第33話 危険な稼業
「……減ってないって……どういうことだ」
馬上からロクサ村を目にしたサガットは思わずそうつぶやいた。
「他に居たとしか思えないね。別動隊とか?」
横に立つトーリオがそのつぶやきに応え、サガットを見上げる。
アーリア商連のキャラバン隊は、ロクサ村近郊に辿り着いていた。もう日が暮れ、手傷を負った少数の賊達であれば負けはないと踏んでロクサに来たが、その目論見は甘かったようだ。
そこへ脚の止まった馬列を追い抜いて、ニコラスらの乗った箱馬車がサガットの馬に並んだ。
「どうした?」
箱馬車のドアを開け、ニコラスがサガットに問い掛ける。
「ボス、村に居た奴らの数が減ってない。それにほら……」
サガットはニコラスにそう告げると村を指差す。ニコラスはドアから身を乗り出し、村の方角を視界に入れる。
「――篝火まで、か」
ニコラスは眉間に皺を寄せ、サガットと視線を交わす。トーリオもニコラスを見ながら険しい表情で思いを口にした。
「厳重だよ。あの村はもう拠点になってる。親父、引き返――」
「遅いかも。見つかったね〜」
トーリオの言葉をデミトリが遮った。御者台から注意を促す。
ニコラスらに緊張が走り、三人の視線が村へと移る。デミトリの言葉を裏付けるように一頭の馬が松明を掲げ、近付いてくる。馬速は速歩。駈歩ほど速くはないが、あまりにも距離が近い。今から馬車を反転させる時間はないだろう。
「クソッ」
思わず悪態をつくトーリオ。
デミトリの隣で様子を見ていたガランは、鎧戸の隙間からアッシュに声を掛けた。
「アッシュ、また戦闘かも」
「そっか……ボクもそっちに行くよ。ミラ、これ持ってて」
アッシュはカミーラにピッケルを預けると、ドアを開けて御者台へと移動した。ガランが席を右に詰めるとデミトリが中央に座り直し、アッシュが座れるスペースを空ける。クーはアッシュの肩から天井に積んだ荷の上へと飛び上がった。
「みんな、気を付けてね」
そう告げるカミーラの声色は硬かった。
「はいは〜い」
いつもの調子で応えるデミトリ。そのやり取りを耳にしながらサガットはひとつ息を吐いた。
「俺が――」
囮になる。サガットがそう告げようとした時。
「アンタら隊商の人だろ?」
こちらに向かってきた男が馬上から呼び掛けてきた。距離は近いがまだ表情までは見えない。
ニコラスは違和感を覚えたが、すぐさま返答を返す。
「あぁそうだ!」
「アーリア商連、で合ってるか?」
急に組織名を呼ばれ戸惑うニコラス。同じく戸惑いを見せるサガットと目が合う。
「待ってくれ! どういうことだ?」
「ん? 違うのかい?」
男は手綱を引くと馬の足を止めた。どうやらこちらを観察しているようだ。
ニコラスも考えていた。アーリア商連の名を知っている者は少なくない。しかしこの時期にロクサ村を通過するのを知ってるのは、『商会本部』か『依頼した荷主』か『卸先』、そして『裏切り者サヴェルの仲間』の四択だ。ニコラスは見極めようとしていた。
そんなニコラスを他所に、不意にデミトリが男に問い掛けた。
「なぁなぁ! アンタら村の人かい?」
「え? ……あ! そうかそうか。そうだよなぁ」
男はデミトリの問い掛けに、ひとり納得した様子をみせる。
「どういうこと?」
ガランが小声でデミトリに問う。
「喋らなければわからないってね。ガラン、それはまた後で」
そう言ってデミトリはガランに向け、片目を瞑って見せた。ガランは思わずアッシュと視線を交わす。アッシュも状況がわからないのか少し首を傾げる。しかしニコラスは違った。
「すまん! 行き違いがあるとやっかいだ。まずは挨拶させてくれ。俺はアーリア商連隊商長のニコラスだ。手形もある。――正直に言うが、賊に襲われたばかりで疑り深くなってる」
それを聞いた男が大きく頷くのが見える。
「やっぱりか〜。俺達が村に居るのも不審だったんだろ? 安心してくれ……って、ハハッ! そりゃ無理か!」
緊張感の欠片もない、どこか自嘲するような男の声。ガランとアッシュも張り詰めた空気が変わったと感じていた。
「俺達は頼まれてここまで来てる。信用できないかもしれんが、代官様の頼みだよ。まぁ着いてきなよ」
