第30話 ロクサ村
「装備はバラバラ。兵とか騎士って感じじゃないが――賊の類にも見えない」
サガットが険しい表情でニコラスに報告し、ロクサ村の方角に視線を向ける。
「人数は数えた限りじゃ十二人。馬もほぼ同数かな。武器はほとんどが剣で弓持ちが三人。とはいえ、家の中まではわかんねえし、武器もまだあるかもね」
サガットと一緒に偵察に出たトーリオも情報を補足する。
「村長……いや、見知ったやつでもいい。居たか?」
ニコラスがサガットに確認する。こちらも険しい表情だ。その問いにサガットは首を横に振った。思わず溜息を鼻から漏らし、ニコラスは腕を組んで考え始める。
キャラバンが集まったのは、ロクサ村から騎馬で十分ほどの位置。距離にして約五キロ離れていた。皆万が一に備えて馬車内で待機している。降りているのは騎馬組とニコラス、そして槍を持つガランのみ。アッシュは弓を携えてデミトリの横に、車内にはサガットと交代した騎馬組のサヴェルという男とカミーラが座っていた。
「ま、考えても仕方ないんじゃない? 三本丘まで戻って様子見とか?」
デミトリが右手の親指で後ろを指しながらニコラスに提案した。三本丘とは村から一番近い目印の丘だ。少し岩場が見える丘の麓に三本の大樹が生えている。距離はそう遠くないが平地よりはマシだろう。
もう日は傾き始めている。決断を急がねばならないのはニコラスもわかっていたが、その眉間の皺はさらに深まった。
「知らない村じゃない。安否も気に――」
「ニコラスさん」
ニコラスの話をアッシュが遮り、ほぼ同時にガランも警戒を口に出した。
「あっちから何か来る。馬――だと思う」
ガランが槍で方角を示す。少しずれてるがほぼ村からの方角だ。ガランは地で、アッシュは風の波紋で密かに警戒していた。ガランがアッシュと同時に気付いた理由は大型の馬が起こす振動も大きかったが故だ。
「全員騎乗! ガラン、お前も馬車へ!」
動き出すキャラバン隊のメンバー達。ガランも頷いたが一度視線をアッシュに向け問いかける。
「アッシュ。いい?」
アッシュはガランの意図を読み取り、二度頷いた。
「ニコラスさん」
箱馬車の踏み板に足をかけたニコラスに近付き、耳打ちするガラン。
「オレとアッシュは精霊使いだよ。覚えてて」
それだけ伝えると返事も聞かず、ニコラスを車内に押し上げ、自身も乗り込んだ。左隣に座るニコラスは、呆気にとられてポカンと口を開け、ガランと正面の御者台から見えるアッシュの背を交互に見る。どこか抜けた表情のニコラスを見つめるガラン。ニコラスと目が合った。今は喋るなとの意思を含んで小さく頷く。ニコラスもハッと気付き、改めてガランに視線を合わせて小さく頷いた。恐らく意図は伝わっただろう。
ニコラスは開いたままのドアから外に向かって大声で叫ぶ。
「じ、じゃあ荷馬車を本隊の箱馬車で囲んだまま道を戻るぞ! 本隊の殿はバッカスの箱馬車だ! 騎馬組は隙間を埋めてくれ!」
「「おう!」」
「トーリー! 三本丘まで行く! 先頭を頼むぞ!」
「任せて!」
「よし行け!」
走り出す馬達。隊列を組み、なるべく防御の穴を減らす位置取りで徐々に速度を上げていた。
ニコラスはそこまで指示を出すとガランに伝える。
「ガラン。箱馬車の背面とドアは薄いが鉄板で補強してある。馬上からの矢が当たっても大したことはない。怖いのは長槍で馬がやられて脚が止まること、だ」
頷くガラン。
「アッシュ! 馬が狙われたら……すまんがその時は相手の馬の鼻先に矢を放って脅してくれ。殺――倒すのは最終手段にしたい。万が一相手が正規兵だとあとで難癖もあるからな……面倒ですまん」
「そだね――了解だよ」
アッシュは少し緊張した面持ちで返事を返した。人に矢を向けたことがないのだ。ある意味仕方ない。
