第35話 懸念解消
「「え? ここ?」」
意図せず言葉が重なるガランとアッシュ。
「あぁ。ここだ」
リョウガは何事も無いかのように告げる。
「……まぁ仕方ない、か」
ニコラスも頷くがその表情は苦い。
検問を終えたキャラバンと合流したガランとアッシュ。何処かの宿に泊まれると初の宿泊に心躍らせていたが、リョウガに告げられた言葉に冷水を浴びせられた。
『全員同じ場所に居てもらう』
考えてみれば当然だった。全員に内通者の容疑が掛かっている。証拠もないのに牢に入れられないが、監視を外すわけにもいかない。そしてぼうけんものに連れて来られたのがここ、労役者用の宿舎。
「心配はいらん。荷の番はこっちに任せてくれ」
リョウガがさも当然と言った口調で告げるが、ニコラスは曖昧に頷くしかない。ガランとアッシュも微妙な表情だ。
「オレ、まさかすぐここに来るとは思わなかった」
ガックリと肩を落とすガラン。
「ボクもだよ〜。こんな『フラグ』みたいな――ってなんだっけ……ううん、今はいいや」
アッシュもフラグの記憶は追わず、頭を振って今は忘れることにした。他のキャラバンメンバーも落胆を隠せない。配られた固いパンと濃い塩味のスープで腹を誤魔化し、その日はこれまた硬いベッドで眠った一行であった。
翌朝。宿舎の食堂で朝食の豆スープが配られていた。
広い食堂に労役者は居らず、別の宿舎棟を使用していた。労役姿を見られたい者などやはり居ないのだろう。
ガランとアッシュはニコラスと同じテーブルに座っていた。トーリオとトーリーの兄妹がニコラスを挟み、ニコラスの正面にアッシュが、その右にガラン、左にサガットも居る。六人掛けのテーブルは六つあり、隣のテーブルにはデミトリとカミーラと女性メンバーが、他のテーブルは組ごとに分かれたのか幾つか空席が目立ち、テーブルもひとつ空いている。
スープを飲み終えた頃、リョウガから衛兵の一団が到着したと告げられ、三人の衛兵が食堂へと入ってくる。空いたテーブルに年長らしき衛兵のひとりが座り、残り二人は椅子には座らず、座った男の後ろに立った。衛兵の姿に緊張感が漂う。キャラバンメンバーは不安さを隠せず、ざわめきが少し大きくなった。
リョウガも衛兵の隣に座ると室内に居たぼうけんものたちへ、手のひらを下に振って合図を送る。メンバーらはそれを見て跳ね上げ窓の縁や壁にもたれ、楽な姿勢を取った。ハンドサインが決められていたのだろう。ガランとアッシュは興味深くその仕草と動きを観察する。
座った衛兵が咳払いをひとつ入れた。少しざわつきが収まったのを見計らって口を開く。
「早くから申し訳ない。私はザビウス、この街の衛兵長をしている」
ザビウスは口調は柔らかいが目付きの鋭い男だった。鍛え上げられた肉体は厚みがあり、閉じられた制服のシャツのボタンが千切れるのではないかと張り詰めている。肉体の威圧感のせいか座っていても低くは見えない。姿勢が良いのも影響しているだろう。濃い赤茶色の髪は整髪油で整えられ、後ろに撫でつけてある。
そのザビウスの背後に立つ若い二人も、立派な体格をしているがザビウスには及ばない。
ザビウスは言葉を続けた。
「賊に襲われた被害者の皆を引き留めたようで申し訳ない。ただ、まだ共謀者が居る恐れがあったのは理解をして欲しい。今回、改めてこの場で身上書を作ってから荷の検査をしたい。もちろん、証拠が出ない限り自由は保証する。その後の隊商長の判断にも我々は関知しない」
ザビウスはそう言って大袈裟に首を動かし、ニコラスに視線を合わせる。その大きな動きに釣られるように全員の視線がニコラスに集まった。衛兵長らしく視線誘導は見事なものだ。そしてその誘導に気付く者はキャラバン隊には居らず、背後に立つ二人の衛兵とぼうけんものらがキャラバンメンバーの表情や仕草を観察していた事に気付いた者も居ない。それはガランとアッシュ、ニコラスも例外ではなかった。
「わかった。皆、指示に従おう。痛くもない腹をこれ以上探られたくないしな。何も無けりゃ今夜こそ美味い酒が飲めるぞ」
ニコラスの言葉に皆が頷き、聴取が始まった。内容は至極簡単。同行した理由と目的地、誰を誘い、誰に誘われたか。国外からのキャラバンなので出身地は聞かれなかったが、何処で合流したかは問われた。それらを個別に聞き、後から整合性を確かめるのだろう。ガランとアッシュも素直に応じ、聴取は極短時間で終わりホッとしていた。
次に簡単な手荷物の検査。共謀を示すような犯行現場、合流地点を書き記した地図や書き付けを所持していないか見られる。
最後に荷を含む馬車内の検査。これも同じく隠された物がないかの確認だ。アーリア商連では詰んだ荷と誰の持ち物かをリスト化して管理していたため、これも比較的簡単に終わったが、サヴェルの持ち込んだ私物はここで回収されていった。
「この道具は良く出来てるなぁ。どこで仕入れたか聞きたいが――商人は口が固いんだよな」
ガランとアッシュの荷を確かめていた衛兵の言葉に、二人の鼻が高くなる。
「これ、売れるかな?」
アッシュの問いに衛兵も頷きながら答える。