男はそう言って馬首を巡らせ、村へと馬を進める。
ニコラスはひとつ息を吐くと皆に告げた。
「皆もう腹をくくれ! 村に入るぞ! ――デミ、行こう」
ニコラスは座板に座るとデミトリに出発を告げる。
「はいは〜い」
デミトリは手綱を打ち、先行する男の背を追う。進むキャラバン隊。
「そっか」
アッシュはふと何かに気付き、思わずつぶやいた。その声にガランはアッシュを見つめる。少しだけ目を見開き、口角を上げたアッシュ。ガランはすぐに気付いた。アッシュのその表情は学びの時に何度も見て知っている。答え合わせを待つ時の、好奇心に満ちた表情だった。
「あ、待って。言わないで! オレも考える!」
先を行く馬上の男の背を見ながらも思考を開始したガラン。デミトリはそんなガランとアッシュを横目で見ながら、小さく何度か頷いた。
「そうか」
ガランも何かに思い当たり、アッシュを見ると頷いた。答え合わせだ。
「じゃボクから。――デミがなぜ村人かどうかを聞いたのか。答えは『嘘を吐いたらすぐわかるから』、でしょ?」
「いいねアッシュ! そうだよ。俺達は何度か村に来てて、だいたいの人は知ってるからね」
デミトリは肯定し、楽しげに頷く。
「やっぱりそっか。最初から疑って掛かるんじゃなくて、まず聞く。そこでもし嘘を吐いたら賊の仲間かもって考えれば良い」
そう言ってアッシュはガランを見る。ガランも頷いた。
「オレの番! でも賊じゃなかったら、なぜそんなことを聞くのか相手も考える。そしてその答えは『以前来た時には会ってないから村人に見えなかった』になる――かな?」
「お、ガランもいいね〜。会ったことないからって、直接あの男に『怪しい奴め、名を名乗れ』なんてやったら諍いの種になる。同じ意味でもそう聞かれたら誰だって良い気はしないだろ〜? でも村人かどうかを聞くだけなら?」
「オレは気にならない、かな」
「そだね。ボクもそうかも」
二人の回答に頷くデミトリ。
「そうだろ〜? あとはさっきの通りさ。相手は依頼とやらでこっちを知ってる。でもこっちはその依頼自体知らない。それが質問で伝わって、相手はこっちの警戒する理由がわかったのさ〜。そしてボスはまず詫びてから説明して誠意を見せた。相手もそれを受け入れて、わざわざ背中を見せながら先を進むっていう誠意を返した。だからボスはホッとひと息ついた訳だ」
デミトリの言葉を頷きながら聞くガランとアッシュ。
そこに車内からニコラスが声を掛ける。
「デミ、もう止めてくれ。俺の行動に色々屁理屈をくっつけられるのはかなわん」
おそらく車内でニコラスのうんざりとした表情を見たのだろう。カミーラの小さい笑い声が聞こえた。
「言葉は大事……か」
ガランは学べと説いてくれたジローデンを思い浮かべ、改めて感謝の念を抱いた。そして共に仕上げた槍をじっと見る。
そんなガランにアッシュが声を掛ける。
「ガラン。見て」
ガランはアッシュが見ている左手側に視線を移す。
「え……」
ガランの視界に入ったのは、荒れた耕作地だった。少し前に見た放棄された村よりはマシだが、ソウジュのように手入れされた様子はない。デミトリも少し眉間に皺を寄せる。
村の境界も粗末な柵だった。狐や狼ならばたやすく突破できそうな、細く頼りない杭と雑に打ち付けられた板。急拵えにしてもあんまりな出来だった。
「これは……」
御者台三人の声にニコラスも大きくドアを開けた。松明と篝火に照らされ、寂しげな陰影を見せる村。思わず表情が硬くなった。
「去年の秋とは明らかに違う。何かあったにしても――」
ガランとアッシュは振り返り、ニコラスを見る。ニコラスは二人に視線を合わせることなく続ける。
「交易も今までのようにはいかんかも、な」
「ハァ〜。あんな素人盗賊が出始めた理由も気になるね〜」
デミトリもため息をつき、後方に顎をしゃくる。
ガランとアッシュは釣られて後ろを振り返る。頭に麻袋を被らされ、項垂れている男達。なぜそうなってしまったのか。
二人が視線を前に移すと、先行する男が村の入口に焚かれた篝火の横で下馬するところだった。数人の男達が道を開け、こちらを伺っているが視線に敵意は感じない。