「二人とも貧乏くじで悪いな。ミラとサヴェルは周囲を警戒して状況を教えてくれ。トーリオ! 三本丘で馬車壁だ! 細いことはサガットに聞け! バッカス! そっちは守りに徹しろ!」
ニコラスが一通り指示を出し終えた頃、馬群が後方に見えた。荷を引いていない騎馬だ。当然相手のほうが速い。
「クー、呼ぶまで警戒だよ?」
「キュッ!」
「良い子だね。行け」
アッシュが僅かに風を纏い、クーを空に放つ。風の気流に乗り、高く舞い上がるクー。
「猛禽狩りのフクロウだったのかぁ。おぉ、高くまで上がるな!」
デミトリは緊張感の欠片も見せず、のんびりとクーの飛翔を目で追う。
「デミは随分肝が座ってるね」
アッシュは気になる後方から目を離してデミトリに視線を合わす。
当初は全員に敬称を付けていたガランとアッシュだが、カミーラの『他種族の年齢差なんてエルフにとっては誤差』との意見でお互いを呼び捨てにすることになっていた。立場上、ニコラスだけは敬称付きだ。メンバーではない二人がボスとは呼べない。
「ん~? そうだなぁ……これもいつか話のネタになるだろ? やれることをやるだけさ」
デミトリはそう言って片目を瞑る。
その会話を聞くとはなしに聞いていたガランも集落での爺さん達との会話を思い出し、ふとつぶやく。
「『できることを精一杯やれ』、か」
ガランは己が作った首飾りに無意識で触れた。こんなところで祖父の遺言を無にはできないとの想いが沸き起こる。そして唯一の友、アッシュを見る。視線に気付きアッシュもガランを見る。交錯する視線と想い。アッシュも無意識に首飾りに触れ、頷く。
「デミ! だいぶ近いぞ」
「はいよ〜」
ニコラスの喝におどけたように返すデミトリ。だが瞳は真剣そのもの。二頭の馬を操る手綱捌きは見事だ。
通常、二頭立てでは馬の歩調が合わず、駈歩で駆けると遅い方の馬側へ進行方向がずれる。それを回避するため、一般的には遅い馬に鞭を入れて半ば強引に速度を合わせがちだ。
しかし今、デミトリは鞭を使わずに手綱のみで速度を合わせ、馬に無理をさせていない。馬の脚力は緊急時まで温存する。それはデミトリが生き延びるために培った経験の賜物である。
そしてついに後方の馬群が近付く。馬上に見える男達は全員剣で武装している。槍も弓も、持っている者はいない。
「おい! 逃げても無駄だ! 馬車を止めろ!」
先頭の男が大声で静止を呼び掛けてきた。恐らくリーダー格だろう。
「止まれ止まれー!」
後続からも声が上がる。
「馬鹿にしやがって……」
ニコラスは唸るようにつぶやき、天井から下がる吊り紐を掴むとドアから身を乗り出した。
「吠えるなよ! 馬上で剣しか持ってねぇヤツにビビる阿呆がいる訳ねぇだろ!」
ニコラスは馬群を賊と判断した。騎馬兵ならば装備は間違いなく槍が基本だ。歩兵との乱戦ならともかく、剣では間合いが足りない。そして服装。どう見ても旅装に近い姿だった。
「チッ! おい、強引でも止めるぞ」
リーダーと思われる男の声で賊達が次々と剣を抜く。
「あいつら……慣れてないね」
カミーラのつぶやきにはどこか余裕が感じられ、ついガランは尋ねた。
「わかるの?」
「ああ、ミラの言う通りだ」
ガランの問いに車内に戻ったニコラスが答える。
「届きもしないうちから剣を抜いた。ありゃ間抜けもいいとこだ。デミ! 脚を落としてもいいぞ!」
「ほいほ〜いっと」
デミトリは手綱捌きを変え、今度は交互に引き寄せる動きを織り交ぜる。緩やかに蛇行し始める箱馬車。徐々に遠ざかる本隊。アッシュは離れていく本体を見送り、ガランは賊達を見ていた。
「馬には気の毒だが――まぁ飼い主を恨むんだな」
ニコラスは少し前屈みになりながら、座席の下に手を伸ばすとゴソゴソと弄り、手のひらほどの巾着袋を取り出した。ガランが興味深く観察する。
「いいか、見てろよ……」
