しにトーリオは激しく頷いて、受け取ったばかりの鍵をアッシュに差し出す。アッシュも()()()()()()()と思い、鍵を受け取るとガランに少し待つよう伝え、階段を上っていった。


「はぁ〜。ガラン、頼むよ。もう少し気を付けてくれ」


 そう言いながら力無く項垂れるトーリオ。


「オ、オレなの?」


 ガランは己を指差し、思わず眉尻を下げる。


「男は……若い男ってやつはなぁ――」


 トーリオがガランに伝えようとした時。


「これなら誰も困らないよねー?」


 ストールの代わりにショートローブを着たアッシュが階段の踊り場に姿を見せ、その場でくるりとターンを決める。裾がふわりと浮き上がり、ふくらはぎがちらりと見えた。


「「回るのも駄目だ!」」


 トーリオと主人の声が重なる。


「もう、注文が多い宿屋――あれ? なんか違う気がする、けど……ま、いっか」


 アッシュは何かを思い出しかけたが気にせず、今度こそ鍵をトーリオに渡し、ガランと二人で通りへと出た。


「ね、ね。どっち行く?」


「オレ、ニコラスさんに聞いた! 市場は東だって。北に進んで通りを見ながら探そうよ」


 ガランの提案に頷くアッシュ。

 行き交う人や荷車、建物の窓から見える人々の生活や景色を眺めながら、ひと先ず北へと進む二人。先程の宿での会話で『見る、見られる』ことに困る人も居ると知り、ジロジロと観察したりせず、ただ気ままに景色を楽しんだ。

 そして建物の裏の樹木に小動物も居るのを発見したガラン。


「見て、アッシュ! リスがいる!」


「どこ? ――ほんとだ! 森じゃなくてもいるんだねぇ〜。あれ? あの箱、巣箱じゃない?」


「確かに巣箱だね。 ああ! 高いとこにもある! あれは鳥のかも」


「面白いねぇ〜。あ、あっちの道! 樽とか木箱が見えるよ」


 アッシュが目敏く店先に並んだ商品を陳列してるであろう木箱を発見し、ガランの肩を叩く。


「ちょっと待って。道覚える……えぇと宿はこっち、で、角の目印は――」


 ガランはウルラスでの経験から、地理情報の重要性を知っている。位置関係をしっかりと頭に叩き込んで歩き出す。その姿にアッシュは頼もしげに頷きながら横に並ぶ。


「さっすが、ガラン。抜かりないねぇ〜」


「迷ったら困るからね。信用できる人、まだ少ないし」


「……そだね。衛兵はもう覚えたけど、そう簡単に――って。いたね」


 二人が進む市場の手前。おそらく巡回中と思われる衛兵の姿を目にする。物や金銭が動く市場では揉め事(トラブル)も多いのかもしれない。二人は視線を合わせ頷いた。気を引き締めるとの意思確認だ。

 二人は歩きながらポーチベルトを腹の前に回し、蓋が開かないよう手を添える。右に立つガランは左手で、アッシュは右手で抑える。ポーチは蓋の前垂れを革紐で結んであり勝手に開くことはないが、注意していると()()に思わせるだけでも防犯効果はあると学んでいる。これも自警団であったジローデンの教えだ。


「さてさて……。何があるかな〜」


「肉――は無理か。焼く場所がない」


「アハハ! そだね〜。果物とかがいいかもね!」


 どうやら生鮮市場らしい通りをゆっくりと、しかし流れの邪魔にならぬよう見て歩く二人。と、アッシュが気になる店を見つけた。


「この匂い……多分お茶だよねー。ガラン、見ていこうよ」


「うんうん。オレも気になる」


 二人揃って店先に並んだ茶葉を珍しげに眺める。どうやら乾物全般を扱っている店のようだ。隣の棚には干された植物の茎や木の根、樹皮などが並んでいる。親指ほどの太さに巻かれた葉巻らしき物も売っている。