「さて、ウチのリーダーを呼んでくる。アンタ達はそうだな――あの広場に居てくれていいよ。不安もあるだろうし、まとまってたほうが良いだろ? ガストン雑商店が空いてるよ。わかるかい?」
ニコラスは開いた箱馬車のドアから男に顔を向け頷いた。
「もちろん知ってるよ。店は……そうか、閉めたのか」
「まぁ、ね。おっと、俺はクリスだ。よろしくな」
「あぁよろしく。賊を捕えてあるんだが――どうする?」
「あの麻袋を被った奴らか……。店の納屋にでも放り込んでてくれないか? 見張りはこっちで出すよ。カーズ! 賊を頼むよ!――じゃまたあとでな」
ニコラスはクリスを見送り、周りを見渡す。数人の男達が篝火の下で警戒している。いくつかの建物から明かりが漏れているが、決して多くはない。
「さぁ、広場まで行こう」
ニコラスは腕を振り、馬列に進むよう指示を出す。
広場とはいっても単なる空き地だ。ニコラスはトーリオに馬車の整列を任せ、騎馬組メンバーと一緒に捕えた賊をひとりずつ納屋まで連れて行った。クリスが呼び寄せたカーズという男も合流した。納屋は意外としっかりとした作りになっている。おそらく売り物の保管場所として頑丈に作ったのだろう。
「オレもうダメだー。腹減ったー」
箱馬車から食料や荷を降ろし、ガランは左手で腹を擦りながらつぶやくとアッシュも同意を示した。
「ボクも〜」
「キュキュゥ〜」
何故かクーも情けない声で鳴き、それにデミトリまで続く。
「きっと今日もチーズと、炙った塩漬けなんだろなぁ〜」
三人は解放された商店の中に入る。そこには既にカミーラとトーリー、キャラバンの女性たちが数名居た。板張りの店内は片隅に空の木箱が積み上がっており、それを降ろしている。臨時の椅子やテーブルとするようだ。
「オレ、手伝うよ」
率先して手伝いを買って出るガラン。
「あらガラン。助かるわ。デミ、ちょっとバタ板降ろしてきてよ」
「はいは〜いっと」
カミーラの声に、仕方なくといった表情でデミトリが馬車へと戻る。作業の邪魔をせず、何かできないかと辺りを見渡していたアッシュだが、奥に台所を見つけた。多少埃をかぶってるが、水で流せばすぐにも使えそうだ。
「意外と台所広いね。あ、パン焼き窯もある! この台所、使ってもいいのかな?」
アッシュのつぶやきに背後からトーリーが声を掛けた。
「いいんじゃない? せっかく台所があるんだし、使っちゃいましょう」
「簡単なものしか作らないけど、ね」
別の女性の声に女達がクスリと笑う。
「ま、パンがあれば――そうだ! アレ作ってみよっかな」
アッシュの声に敏感に反応したのはガランだ。
「こっちだいたい終わったから、オレも手伝う!」
「アレって何よ?」
興味があるのかカミーラが問い掛ける。
「別々に作るからから時間かかるんだよ! ミラ、水桶準備してくれない? ガランは窯の掃除と火起こしね! ちゃちゃっと作るよー」
「わかった!」
「ふーん。わかったわ。私の分も期待して良い?」
「上手くいくかわかんないけど……焼くだけだから、そう失敗しないかな」
アッシュは皆を送り出すと早速準備に取り掛かった。リュックから小麦粉、干したトマト、乾燥ハーブ、チーズを取り出す。大鍋に小麦粉を、小鍋にトマトを入れておく。
「窯の中は綺麗だったよ。でも一応手ぬぐいで払って埃は落としてある。ピタパンを焼く感じで火を入れれば良いかな?」
「うんうん。終わったら燻製肉とラード漬け出しといて。それから鉄板も――あ、畑の畔にバジルないかな?」
「あぁ、さっき見たわよ。採ってくるわね」
トーリーはそう言うと外へと向かった。
「お水お待たせ。ここに置くわね」
「ありがとミラ! あ、小麦粉あったら少し分けてよ」
「もちろんよー」
カミーラは自分の荷から小麦粉の小分け袋を取り出してアッシュに渡した。アッシュは小鍋に水を入れ、トマトを水で戻していく。
「っと、手を洗ってなかった!」
「火、着いたからオレも一緒に洗いに行くよ」
「あらあら。仲の良いこと」
ガランとアッシュは連れ立って井戸へと向かう。カミーラの冷やかしの声は聞こえてないようだ。
井戸ではトーリーがバジルを洗い終わったところだった。
「見て見て。まだ若いバジルが有ったわ。ほら」