ニコラスは再度ドアから半身を乗り出して中身を風に乗せる。中身は黄色い粉。舞った粉はかなり細かいのか、空気に溶けるようにすぐに見えなくなる。時間を置かずに賊の乗る馬が一部暴れ始めた。嘶き、跳ねるような動きを見せたかと思えば、前脚を上げる馬も出始める。
「うわぁ!」
「コホッ! な、なん――ゴホゴホッ!」
「っと!ひい――」
その動きは乗ってる側には堪らない。慌てて手綱を引き、動きを抑えようとするが片手では止まる訳が無い。堪らず両手で抑えるが掴んだ剣が邪魔をする。馬の動きに付いていけず、落馬する者が多数出た。制御の効かない馬の近くは危険だ。脚の一撃でも喰らえば大怪我は免れない。
「ははっ! どうしたどうした! 達者なのは口だけか!」
ほぼ半数に減った賊に向かってニコラスが煽る。
「くそっ!」
「ふざけやがって!」
顔を赤くし、睨みつける賊達。そんな賊達をガランとアッシュは冷静に観察していた。
「あ〜あ……ボク知ってるよ。あれは喉が焼けるねぇ」
「オレも知ってる。カラシナの粉だよね?」
アブラナの一種、カラシナ。カラシナにはその名の通り辛味があり、ソウジュでも肉料理の添え物として葉や茎が用いられていた。種子を乾燥させて粉にしておけば保存が効き、通年を通して利用できる香辛料となるのだ。当然交易商人達にとっても馴染みのある香辛料であり、その刺激のある辛味から護身用として古くから運用されている。
直接剣や槍を交わし、弓で狙うだけが戦いではないと理解したガランとアッシュ。二人は必要以上に恐れるのを止めた。正しく恐れればいいのだ。
「魔物には効かんけどな! よしデミ、もう少し時間を稼いで三本丘で合流だ」
「そんじゃあもう少し……っと」
そう言って更に車速を落とすデミトリ。
好機とばかりに賊達が箱馬車を取り囲むが、剣ではどうやっても届かない。近付き過ぎてぶつかりでもすれば、馬の脚が止まるのは賊の方。流石にそれはわかっているようだった。
「ガラン、右側を任せてもいいか?」
「わかった!」
ニコラスの指示に頷くガラン。
「サヴェルはガランの腰ベルトを掴んでやれ!」
「……ああ」
ガランは右のドアの吊り紐に捕まり、半身を乗り出して槍を構える。サヴェルは左手でガランの腰ベルトを掴み、右手を壁に当てて自身の身体を支える。
「ガラン! 来たよ!」
アッシュが馬の接近を知らせる。
ガランは見えてきた馬の鼻先を槍で浅く突く。鞘は付けたままだが馬は嫌がって脚が落ちていく。
「なんかごめんねー」
馬に同情して眉尻が下がるガラン。賊は忌々し気に剣を振るが、得物の長さが違い過ぎる。突き出した剣を槍でくるりと巻き込み、跳ね上げる。
左のドアからは半身になったニコラスが、カラシナ粉を振りまく素振りを見せる。ポーズだけだが効果を知った賊は近寄れない。結果的にガランの居る右側だけが狙われるのだが、片手でも悠々と槍を扱えるのがドワーフの膂力だ。鍛冶で鍛えた握力も伊達ではない。ガランは追い縋ろうとする馬の鼻先を牽制し続けた。
「ねえボス」
ずっと賊を観察していたカミーラがニコラスに問う。
「ん? どうした?」
「なんか変じゃない? ――この人達、あまりにも荒事に慣れてなさすぎるわ」
「確かに、な」
ニコラスは賊のリーダー格の男を見つめながら思考を巡らす。
「……いや、変じゃないさ」
不意にサヴェルが振り返り、ニコラスに一瞬笑みを向けた。そして次の瞬間、掴んでいたガランのベルトを離し、その背を蹴り飛ばす。
「え――うわっ!」
身を乗り出していたガランは床板を踏み外し、左手だけで吊り紐にぶら下がってしまう。思考が止まるニコラスとカミーラ。そのカミーラの首に左腕を回し、引き寄せるサヴェル。その手にはいつの間にかナイフが握られていた。そしてカミーラの右腕を背後にねじり上げ、告げる。
「悪いね、ボス。――馬車を止めてくれ」