「あぁ。野営するやつなら欲しくなるだろう。まぁ――値段次第か」
「そっかそっか〜」
里の知識が褒められたように感じたアッシュは嬉しそうに頷く。隣のガランも顔を綻ばせ、何度も頷いた。
そして。
日が中点を過ぎた頃に全ての聴取と荷の確認が完了した。荷から賊との繋がりを示すものは何も見つからず、ひと先ず共謀者の存在は薄くなる。ホッと胸を撫で下ろすメンバーたち。
そしてニコラスは荷の検査の合間に主立ったメンバーを集め、短時間ではあるが今後の協議も行っていた。そしてキャラバン隊を一旦分ける決断を下す。
元から荷の五割はここトゥサーヌで降ろす計画だった。検問後は一定数の組がトゥサーヌに留まり露店などの商売を、本隊は先へと進み、途中の町や村で組を募りながら荷を仕入れる。大きな街や国毎にそれを繰り返し、シベルから西イースタシアまで東進。その後南下してイスード経由でルッカまで戻る予定だった。
だが今回、ロクサ村の状況と賊の出現を重く見て隊を分割。情報を商会本部に届けるべきと判断したのだ。引き返しを希望する者と先に進みたい者とで意見が割れたのもある。
細かな調整は後日と決め、いくつかの集団に分かれて宿を探すことになった。
馬車は馬車宿と呼ばれる仕切りのついた倉庫に、馬は隣接する馬房に預けられた。この馬車宿は公営であり、荷と馬の安全は保証されるが、費用は頭割りのため日によって変化がある。変化といえば馬車宿も馬房も、希望すればぼうけんものの見張り番が付けられるようになっていた。もちろん有料だ。今回は宿泊費を浮かせたい組が箱馬車内で寝ると申し出たためぼうけんものの見張りはなし、場所代として馬車も馬も一晩十ダルずつと決まった。馬の飼葉代も含まれている。
ニコラスは馬房からロバと荷車を借りた。街中は決められた大通りのみしか馬車は通れない。荷分けや集配にはロバを使うのが大きな街では基本ルールとなっている。初めて見るロバに興味津々のガランとアッシュだが、ロバは意外と気分屋で、気の合わない相手は攻撃するとの注意で見るだけに留めた。ロバを引くのはここでもデミトリの仕事だった。その荷車に小箱を二つと小樽が三つ、それぞれの手荷物を乗せたところでニコラスが歩きながら口を開いた。
「さぁて。頭の痛い話もとりあえずは落ち着いた。二人もせっかくだし、同じ宿でいいだろう? まぁ大部屋だがな」
ニコラスの好意で、本隊と同じ宿に泊まるよう誘われたガランとアッシュ。丸三日、命の危険も寝食も共に過ごした間柄だ。一杯奢ってもらう約束もある。二人は笑顔で了承し、肩を並べて歩き出した。
「ありがとうニコラスさん。アッシュ、後で通りを見に行こうよ!」
ガランはニコラスに礼を伝え、アッシュを見物に誘う。
「そだね! 何か見つかるかもしれないし!」
ガランの提案に乗るアッシュ。『何か』とはお互いの目的、同族や記憶の国に関することだ。
「お! いいね〜。じゃあ俺も――」
「デミ、俺たちは納品だ」
同行しようとしたデミトリだったが、無情にもサガットに止められた。カミーラは呆れ顔で溜息をつく。トーリーは拳を口元に当て苦笑いを隠し、トーリオはデミトリと同じことを考えていたのか両手を頭の後ろで組み、空を見上げて思考を誤魔化した。
「ですよね〜。……でもボス、市場調査も大事な気がするよ〜?」
デミトリの訴えにニコラスは大袈裟に手を振る。
「それは納品先でもわかるだろ。いいか仕事だぞ、仕事。お楽しみは夜まで取っとけ!」
「……悪徳商人め……肉食いまくって……酒で水浴びしてやる……破産させてやるぞ」
ニコラスの一喝にブツブツと恨み言をつぶやくデミトリ。もちろん本気ではないと全員わかっている。
ガランとアッシュはそんなやり取りを聞きながらも街の景色を眺めていた。新興街だけあって都市計画はしっかり練られたのだろう。南北を縦断する大通りは馬車がすれ違える程広く、東西を横断する道は多少狭いが荷車なら十分行き来できる整理された道。建物は基本レンガで作られ、頑強な作りになっている。恐らく街を拡張する際に平地確保で高台や丘を均し、その土を焼き固めて活用したものと思われた。ガランはそういった街の成り立ち等を想像し、楽しんでいた。アッシュはといえば、立ち並ぶ建物の高さが均一なこと、表と裏の建物の間に木が必ず植えられ、おそらく井戸や洗い場の目隠し代わりになっていることなどに気付き、里との違いを面白く感じていた。
「ここよ! ここ!」
カミーラが一足先に駆け出し、数件先の建物の前でドアを指差す。
宿の名は『白フクロウ亭』。看板に描かれた丸く誇張された白いフクロウの絵。壁と比較すると少し汚れたように感じるその看板から、おそらく移転したか立て直したのだろうと伺い知れる。
アッシュの肩でその看板を見たクーが、首を傾げるような仕草を見せ、ひと声鳴く。
「キュウゥ〜」
「「ハハハッ!」」
途端に笑みが溢れるガランとアッシュ、そしてニコラスらキャラバン隊。
ようやくトゥサーヌの街を楽しむときがやって来たのだった。
お読みいただいてありがとうございます。
疑惑も一段落。次回はいよいよ市場です。