「うわぁ。柔らかさも香りもいいね!」
三人は笑みを見せながら台所に戻ると、アッシュは大鍋でピタ生地を捏ね、ガランはアッシュの指示で燻製肉とラード漬けの肉の表面だけ炙って薄切りにする。カミーラは水で戻ったトマトを潰してソースに、トーリーはチーズを切る。
「そうだ、ウチのチーズも使ってみる? 牛の乳だから好みが分かれるけど……」
「え! 使う使う! きっと混ぜたら美味しい気がする!」
トーリーの提案に頷くアッシュ。もしかしたら『伸びる』チーズかもしれないと期待感を膨らませた。
捏ねた生地をいくつかに丸く分けて薄く伸ばし、ソースを塗ったら肉とチーズを乗せてパン焼き窯に入れる。アッシュの予想した通り。あっという間に焼き上がるあの料理。火加減はガランのお陰で、上げるも下げるも自由自在だ。
そして焼き上がった料理に千切ったバジルを乗せたら完成だ。
「あら、早いわね。それにいい匂い」
匂いにつられて女性陣が台所に集まる。
「パンのチーズ焼きだよ! 切り分けて食べてみようよ!」
アッシュはナイフで八等分に切り分けた。まずは台所メンバーで試食会だ。
「なにこれ! 簡単なのに美味しいわ!」
「パンが薄いからすぐ焼けるのもいいわね」
「そうそう。パンはカリッと、でもチーズがとろりと混じり合って堪んない」
「トマトのソースの酸味が良いわ。それにバジルの風味が燻製肉の旨みを引き立ててる」
「こっちのラード漬けの肉もジューシーよ! ハーブパウダーと相性バッチリ!」
「このチーズ、溶けるし伸びる!」
「やっぱり溶けるって言った! でも確かに溶けるし伸びるねー!」
「これなら簡単だわ!」
盛り上がる女性陣とガラン。そこにバタ板で椅子とテーブルを組み上げていたデミトリが、悲しげな顔で抗議の声を上げた。
「ずるいよぉ〜。オレも食べたいってば〜」
悲しげな声に思わず笑い出す女性陣。
「ふふふ。あっという間に焼けるわ。さぁみんなを呼んできて。熱々を食べさせてあげる」
そして始まるキャラバン隊の夕食。賑やかで楽しい夕食にみんな笑顔だ。普段のパンとは違う、まるで皿のように焼かれたパンに塗られたトマトのソース。しっかりとした弾力の燻製肉と、柔らかさを保った獣脂漬けの肉のジューシーな肉汁。その肉に合わせたハーブパウダーとフレッシュなバジルの風味。そして焼きめの付いたチーズは、香ばしくも塩味とまろやかさで全体を包み込み、複雑に混ざり合う。
薄い生地は焼き上がりも早く、切り分ければ熱いうちに複数人で食べられる。一片を食べてる間に二枚目三枚目と焼き上がり、皆が常に焼き立てを食べられるのは、ある意味贅沢とも言える。初めて食べる異国風料理は大好評である。
そこにニコラスやサガット、トーリオらも戻ってきた。クリスと見知らぬ男達が混じっているのはおそらく警護をしてた者達が交代して来たのだろう。遂には店の外まで仮テーブルを組み、休憩がてら食事会が始まってしまった。
「頼む! カーズにも一枚焼いてやってくれ。もちろん金は払うよ。見張りで食えないなんて可哀想だ。良いだろ、ニコラスさん」
「もちろんさ。アッシュ、材料が足りない時は言ってくれ。ウチのを出すぞ。あぁ、肉の代金も出そう! しっかし――酒が欲しくなるな! ちくしょう!」
「さすがに駄目だろ!」
どこからか聞こえてくる野次に、男達がどっと笑った。いつの間にか村の護衛とキャラバンメンバーの距離が縮まり、ガランとアッシュも楽しげに笑みを見せている。
「そういや、アンタ達は代官様の依頼だったか。一体どんな仕事なんだい?」
ニコラスは見知らぬ男のひとり、恐らくその佇まいからリーダーと思われる男に話をかけた。
「俺達は……このご時世で家業を無くしてな。食うために護衛をやったり、盗賊を捕まえて賞金稼ぎなんかをするしかなくなって――まぁ命を張って危険を冒す稼業をやってるのさ。最近じゃ『ぼうけんもの』なんて呼ばれてるな」
その男がぼうけんものたちのリーダー、リョウガという名だった。
お読みいただいてありがとうございます。
もっちりパンタイプも良いですが、クリスピータイプも捨てがたいですよね。
ということでピザもどきでした。
食事を共に食べるっていいですよね。




