第31話 裏切り者 (前編) —反転攻勢—
「悪いね、ボス。――馬車を止めてくれ」
サヴェルは右の口角を上げ、悪意の滲む笑みを浮かべてニコラスに迫る。日はかなり傾き、蛇行しているせいで西日が時折車内を照らした。その日に照らされて、サヴェルの笑みは一層悪意を感じさせる。
「そうかサヴェル。お前がな……いつからだ?」
ニコラスは冷めた瞳でサヴェルを見る。捕らえられたカミーラはひねられた腕に痛みがあるのか顔を顰めている。
サヴェルはニコラスには答えず、賊共に向かって大声を出した。
「時間がかかったが人質を取った! お前達は先行した奴らを追え! 木が三本見える丘だ、すぐわかる!」
途端に賊共から下卑た歓声が聞こえる。馬速を上げ、箱馬車を抜き去っていく賊達。
「ボ〜ス。時間稼ぎは無駄だよ。デミトリ、聞いてるんだろ? さっさと馬車を止めないと、この女が痛い目を見るだけだ。それにホレ、ドワーフのガキも落ちちまったら――まぁ、そっちはどうでもいいか」
車外に身体を晒し、左手一本でで辛うじて吊り紐を掴むガランには見向きもしない。
「この――!」
鎧戸の隙間からアッシュが弓でサヴェルを狙うが、その右手をデミトリが掴んで止める。アッシュは思わずデミトリを睨むが、デミトリは首を横に振って右後方を指差し、ガランもピンチであると目で訴える。
「ちょっと! もう少し丁寧に扱って。私は人質なんでしょう?」
カミーラは痛みに顔を顰めながらサヴェルを睨もうと頭を動かすが、途端にサヴェルが顔の前でナイフをひらひらと動かす。牽制の意図を感じさせる動きだ。
「ふん。荷が目的か」
ニコラスは不自然にならぬよう、極力気を使いながらサヴェルに問う。
「まぁ、ね。荷が増えたのは嬉しい誤算だ。これで俺達――っと、あんたらは知らなくていいこった」
その言葉でサヴェルを睨むニコラスの目に力が入る。
「わかった荷は持っていけ。ただし、人質も一緒にってのは止めろ。争いどころの話じゃなくなっちまう」
「フン! 今更とぼけたこと言うなよ、ボ〜ス」
ニコラスは今にも落ちそうなガランをあえて見なかった。サヴェルの立ち位置から御者台は見えず、ニコラスのみが御者台二人の動きを見ることができた。
ガランとアッシュは冷静さを取り戻していた。まず賊がたった一人に減ったのだ。落車の危機を脱すればカミーラ奪還に集中できる。それを実行に移すべくアッシュは慎重に、だが素早く踏み台の上で腹這いになってガランを見る。ガランの身体能力は信頼できる。視線で会話するまでもなく、アッシュが右手を伸ばすとガランも槍を突き出した。両手が使えるようになればガランが落ちることはないだろう。
「はぁー。わかったよサヴェル。止まりゃ良いんだろ。デミ、止めろ。馬に負担をかけるなよ」
デミトリもニコラスの意を汲み、話を合わせるように答える。
「どっかの阿呆が馬を興奮させちまったからなぁ〜。ま、暴走しないようには頑張るよ」
そう言って速度を徐々に落とすが、わざとらしく苦戦してる風を装ってサヴェルの耳を騙す。
「頼むよ、お馬ちゃ〜ん。大人しく――あーほんと頼むよぉ〜」
ニコラスとデミトリの機転で、なんとかガランの槍がアッシュに渡る。頷き合うガランとアッシュ。アッシュはそのまま素知らぬ顔で御者台に戻り、ニコラスと視線を交わして頷いた。
「なぁ、サヴェル。さすがにガランが落ちちまったら寝覚めが悪い。槍は捨てさせる。引き上げさせてくれ」
ニコラスは悲壮感を装い、サヴェルに懇願する。
「オ、オレもう槍落としちゃったよ。助けて」
ガランはニコラスの言葉に合わせる形で、空いた右手をわざと床板の縁にかけ、無手をアピールする。
「お前はどうでもいいんだよ、クソガキ。そのままぶら下がってろ。落ちても構わんぞ」
サヴェルは顔色も変えず、ガランの右手を蹴りつけようと足を上げる。
「止めろよ!」
アッシュが叫んで制止しようとする。
ガランは踏み降ろされる足から逃げるように右手を床板に強く擦り付け、火を発動させる。
熱気を帯びるガランの身体。革服に塗り込んだ蜜蝋の匂いが強くなる。元々高い身体能力に火の強化が加わる。あとは一瞬だった。