「いらっしゃい。その桝は茶葉だね。どんなお茶が好みだい?」


 老齢の女性が二人に声を掛ける。店主のようだ。


「こんにちは。そだねぇ〜――美味しいやつ?」


「……そりゃあ美味しいのが良いだろうさ。大雑把なお嬢ちゃんだねぇ。そうじゃなくて――あぁそうだ、どんな時に飲みたいんだい? 合わせたい料理とかでもいいんだよ?」


 そう問われて少し悩む様子のアッシュ。ガランは迷わず告げる。


「肉!」


「肉って……アンタも大概だねぇ。料理の仕方とか味付けってモンがあるだろう?」


 やや呆れながらもその会話自体が楽しいのか、店主は目尻を少し下げた。今度はガランが少し悩む。


「喉が渇いた時にスッと飲める――あ、『麦茶』! 麦のお茶ってある?」


「おやまぁ、一番安いのと来たかい。いいや、値段の多寡じゃないね、欲しいものを売るのが商売さ。もちろん麦もあるよ」


 店主はそう言いながら、箱の一番奥から麻袋を引っ張り出すと、中身を手のひらに乗せてアッシュの前に差し出した。香ばしく煎った麦は大麦だろうか。その香りがアッシュの『記憶』をさらに引き出す。


「これって『煮出し』? それとも『水出し』もできる?」


「おや。お嬢ちゃん、それを知ってるのかい。勿論どっちも出来るよ。煮るなら水からひと煮立ち。水で出すなら――まぁ一晩かねぇ」


「味を見たいけど……香りが良いから買うよ! 10ダル分ってどれくらい?」


「そりゃありがたいけど、10ダル分はこの麻袋一つ分もある。半分にしときな」


「そっか」


 アッシュの方はどうやら決まりそうである。そして悩んでいたガランが店主に質問をぶつける。


「お茶で肉を煮たり……できるかな?」


 その質問に店主は少し驚きつつもゆっくりと頷く。


「アンタ、なかなかの食いしん坊だねぇ。あるよ、肉を煮るお茶」


「あるんだ!」


 これにはアッシュも驚きである。


「少し発酵した茶葉で煮ると、肉が柔らかく仕上がるよ。これがその茶葉」


 今度は店の奥から手のひらサイズの小箱を取り出す。香りが飛ばないようになのか、それとも発酵を遅らせるためなのか、小箱は嵌め込み式の蓋で閉じられていた。


「南にあるイスード王国産のダジリンって茶葉さ。この茶葉は甘い香りがしてねぇ。そのまま淹れても美味しいし、香りを活かして煮込み料理にも使える。この箱ひとつで80ダルと、少し値は張るけどね」


 ガランは箱に鼻を近づけ、香りを確かめる。確かに香りが強く、どこか甘さを感じる。さらにもうひと嗅ぎして瞳を閉じる。秋のモリブドウよりも少し若いような、果実の香りと初夏の草原の匂いを感じる爽やかさ。ガランはこの香りが気に入った。


「買うよ!」


 美味しいものなら食べ物も飲み物も頓着しない、ドワーフの本領発揮である。


「おやまぁ豪気なこと。でもいいのかい?」


 店主はガランからアッシュへと視線を移すがアッシュも頷いている。


「気に入ったのに諦めるのもねぇ〜。それにその箱。箱も手が込んでるのがわかるよ」


 その言葉に店主も頷く。


「そうかいそうかい。箱の値打ちも込みでわかってくれるのかい。じゃあ問題はないね」


「うんうん。じゃあ――はい、100ダル金貨。――あ、麦も一緒に払う。アッシュ、お釣り受け取って。立て替えの分だよ」


 ガランが金貨を渡し、麦の麻袋と茶葉の小箱を受け取る。


「毎度あり。――あぁそうだ。この冊子も付けてあげようか。たまに商人が持ってくる、まぁ名産品の案内書だけどね。売り物じゃないからそこら辺じゃ手に入らないやつさ」


 アッシュはお釣りと冊子を受け取り、パラパラと捲ってみた。ページ数は少ないが、挿絵や簡単な地図も載っている。


「うわぁ〜異国の冊子だ! おばさん、ありがとう!」


「ありがとう! オレたち得しちゃった。ね、アッシュ」


「うんうん」


 素直に喜びを顔に出す二人。


「あぁ〜、こっちも気分がいいねぇ。また是非来ておくれ」


 二人は店主に手を振り、市場をまた歩き出す。途中色々な店を冷やかしつつも干した果実、珍しい香辛料や調味料も少量ずつ買い、元来た道へと引き返す。乾物屋の前で買ったものを掲げて見せながら、また店主に手を振る二人。まるでもう馴染みの店のようであった。