右手を床板に押し付けて瞬く間に浮き上がり、床板の上に躍り出たガラン。その動きはサヴェルの反応速度を超えた。勢いそのまま、サヴェルの左手をナイフごと右手で握り込み、カミーラの首から引き剥がす。驚愕の表情のカミーラ。拘束が緩んだ。
「くそ!」
サヴェルの叫びと重なるデミトリの声。
「ボス!」
デミトリが声を掛けるまでもなくニコラスは動いていた。サヴェルの右腕を抑え、カミーラの身体を引き剥がすと、右の踵でサヴェルの両足を払う。踏ん張りが効かなくなったサヴェルの身体はガランの勢いに負け、座板に横倒しとなった。
「ミラ! 平気?」
鎧戸越し声を掛けるアッシュ。忙しく頭と瞳を動かし、カミーラの無事を確かめる。
「だ、大丈夫」
カミーラは右肘を押さえていたがアッシュと目が合うと頷いてみせた。
「ガランも怪我はない?」
ガランはサヴェルの上から左手と右肩を掴み、更に右膝で腹を押さえ込んでいた。
「オレも平気! でもコイツの左手は――あぁオレ、『お前はどうでもいい』って言われたっけ。じゃあコイツもどうでもいいや」
そう言って左手を壁に叩き付け、その衝撃で指がおかしな方向を向いた拳からナイフを取り上げた。
「い……ッ〜〜〜」
サヴェルは声にならない呻き声を上げたが、誰も気にするものはいない。
「ガランあなた――精霊使いね?」
カミーラの問いに頷くガラン。
「やっぱりねー」
デミトリが御者台で頷き、アッシュを見て目で問う。アッシュも静かに頷いた。
「でもオレは――ほんとにまだ強くないから……。必死過ぎてまた制御を間違えちゃったし」
鎧戸越しにアッシュと視線を合わせ、苦笑いのガラン。
「今度、ボクら二人で特訓だねぇ」
そんな会話をいつまでも続けてはいられない。痛みに悶えるサヴェルがガランの膝の下にいるのだ。
「ボスー。どうする?」
デミトリの声にニコラスはサヴェルを見る。その目に慈悲はなかった。
「こいつは俺達を売りやがった最低な裏切り者だ。――が、本隊に向かった奴らも放っておけない。色々聞いておきたいが後にしよう。デミ、こっちは任せて急いでくれ。アッシュ、荷台から革紐と麻袋を取ってくれないか」
デミトリが馬車を止めることなく、アッシュに保管場所を伝えた。
「右隅の箱に入ってるよ〜。手前のやつね。あ、手ぬぐいもいるかも」
アッシュが箱から数本の革紐と手ぬぐい、麻袋を取り出すと鎧戸越しにニコラスに渡す。
「私にやらせて。まだ肩と肘が痛いからお礼をしなくちゃ」
カミーラは感情を宿さない瞳でサヴェルに手ぬぐいを噛ませ、猿轡とした。
「ほら、うつ伏せよ。早くして」
「んーんん!――ん〜〜〜っ!」
サヴェルは呻きながら抵抗するがカミーラに容赦はない。折れた左手を掴み強引にうつ伏せにさせると、両肘を直角に曲げさせて背中の中央で両手首を縛る。もう一本の革紐を首に巻き、腕を縛った革紐と結ぶ。これで腕を腰から下に下げようものなら首が締まり、反抗すらできなくなる。
「こっちが本命の贈り物よ。ぜひ楽しんでね」
カミーラは麻袋の口を開くと、床に落ちていたカラシナ粉の巾着を開け、敢えてサヴェルの目の前で粉を麻袋に落とした。目を見開いて小さく首を横に振るサヴェル。
「呼吸が乱れるような真似をしなきゃいいのよ。いいえ、してくれてもいいわ」
カミーラはニヤリと笑って有無を言わさずサヴェルに麻袋を被せた。ガランとアッシュはカミーラの行為にドン引きだ。
「『因果応報』だねぇ」
エルフを売ろうとした男だ。容赦してはいけないのはアッシュも理解できる。
「『自業自得』とも言うよね」
ガランとアッシュは床に這いつくばったサヴェルを一瞥し、苦笑いを浮かべた。
ガランの横でニコラスの瞳も冷めていた。本隊も気になるがロクサ村も気になる。日も地平に落ちそうだし、日が落ちれば獣や魔物の脅威度が跳ね上がる。
ニコラスは皆の顔を見渡し、静かに告げた。
「さて、反転攻勢といこうぜ」
お読みいただいてありがとうございます。
是非引き続きお楽しみください。