 宿に戻る途中、不意に現れたクーがガランの持つ麻袋に止まった。そのままガランの肩に上がると、その背後に向けてひと声鳴く。


「キュ!」


「「クーおかえり!」」


 珍しいクーの行動に、声をかけながらも背後に目を遣る二人。


「……チッ」


 二人の視線の先に怪しい人影はなく、ただすれ違う人や偶々同じ方角に進む者しかいない。遠くで舌打ちのような音が聞こえた気がするが、舌打ちとの確証もなかった。


「気のせい、かな?」


「たぶん? まいっか」


 考えても仕方がないと宿へ向かう二人。宿の前は少し時間差で先に着いていたのかデミトリの姿があった。


「あ、デミ! おかえり!」


「お〜。二人共、そっちもおかえり。――っと、トーリオから聞いたよ〜。()()()()()んだって〜?」


「「やらかし?」」


 揃って首を傾げる二人。心当たりはあるようで無かった。


「ま、いいか〜。さ、入った入った〜」


 二人の背を押しながら宿へと入るデミトリ。キャラバンメンバーも揃っているらしく、既に食堂の一角にメンバー用の席が取られていた。サガットとカミーラ他、数名が席について話している。


「じゃあ荷を置いたらすぐ戻るよ。ガラン行こ」


 二人はカウンター奥の宿の主人に軽く手を上げて挨拶し、部屋に戻ると荷を置いてすぐまた食堂へ。ちなみに女性部屋にはデミトリとガランも同室となっている。理由は人数合わせの意味合いもあるが、デミトリはエルフ、ガランは子供扱いと少し差があった。


「はい、アッシュ! ちょっとこっちへ! ガランも来なさい」


 少し険しい表情のカミーラに呼ばれ、少し不安になる二人。思わず顔を見合わせたが、いそいそとカミーラの前に座ろうと椅子を引く。


「こっちこっち! アッシュは私の横、ガランはその隣よ」


 有無を言わさぬカミーラ。奥の席へと呼ばれる。


「ど、どしたの?」


「ボク、何かしたっけ?」


 座りながらも動揺する二人。カミーラはアッシュの方へと椅子を寄せ、ガランも手招きして近付くよう促すと、額をくっつけるようにしながら口を開いた。


「トーリオに聞いたわ。でもあなたたちはその――鈍そうだからハッキリ言うわ。男はね、見たがりなのよ」


「見たがりって――」


 ガランは疑問を口にしたが、カミーラの視線が続きを話すのを許さない。


「ガランは――まぁ()()()()ね。でもこう、女と男の違いはわかるわよね?――いいえ、もっとハッキリ言うわ。男はね、おっぱいが好きなの」


「おっぱ――ムググ」


 アッシュの驚きの声をカミーラの手が塞ぐ。


「静かに! 好きなのよ、間違いなくね。だからね、それを連想させちゃダメなの。例えば二の腕とかふくらはぎとか()()()()()()場所は要注意よ。脇の下なんてとても危険だわ! 何ならうなじの窪みですらダメなんだからね?」


 ガランはつい己のうなじを触ってみる。しかしよくわからない。


「いいのよ、確かめなくても! 極浅い窪みが影みたいに見える場所があるの! まぁだから――普段は意識しなくてもいいから、外に出る時は……そうね、腕は手首まで、足は絶対見せちゃダメ! わかった?」


「暑いと――」


「わかったかって聞いてるの! 返事は『はい』以外にはないの! わかった?」


「「はい!」」


 カミーラの気迫に押し切られるガランとアッシュ。気が付けば、いつの間にかトーリーや他の女性メンバーも席に着き、うんうんと頷いている。


「お、みんな揃ってるな。じゃあ始めるか」


 何も知らぬニコラスの合図で始まった食事会。カミーラは絡み酒だと間もなく知ることになるガランとアッシュであった。

お読みいただいてありがとうございます。


ガランとアッシュのお出かけ回でした。

次回、ついに――

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